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ヨブの報酬の残党――ネロとモニカとアジモフが合流する。
「隊長~。私転烙ガーディアンの奴に見つかっちゃったよ。まとめて返り討ちにしたけどさ」
「陣を張る作業に支障は?」
へらへらと笑いながら報告するモニカに、アジモフが無表情のまま問う。
「無いと思うけど~……私の存在が向こうに知られちゃった可能性はあるかもねえ」
肩をすくめて、おちゃらけた口調で答えるモニカ。
「そ、そろそろ敵も気付いておかしくない時期だとは思っていた」
ネロが言う。こちらもアジモフ同様、無表情だ。
「全て陣を破壊されぬよう守護する事は不可能でしょう。しかし、主要な陣の必要数を破壊されないように、大量にダミーや予備の陣を張ってあります。これを全て見つけ出して破壊し尽す事もまた、困難と思われます」
アジモフが言った。ダミーの陣が壊されても影響は一切無く、主要な陣が壊されても、予備の陣が結界の支柱の役目を肩代わりできるようになっている。
「こちらは不可能。あちらは困難。つまりこっちが不利ってわけねー。あははは」
モニカが冗談めかして笑うが、ネロもアジモフも無表情のままだ。
(あたし以外で生き残ったのがこの二人とか、あたしすげー居づらい)
ネロとアジモフを見てモニカは思う。ネロは多少なりと表情を見せることはあるが、アジモフは常にポーカーフェイスだ。モニカとアジモフは同じ部隊で十年近くの付き合いだが、モニカはアジモフの表情を一切見た事が無い。無駄口も一切口にせず、事務的な言葉しか口にしない男だ。接していると、機械を相手にしているような感覚がある。
「俺達は出来るだけのことを、や、やろう。そそして……」
ネロの目に強い光が宿る。声に熱が帯びる。
「こ、これが済んだら、シェムハザの元へ行くぞ。君達も、これが最期の戦いと心得ろ」
「承知しております」
「わざわざ行く必要あるの?」
ネロの命を受け、アジモフが恭しく頭を垂れる一方、モニカは疑問をぶつけた。
「どうせ全部まとめて吹っ飛ばすのに、戦いに行く必要無くね~?」
「け、けじめ……。いや、お俺のこだわりかもしれんがな」
モニカの指摘に対し、ネロは一瞬自嘲めいた微笑を零した。
***
勤一と凡美は一華死亡の報を受け、現場に向かった。
死亡現場には蟻広と柚もいた。すでに遺体は回収され、警察と転烙ガーディアンの能力者による現場検証が行われている。
「血の痕が凄いな」
道路のあちこちに飛び散る血痕を見て、勤一が呻く。こうした現場を見るのは初めてでは無いが、それにしても血の飛び散り方が派手に感じられた。
「敵の能力とも関係しているのかもしれないが、殺された泡崎一華の能力も関係している。どうも、敵に殺された味方の肉を使ってカワセミを作ったようだ」
ガムを噛みながら蟻広が報告する。
「強い霊的磁場ね。これは結界? いや、力場を設ける陣だろうか?」
最初にその事実に気付いたのは柚だ。アスファルトの上に、様々な種類の宝石が規則的に置かれている。
「本当だ。結構巧妙に隠してあるな……。こいつにポイント4はくれてやりたい。女言葉と男言葉がごっちゃのままの柚は、ポイントマイナス1にする」
柚に言われて蟻広も陣の存在に気付く。陣を見ることが出来たのは、この二人だけだった。
「時々そのマイナスが来るのね。これでも私は統一しようと頑張っているんだが……。いや、それはともかく、気配を感じたのはこれが初めてではない。似たような気配、私は都市の中で何度か感じている」
「それ初めて聞いたぞ。もっと早く言えよ。ポイントマイナス1だが、その事実に気付いた……ポイントプラス1でプラマイゼロ」
柚の今更の報告を受けて、蟻広が苦笑する。
「壊しておくか?」
「どんな術が仕掛けられているか、調査してからだな。あと、純子と悶仁郎の爺に報告しておこう」
柚が伺い、蟻広が答える。
「皆、過去の映像を映せる能力者が、今から映像を映すって」
凡美が呼びかけ、転烙ガーディアンの面々がサイコメトリーの能力者の元へと集まる。
ホログラフィー・ディスプレイが投影され、白人の少女が宝石を置いていく姿が映し出される。
「この女が陣を張っていたのね」
「陣?」
柚の台詞を聞いて、訝る勤一。
「都市のあちこちに陣が仕掛けられている気配は感じていたのよ。純子と硝子山悶仁郎にも今報告した」
と、柚。
やがてモニカと転落ガーディアンが遭遇する場面に切り替わった、一華の姿もある。
交戦する様子を見て、転落ガーディアンは沈黙した。モニカ一人で、転落ガーディアンの能力者複数が次々と殺されていっているからだ。
「血液を操っている? かなり強い力と見受けられる。これは能力者というより術師ね」
柚はその光景を見ても全く臆した様子を見せず、感想を述べる。
「こいつを探して……仇を取ってやる」
勤一も臆することはなかった。恐怖より殺意と闘志の方が先にきていた。
それからまたしばらく、現場検証が続けられる。
「遠視能力者に足取りを調べさせたが、遠視の類の力への防御がされているらしい。しかもかなり強い力でな。だから術や能力で居場所の判別は無理と見ていいぜ」
蟻広が柚と勤一と凡美の前で報告する。
「根人の監視網にも引っかからないとさ。上手に青っぽい植物を避けて移動している。警察や手の空いた転烙ガーディアンを使って、地道に足で捜査させるって純子が言ってた」
「つまり私達も地道に足で捜査ね」
蟻広のさらなる報告を聞いて、凡美が言った。
***
ホテルの一室にいる犬飼の元に、デビルが戻ってくる。
「純子につく」
現れるなり、明らかに嬉しそうな声で宣言するデビルに、犬飼は目を丸くする。
「はあっ? マジか?」
「何か問題?」
「いや……意外だと思ってさ」
デビルに問い返され、返答に困る犬飼。意外だと感じたのは事実だ。しかしその意外な選択は衝撃であると同時に、犬飼を失望させる代物であった。
(誰か特定の奴に肩入れするような、そんなキャラだったのか? 何もかもぶち壊してやるような、最後に卓袱台をひっくり返してやるような、面白半分に人の背中を押して突き落としてやるような、そんな奴だと思っていたのに)
つまりデビルは自分と同じ性質だと信じていた犬飼である。
(ますますがっかりだ……。それなら真に与している振りをして、真の前で純子を殺してやるとか、その逆とか、色々面白い展開に出来そうなもんなのによー、あーあ……。勇気の時からちょっと冷めかけてはいたけどさ)
「何か問題?」
犬飼の微妙な反応を見て、さらに同じ言葉で問うデビル。
「ひょっとして純子に惚れたの?」
今度は犬飼が問い返す。
「惹かれてはいるけど、そういうのとは違う気がする」
即答するデビル。
(あれから時間が経ったけど、僕の気持ちはずっと睦月に向けられたまま。もう合う事も無いのに、いつも意識している。馬鹿なのかな? 僕は)
デビルが色恋沙汰で連想するのは、未だに睦月のことばかりであった。
(やっばりもう、こいつもそろそろ……手を切る時かな。でもなあ、ただ手放し、見捨てるだけじゃ面白くない。これまた暗黙の了解があったうえで、俺達は組んだはずだ)
一方で犬飼は、デビルに対して見切りをつけんとしていた。
(先に飽きた方が殺しにかかり、先に飽きられた方が殺される。そういう関係だったはずだ。俺はそれを納得済みだったし、例え先にお前に殺されても、文句は無かったぜ。口で言わなくても、お前もそれは承知していただろう? 同じことを考えていただろう? 予感していただろう?)
相手に届かぬ声で問いかける犬飼。殺意のスイッチはまだ押さない。押したらデビルに気付かれるという事もあるので、抑えておく。
(しかしどうやら先に飽きたのは俺の方だったみたいだな。だから、先にトリガーを引かせてもらう)
それは自分が直接手を下すわけではないと、自らに言い聞かせる。殺意に繋げないようにするための、殺意を悟られぬように抑えるための、誤魔化すための――方便。だがこの時、犬飼の方針は確かに決まっていた。




