6
美香とクローンズとワグナーと日葵のいる場所に、いいタイミングで真達が駆けつけた。
「うおー、あのお婆さん、何か凄―い」
「フヒェヒェヒェ、よく言われるよ。さっきも言われたばかりさね」
ツグミが日葵を見て歓声をあげる。日葵は何故か気をよくして笑う。
「二手に分かれて行動したおかげでこれだよ」
「無事だったからいいだろ」
倒れているクローン達を見て、熱次郎と真が言った。
「美香さん降参しかけてたし、相当ヤバい相手だねー。ていうかクジラの時点でどう考えてもヤバいっ」
ワグナーに注目するツグミ。
(おやおや、あの子とは深い縁を感じるね)
一方、日葵は真に注目していた。
「イヒヒヒ、二対五が、二対九になっちまったね。赤猫電波発信管理塔の時みたいだねえ。また多勢に無勢だよ」
日葵が言うも、その口調には全く危機感が無い。
「二対九ってつまり……私達は一人と勘定」
「二対十が正解」
「おやおや、こいつは悪かった。あんたのことは知っているよ。悶仁郎の爺さんと戦った二つ頭の魔術師。もう転烙市じゃ有名人だ」
しょげる牛村姉妹に、日葵が告げる。
「え? 有名人なんだ」「評判気になる~」
伽耶と麻耶の表情が輝く。
「ローカルSNSでもローカル匿名掲示板でも、話題になっているさね。『二人共可愛い』『頭二つでも綺麗だしスタイルもいい』『市長との戦い、格好良かった』とか、フェッフェッフェッ、好評判じゃないか」
日葵がホログラフィー・ディスプレイを投影して、伽耶と麻耶の評判を読み上げる。
「うおー、伽耶さんと麻耶さん、すっかり時の人なんだ。いいな~。憧れちゃうな~」
「日陰でこっそりと生きていこうかと思ったけど」
「転烙市限定だけど、人気者は辛いよ」
羨ましがるツグミの反応を見て、伽耶と麻耶揃ってドヤ顔になる。
「ああ、こんなのもあるね。『二人の口の中に交互に突っ込みたい』『Hしてる時って二人揃って同時に喘ぐの?』『叡智の新境地を開拓するために産まれてきた女』『三つ穴どころか四つ穴責め可能』」
「それは教えてくれなくていいから……」
「いい気にさせておいてから突き落としてくる糞婆め」
おかしそうに報告する日葵に、伽耶と麻耶揃って憮然とした顔になる。
(二対十になっても……この二人に勝てるものなのか!? 少し交戦しただけでも、圧倒的差を見せつけられて、たちまち半壊してしまったぞ!)
(あんな巨大な敵と戦うのは、戦力五倍でも、今の面子では少し辛いかもしれない。高さはともかく、全身の長さだけ見たら、この前の黒マリモの区車亀三より大きいぞ。伽耶と麻耶とツグミの能力を駆使するにしても、有効な手を考えないといけないな。そしてあの婆さんも相当強そうだ)
ワグナーと日葵を見て、美香は危機感を募らせ、真は神妙に頭を巡らす。
「一つお伺いしたいのですが、仮に私を殺したとして、その後の事はお考えですか?」
クジラ状態のまま、ワグナーが問う。
「このクローン製造工場を潰す! それだけだ! そのために来た!」
「作りかけのクローンや、作ったばかりのクローンもいるというのにですか? それらも全て死ぬことになりますよ? 誰が面倒を見るのです?」
ワグナーのさらなる問いかけに、美香は絶句してしまう。
「それも貴女の正義を通すためにやむをえない――ということですか? 私はあの子達を死なせたくありません」
「いいや……! そのつもりはない! それは……考えてなかった!」
美香はそこまでして自分の正義を押し通す気になれない。
(このまま何も考えず正面から戦っても辛そうな相手だ。一旦退く理由にもなる)
真はそう計算した。
「美香、ここは一旦出直した方がいい。あいつは脅しで言ってるわけではなさそうだし、実際にクローン達が死ぬ事になっても困るだろう」
「しかし……! いや……わかった……」
真の提案を受け入れる美香。
「おやおや、口先で上手いこと丸め込んだね。フィ~フェッフェッフェッ」
倒れているクローン達を担ぎ上げ、撤退していく真と美香達を見送りながら、日葵が笑った。
「日葵さん、申し訳ありませんが、私の服の顔を取ってきていただけませんか? 元に戻ると私はすっぽんぽんだ」
「あいよ。裸で工場内を徘徊する禿爺なんて、誰も見たくないだろうからね。ウヒャヒャヒャヒャ」
ワグナーに頼まれ、日葵は工場の中へと入る。
「何かよい策が有るのか!?」
工場の敷地を出た所で、美香が真に問う。
「良い策じゃあないけど、考えはある」
そう言って真は電話をかける。
「雪岡、実は今、美香含めた皆でクローン製造工場の前にいて、責任者のワグナーという奴と交戦したんだが。いや、交戦したのは美香達だけだし、ほぼ一方的にやられていたけど」
「ここぞという時の純子頼み」
「真てさ、誰かに頼る……というか誰かを利用すること多くない?」
「今頃気付いたのか!? かなり多いぞ! おまけに人を振り回す!」
真の電話の相手が純子と知り、伽耶、麻耶、美香が言い合う。
「……というわけなんだ」
真は純子に撤退に至った事情を話した。
『そっかー。つまり今いるクローンの人達や作りかけの人達のケアが必要ってことだね』
「お前に頼みたくて電話したんだが、引き受けてくれないか? 手っ取り早いのは、クローン販売と製造を、お前の権限で辞めさせる事だ」
「純子は今敵だろうに……」
「敵だろうと女はいいように利用するものと心得よっ。くっくっくっ、真先輩もワルよの~」
真の要求を聞き、熱次郎は呆れ、ツグミはにやにや笑いながら茶化していた。
『んー……ケアするだけならいいよ。でも私が辞めさせるって……中々難しい注文してくれるねえ。困っちゃうなあ』
「そこで突っぱねずに、難しい注文とか、困っちゃうなんて言葉を返す時点で、脈有りだよな。お前も本当は快く思っていない証拠だ」
『んー……まあ、そうなんだけどね』
「あるいは僕達にクローン製造販売を潰して欲しいとか、考えていなかったか?」
『ち、ち、ちっとも考えてないよー。あはあはあははは……』
図星を突かれて、純子が笑い声で誤魔化す。
「互いに利益は一致しているなら、引き受けてくれてもいいだろう?」
『んー……ワグナー教授は出来れば殺さないでほしいかなあ』
「殺さないで、クローン製造販売を辞めさせる方法があればな」
『あの人を殺したからといって、それで辞めるという事にもならないんだけどね』
「転烙市側からの反対声明を出すという事は出来ないか? 転烙市首脳部にも、クローンの製作と販売を倫理的に疑問視している者がいて、それらの反発があったと」
『なるほど。それは実際にいるから、スムーズにいくね。真君そういうことよく思いつくねー』
真の提案に純子が感心する。
「ぱっと策を思いつくのはいいが、それもまた他力本願な策だな……」
「真先輩は他人任せの策を思いつく天才っ。すごいなー、憧れちゃうなー」
「凄くないし憧れるな! 言語道断だ! 絶対真似するな!」
熱次郎がまた呆れ、ツグミはまた茶化し、美香は叱った。
『とはいえ、それだけじゃワグナー教授の顔を潰すだけになっちゃうから、真君達にも動いてもらう必要があるよ?』
「殺してほしくない人物なら、適度に痛めつけて打ち負かした時点で、その声明を出してもらう方がいいな。交戦する直前でも、直後でもいい」
とは言ったものの、ワグナーと日葵に勝つのは生半可なことではないと、真は思う。交戦しなくてもそれはわかる。美香達も五人いて、あっさりと半壊していた。
『いや、先にこっちで動くから、真君達はその後で動いて欲しい。工場で作りかけのクローンとか、すでに作っちゃったクローンのケアに関しては、こちらで問題無く行えると思う』
「わかった。頼む」
電話を切る。と、そこに――
「お前は!?」
その場に現れた人物を見て、美香が目を剥いて叫んだ。
「デビル!?」
「何の用だ?」
美香が叫び、真が静かに問いかける。
「どうして君達は純子の邪魔をするの?」
真の質問を無視して、質問で返すデビル。
「どうしてその理由をお前に話す必要があるんだ」
「純子も恥ずかしがって答えてくれなかった」
真が言うと、デビルはそんな答えを返す。
「僕は……ずっと迷っている」
言いづらそうに脈絡の無いことを口にするデビル。
「何を?」
「純子の方につくか。君の方につくか」
真に問われ、デビルは正直に述べる。
「純子の理想とする世界――以前は抵抗があった。あれは駄目だと思って、止めようともした。でも今の世界の混沌とした有様、それほど悪くは無い。だから……そのせいで僕は、彼女に対する見方が変わった。彼女がまた世界を変えようとしている。その後の世界はもっといいものになるかもしれないと、そう期待している」
「よくなるという保証は無いだろう」
「真、もう一度聞く。君はどうして純子の邪魔を? 君は純子の家族のようなものなのに、どうして相対するの?」
「過程で犠牲たっぷりだからだ。あいつはマッドサイエンティストだから、それを気にしない。自分の研究や発明のためなら、倫理完全放棄だ。それを僕は許さない」
「つまらない……」
真の理由を聞き、デビルは落胆して大きく息を吐いた。
「8:2から9:1くらいになった。いや、もう10:0でいい」
デビルは真のことをかなり評価していた。睦月の想い人であるという理由だけではなく、これまでの彼の行動もそれなりに知っている。自分と交戦した事もある。百合に勝利した事も見事だったと思っている。純子と対決姿勢を見せる事は不思議であったが、戦おうとする姿勢だけは一目置いていた。しかしその理由を聞いて、真に対して軽く失望してしまった。
そして前世からの因縁のことも意識して、デビルの気持ちは大きく純子側に傾いている。
「つまり雪岡につくということか」
「そういうこと。最初は君につく方が面白いかと思ったけど、純子に盾突く理由を聞いてがっかり」
嫌味で言っているわけではなく、本気で残念がるデビルを見て、真は言葉を失くす。
(純子に着く前に、やることがある。いや――彼等も純子の敵だから、都合がいい)
デビルはまだ勇気を破滅させることを諦めていない。
「お前のことだから、どっちも否定するかと思った」
「卓袱台をひっくり返して遊ぶ馬鹿だと思われているとは心外」
真の言葉に、さらにがっかりするデビル。
「それで何しに来たんだ!?」
美香が苛立ち気味に叫ぶ。
「ここに用がある。君達に関係無い」
「勇気を狙っていると聞いたぞ」
「君達に関係無い」
「関係ある。勇気に恨みでもあるのか?」
「君達に言っても仕方がない」
真の問いに答えることなく、デビルは二次元化して、工場の中へと入っていった。
***
「またお客さんのようです」
工場内の一室で茶を飲んでいたワグナーが、一言呟いた。同じ部屋には日葵もいる。
黒い影が盛り上がり、人型となる。デビルだ。
デビルは特に気配を消すことも無く部屋に入ったが、一応保護色の状態で平面化していた。即座に自分の気付いたことは流石と思う。
「フヒヒッヒッヒッ、何だろうね。この子とも縁を感じるよ」
(僕もだ。前世の知り合いかな?)
自分を見て笑う日葵に、デビルも同じことを感じていた。
「雪岡さんから話は伺っています。全身真っ黒な子が、性急なクローン作りを所望だと。私としては気が進まないのですが……。すぐに作ったクローンは、すぐに死んでしまいますし」
「それでいい」
「私としてはよくありませんけどね。しかし雪岡さんの頼みだから仕方ありません」
ワグナーは気乗りしない顔で立ち上がった。




