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「ウェ~ヘッヘッヘッ、よりによってクローン作る工場に、月那美香とそのクローン達が現れるなんてねえ。そういや裏通りで一時期話題になったクローン販売も、月那美香が潰してまわっていたって聞いたよ。つまり、そういうことなのかい?」
家畜を沢山連れた老婆が、アコーディオンを弾くのをやめて、欠けた歯を見せて奇怪な笑い声をあげ、問いかける。
「そう受け取って貰って結構!」
堂々と答える美香。
「この人……知っています。クローン製造の第一人者で、ドイツで最高最悪のマッドサイエンティストと呼ばれている、フォルクハルト・ワグナー教授ですよ」
十三号が禿げ頭の老人を見て、恐々と言う。
「つまり貴様がクローン製造の黒幕という事か! ここは潰す! クローン製造販売など断じて容認できん!」
ワグナーを睨んで威勢よく叫ぶ美香。
「ウィ~ヒッヒッヒ、潰すときたよ。ああ、あたしの名前は阿部日葵だよ。しがない術師さね。別に覚えなくてもいいけど、一応自己紹介しといたよ」
日葵が自己紹介する。
「これはよく質問する事なのですが、クローンを作ること、販売することの何がいけないのですか?」
ワグナーが美香を見据えて、穏やかな口調で質問する。
「コピー品として作られて! しかもペットや奴隷扱いされる! 生れたその時からそんな運命を与えられているのだぞ!」
「ではお聞きします。そこのクローンのお嬢さん方、貴女達は今不幸なのですか? 生まれてこなかった方がよいと思いますか?」
ワグナーのさらなる問いかけに、美香とクローンズは絶句してしまった。
「私には違うように見えますね。むしろ貴女達の活躍を見た限り、幸せそうですよ? クローンとして生まれたから、必ずしも不幸になると決まっているわけではありません。例えクローンとして生まれなくても、生まれながらに不幸な境遇の人は沢山います。何も違いはありません。クローンだから不幸になるという考えも、クローンとして生まれることが悪という考えも、とても偏って独善的なものだと感じます。雪岡さんも同様の理由でクローン製作に対して反発していますし、わかってくれないようですけどね」
(やはり純子はクローン製造販売に反対なのか!)
ワグナーの話を聞いて、美香は胸を撫で下ろした。
「しかしその雪岡さんも、私の行いを許容してくださりました。何故だと思います? それは雪岡さんの理想が叶えば、クローンとして生まれたからといって、虐待するような悪い御主人様の元に送られたとしても、生まれながらにして超常の力を備えているのですから、反撃も可能となるからですよ。生まれの不公平という問題の緩和は、クローンにも適応されるという計算の元、雪岡さんは私のクローン製造販売も認めたわけです」
流暢な日本語で、あくまで紳士的かつ誠実に、己の考えを述べるワグナー。
「それも踏まえたうえで、力も使えないよう封じてくる可能性もあるぞ!」
「どのように封じると? それは考えすぎでしょう」
美香が口にする危惧に対し、ワグナーは口元に手を当てて否定した。
「私がクローンを世に広めようとしているのは、人々を幸せにするためです。代替品として生まれてくることが、それほど悪いことだとは思えません。誰かに求められて生まれてくる時点で、幸せになる可能性の方が高いと考えます。現に私の家族は、今幸せですよ? 私は家族と共に幸せにしていますよ?」
「自分の家族のクローン……だと?」
ワグナーのその台詞を聞いて、美香は目を大きく見開いた。
「おおかた事故で死んだ家族の代わりとか、そんなんじゃね?」
「当たりです」
哀しげに言う二号に、ワグナーはにっこりと微笑んだ。
「同じ細胞、同じDNAを使ったクローンは、見た目は同じでも、魂は別だ!」
「わかっています。でも私は満足なのです。妻、娘、息子、孫と同じ顔で、同じ声であれば、性格が多少違っても――中身が別人だろうと、それで満足しているのです」
美香の叫びに対し、ワグナーは悠然と微笑みを称えたまま答えた。
「哀れな爺だぜ……。あたしの御主人様にちょっと似てるわ……」
二号が溜息をつく。二号には色々と思う所があった。
「私はクローンの押し売りをしているわけではありません。私同様に、満足できる人だけが購入すればよいのですよ。私と同じように、それでも幸せになれる人が、クローンを買って幸せを取り戻せばよいのです」
口調は穏やかであったし、表情は優しかったが、瞳には確固たる決意の光が煌めいているように、美香の目には映る。
(嗚呼……こいつも、あの井土ヶ谷と同じか。ただ商売のため、好奇心のためにクローンを作っているだけではない。確固とした信念があるんだ)
かつてクローン商売をしていた者との対峙を思いだし、美香の胸が激しく痛む。
『お願いです。御主人様を殺さないでくださいっ』
『お願いしますっ。御主人様は殺されるほど悪い人じゃありませんっ』
身を挺して井土ヶ谷をかばい、泣きながら懇願していた少女達の事は、今も鮮明に覚えている。たまに夢にも出てくる。
「どうしたよオリジナル? 押し黙っちゃってさあ。まさかこのハゲの戯言を真に受けて、絆されてやがんのか?」
二号が静かな口調で問いかける。いつものようなからかい気味ではない。
「そういうお前はどうなんだ?」
「正直……この爺の言ってることもわからなくもない。あたしも……御主人様には優しくしてもらったし、自分が失った家族の替えでも、それでも支えになってやれれば、それでいいじゃんていう考えだぜ。これは……誰にとってもそうじゃないだろうけど、あたしはクローンだろうと、生まれてきて良かったと思うし、御主人様にとってもそいつは同じだと思う……。この爺の言動も考えも、全部否定する気になれねーわ」
二号が素直に心情を語る。
「二号、気が乗らないなら戦わなくてもいいぞ! 私はやるがな!」
「馬鹿言え。それとこれとは別だっつーの」
美香が叫ぶが、二号は笑い飛ばす。
「戦いになりますか。仕方ありませんね」
「フヘッヘッヘッヘ、久しぶりに暴れるとするかい」
ワグナーが静かに闘気を放ち、日葵は禍々しい妖気を放つ。
(人数ではこちらが多いが、この二人は相当強い!)
美香がそう思った刹那、ワグナーの姿が変貌しだした。
ワグナーの変化を見て、全員呆気に取られる。みるみるうちに膨張していき、その全長は15メートル以上あるのではないかと思われる。
「く……くじらにゃ……」
変身したワグナーの姿を見て、七号が呆然と呻いた。短い人の手足が生えた、巨大なマッコウクジラがそこにいた。
「はい。そうですよ。狼男ならぬ鯨男、それが私の正体です。この見苦しい姿を見せることが嫌ですし、服が破れてしまうのも嫌ですし、人を傷つけることは何より嫌なので、変身も戦闘も嫌いですが、致し方ありません」
くぐもった響きになったワグナーの声が発せられる。
「ブュフ~フフフフ、あたしからいくよ」
日葵が一羽のガチョウを捕まえて持ち上げると、大ぶりの包丁を取り出して、そのガチョウの首を切断する。体が落下し、ガチョウの頭部だけが日葵の手に残る。
「何やってんだあのババア……」
「鳥さん可哀想にゃー」
「おやおや、何言ってんのさ。あんたらのせいだよ。あんたらが戦うなんて言ったから、この子を殺して触媒にしなくちゃならないんだ」
二号と七号の言葉を聞いて、日葵はガチョウを殺した理由を解説し、呪文を唱えだす。
次の瞬間、美香達の前に巨大なガチョウが現れた。しかしガチョウがそのまま巨大化したわけではなく、子供向けアニメ風な、非常にファンシーな色合いとデザインにデフォルメされている。
「イメージ体か!?」
美香が叫ぶとほぼ同時に、巨大ファンシーガチョウが、美香達めがけて突っ込んできた。
ガチョウの突撃と突っつきを避ける美香とクローン達。
「フュフュフュフュ、幻術じゃよ。しかし実体を伴った幻術じゃし、そう呼んでもええかもしれんな」
言いつつ日葵は、今度は子豚の頭に包丁を突き刺した。
今度は二足歩行のファンシーな巨大子豚が現れ、美香達に襲いかかる。
「や、やめろにゃーっ。可哀想にゃーっ」
「はあ? 何が可哀想なもんかい。家畜ってのはこう扱うもんだ。それにこいつらはただ術の触媒のために殺すだけじゃなく、後でスタッフでちゃんと美味しく頂く予定だよ。そうでないと勿体無いだろ。それともあんたらはヴィーガンかい?」
抗議する二号に、日葵が呆れ気味に言うと、さらに鶏と羊を殺した。
ピンクジャージに変身済みの十一号が、巨大ファンシー子豚のパンチを避けられずに、両腕でガードして受け止める。衝撃を堪えきれず、吹き飛ばされる十一号。
「これ、キツい。強い」
倒れた十一号が呻く。
巨大ファンシー鶏が飛び上がり、空から襲いかからんとする。
「ごめんにゃっ」
七号が能力を発動させる。強烈な突風が噴き上がって、巨大ファンシー鶏をはるか上空へと吹き飛ばした。
「メエエエエエエっ!」
巨大ファンシー山羊が鳴きながら、左右にステップを踏んで迫る。しかし途中でその動きが止まった。
「パワーは相当なもんみたいだけど、戦い方次第ってね」
ほくそ笑む二号。巨大ファンシー山羊の進行方向の足元にトリモチを発生させて、巨大ファンシー山羊の足を地面に繋ぎ止め、動きを封じたのだ。
「ウェッヘッヘッヘ、中々やるじゃないかい」
七号と二号を見て感心する日葵。
日葵の幻術に気を取られている美香達に、ワグナーが無言で突っ込んでいく。
「不味い!」
美香が叫んだが遅かった。
超巨体による体当たりという、単純明快な攻撃。後方にいた美香と十三号は何とか避けることが出来たが、十一号、二号、七号の三名はまともに食らって、大きく吹き飛ばされて倒れた。
倒れている三名を見て、美香の血の気が引く。十一号はスーツに護られているせいか、目だった外傷は見受けられない。しかし七号は右手と左脚があらぬ方向に曲がっており、二号は頭部と口から血をとめどなく流しながら痙攣している。
「イェ~ヒェヒェヒェ、口ほどにも無いね。どれ、残った二人も、殺さぬ程度に痛めつけて動けなくしてから、五人まとめて素っ裸にして、犬に犯させて、その様子を配信してやろうかい」
倒れた三人と、固まってしまっている美香と十三号を見て、日葵が笑う。
「そのような御無体な真似はおやめください」
「フヒィヒッヒッヒ、あんた外国人なのに難しい日本語使えるじゃないか」
「難しくもありませんし、私は日本に合計で数十年ほど暮らしていますよ。様々な国に足を運びますが、この国が最も過ごしやすいので」
日葵に向かって言ってから、ワグナーは倒れた二号を指した。
「降参しなさい。すぐに手当てをしますから、降参してください。そうしないと、特にその子が危ないですよ」
ワグナーが厳しい口調で降伏勧告する。
「わ……わかった……。降参する……。だから……」
震える声で美香が降参しかけたその時だった。
「治れーっ。至急二号治れーっ」「回復回復とっとと回復ーっ」
同時に声が発せられたかと思うと、二号の痙攣が止まった。七号の折れ曲がった手足も元に戻った。




