4
泡崎一華は子供の頃、河原のカワセミに魅入られ、毎日ウォッチングしていた。
ある時一華は、カワセミの喧嘩を目撃した。その際、カワセミのカップルの片割れが殺されてしまう。
その凄惨な光景にショックを受けた一華であったが、その後でよりショッキングな出来事が起こった。殺したカワセミが、カップルの殺されたもう片方とくっついて、新たなカップルとなったのだ。
一華は子供の頃から癇癪持ちだった。これは親がそうであったために、引き継いでしまったものと思われる。
一華は勉強が出来なくて、親に叱られてばかりだった。いつしか叱られると一華もキレるようになり、反抗期には家中を荒らして回るようになった。
(あいつら殺しても、あたしもカワセミみたいに平然としていられるかな? 試してみたいな。やらないけど)
連続殺人鬼の八つ裂き魔のニュースを視て、一華はそんなことを思うようになる。
(きっと気持ちいいだろうな。あたしもあっち側にいきたいわー)
家族に対する情も無い一華は、そんな気持ちを膨らませていく。
(あたしみたいな人間は、社会の側から見たら出来損ないだし、蔑む対象なんだよね。だったらあたしから見ても社会は敵だし、滅茶苦茶にしてやりたいわ)
自分が社会の異物だと意識するようになった一華に、転機が訪れた。あの覚醒記念日によって、一華にも力が目覚めたのだ。
一華はサイキック・オフェンダーとなり、家族を殺し、住んでいた安楽市から西へと渡り、サイキック・オフェンダーが集う集団の一員に加わったが、癇癪持ちで協調性にも欠ける性格だったので、そこでトラブルを起こした。
勤一と凡美に会い、二人に助けられる格好でトラブルを切り抜け、現在は転烙市で転烙ガーディアンの一員となっている。今度はもう揉めたくないので、何かあってもなるべく我慢するようにしているが、一華は自分が信用できない。いつまた爆発してしまうかわからない。
「血が……?」
殺された転烙ガーディアンの死体から流れ出る血が、生き物のように蠢き、盛り上がっていく様を見て、一華は警戒しながら能力を発動させる。
死体のあちこちの肉が盛り上がると、死体の中からカワセミが飛び出す。死体を利用して作ったカワセミだ。
「おや~?」
その光景を見て、モニカは目を細めた。
盛り上がった血が幾条にも分かれて、一華に襲いかかる。
(血を操る能力かよ。しかもそれでこいつら殺したってわけ?)
何本ものビームのように放たれた血を避け、距離を取る一華。
今の血のビームは、一華だけを狙ったわけではない。他の転烙ガーディアンにも襲いかかった。避けた者もいたが、食らった者もいた。致命傷を受けて倒れた者もいる。
一華は計七羽のカワセミを生み出していたが、そのうちの三体を自分の防御のために残して、残り四体をモニカに向けて飛ばす。
生き残った転烙ガーディアン達も、遠隔攻撃を持つ者達は一斉にモニカに攻撃を繰り出す。
モニカはそれらの攻撃を尽く避け、あるいは防いでいった。
モニカが注目していたのは、一華の能力だった。
「ある意味私と似たような能力だねえ。本物のカワセミってわけじゃなくて、ゾンビか? いや、実際の血肉を使ったフレッシュゴーレムみたいなもんてわけか。あーあ……馬鹿だねえ。いや、あんたの責任じゃないか」
一華の操るカワセミを見て、モニカが嘲るように告げた直後、異変が起きた。
七羽のカワセミが全て、コントロール不能になったのだ。全て地面に落ちて、そのまま動かなくなっている。
「あたしのカワセミが……何で制御効かないのっ!?」
「あはははは、能力の相性が、あんたと私で最悪じゃねーか。ま、相性の良し悪し抜きにしても、地力が違いすぎるけどね」
困惑して叫ぶ一華を見て、モニカが高らかに笑う。
わけがわからないまま、一華は今あるカワセミを解除して肉の塊に戻し、死体から新たにカワセミを作って飛ばす。
しかしカワセミはまた制御を失い、落下した。一華はコントロールしているつもりでいるのに、思うように動いてくれない。
「無駄だって……。あんたの能力、私の能力でほぼ無効化できちまうのさ」
モニカの台詞を聞いて数秒後、一華はようやく気が付いた。落下したカワセミに何が起こっているのかを。
(血が……そうか、こいつは血を操るから……)
カワセミの体内で血液が渦巻き、運動機能を阻害している事に気付く一華。一華は死体の肉をカワセミに変えて動かせる一方、モニカは死体の血を操れる。カワセミの中にある血が、モニカの制御下にあり、カワセミの動きを阻害している。
ようやく理解したその時、地面に落下したカワセミ数羽から一斉に血が噴き出し、小さな血の散弾となって一華に降り注いだ。
「ごー・とぅ~・へるっ」
モニカがおちゃらけた声をあげ、親指を首元でかっ切るポーズをすると同時に、一華の全身が血の散弾で貫かれる。
(嫌だ……こんな所であっさり死ぬの……。せっかく勤一達に助けてもらった命なのに……)
絶望し、死の恐怖に心が塗りつぶされたそのコンマ数秒後、一華の意識は途絶えた。
***
転烙市のとあるホテルの一室に、新居、犬飼、義久、バイパー、ミルク、チロン、澤村が集まり、話し合いが行われている。PO対策機構のトップ勢全て集まるはずたったが、男治と史愉と勇気は来ていない。
「貸切油田屋も日本支部に動きがあるようだ。参戦の構えはしている。しかしそれほど積極的でも無さそうだ」
貸切油田屋からPO対策機構本部に入れられた連絡を見て、義久が報告した。
「外の動きはチェックできるんだな」
「ああ、外の情報は入ってくる。動きがわかる」
バイパーと犬飼が言う。
「東京のPO対策機構オフィスも、さらに追加の人員を差し向けてくれた。第三陣といったころか。おっと、あいつらも来るな」
新居が微笑む。追加メンバーのリストに、新居の知る者達の名もあった。
『こちらの情報の発信に合わせて一気に動き出したな』
と、ミルク。彼女はバイパーの隣に置かれたバスケットの中にいる。
「貸切油田屋が力を貸してくれるのは大きいんじゃないか?」
「あの組織はヨブの報酬よりタチが悪いし、信用できねーよ」
犬飼の言葉に対し、新居は否定的だった。
新居は知っている。ヨブの報酬はヨーロッパ全域のサイキック・オフェンダーと戦闘し、激しく疲弊し、弱体化してしまった。自身の組織の教義として、サイキック・オフェンダーの存在を受け入れられずに、そうせざるをえなかったのだ。
一方で、貸切油田屋は覚醒記念日以降、サイキック・オフェンダーを出来るだけ懐柔していくことで、彼等の動きを抑制していった。もちろん傘下に降らない者達も多く、そうした者達とは衝突する事もあったが、ヨブの報酬に比べればほとんど被害を受けていない。
「あとな、勇気がデビルって奴につけ狙われている」
新居の発言に、犬飼は意識してポーカーフェイスを作る。
「厄介な奴と聞いておるが、スノーフレーク・ソサエティーと共にいるのであれば、安心じゃろ。奴等も中々の強者揃じゃしの」
「一緒にいても襲われてるぞ。撃退しているようだが、だからといって安心して任せっきりってわけにもいかねーぜ」
そう言って新居は、対デビル対策へと話をもっていく。
(このやたら鋭い男に目つけられちまってる。まあ……こいつは曲者というか、計り知れない奴だ)
話を聞きながら、犬飼は新居への苦手意識を募らせていた。
***
(ナグナー教授だっけ? ラグナー教授だっけ? ワグナー教授だっけ? 名前がどれだったか思い出せない)
デビルはクローン製造工場の近くで休んでいた。そこがクローン製造工場だという事も知っている。
実はデビルは、このクローン製造工場に用があった。鈴音と勇気の細胞を持ってきたので、クローンを作って貰おうかと考え、ここに訪れた。
(責任者のホグナー教授に会わないと。多分この名前であってるはず)
そう考えた矢先、デビルの前に見知った顔数名が現れた。真、ツグミ、伽耶と麻耶、熱次郎、美香、そして美香のクローンズだ。
「ぞろぞろ多くて目立つ。美香達と僕達とで離れて行動した方がいい」
「承知した!」
真が提案すると、美香は即答した。
「本当は真と一緒にいたかったオリジナル、心の中でむせび泣く!」
「いちいちくだらないことをぬかしてからかうな!」
「ぐえっ!」
茶化す二号に、美香が水平チョップを見舞う。
真組と美香組で分かれる。真組は工場の裏手へと回る。美香組は正面だ。
「いつぞやのクローン製造工場に訪れた時のことを思いだす。高田さんと会ったのはあそこだったな」
歩きながら、美香は叫ばずに、静かな口調でしみじみと言った。そしてクローンの製造と販売を行っていた、旧ホルマリン漬け大統領の幹部、井土ヶ谷浩三の事も思い出す。
「カプセルの中にクローンがいっぱい並べられていたとかですか?」
「私達、自分の作られた場所の記憶とか無いのよね」
十三号が尋ね、十一号が言う。
「十三号の想像通りだったが、私が直に見たわけではない! 私はその時、中に入らなかった! 高田さんが入って撮影した!」
美香が叫ぶ。
「懐かしいな! あの事件で私は十三号と会った!」
美香が微笑を零して叫んだが、すぐに引き締まった表情になる。裏口から一組の男女が現れたのだ。
どちらも老人と呼べる年齢だった。男の方は白人で、頭髪はほぼ禿げ上がっている。白衣姿で、穏やかな顔立ちをしている。
もう一人が非常に異質だった。日焼けした肌の老婆で、頭はドレッドヘアーにしている。片手片足が一目でサイボーグ施術がされているとわかるメタリック仕様で、アコーディオンを弾きながら歩いている。そして老婆の周辺には、アヒル、ガチョウ、鶏、子豚、山羊、羊といった家畜が大量にいる。
「何かすげえ特徴たっぷりの婆が現れたぞ……」
「しかし只者ではないぞ! 強者のオーラだ!」
老婆を見て二号が呻き、美香は二人を見て臨戦態勢を取った。




