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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
96 マッドサイエンティストの玩具箱で遊ぼう
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1

 根人は特に穴の無い種族であり、不満も不足も無かったから、文明を育まなかった。

 しかし今は、自分達の知能を用いて、文明を育む喜びに取り憑かれている。その喜びを与えたのは純子であり、根人達は純子に感謝している。


『世界は不完全だから発展する。だが純子は世界をより発展させて、完全な世界を作ろうとしている。純子のしようとしていることは、目的と反する。目的の否定に繋がる。矛盾と言える』


 根人の一人が市庁舎内研究所にいる純子に、念話で話しかける。


「それ、ちょっと勘違いしているかなあ。私は完璧な世界作りたいわけじゃないよ。生まれながらの機会が、ある程度公平な世界がいいというだけの話だし、それだって、完璧に平等なんてことにはならないしさあ」

『平穏、安定、調和がもたらされて、世界が整えば、それだけ活気は失われる。かつての我々はそのおかげで、文明を築こうという意欲が湧かなかった』

「でも今は違うじゃなーい。貪欲に知識を溜め、地球の文化を楽しみ、地球に関与して文明の発展に手を入れている。安定していた状態からでも、その意欲が湧いてきたでしょ? 地球人の干渉があったとはいえ、停滞したままの状態で終わらなかったじゃない」


 根人の言葉を聞いて、やんわりと反論する純子。


『確かにその通りではある。しかし――人類が停滞する危険性があるということを、私は言いたかった』

「させないよー。ていうか、今までが停滞していんだよ。ヴァンダムさんが、科学文明の発展より環境保護の方が大事とかいう思想を、世界中に浸透させちゃったせいでね。私は今こそ、それを打破する時期だと考えている。そのためにも、こうやって転烙市の文明レベルを急上昇させたんだからさ」

『いささか性急であったことが気になる。今も地球人同士で多数の衝突が発生し、命が奪われている。それは多くの根人が心を痛めている』

「すまんこ。私の知り合いが死ぬのはともかく、知らない人が知らない所で死ぬことまで、私は責任持つ気になれないんだよねえ。たまたま命を落としたとしても、それはただの不幸だよ」


 根人の声のトーンが沈んだが、純子は変わらぬ声で言い切る。


「知らない人の命の喪失って、私にはただの数字の変化としか受け取れないんだ。どこか遠くで見知らぬ人が災害で死んでも、それは歴史上よくあることの一つに過ぎないから、いちいち感傷的になんかなれないし、思慮する気にもなれないかなあ」

「根人と喋っているですのか? ふむ……私も全く同じタイプですよ」


 ドアの外からしわがれた声が響く。


『フォルクハルト・ワグナー教授』

「根人の誰であるかは存じませんが今日は。おっと、ノックの先に声をかけて失礼」

「どーぞー」


 純子が促し、ドアが開く。現れたのは、穏やかな笑みをたたえた、白衣姿の白人の老人だ。頭はほぼ禿げ上がり、後ろ髪が少し残っているだけである。

 老人の名はフォルクハルト・ワグナー。ドイツで最高最悪のマッドサイエンティストと呼ばれる人物だ。


「昔の映画で、もしタイムマシンで過去に戻り、ヒトラーを殺せる機会があったら殺すかどうか――と問う場面がありましたな。雪岡さんは殺さないと言いそうですね」

「うん。殺さないよ。殺したい理由が何も無いし。そんな歴史改変に、面白い意味を見出せないから」


 ワグナーの問いに、純子は微笑をたたえてさらりと答える。


「しかし人の命を数字の上下と断ずるなら、私の研究にも賛同してくれてよさそうなものですが」


 心なしかおどけた口調で言うワグナー。彼はクローン製作の第一人者と言われている。そのために国際指名手配もされており、特にヨブの報酬には敵視されていた。


 一方で純子は、病気や欠損時の移植目的にはともかく、クローンをまるごと製作する事に反対している。その本音はワグナー自身にも伝えた。しかし反対していてなお、純子はワグナーを転烙市へと招き入れた。

 結果、ワグナーに技術提供し資金援助をしたあげく、クローンスレイブの販売にまで踏み切った次第である。


「生まれた時から覆せない運命ってのはね……。私がやろうとしている事とは、逆向しているんだよねえ」


 口元に微笑を張り付かせたままの純子であったが、目は笑っていなかった。


(だから頼むよ。真君。熱次郎君。いや、多分美香ちゃんが先に動くかな)


 ワグナーの知識と技術を得るために、純子は内心渋々手を組んだが、ポリシーにそぐわぬワグナーの排除も、視野に入れていた。そしてそれは、自分が手を下すまでも無いと考えている。


***


 彼は元々東京にいたが、PO対策機構の追跡を逃れて、三週間前に転烙市に訪れたサイキック・オフェンダーだった。


 犯罪を繰り返した彼は、今や都市の治安を護る側となった。彼は転烙ガーディアンの一員になったのだ。

 彼は散々犯罪を働いた後、今度は都市の守護者として頼られ、高給取りの充実した新生活を送る事となり、自身の人生にすこぶる満足していた。世の中は所詮やったもん勝ちだと見くびっていた。


 その彼が今、引きつった表情で全身を震わせている。膀胱が決壊しそうになっている。


「大丈夫ですよ~、そんなに怖がらなくても。命に別状は無いですから~。今度こそ大丈夫ですから~」


 冴えない顔の中年男が、猫撫で声を出し、呪符をかざす。彼に話しかけているのではない。同僚の女性にだ。女性は彼以上に恐怖に顔を引きつらせ、ガタガタと震えている。

 周囲には他の同僚の死体が散乱している。原形を留めぬ肉片となった者もいる。全員転烙ガーディアンだ。元サイキック・オフェンダーだ。自分達の力に絶対の自信を抱いていたチームだ。しかし生き残ったのは今や三人だけ。


「ギニャアァアァッ!」


 女性の首筋に呪符が貼られた直後、女性が目を剥いて絶叫をあげた。腕と首と顔の血管が浮き出ている。肌の色も少しずつ青紫色に変わっていく。そのうえ小さな突起物が全身から生えてくる。頭髪は全て抜け落ちる。

 人から人ならざるものへと変化する女。しかし彼がこの光景を目の当たりにするのは、初めてではない。三人目だ。一人目は全身が弾け飛んだ。二人目は生きているが、顔が足の裏と混ざって臀部から腕が生えた状態の奇怪な肉塊となって床に転がり、うーうーと呻いている。


「おお、やりました~。ほら見てください。大丈夫だったでしょ? やっと成功しましたよ~」


 青紫の肌の怪物と化した女性を見て、冴えない顔の中年男――男治雄三が喜びの声をあげる。


「えっへっへっ、さーて、最後に残った貴方も成功するといいですね~」


 男治がいよいよ矛先を向けてきたので、彼はいっそう震えあがった。


「うおんうおんうおーんっ!」


 男治が呪符を彼の額に貼ると、彼は犬のような声を出して吠えながら、首をぐるぐると回転しだす。回転しながら首がどんどん伸びていく。そのうえ全身から茶色い毛が生えていく。


「ぐっぴゅうー。何しているんスかーっ。あたしの実験台残しておけと言ったはずだぞーっ」


 そこに史愉がやってきて、肩をいからせながら抗議する。


「え? 言われてましたっけ~? 覚えはありませんけどねえ」

「言わなくてもそれくらいの配慮すべきだぞっ。あたしがいるんだからあっ」


 きょとんとする男治に、史愉が自分勝手な主張をする。


「つーか殺しすぎだぞ。妖怪化した手駒、たった二名じゃない。ぐぴゅぴゅ」


 呆れ気味に言う史愉。男治が転烙ガーディアンを妖怪化して、こちらの手駒にする活動を行うということを、前もって聞いて知っていた。


「抵抗激しくて仕方なくです。それと、新しい術を試してみたかったんですけど、やっぱり未完成で、何人か死んじゃいましたあ。たは~」

「あたしを置いて先走るからバチが当たったんだぞー。あたしも一緒にやるぞ。引き続き転烙ガーディアンを実験台として捕獲するぞー」

「えー……」


 史愉の勝手な決定に、不満げな声をあげる男治。


「雪岡さんならこんなに強引じゃなくて、同僚にもこまめな気遣いしてくれるんですけどねえ。とほほ~」


 三十年前、アメリカの軍事研究施設にて、純子とは同室で働いていた事がある男治である。


「それはあたしに喧嘩売ってるの? つーかそんなに純子がいいならそっちに行けばいいっス」

「僕もそうしたいんですけど、そんなことしたら、ただでさえ家出しているふくが、絶対に帰ってこなくなっちゃいそうです~」


 史愉が冷たく言い放つと、男治は両手の人差し指の先をつけるポーズをしながら、情けない声をあげる。


(ま、こいつの力は絶大だし、純子側についたら面倒臭いことこのうえないけど)


 男治の娘のふくの御加護はありがたいと、素直に認める史愉だった。


***


 転烙魂命祭まであと四日。


 ネロ・クレーバーは転烙市内に潜伏しながら、密かに行動していた。ヨブの報酬は壊滅したが、それで全てを諦める気は無い。敗北を認める気は無い。自分達を壊滅に追い込んだスノーフレーク・ソサエティーと繋がっている、PO対策機構にこれ以上与する気も無い。

 今はヨブの報酬の生き残りたった三名で、転烙魂命祭を止めるため、そして純子を殺すために、準備を進めている。


「モニカから報告です。西の準備が整ったとのこと」


 長い顔をした異相の男が声をかけてくる。ヨブの報酬の精鋭部隊『ヤコブナックル』のリーダーである、ライ・アジモフだ。


「そそうか。早いな」

「西部はこちらと違って田園地帯ですからね。開けている場所故に、陣が張りやすいのですよ」


 もう一人の生き残りであるモニカ・イグレシアスの作業が早い理由を、アジモフが説明する。


「君達が生きていたのは僥倖だ。お、おかげでまだ、望みがある」


 特にアジモフが生き残っていたおかげで、この絶望的な状況でなお、逆転の可能性も残っていると、ネロは受け止めていた。


「都市一つを覆う規模の陣を張った事は初めてではありません。しかしこの人数で、この短期間で行うのは、かなり無理をしています。加えて、気付かれずに進めることは至難であり、気付かれた際の対処は困難となりましょう」


 アジモフが無表情に淡々と語る。感情が一切見えない男だ。彼を知る者は、機械のような男だの、冷凍人間だのと囁いている。彼の表情を見た者はいないし、彼個人の感情や感想を交えた言葉を聞いた者すらいない。


「俺とモニカで、何とか対処しきってみせる」

「わかりました」


 ネロが力強く宣言すると、アジモフは機械的な声を発し、胸に手を当てて恭しく一礼した。

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