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PO対策機構の裏通り組が主に泊っているホテル。犬飼、新居、シャルル、李磊、義久が集い、さらに真も呼ばれた。
「義久のおかげで作戦は見事成功だ」
「別に俺だけのおかげじゃないし。功労者は命懸けて前線で戦った人達だろ」
犬飼が義久を持ち上げると、義久は照れ笑いを浮かべて謙遜する。
「オフィスから連絡が入った。PO対策機構からさらに援軍送ってくれるとよ。そんで、貸切油田屋が協力してくれるらしい」
新居が報告する。
「外からの情報は得られるけど、返事が出来ないのがもどかしいね」
シャルルが窓の外の景色を見ながら言う。空の川が見える。
「あの中を脳みそがいっぱい流れてるのかー。にわかに信じがたい話」
「写真にも撮れないらしいな。まあ、撮れるんだったらもっと早くに判明しているだろうけど」
シャルルの言葉を聞いて、真が言った。
「で、これからどうするんだ?」
李磊が新居の方を向いて問う。
「援軍送ってくれるというし、外部からの救援待ちだ。今の戦力では何をするにしても心許ない。赤猫電波発信管理塔攻略もギリギリの綱渡り感があった。敵の戦力投入がもう少し激しければ破綻していた」
と、新居。
「十分な救援が来てからは?」
「そりゃ全面戦争するだけだろ。至ってシンプルだ」
義久が伺うと、犬飼が肩をすくめて答えた。具体的なことを聞きたかったのに、大雑把な返答がされたという事は、大して作戦が決まっていないのか、あるいは自分にも教えられない代物なのだろうと、義久は判断する。
「真はそれでいいのか?」
義久が気遣う。
真は無言だ。義久の気遣いは、このまま純子と真っ向から敵対し続けたら、そのうち純子を殺しかねないという危惧を示唆したものであり、真に通じている。
(場合によってはよくない)
しかし真の思考は義久の危惧とは異なる領域にいた。
(僕が直接あいつを止めないと意味がない。他の誰にも手出しをさせたくない。他の奴等はその御膳立てだけ整えてくれればいいんだ)
身勝手な考え方だということは、真にも自覚がある。しかしそれが真の偽らざる本心であった。
***
「昨夜ここでみどりと会っていたんですよ」
オープン前の空中カフェにて、累は言った。同じボックス席に、純子と悶仁郎と霧崎が座っている。もちろん他に客はいない。店員もいない。
「昨夜は赤猫電波発信管理塔を守りきれなくて申し訳ない。敵は思ったより強力だった」
全く悪びれていない口振りで謝罪する霧崎。
「赤猫電波発信管理塔は、もっと戦力を出していれば防げたのではないですか? 余力が無かったわけではないでしょう?」
累が疑問を口にする。
「祭りのために余力は欲しかったからね。だから出し惜しみしておいたんだ。外に情報漏らされたとしても、もう手遅れだろうしね」
「少し呑気だと思います。貸切油田屋が介入するとしたら、ミサイルで都市ごと破壊という手も使ってくるかもですよ?」
純子の答えを聞き、累は心なしか呆れ気味な表情になって言った。
「過去に何度か前科があるからねえ。でも迎撃システムもちゃんと作動しているから、大陸弾道ミサイルを何発撃たれても平気だよ。ま、今回に限っては撃ってこないと思うけどね。テオドール君の友達もこの町にはいるんだし」
純子が口にしたテオドールの友達とは、熱次郎のことだろうと判断する累。そもそもテオドールは熱次郎だけではなく、純子とも親しい。テオドールを改造して、年相応の子供の姿に変身できるようにしたのも純子であるし、テオドールはその件で純子に恩義を抱いている。
「場合によっては、祭りの日が伸びるという事もあるのかな?」
「設営に支障は無いよ。妨害も見越して、準備期間に多めに日を取っていたんだから」
悶仁郎が伺うと、純子はさらりと言ってのける。
「私が向こうの立場だったら、無理してでも祭りの前日に襲撃したけどね。多分PO対策機構は余裕が無い。余裕を持ちたい。祭りまでの時間を利用して少しでも戦力を呼び込みたいと思って、昨日――いや、今日襲撃を仕掛けたんだと思うんだ」
「それならば、前倒しして祭りを行うという手もあるのー」
悶仁郎が提案する。
「いやいや、流石にそれは大勢の人に負担になるから駄目だよー」
「おっと、そうか。考えが足らなんだ。やはり拙者は人の上に立つ立場などあわん」
純子にやんわりと否定され、頭をかく悶仁郎。
「そうそう、音木君は大して成長していなかったよ。妖術師の男治遊蔵は大したものだったが」
「ふみゅーちゃんは実力的になら、少しは成長しているんじゃないかなあ。人間的にも、色々な人と交わるようになって、ほんのちょびっとだけ、昔よりマシになってるかもねえ」
霧崎の言葉を受け、純子は苦笑しながら苦しいフォローをした。
「純子は史愉のことが結構気に入っているのですね」
累が言う。純子は百合に対しては無関心であったが、史愉に対してはそうではない。それが累には不思議だった。どちらも似たようなしょうもない輩だと、累の目には映っている。
「累君、前にも似たようなこと言わなかった? ま、ふみゅーちゃんはそんなに嫌いじゃないよ」
「はあ……理解に苦しむね。珍獣を愛でる感覚かな?」
純子の台詞を聞いて、霧崎は肩をすくめて息を吐いた。
***
新居や真達と別れて、犬飼は自室に戻る。
室内には椅子に座っているデビルの姿があった。扉を開けるなり目が合った。犬飼が来るのを待っていたようだ。
「勇気の件。また失敗した」
「そうか。やっぱり警戒されていて待ち伏せか?」
犬飼の問いに、デビルは無言で頷く。
「何かいい知恵は無い?」
「うーん……状況が見えないから何とも言えないぞ。お前さんが苦戦するほどなんだから、ターゲットは相当に厄介なんだろう?」
「待ち伏せされたうえに数で押された。全員が卓越した能力者」
「それはもう諦めた方がいいんじゃないか?」
犬飼のその問いかけには、毒が含まれていた。デビルにだけ作用する毒が。それは誘導だった。
(こう言うと諦めない奴だ。わかりやすい天邪鬼っていうか)
犬飼は予想していた。いや、確信していた。デビルがどのような反応をするか。
「まだやってみる。まだ諦めたくない。まだ負けたくない。だから相談してる」
(ほらな。あーあ……。そして俺もそいつをわかったうえでけしかけるつもりで言った。その事にもこいつは気付いていない。あーあ……)
自分の思い通りに動いてしまうデビルに、犬飼は落胆する。
「執着はよくない? 葛鬼勇気という子。光の道を歩むこの子の存在が、イラついて仕方ない。僕にとって――いや、僕達にとっての敵だ。消して気分よくなりたい」
「いや――やればやるほど警戒されて難しくなる。相手が多人数で卓越した力の持ち主という時点で難しい。そもそもこの国のドンだしな。本人も相当な力の持ち主ときた。あと一度で確実に仕留める意気込みで、作戦を煮詰めた方がいいと思うぞ」
デビルがなお勇気を狙うという前提でなら、この忠告は親身になって真剣に考えたうえでの最適解だ。犬飼に含む所は無い。
(犬飼が言うならちゃんと従った方がいい。犬飼は大体いつだって正しい。そして頼もしい。今は反抗的にならない方がいい)
そう、自分に言い聞かせるデビル。
デビルは犬飼が正しいと信じているし、信頼しているし、リスペクトもしている。しかしそれでも反抗的になりがちというか、正しいとわかっているからこそ、意地になったり、反抗的になったりしてしまう性分だ。そしてデビルも自分のそんな天邪鬼な部分を自覚している。今回はその天邪鬼はやめようと、心に決めた。
「わかった……あと一回だけ。次、ラストチャンス。今度は油断しない。犬飼の忠告は正しかったけど、僕の方針が間違っていたわけでもない」
そう言い残して、デビルは平面化して部屋を出て言った。
犬飼は表情を曇らせて、小さく溜息をつく。
(デビル……お前、面白い奴だったよ。でも今は……残念だな。俺にとっては、面白くない奴になりつつある)
虚空を見上げ、再度息を吐く犬飼。
(だってお前、俺の思い通りにあっさりと動いちまうんだもん。簡単に踊らせることが出来ちまうんだもん)
残念な気持ちでいっぱいになりながら、犬飼は心の中である決断を意識する。
(まあ、楽しかったけど、そろそろ……だな……)
95 祭りの前に遊ぼう 終




