25
赤猫電波発信管理塔。
「音木君、君はグリムペニスの傘下に入って好き放題しているようだね」
霧崎が喋りながら己の顔の前に手をかざすと、手の中にワイングラスが出現する。
「マジシャンかよ」
「言われてみればそんな服にも見える」
卓磨と冴子が囁き合う。
「ぐぴゅ。それの何が悪い。あたし達は組織に属するかパトロンがいなくちゃ、ままならない存在だぞー」
傲然と言い張り、鼻で笑う史愉。
「君とミルクと雪岡君はフリーでやっていたし、それを矜持にしていただろうに。そして君は大学勤務の私を罵っていたのに、今や私よりずっと良い環境を手に入れて、実にいい御身分だ」
笑い返す霧崎であったが、史愉は全くひるまない。
「ふん。あたしだって本当は良い環境でぬくぬくしていたかったぞー。それが出来ないから僻んで非難していただけの話だし、君達より良いになった今は、僻むことも無ければ、非難することもないぞー。逆に今こうして君に僻まれて、心地好いぞー」
「うっわあ……性格悪~……」
「酷い開き直りじゃな」
「ここまで自分をストレートに出せる人、驚きですう」
史愉の台詞を聞き、冴子とチロンが半眼になって呟き、優は感心していた。
「話していて、恥ずかしくならないのかね? さらに失望の上乗せだ。フリーであることに、誇りやポリシーがあったわけではなく、単なる性格破綻者であるが故に、どこにも順応できなくて孤立していただけではないか。好条件の勤め先を見つけたら、ほいほいとついていく節操の無さも失望だ」
「ちゅーか失望ということは、こんなのにも一目置いとったのか? それもまたどうかと思うんじゃが」
「こんなのはと何よーっ」
霧崎の言い分に対してチロンが突っ込むと、史愉がむっとした顔になって声を荒げた。
「シンプルな悪口の方が効くタイプみたいですねー」
史愉を見て竜二郎が言う。
「私は別に君の立場を僻んではいないが、私を見る度に罵っていた君が、私と同様の立場にあっさりと収まった厚顔無恥さには、げんなりしてしまうね。つまり過去の君は、今の君を罵っていたというわけだ」
霧崎が笑みを消し、冷ややかな目で史愉を見ながら告げた。
「ふん。今のあたしは昔のあたしとは違うってことだぞー。これもあたしが成長してるっていう証明だぞー」
「全然違うと思いますねー。それは成長とは別物でしょー」
「成長ではなく、状況に合わせて主張をころころ変えているだけだ」
得意げに言い張る史愉を、竜二郎と鋭一が否定する。
「君等は手を出すんじゃないぞー。こいつはあたしがとっちめてやるぞーっ」
史愉が霧崎の前に進み出る。
「フェ~ヘッヘッヘ、タイマンかい。そんじゃ、あたしは下がって見ておくよ」
日葵が後方へと下がる。日葵に付き従う動物達も下がる。
「一対一の戦いを悠長にしている時間は無いじゃろ」
「うるさいぞー。あたしが言ってるんだから従えッス」
チロンが声をかけるが、史愉は聞く耳もたない」
「チロンさん、これでいいと思いまあす」
優がチロンの耳元で囁く。
「遊軍が塔に突入したそうですし、遊軍がここに辿り着くまでの時間稼ぎにもなってくれると思いますよう」
「その理屈はわかるが、空の道を通って転烙ガーディアンの連中も駆けつけてくるんじゃぞ」
「わかってまぁす。先に遊軍が中に入っているので、多分、大丈夫だと思うんですよねえ」
「なるほど。時間稼ぎをしておれば、先に遊軍が辿り着くのが道理ではあるな」
優の目論見にも納得したチロンであるが、まさかその遊軍が、転烙ガーディアンとは全く無関係の者と交戦しだしているなどと、優もチロンも思ってもみなかった。
史愉の方から仕掛ける。白衣の袖の下から、夥しい数の青く光るアブが飛び立つ。
「ふむ。確か超常の力を吸い取るのだったかな」
霧崎のかざしたグラスの中に、赤い液体が湧いたかと思うと、液体が勢いよく噴き出し、飛んでくるアブに降りかかる。ワインだ。
液体に塗れたアブが一斉に落下する。アブは一匹も霧崎に辿り着くことなく、床へと落ちる。
史愉は動じることなく、白衣の袖の下から別の虫をまた大量に放つ。先程のアブよりさらに小さな羽虫――河原等でよく大量に跳んでいるブヨだ。
ブヨの大群にも、湧き出るワインで撃退しようかと考えた霧崎だが、思い止まった。同じ手で防げる攻撃を繰り出すとは思えない。
(なるほど、ブヨとブヨの間に電界が発生している。放電が目に見えるほどではないがね。雪岡君から聞いた話では、音木君が虫では高電圧を作るのは難しいとぼやいていたらしいが、それも克服したという事か)
霧崎がブヨを解析しながら、その能力を見抜くと、ワイングラスを消失させた。代わりに胸ポケットからハンカチを取り出し、頭上に向かって放る。
ハンカチは巨大化して、霧崎の体をすっぽりと覆うように落下する。
ブヨがハンカチにたかる。傍目からはわからないが、高電圧高電流を流している。
やがてハンカチが床に落ち、広がった。そして元のサイズに戻る。霧崎の姿は消失している。
「いよいよもって手品師か?」
澤村が呟いた直後――
「ぐぴゅう!?」
霧崎が史愉の頭上に現れたかと思うと、史愉の体に乗っかった。
史愉に肩車する格好になった霧崎が、史愉の頭部を鷲掴みにして、凄まじい握力で頭蓋骨に圧力を加えていく。
「ふむ。相変わらずだね。君は。口と態度は大きい。無闇に意識だけ高い系。実力は口と意識に比例しないときた」
「ぐ、ぐぴゅぴゅ……」
霧崎に乗られて好き放題罵られ、史愉は怒りのあまり言葉を出せなくなった。
「いえいえ、それが音木さんのいい所じゃないですかあ」
「いい所なのか……」
「はい~。音木さんのそういうピエロな所見てると、僕は心が落ち着きますから」
「そうきたか……」
男治がにこやかな表情で言い、卓磨が呆れる。
「ふざけんじゃねーぞーっ」
史愉が激昂し、両腕をカマキリのカマへと変形させて、霧崎めがけて繰り出す。
次の瞬間、カマキリの鎌が床に落ちていた。霧崎が両手を横に振るい、手刀によって切断した。
「ぐびゅっ! ぴゅ! びゅ……!」
霧崎が史愉の頭の上に立って、何度も頭頂にストンピングを加える。踏まれる度に、史愉は変な声を漏らす。
「良い踏み心地だ。それだけは称賛に値する。名は体を表すかね?」
「このぉーっ!」
怒りに身を任せて、史愉が上を向くと、口から消化液を吐き出し、霧崎の足に浴びせた。
霧崎が史愉から離れて着地する。霧崎の膝から下から煙が立ち上る。ズボンは溶けていないが、肉は溶かしている。
確かな手応えを感じた史愉だが、何故か愕然とした表情になっている。
「おやおや、はしたないことで」
余裕の笑みを浮かべる霧崎。
「私の消化液で溶けるより、再生の方が早いの?」
「違うよ。成分を解析して中和する物質を体内で生成し、無力化しただけだ。わかりやすく例えると、酸性にアルカリ性を混ぜて中性にしたようなものだ。実際にはそれほど単純ではなかったがね。他の者はともかくとして、それくらいのこと、君には見抜いて欲しい所だ」
戸惑う史愉に、失望したような顔で解説する霧崎。
「たは~。選手交代しましょ~。音木さんじゃあ敵わない相手みたいですし~」
男治が大きな溜息と共に申し出る。
「敵わないなんてことないぞっ。まだ戦いは始まったばかりだぞーっ」
「どう見ても形勢不利だよ」
「ずっといいとこなしだし、交替した方がいいだろ」
喚き散らす史愉に、岸夫と鋭一も男治に同意する。
「ぐっ!」
一際強く頭を踏みつけられ、史愉はくぐもった声をあげて、崩れ落ちた。霧崎は床に着地すると、男治に視線を向ける。
「ふむ。男治遊蔵。君には私も興味がある」
冴えない顔つきの中年サラリーマンにしか見えない男治を見て、不敵に笑う霧崎。
「イ~ヒッヒッヒ、気を付けなよ、お偉いセンセイよ。その男、術師界隈では伝説の魔人とまで謳われている者だからねえ」
日葵が笑いながら忠告する。
「クックックッ……知っているよ。だからこその興味だ。果たして如何な力を振るうのか」
「そうですか~。そこまで言ってくださるなら、つまらないものですが、お見せしましょうか。えっへっへっ」
卑屈な笑みをたたえながら、男治は呪文を唱える。
巨大なシダ植物が床から次々と生え、触手のような動きで霧崎に襲いかかった。
霧崎は手刀でシダを切断していくが、シダの数と勢いが多く、そのうちシダに巻き付かれた。
シダに締め上げられ、骨の折れる音が何度も響き渡る。
「ほう、意外とパワフルだな。初っ端から見せてくれる」
霧崎が微笑み、その瞳が光った。
次の瞬間、霧崎の全身から眩い光が放たれ、巻き付いていたシダが光の中で溶けるようにして消滅する。
「そちらの方が余程パワフルですよ~」
そう言って、さらに別の呪文を唱える男治。
「ターコイズトマト、かも~ん」
鮮やかな青緑色のトマトが大量に空中に出現したかと思うと、霧崎に向かって飛んでいく。
霧崎の近くまで飛んだ所で、トマトが空中で次々と破裂し、青緑色の汁を撒き散らす。
霧崎は不可視の防護膜を張って防がんとする。
「むっ?」
霧崎が呻く。服や手に汁がかかっていたのだ。汁は防護膜をあっさりと突き破ってきた。
体にかかった汁が煙を出している。霧崎の肉を溶かしている。霧崎は必死に体を再生させているが、再生より浸蝕の方が強い。そして先程の史愉の消化液のように、中和する物質の精製も出来ない。単純な化学反応で溶かされているわけではなく、トマト汁そのものが妖力を帯びていて、その作用で溶かされている。
(単純明快に、パワーの差が見えている。再生だけでは防ぎきれん。再生に無駄に力を費やしてしまったが、これは悪手だった。かくなるうえは――)
霧崎の体が消えた。転移したのだ。しかし浸蝕してくる謎の液体は転移せず、その場に置き去りにした。
「大したものだ。では、これならどうかな?」
霧崎が不敵に笑いながら指を鳴らす。
破壊されたと思われた硝子人達が立ち上がる。いや、破壊された状態のままゆっくりと浮遊する。小さな破片も全て浮かび上がる。
硝子人の残骸が合体する。それはたちまち砲台の形状となり、ガラスの砲身が光ったかと思うと、男治めがけてビームを放った。
ビームが男治を貫くことはなかった。男治の前に大きなヒトデが空中に現れ、縦に回転しだしたかと思うと、ビームの光を全て受け止め、吸収した。
「お返ししまーす」
男治が言うと、空中にいるヒトデが横に回り、霧崎の方に正面を向けたかと思うと、霧崎めがけてビームを放った。
再び転移して、ビームを回避する霧崎。
「ふむ。こちらの――」
転移した直後の霧崎が何か言おうとした矢先、霧崎のすぐ近くで立て続けに小さな爆発が起こり、霧崎の体を吹き飛ばした。
「わっはっはっはっ! ざまーみろだぞーっ!」
倒れた霧崎を見て、史愉が高笑いをあげる。自爆の能力を持つ昆虫を霧崎に向けて放っていたのだ。
霧崎の体はあちこちが吹っ飛んでいた。常人なら致命傷のダメージだ。しかし吹き飛んだ肉片が霧崎の体に少しずつ戻り、再生を行っている。
「おやおや、この肉体損傷はいくら再生能力持ちでも深刻じゃないかい?」
日葵が霧崎を見下ろして言う。
「ちょっと音木さあん、音木さんは手出すなと言っておきながら、僕が戦っている時には手出しするって、ずるいじゃないですか~」
げんなりした顔で抗議する男治。
「わっはっはっはっ、あたしが手出しするのはいいんだぞーっ。さっきやられて悔しいから、一対一なんて綺麗事は無しにして、任務優先という本来あるべきポリシーに、素早く切り替えただけの話だぞーっ」
「本当酷いな、あいつは……」
「全てにおいて自分本位な人ですねえ」
小気味よさそうに笑う史愉を見て、鋭一と優が呆れる。
「しかしいつまでも遊んでいるわけにもいかんじゃろ」
チロンが霧崎と日葵の前に進み出る。
「フヒェヘホヘホヘホヘヘヘ、霧崎先生や、随分と消耗してしまったのではないか? それに比べて敵はまだまだ余力が有るうえ、数も多い。これはいささか分が悪くないかえ?」
日葵がへらへらと笑いながら伺う。
「その通り……だな。認めよう。深刻なダメージも受けてしまい、再生にもそれなりに力を費やしてしまった。すまん。雪岡君。撤退させてもらう」
霧崎が電話で断りを入れると、また転移して姿を消した。
「あたしもお暇するよ? 老婆を大勢でぼこぼこにしなくちゃ気が済まないってんならら、好きにしたらええ。何なら輪姦してみるか? イ~ヒッヒッヒッ」
日葵が断りを入れて、堂々と背を向け、アコーディオンを奏でながら去っていく。動物たちも付き従う。
「変な婆さんだった」
ぽつりと呟く卓磨。
「しかし霧崎剣さんは強かったですね。音木女史が成す術なく一方的にやられていましたし」
と、澤村。
「ああん? ふざけんじゃねーぞー。どこに目つけてるんスか。最後はあたしがとっちめてやったの見てなかったのー? あんなの大した奴じゃねーぞー。ぐぴょぐぴゅ」
「男治に攻撃された隙を狙って不意打ちしておいて、よー言うわ」
「卑怯でしたよね。僕は霧崎さんが可哀想になりました~」
史愉の台詞に対し、チロンと男治が半眼で突っ込んだ。
その後、一向は何の障害も無く、赤猫電波発信管理塔のシステム中枢に辿り着く。
「さっさと破壊して離脱しましょう。各地に分散していた転落ガーディアン達が、空の道を通って次々とこちらに向かっているとの報告が入っています」
システム中枢の扉の前で、澤村が呼びかけた。
「うちらちゃんと脱出できるのかな……?」
「その脱出のためにも、遊軍が来ているのでしょう」
「ちゅーか遊軍はいつまで経っても上がってこんのー。下で何かあったのかもしれんぞ」
不安げな岸夫に、優が告げ、チロンが懸念を口にする。
(ぐっぴゅ……予備システムが作動するまでの時間が不明だし、同時に作動している可能性もある。そういう意味では、実に分が悪い賭けだぞ)
今更ながらに史愉は思う。この大がかりな作戦の最後の最後で、不特定要素を意識してしまう。
扉が開かれる。




