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それまで正美、オンドレイ、李磊、シャルル達PO対策機構に押されまくっていた転烙ガーディアンであったが、蟻広と柚と他数名の援軍が加わっただけで、一気に戦いの趨勢が逆転した。
正確には柚の力が圧倒的で、そのおかげだった。光り輝く武者の大群、同じく光り輝く巨大リス等を呼び出して暴れさせている。さらに柚自身も、空間操作や、巨大どんぐり爆弾の投射等を行って攻撃してくる。
「手が付けられないなー。あの鏡下げた女の子。ちょっとでも隙見せたらアウトだしさ」
「本トだよ。あの子だけ別格でラスボス級。マジで嫌になる。見た目は可愛いけど強過ぎて頭に来ちゃう。むかむかだよ」
揃って物陰に隠れて愚痴るシャルルと正美。
「お前らねー……サボってないで戦えよ……」
李磊は光り輝く武者と交戦していた。気功塊をぶつけて、武者や巨大リスを打ち消していくが、次から次へと補充されていく。李磊の体力はどんどん消耗されていっている。
オンドレイはというと、蟻広と一対一で戦っていた。こちらは逆にオンドレイが優勢だ。
「畜生がっ……! 悪因悪果大怨礼!」
蟻広が忌々しげに毒づいて、術を発動させる。太い黒ビームがオンドレイめがけて放たれたが、オンドレイは軽々とかわす。
お返しとばかりにオンドレイが銃を撃つ。
銃弾が蟻広の左脚に当たる。これでオンドレイの銃撃を受けるのは三回目だ。これまでの二発はトレンチコートの防弾繊維で阻まれたが、三発目は防弾繊維を穿ち抜き、ズボンが血に染まり、蟻広はよろめきながら、破壊されかけた店舗の陰へと逃げ込んだ。
「ポイントマイナス12……もちろん俺のな。畜生……何なんだよ、あのおっさんはよ……」
額に脂汗を浮かべながら、蟻広は妖魔銃を取り出す。先程から幾度か術を繰り出しているが、防がれ、避けられ、まるで通じていない。
店舗をカバーして射撃する蟻広。
オンドレイは弾道を見切って避けたつもりであったが、その瞬間、微かに首筋の毛が逆立った。超常の力の作用を感じ取ったのだ。
臓物が絡まり合って平たく潰されて引き伸ばされたような膜が、オンドレイの目の前で広がった。まるで臓物で出来た布が撮網の如く、オンドレイを捕らえんとしているかのように。
様々な超常の力を目の当たりにし、尽く対処してきたオンドレイではあるが、これには流石に意表をつかれてしまった。そのうえ回避行動の直後であった事も、対応が遅れた要因の一つだった。
回避しようとした所で、避けきれない事を悟り、オンドレイは顔を両腕で守る。臓物群がオンドレイの両腕に絡まる。
「やったぜ」
脂汗をしたたり落としながらにやりと笑った蟻広だが、その汗が冷たく感じるような光景を目の当たりにする事になる。
「ふんぬーっ!」
オンドレイが気合いの叫びと共に両腕を振り下ろす。その所作だけで、オンドレイの腕に絡みついていて臓物が全て飛び散り、地面に叩きつけられた。
「気持ち悪い術? を使いよる。ま、俺もまだまだだな。少し油断してしまった」
腕にまだ付着している肉片を払いつつ、オンドレイは歯を見せて笑う。
「ポイント30以上……引くかな……?」
口の端からガムを零すように吐き出しつつ、呆然として呟く蟻広。
「手こずっているか。あれが一番強そうね。私が相手をしよう」
柚が蟻広の側にやってきて申し出る。
「ふむ。そっちが来たか」
オンドレイが口髭をいじって笑う。柚がPO対策機構側を圧倒している光景は、時折横目で確認していた。
「旦那も確かに強いんだけど……あの女の子相手は無理なんじゃないかなあ?」
シャルルが街路樹の陰から見学しながら呟いたその時、柚が首から下げている鏡から眩い光が放たれた。
武者やリスよりもさらに強い光を放つ鳥が数匹、光の中から現れて、高速で飛翔してオンドレイめがけて突っ込んでいく。
光り輝く鳥は、翼を広げれば数メートルになろうかというサイズだった。胴体も中型犬程のサイズがある。自然界にこれほど巨大な鳥はいない
オンドレイは鳥に向かって二発発砲したが、鳥は体を傾けて銃弾をかわし、あっという間にオンドレイとの距離を詰めた。
「うおっ……と!?」
オンドレイは珍しく狼狽気味の声をあげ、両腕を突き出して、突っ込んできた鳥の翼を掴んで受け止めた。湾曲した鋭い嘴が目の前に迫っていた。
光る鳥が暴れ、嘴や鈎爪を振るうが、オンドレイには届かない。がっちりと押さえている。
やがて光る鳥が消え、オンドレイは柚を睨みつける。今の攻撃は中々危なかった。鳥のスピードもパワーも並外れていた。
「それを受け止めるとは、やるな」
称賛し、微笑む柚の鏡がまた光る。今度は人が乗れる程の大きさの巨大なトノサマバッタが三匹現れる。今度は光を放つことは無い。
巨大バッタがオンドレイに向かっていく一方で、さらに鏡が光り、巨大なトンボが四匹現れる。
「あれはやっぱりヤバいね」
「うん。いくらオンドレイさんが強くても、放っておいたら不味い」
シャルルと正美が言い、銃を撃って加勢する。先程まで柚とはずっと戦闘しており、その危険さは理解していた。
「俺はもうバタンキューだから……頼むわ……」
言葉通り倒れている李磊が、アスファルトに頬をすりよせながら言ったが、誰の耳にも聞こえていない。
(この娘っ子の恐るべき点は、底が見えぬことだ。俺と交戦する前も含めて、次から次へと術を連発しているにも関わらず、まるで疲労している気配がない。娘っ子と戦っていた李磊はへたばっているというのに)
巨大バッタと格闘しながら、オンドレイは柚を意識する。
「あれと生身で戦う人間がいるか。大したものだ。もう少し奮闘する姿を見ていたいものだが、油断して遊んだあげく、火傷を負うということもありうる。ダメ押しさせてもらうよ」
柚が静かに言い放つと、ポケットをまさぐり、無数の小さな何かを放り投げた。
投げたそれは、飛んでいる最中に巨大化して、何がなげられたかはっきりとした。どんぐりだ。オンドレイとの交戦に入る前にも何度か使用し、PO対策機構の兵達に被害を与えている。
オンドレイの近くまで水平に飛んだ無数の巨大どんぐりが、一斉に爆発する。
「ふん。ぬかったな」
オンドレイがにやりと笑い、両腕で掴んだ巨大バッタを放り捨てる。咄嗟に巨大バッタを盾にして、爆風を防いでいた。
「咄嗟にそのように動ける者など、そうはいないよ。しかし君はつくづく感服に値する男だ。もう少し本気を出してもいいかもね」
微笑みながら柚が告げると、人差し指でオンドレイを指して、くるりと回した。
「むおっ!?」
柚の人差し指の動きに合わせて、オンドレイの巨体が横に一回転半回り、頭から地面に落ちる。
「空間操作か……。厄介な真似をしよる」
すぐに起き上がり、オンドレイが唸る。
「強めに叩きつけたつもりだったが、すぐ動けるか。それならもっと強めだ」
「ぶふっ!」
柚が手を軽く払うと、その動きに合わせてオンドレイの体が吹き飛んで、ガードレールにしたたかに両脚を打ち付けられて、車道の上にうつ伏せに倒れる。
「嘘でしょ……。あのオンドレイさんまで、手玉に取られちゃってるよ? 信じらんない。見ちゃいけないもの見ちゃった気分なんですけど……」
その光景を見て、正美が呆然とする。
「柚、プラス40くれてやる。胸がすっとした」
「高得点どうも。私が君から大量のポイントを貰えるのは、こんな時ばかりだな」
蟻広が言うと、柚は嬉しそうに微笑む。
「ん?」
蟻広に電話がかかってきた。相手は悶仁郎だ。
『赤猫電波発信管理塔が攻撃を受けておるぞ』
「え?」
悶仁郎の報告に驚く売り広。
『各地の祭りの設営妨害は囮で、赤猫電波発信管理塔が本命ということじゃ。急ぎ赤猫電波発信管理塔へ向かえ』
「つまりこれは俺の逆転勝ちでいいのかな?」
『いやいや、拙者の予想も当たっておったし、先に祭りの妨害じゃったろ』
「でもそれは赤猫電波発信管理塔襲撃のための陽動だった。つまり俺の読みの方が当たっていたってことだろ」
『むう……それもそうか。よかろう、拙者の負けよ』
悶仁郎が敗北を認めたところで、蟻広は電話を切った。
「柚、引き上げだ。いや、移動するぞ」
「いい所なんだ。もう少し戦わせてくれ」
蟻広の言葉を聞き、柚は不満げな顔で拒んだ。
「市長の爺からの指令だ。こいつらは陽動だ。あいつらの本命は赤猫電波発信管理塔だ。今からそっちに向かう」
「そうか。それでは仕方ないね」
蟻広の言葉を受け、柚は小さく息を吐いて承服した。
「ふん、行かせると思うか?」
「旦那~……行かせた方がいいって。こっちはもうガス欠だよ~」
オンドレイが立ち上がるが、シャルルが呼び止める。
「行かせたら不味いけど、私達もピンチになるし、これ手詰まりじゃない? あれ? 手詰まりって言葉の使い方であってる? あってるよね?」
「日本人じゃない俺達に日本語の言葉遣いの意味聞くなよ。まあ大体合ってる」
正美の台詞を聞いて、オンドレイが言う。
「陽動の任は果たしたが……敗北感たっぷりだな」
「だなあ……」
「しょんぼりしちゃうよね。皆そうだよね。私女だけど少年漫画で主人公負けた時の気持ち、すっごくわかるし」
オンドレイ、李磊、正美が揃って暗い面持ちになって言った。




