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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
95 祭りの前に遊ぼう
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23

 その場にいる多くの者が、観戦モードとなる。向かい合う真と純子、熱次郎とネコミミー博士のタイマンを見守る構えだ。四人は他者に手出しをしづらいムードを作っていた。


 真と純子の交戦は初めてではない。訓練だけではなく、敵対して衝突した事も幾度かある。


 真は純子と向かい合い、いつものように膨大な殺気を迸らせている。


「純子のこと本気で殺す気ですかー?」

「本気で殺そうとした所で……とても殺せる相手ではない……」


 真の猛悪な殺気を見て、怜奈が引き気味になって言うと、美香がいつものように叫ばず、唸るような声で否定する。


(真に勝ち目は無い! 私も真も、昔から純子と何度も戦闘訓練をして、実力差はよくわかっている! それでもなお戦う意味があるのだろう!)


 その意味が何であるかは美香にもわからないが、真が何も考えずにただ挑もうとしているとは――


(いや……! 真のことだから、存外何も考えていなのいかも……)


 途中で美香の考えは変わった。


 真が銃を三発撃つ。一発はフェイント。一発は行動予測後。一発は純子の額の中心を狙った。


 純子は避けようとしない。ただ手を動かして、額を狙った銃弾を受け止めただけだ。

 純子が手をかざして掌を開く。掌の上に乗っている銃弾が見えた直後、銃弾は原子分解されて、塵となり、靄となり、消滅する。


「例え頭や心臓を撃ち抜いた所で、私は死なないんだけどなあ」


 微笑みながら告げる純子。純子は他のオーバーライフに比べ、再生能力が乏しい。だがそれでも、常人が及ばないほどの生命力を備えている。通常の生物の致命傷が、純子にとっては致命傷にならない。


 離れた距離で対峙している真と純子とは対照的に、熱次郎とネコミミー博士は即座に接近戦に入った。いや、熱次郎はその場を動かなかったが、光るルーン文字が一列に刻まれた大根を手にしたネコミミー博士が、熱次郎に向かって一直線に駆けてきたのだ。

 純粋な肉体強化を自身に施してある熱次郎としては、接近戦は望む所であったが、ネコミミー博士が手にした大根がどのような能力を持つかわからない。その点は警戒して臨む。


 ネコミミー博士が大根を振るうが、熱次郎は尽く避けていく。触れるとどうなるかわからないので、回避一辺倒になりながら、反撃の機会を待つ。

 大根を振るう白衣の猫耳少年と、それを避け続ける犬耳少年という、何とも珍妙な光景だが、本人達は必死だった。


「痛っ……!」


 大根が肩をすくめた瞬間、熱次郎の全身に灼けるような激痛が走り、熱次郎の動きが停まった。


 その隙を逃すはずもなく、ネコミミー博士が連続攻撃を仕掛ける。


(触れただけで、全身に痛みとショックを与える効果か? ふん。それだけなら大したことはない)


 激痛のショックから回復する前に、熱次郎は転移を行う。


 熱次郎の姿が消え、一瞬慌てるネコミミー博士。


 ネコミミー博士の頭上の位置に転移した熱次郎は、そのまま落下してネコミミー博士を押し倒す格好になった。

 相手を押し倒して動きを封じた隙に、自身の肉体の操作を行い、痛覚そのものを消す。


「くっ!」


 ネコミミー博士が身を起こしながら、上に乗った熱次郎の体をはねのける。


 熱次郎は体勢を立て直し、ネコミミー博士の頭部に回し蹴りを放ち、ネコミミー博士を再度倒した。


 倒れたネコミミー博士に追撃を行おうとした熱次郎だが、ネコミミー博士が熱次郎に向かって何かを投げつけて、それが熱次郎の顔に直撃する。トマトだった。やはり光るルーン文字が刻まれている。

 トマトが割れ、熱次郎の顔に、アメーバのような形状のトマトの汁が降りかかる。トマトの汁が蠢き、熱次郎の視界を塞ぎ、鼻や口から体内に侵入しようとする。


「糞がっ!」


 憤然と叫ぶと、熱次郎はアメーバ状のトマトの汁を掴み、原子分解の力を発動させて消滅させた。


「おやおや、あっちは中々激しいね。私も真面目に戦おうかな」


 純子が熱次郎とネコミミー博士の戦闘を横目で見やり、冗談めかした口調で言った。


 その直後、純子の姿が消えた。

 転移したことは真にもすぐわかった。どこに転移してくるかわからないので、すぐさま横に跳んで、今いる場所を離れる。


「当たり」


 横に移動した先で、その目の前に純子が現れたので、真はぎょっとした。


(そこまで読んでくるのか……)


 真が戦慄した直後、凄まじい衝撃が真を襲った。


 純子は右腕を払っただけだ。それだけで真の体が吹き飛び、地面に背中から落ちる。


(痛い……。これは……)


 仰向けに倒れた格好で、胸を押さえる真。凄まじい痛みが生じているが、真はいつも通りの無表情のままだ。


(肋骨を折られた感触だ。動きにも支障が出るな)


 痛みを堪える訓練は受けているが、痛み以前の問題だ。深刻なダメージを受けてしまった。


「真君、左に跳ぶ癖があるからさ。いや、右に跳ぶこともあるけど、これまで見た回数的には左に跳ぶことが多いんだよねえ。ま、利き手である右手で反撃したいという肉体的な都合の観点からも、それは理にかなっているけどねえ」


 純子が真の動きを読めた理由を解説してみせる。


「圧倒的」「躊躇も容赦も無し」


 伽耶と麻耶が呻く。ここまでの短いやり取りを見ただけでも、真が純子に勝てるヴィジョンは見えなくなっていた。


「んー? 躊躇はしていないけど、手加減はしているよ? 別に真君を殺したいわけじゃないしさ」


 麻耶の台詞に反応し、純子が言う。


「ま、他の誰かに殺されるくらいなら、私が殺したい程度の気持ちはあるけど」


 言いながら純子は、倒れている真の方へと歩み寄る。


 純子が接近した所で、真は起き上がって反撃しようとしたが、思い留まった。純子が接近しきらずに途中で足を止めたからだ。


「雪岡先生、ちょっと大人げない気もするね。超常の力を持たない真先輩に、超常の力を用いて戦うなんて」


 純子が足を止めた理由は、ツグミがそんな発言をしたからだった。


「戦いにそんなルール求めてもねえ。超常の力を持たないのは真君の勝手だし。私は何度も改造するって言ったのに、真君は拒んだもの。ま、不老化と放射線耐性の処置はこっそり施したけど」


 ツグミに視線だけを向けて、純子は語る。


「それにさ、真君は本当に超常の力が無いのかなあ。あまりにも露骨かつ執拗に否定している所が、怪しく感じちゃうなあ」

(確かにそれは私も思っていた!)


 純子の言葉を聞いて、美香は心の中で同意する。


(確かにちょっとやりすぎたな)

 真もそれは認める。否定が少々しつこかったと。


(ヘーイ、真兄、いっちょここいらでお披露目するかい?)


 みどりが念話で弾んだ声をかけてくる。待ち望んでいた瞬間だ。


(いや、いいよ。みどり。もうみどりの力は借りる必要が無い)

(え?)


 真の意外な言葉を聞き、みどりは怪訝な声をあげる。


 かつてみどりは真の魂の奥底に触れた。以降、真の前世である嘘鼠の魔法使いによって魂に記憶された力を、みどりが編み出して自身に施している術式をかける事で、引き出すことが出来るようになった。魂の扉を開ける役割を、みどりが担っている。


(扉は自分で開けられる。僕にはもうそれが出来る)

(はあっ?)


 真の思いもよらぬ台詞を聞いて、みどりは驚きの声をあげる。


(あたし、真兄と精神リンクしてるのに、全然気づかなかったわ~)


 感情面では誤魔化しが効かないが、知識や記憶も全て共有しているというわけではない。四六時中、互いに意識を傾けているわけでもないからだ。


 真がゆっくりと身を起こす。

 純子の視線が真へと向けられる。


 その場にいる多くの者が、真を見て感じていた。真が超常の力を使う気配を。


「人喰い蛍」


 真が一言呪文を唱えると、真の周囲に大量の三日月状の光の明滅が出現する。


「みどりちゃんから習ったの?」

「さあな」


 答えはノーであるが、真は正直に答えない。


(まだその時期じゃない。こいつの目的を肝心に閉ざすその直前だ。その時、最高のプレゼントをくれてやる)


 そう思いながら、真は至近距離から人喰い蛍を解き放つ。


 純子は再び転移して避ける。人喰い蛍の追撃仕様を考えて、かなり距離を取った位置に転移していた。


「おや?」

 転移した直後、純子は真の体の変化に気付く。


 いや、体の変化というより、身に着けているものの変化というべきか。真の前腕に甲冑がはめられている。西洋のガントレットではなく、武士が身に着ける篭手と、布製の手甲だ。


「一部だけ衣装変わってる?」

「お侍様になりかけてる?」


 来夢と二号が怪訝な声をあげる。


「何それ?」

「さあ、何だろうな」


 尋ねる純子に、真は再びとぼけて答えなかった。

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