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0:12。赤猫電波発信管理塔前。
殺人倶楽部、澤村、史愉、男治、チロンといったPO対策機構の精鋭部隊が、近くで待機している。
「夜風が堪えますね」
「ですねえ」
澤村が細かく身を震わせながら言い、優も同意した。優は同意しつつも、震えてはいない。
「大した寒さじゃねーぞ」
けろりとした顔で言う史愉。
「たは~、脂肪が有る分、女性は寒さに強いですからね~」
「何か微妙にハラスメント風味でムカつく発言だわ……」
男治の台詞を聞いて、険のある声を出す冴子。
「まだ動かなくていいのか? わりと時間経ってるぞ」
鋭一が史愉と男治の方を見て、急かすかのように問う。
「そわそわしてんじゃねーぞー。新人ッスか? 新居の指示を待つんだぞー。ぐぴゅう」
揶揄するような史愉の言葉を聞いて、鋭一は憮然とする。
「もっと早くに仕掛けるかと思ったけど、遅く感じちゃうよね」
「俺も。零時五分くらいには仕掛けるかと思ってた」
「時間の流れを凄くゆっくりに感じちゃっていますし、まだかまだかって感じですねえ」
冴子、岸夫、優がそれぞれ言う。
「あのですねえ、私もそわそわしてますし緊張してます~。こういう時間は嫌な感じですねえ。でも、一人で待っているわけじゃないから、かなり救いがありますよ。大勢で待つ分だけ、そわそわ軽減効果ありますから。えへへへ」
「ン百年間、この国に災厄の数々を撒き散らし続けた伝説の魔人が、この程度で緊張かい」
へらへらと笑いながら言う男治に、チロンが突っ込んだ。
「男治さんはきっと僕達の気を紛らわせるために、自分も緊張してくれるアピールしてくれたんですねー。いい人なんですねー」
「いやあ、本当に緊張してますって~。こういうシチュ苦手ですから~」
「ぐっぴゅ……いい人では断じてないぞ」
「うむ。とんでもない悪漢じゃ。死んだら無間地獄確定レベルの大悪漢じゃよ」
竜二郎の言葉を受け、男治は照れくさそうに鼻の頭を搔き、史愉とチロンが半眼で否定した
「ぐぴゅ、来たかな?」
バーチャフォンの振動を感じ取り、史愉がメールをチェックする。相手は新居だ。
『もうそろそろだ。準備しとけ』
「行動開始の指令以外送ってくんなってのーっ。いちいちもうそろそろだとか、そんな余計な親切通知いらねーっス」
メール内容を見て、史愉が吐き捨てる。
「もうそろそろと言っておきながら、長引かせるパターンとかありますしね」
「この状況でそんなパターンする奴だったら、信用できなくなるな」
澤村の言葉を聞いて、卓磨が言った。
***
新居、犬飼、義久は、各地の場所をチェックし、時折指示を出している。
「真達を動かしちゃってよかったのか? こんな時のための遊軍じゃねーの?」
犬飼が疑問を口にする。
「仕方ない。美香達が苦戦していたからな。敵も味方も、派遣した部隊のパワーバランスが均等ってわけでもないんだ。それに、遊軍を動かすよりは、近くにいた真達の方が早かったしな。あいつらは敵を退けて手が空いていたし」
と、新居。
「本命はまだ動かさないのか? もう結構時間過ぎてるぞ」
義久が大きな体をしきりに揺らして、そわそわしながら伺う。すぐに情報を外部に発信できるように、スタンバイ済みだ。
「もう少し敵を引き寄せたい。敵さん、追加で動いている奴もいるようだ。空の道を大人数移動が確認されている。二つくらいの部隊が追加で向かっている」
そう答える新居は、ずっと複数のホログラフィー・ディスプレイで陽動班の様子をチェックしていた。
「プロにお任せと言いたい所だが、俺はもっと早くを想定していたから、不安になるな」
「不安? 心にもないことを言うなよ。お前はただ面白がっているだけだろ。真剣に取り組んではいない」
軽口を叩く犬飼に、新居はぴしゃりと言う。
「おいおい、そりゃあんまりだぜ。俺は真剣だよ。遊びは真剣に取り組まなきゃ面白くないんだから」
犬飼が笑いながら言うが、これは本心だ。
「ま、その理屈で言えば、俺もしっかりと楽しんではいるけどな。楽しめなければ、面白くなければ、こんな稼業してねーし」
ディスプレイを凝視したまま、微笑を零す新居。
「あまり長引かせても逆効果だってことはわかっているけどな。敵さんが空の道を移動中に、本命を襲わせるわけにはいねーよ。その敵が空の道を通って、すぐさま赤猫電波発信管理塔に向かっちまうだろ」
「それはわかるけどなー」
「うーん……」
新居の理屈はもっともだが、それにしても時間をかけているように、犬飼にも義久にも感じられた。
「転落ガーディアンの数もよくわかっていない、手探りの状態だ。大体のあたりはつけてあるがね」
新居からすると、それも赤猫電波管理塔の突入を引き延ばしている理由だ。
「同時多発テロ起こした所で、各地に全員派遣とか有り得んだろうしなあ」
転烙ガーディアンの数はわからないが、いきなり市庁舎の守備の人員も割くはずもないというニュアンスを込めて、犬飼は言った。
しかし場合によっては、市庁舎の人員を派遣する手も打ってくるかもしれない。何しろここの支配者達は、自身が高い戦闘力を備えているのだから
「それでも分散させて動かせる人数を減らし、引き留めておく作戦に意義はある」
逆に言えばそれは、こちらが打てる唯一の手であると、新居は認識していた。
***
転烙市で話題になっている空中カフェ。まだ建設中で、床や庭には資材が積まれて置かれているが、八割ほどは完成しており、店の体をなしている。
床も壁も天井もガラス張りの透明だ。町の夜景も夜空も全て見渡せる。
カフェのすぐ側には空中階段が有る。この空中階段、空の道の中継ポイントとなっているが、それ以外にも意味があるのではないかという説もある。
そして空中階段のすぐ脇には、空の川が流れていた。空中階段から手を伸ばせば、水に届く位置だ。この川の意味も、市民の大半は知らない。
みどりはその空中カフェの店内にいた。資材が積んで置かれている状態ではあるが、すでに椅子やテーブルが接地されている。もちろん明かりは全くついていない。
「ヘーイ? 何でここにいるってわかったのォ~?」
来訪者の姿を見て、みどりがにかっと歯を見せて笑う。
「別にみどりに会いに来たわけではないですし、みどりはどうしてここにいるんですか?」
入口に現れた累が、みどりに問い返す。
「話に聞いて、ちょっと見物しに来ただけだぜィ。ひょっとして御先祖様も?」
「はい。興味がありまして」
みどりの言葉に頷き、累は緑の向かいの席に座り、外の景色を見た。
「イェア、ここ、気に行っちゃったよォ~。景色も抜群にいいしさァ。速く完成しないかなあ」
「空中に資材を運ぶ作業がわりと大変で、建設に難儀していると聞きました」
「なるる……でさァ」
みどりが空中カフェのすぐ脇を長れている空の川を見やる。
「グラス・デューでも見たこの川、何なん?」
「僕の口からは何とも……」
言葉を濁す累を見て、みどりはにやりと笑った。
「ふわ~、その口振りだと知ってるん? 無理矢理御先祖様の頭の中覗いちゃおっかなー」
「御髄に。僕は困りませんよ。ただ、純子に協力する立場上、僕の口からは言えないだけですから」
累も爽やかな笑顔をみどりに向け、告げる。
「律儀だね~。ねね、御先祖様。せっかくだし、腹割って話さねー?」
「僕は別に、みどりと話したいことは無いですよ」
「みどりにはあるんだよねえ。御先祖様、どーして純姉側についてるん? 真兄のこと好きだったんじゃないのォ~?」
「どっちも好きですよ」
笑顔のままさらりと言ってのける累。
「純子に対してのそれは、恋愛感情とは違うと思います。いや……もしかしたらそんな気持ちも、多少はあるかもしれませんね。あるいは育まれるかも。でも……僕は純子に救われた面もありますし、その恩を返したい気持ちがあります。純子が作り変えようとする世界にも、興味はあります。逆に真が純子を止めようとする気持ちには、あまり共感できないんですよ。それに――」
ここまで喋った所で、累の笑みが邪悪なものに歪む。
「僕はまだ暗い性質から抜け切れていないんです。光の中より、こちら側にいる方が心地が良いのです」
「なるほど~」
累の話を聞き、みどりは得心が行く。
「僕からするとみどりの方が謎ですよ。真に誘われて、真についた理由、杏のことがあったからだけですか?」
「真兄の魂の奥まで覗いちゃったからね。前世の真兄の時代の記憶もね。そこであたしは、遥か昔のみどりの前世も見ちまったし、色々なことを知っちゃってさァ。ま、これは逃げられないなと思ったよ。しかしも千年前の真兄ときたら、あたしの出現や、あたしが真兄の魂を覗き見ることまで予知して、色々準備していやがったし」
「そんな理由があったのですか……」
少なからず驚く累。
「前世の真兄こそ、諸悪の根源なんだわさ。千年前から、純姉を操り、縁の大収束すら、人工的に造りだして、縁ある魂を大量に引き寄せて、運命を大きく動かしやすくしていやがる。あ、これは純姉にも言ってくれて構わないぜィ」
「言いませんよ」
皮肉っぽく笑いながら言うみどりに、累は微笑んで小さくかぶりを振った。




