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純子、蟻広、柚の三名は横断歩道を渡り、真、ツグミ、伽耶、麻耶、熱次郎の五人の側まで移動し、向かい合った。
「やあやあ、奇遇だねー」
「どうも、雪岡先生」
「やっほ」「いよう」
「やあ……」
満面の笑顔で挨拶する純子。ツグミは微笑んで挨拶を返し、伽耶と麻耶は軽いノリで応じ、熱次郎は気まずそうに小声を出す。
「純子、凄く嬉しそうだな。かつて見た事無い程に陽のオーラが放たれているよ」
「俺にもそう見える。ポイントが溢れまくってる感」
「プラス幾つくらいだ?」
「三桁ぐらい」
純子の笑顔を見て、柚と蟻広が囁き合う。嬉しい理由は明白だ。純子の視線はずっと真に向けられている。
「この祭り……ただの祭りじゃないことはもうわかっている。お前の目的を叶えるためにやることだ。何をするつもりだ?」
社交辞令は一切抜きにして、藪から棒に疑問をぶつける真。
「それを今教えるっていうのー? それじゃサプライズにならない……って言いたい所だけど、せっかく会えたんだし、ちょっとくらいならサービスしてあげてもいいかなあ」
真に偶然会えて上機嫌になっているせいで、気が大きくなっている純子であった。そしてそれも周囲に丸わかりだ。
「文字通り、命と魂を使う祭りだよ。運命操作術は魂に強く作用するからね。あ、これだけじゃあヒント少ない?」
「いや、少しわかった」
運命操作術という言葉が出た瞬間、真は理解した。
「前回、お前がやらなかったことをやるつもりなんだな。『悪魔の偽証罪』をも用いるつもりだ」
「その通り。マスターの記憶を備えているなら、真君も当然それに気付くよね」
真の答えを聞いて、純子は嬉しそうに微笑む。
嘘鼠の魔法使いの前で、純子がミミズの生物構造を書き換えてみせた光景は、真も見ている。それは嘘鼠の魔法使いが自身の夢を叶えるために期待すると同時に、危惧もしていた。
「魂は不滅の存在。魂を心の中心核みたいなものみたいに考える人もいるけど、それだけじゃない。完全なる記憶装置であり、次元も時間も跨いで存在する。そして運命とも繋がり、魂と魂を引き寄せる縁でも連なる」
そこまで喋った所で、純子は目を閉じる。過去を振り返る。自分と出会ってきた者達が自然と思い浮かんでくる。
「運命は存在する。運命操作術は魂から繋がる運命に干渉する術。そして究極運命操作術『悪魔の偽証罪』は、運命操作を多元的に捻じれさせた結果、生じた特異点が、世界の法則をも書き換える。半年前はその術を絡めることは思いつかなかった。いや、思いついても出来なかったと思う。世界を書き換えるには、規模が大きすぎて、力が足りなくて」
そこまで話した所で、一息つき、真以外の面々も一瞥する純子。話についてこられていなさそうな者も何名かいたが、純子は話を続ける事にした。
「件の祭りは、この術をフルブーストで使うためにやるという一面もあるからね。今、そのための準備をしているんだ。悪魔の偽証罪だって万能な力じゃない。限界はあるよ。私はその限界に挑んでみる。積み上げてきた色々なもののダメ押しとして、運命操作術による補助――悪魔の偽証罪を用いるとも言えるし、逆に悪魔の偽証罪のブーストのために、色々と積み上げているとも言えるね」
「悪魔の偽証罪を用いるために色々と積み上げている面もあるだろうが、お前の理想とする世界へと作り変えるために、他にもあれこれ企んでいる様子だな」
真が頃合いを見計らって確認する。ぽっくり市で再会した際に、色々な小片をハメて、パズルを完成させると、純子が口にしていた事を思い出していた。
「うん、その通り。それだけじゃないよ。もっと色々やるんだ。今度はね、念入りに準備していたしね、出来ることを全てやるつもりでいるよー」
そう言って純子は、ツグミと牛村姉妹にそれぞれ視線を向けた。
「伽耶ちゃんと麻耶ちゃんとツグミちゃんにも、協力してもらうから」
思わせぶりな口調で告げ、悪戯っぽく笑う純子を見て、伽耶と麻耶は揃って鼻白み、ツグミは物憂げな表情になった。
「先輩が読んでいた通りだね。僕達のことも狙ってたんだ」
ツグミが言う。予め真に言われていた分、抑えられていたが、それでも純子の口からはっきり言われたことで、ショックを受けていた。
「ああ、心配しないで。ツグミちゃんと伽耶ちゃん麻耶ちゃんのこと、実験台にするとか、そういうのはしないから。すでにもうやることはやっているし、準備は整っているからね。その必要も無いっていうか、協力してもらうと言っても……ああ、これ以上はネタバレになっちゃうから秘密っと」
「今、不穏なことを言ったな。やることはやっているだと?」
「すでに私達、何かされている?」
「体の中に何か仕込まれている? 再生装置に何か仕掛けが?」
純子のある一言に真が反応し、麻耶と伽耶が不安を露わにする。
「伽耶ちゃんと麻耶ちゃんに何かする機会は、いくらでもあったよ」
純子が言った。そもそも姉妹の体内にある再生装置も、元はと言えば純子が作ったものであるし、何度かメンテナンスも行っている。
「でも心配しなくて大丈夫。おかしな仕掛けはしてないから。ちなみにこの前捕まえた時に、伽耶ちゃんと麻耶ちゃんの再生装置のメンテもしておいたからねー。半年以上も放っておいたのはちょっと不安だったけど、特に異常は無かったよ」
純子の言葉は半信半疑であったが、それでも姉妹は少し安心してしまった。
「悪魔の偽証罪を使って、世界を書き換えた反作用も、恐ろしい規模で起こる可能性が高いぞ」
「そうかもねえ」
真が指摘すると、純子はここでとぼけた口調で言い、珍しくダークな笑みを浮かべていた。
「それにしても雪岡先生、そんなことまでここでバラしちゃうんだ」
「本当だよ。喋り過ぎだろう。ポイントマイナス4だ」
「悪役ってのは、秘密を喋りたい病が持病だからな。仕方ない」
ツグミ、蟻広、真がそれぞれ言う。
「いやあ、これくらいならいいでしょー。他にも秘密にしていることはあるし、まだその肝心なことは喋ってないしさあ」
「ぽっくり市で育てた特殊なアルラウネの用途も、いまいちよくわからないな。想像くらいはつくけど」
「特殊な苗床――純粋な心を持つ人達の、純粋かつ強い祈りの結晶。純粋かつひたむきな者達の祈りのパワーを蓄積した電池のようなものだよ。あ、これ言っちゃって大丈夫だったかなあ……?」
「前回のやり方で言えば砲弾か? それとも発射台か?」
「さあねえ。それは内緒」
ついついうっかりまた喋りすぎてしまったと思い、純子は口元に人差し指を立てる。
「一番気になっている所は、転烙市の市民を犠牲にする云々の所だな。区車亀三が今際の際で口にしていた」
「何だと?」
「おいおい……マジかそれは……」
真の言葉を聞いて、柚と蟻広が驚いて純子を見た。
二人の反応を見て、その件に関しては近しい配下にも言ってないことがわかった。あるいはごく限られた者にしか教えていないのだろう。
「それも今は秘密かなあ。でももうちょっとしたら、教えてあげてもいいよ。先に知っておいた方が盛り上がりそうだし。今は秘密。えっと……そうだねえ、真君達が何か面白いことして、私を出し抜くとか一杯食わせることしたら、御褒美として教えてあげてもいいかなあ」
条件を出し、悪戯っぽく笑う純子。
「熱次郎君」
「え?」
所在無げに話を聞いていた熱次郎だったが、急に声をかけられて驚いた。
「抱っこ。充電しよう」
「ええ……そんな……いや、こんな所で。いや、別に俺はいいよ……」
純子が手を広げて迎え入れようとする純子に、熱次郎は狼狽する。
「お前が寂しそうにしてたから、雪岡も気を利かせてくれたんだろう。充電してもらえよ」
「いいってばっ。俺はそんな子供じゃないっ」
真にまで促されたので、熱次郎はムキになり、説得力皆無の台詞を口にして拒んだ。
***
赤猫電波発信管理塔前。
「祭りの警備班に回されるかと思ったら、こんな場所の警備とはねー」
転烙ガーディアンに入ったばかりの、元サイキック・オフェンダーの少女、泡崎一華がつまらなさそうにぼやく。
「ここの警備、俺達は今日だけ担当らしい。この塔が一体何であるかもわからないが、重要施設であることは確かなようだな」
同じ部署の警備に回された原山勤一が、天高くそびえるオレンジの塔を見上げて言った。同様の塔は転烙市のあちこちにあるが、この塔は他に比べて、明らかに二回り以上は大きい。
「あの人が現場責任者?」
山駄凡美が怪訝な表情で、こちらに向かってきた作業服姿の男を見た。
勤一、凡美、一華以外にも、十数名の能力者が集められている。赤猫電波発信管理塔の警備員全員だ。そのうちの半数が今日配属されたばかりだ。全員で、新しい現場責任者の到来を待っていた。
「転烙ガーディアンの勧誘員していた人だ」
現れた男を見て、一華が意外そうな声をあげた。
「ははは、転属してこちらに来たよ。PO対策機構の人を勧誘したんだけど、それが駄目だったらしくてさ。元セールスマンの血が騒いでつい。えー、改めまして。新しく赤猫電波発信管理塔警備責任者となった、浜谷湯吉です。よろしくお願いします」
浜谷湯吉が挨拶をして、深々と頭を垂れる。何人かは倣って頭を垂れたり会釈をしたりしていたが、無反応な者も多い。
「そりゃ駄目だろ」
「元セールスマンの血が騒ぐとそういうことするの? 変な言い訳」
勤一と凡美がもっともな台詞を口にした。




