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帰宅後、真はネットで検索しまくり、明後日のデートコースをどうするか決めていた。
(確か特撮が大好きと言ってたし、これがいいかもしれない)
運良く明後日に、安楽市市民球場で戦隊物の特撮ヒーローショーが行われる事を知り、真は心の中でにやりと笑う自分を思い浮かべる。
その後も安楽市市内の店舗を幾つか検索し、純子が喜びそうなものを幾つかピックアップしていく。
(時間も考えないといけないから、回る順番と歩く距離も考慮しないといけないのか。ていうか、世の中の男女って皆、こんな面倒なこといちいち事前に毎回考えて、デートしているものなのか?)
元々アバウトな性分の真には、今後もデートする度に、事前にあれこれ考えて計画立てるのかと思うとげんなりする。
(それとも僕が気合い入れすぎているだけなのかな。もっと大雑把で、ポイントとなる所だけ抑えておけばいいのかな)
気張りすぎている自分を客観的な視点で見ると、物凄く滑稽なのではないかと、真は思ってしまう。
とりあえずデートの予定をまとめた所で、今度は匿名掲示板を覗く。以前から気になって見たかった場所だ。18禁テーマの板で、自慰行為に関して語るスレッドを恐る恐る開く。
ネットで匿名掲示板だの質問サイトだのは全く見た事が無い真だったが、こんなことをリアルで相談するのは流石に躊躇われるし、ずっと悩んでいた事なので、参考になる書き込みもあるのではないかと考えての行動であった。
口調こそ荒いが、意外と真面目な語り草の多い場所だったので、真もしっかりと読みふける。だが、自分の参考になりそうな情報が見当たらない。果たして自分くらいの年齢で、性に対しての嗜好やら自慰の回数が皆どんものなのか。自分は異常なのではないか。それらを比べられる書き込みがまるで無い。
(いっそ書き込んで聞いてみよう)
匿名で顔も知らない相手なら、親切な人が相手をしてくれるのではないかと期待した。
『一日四回も自慰行為をしてしまいます。性欲が抑えきれません……』
(こんな文章うちこむのもキツいんだけどな)
そう思いつつも、一度決めた事なので淀みなく文章をうち、書き込みを押す。
『やりすぎ。テクノブレイクするぞ。つーかネタくせー』
『大したことない。俺も昔そんくらいだった』
『悩む必要は無いと思います。しかしそれだけしてしまうと体力の低下や眠気が――』
『ニート? いつそんなにやってるんだよ』
いろんな答えで返ってきて混乱しつつも、最後の質問にレスをつける。
『学生です。中学二年生。朝起きた時、帰った時、風呂で、寝る前というのがサイクルになっています』
正直に答え、数分してから更新して反応を伺う――
『やりすぎ。サルかよ。つーかネタくせー。この異常性欲者』
『大したことない。俺も学生時代はそんくらいだった』
『抑えきれないなら仕方ないでしょう。やりたい盛りですし。ただ、ここは18禁ですよ』
『童貞学生ちゃんか。好きな子はいるの?』
いろんな答えで返ってきた中で、また最後の質問だけにレスをつける。
『います。付き合っている子もいますが、まだデート一回して手握った程度です』
正直にそう書き込んだ直後、スレの空気が一変した。
『氏ね。つまんねーネタ』
『死ね、氏ねじゃなくて死ね』
『早く彼女を孕ませてあげるといいですよ』
『真面目に相手して損した』
「何だこれ……何で僕がこんなに叩かれなくちゃならないんだよ」
思ってもみない反応が返ってきて、釈然としない面持ちの自分の顔を思い浮かべつつ、声に出して呟き、そっとスレッドを閉じた。
***
真がネットに書き込みをしていた頃、梅宮計一もネットを開き、書き込みを繰り返していた。
計一が開いているのは所謂学校裏サイトという代物で、彼が書き込む内容はほぼ一つに決まっている。相沢真の中傷だ。
『相沢、鉄棒で大回転やってかっこつけてやんの。本当ムカつく』
ID付きの掲示板なので、一回書き込むたびにプロキシツールでIDを変更して、別人を装う。
『ああ、俺も思ったw あれで注目浴びてるつもりなんだろうけど、馬鹿丸出しw』
書き込む度に、計一の口元にだらしない薄笑いが浮かぶ。この時が本当に幸せな瞬間だった。奇妙な感覚だが、勝利感のようなものが味わえた。大嫌いな相沢真に圧倒的に勝利できたような、そんな疑似感覚だ。
『またこいつか』
『これでID変えて別人の振りしてるみたいだぞ』
『一人がやっているんじゃないと見せかけているつもりで必死なんだろ。相沢のこと皆嫌ってますよーと思わせたいために。いや、自分でそう思い込みたいためにさ』
『いつも同じ言葉ばかり繰り返してるね。文体も一緒。語彙貧困だし、やっぱりこいつ同じ奴だよね。それを見抜かれてるのに、認めようとしないのがマジ哀れ』
しばらくすると、計一への書き込みに対する反応が続け様に返ってくる。いつも通り自分の書き込みに対して否定的な文ばかりだったために、怒りに顔を歪めるが、すぐに気を取り直し、いつもと同じ文章を書き込んで気を紛らわせた。
『相沢本人乙w ID変えて御苦労様ですw』
これで完全に勝利した感覚を得られて満足できた。これを書き込んでさえおけば、もはや自分の勝利は揺るがない。そういうことにして、そう思い込んでおけば自分の勝ちだ。
一方でその憎き相沢真はちょうどその頃、自慰行為に関する悩みを打ち明けて総スカンを食らっていたなど、計一は知る由もない。
実際の所、自分以外に相沢真への悪口の書きこみをする者など、一度も見たことが無かった。それどころか、他校の不良をやっつけて小気味いいだの、褒める書き込みが目につく始末。
それら全部、真本人の自演だと思いこむことで苛立ちを抑えたが、正直不安になる。本当は――いや、本当に相沢真を嫌っているのはクラスに自分しかいなくて、他の連中は好いているのではないかと。
そしてもしその懸念が懸念ではなく真実で、相沢叩きをしているのが自分だとバレたとしたら……確実に登校する事はできなくなるだろう。転校するか、それとも引きこもるか。
ふと計一は閃いた。もし自分しか嫌っていないのなら、他の者も嫌うように仕向ければいい。
『そう言えば相沢の奴、他校の生徒相手にカツアゲしてたって噂聞いたぜ』
『マジかよ。この学校ではいい奴ぶって人気取りしていた分、余所では本性丸出しにしてたのか。やっぱり所詮は不良だなw』
『俺は女食って妊娠させたって噂聞いたぜ』
自分以外誰も相沢真のことを嫌っていないとしたら、自分が複数人の振りをして、悪い噂を捏造してしまえばいい。そうすれば今まで嫌ってなかった連中も嫌う。
(完璧だぜ)
自分の計画が成功すると信じて疑わない計一は、一通り捏造書き込みを終えて、後は反応を待つ。
『あーあ、いつもの奴がとうとう捏造始めたよ』
『これ本当にバレてないつもりなの? 真剣に馬鹿なの?』
『追い詰められて頭おかしくなったんだろ。いや、元々おかしいのがさらに悪化したか。リアル犯罪起こさねーといいけどな』
(何でっ、何でこーなるんだ!)
またしても速攻で見破られ、怒りの形相へと変わり、ヒステリーを起こして机をドンドンと叩くが――
(わかった、こいつら全て相沢真の自演だ。そうに違いない)
いつもと同じ思考法に頼り、気を落ち着けることに成功した。




