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追っ手のPO対策機構の中で、来夢だけが知っていた。カワセミという色鮮やかな鳥が、実はかなり獰猛で、同種族同士で殺し合いになるまでの喧嘩を行うこともあること。そして優秀なハンターでもあることを。
カワセミのことをよく知らない者達でも、その長く鋭い嘴を持った鳥が、明らかに敵意を孕んで飛来してくる姿を見て、危険であると察知する。
正美が銃を撃つ。三羽を狙って三発撃ち、二羽を撃ち抜いたが、一羽はあろうことか、正美の銃撃を明らかに避けた。
来夢が重力弾を落とし、さらに三羽のカワセミを落とす。地面に落下して、押し潰されてぺちゃんこにされる。
「ふん!」
残った二羽のうち、一羽はオンドレイが手刀で両断したが――
「うぎゃーっ!」
悲鳴があがる。最後に残った一羽が、PO対策機構の兵士の一人の喉めがけて突っ込んだ。嘴が根本まで刺さっている。
克彦が影手を伸ばしてカワセミを掴もうとしたが、カワセミはそのまま兵士の体内へと潜り込む。兵士の喉から大量の血が噴水のように噴き上がる。まだ息はあるが、どう見ても致命傷だ。
「こいつはイメージ体ではないな。実体だ」
自分が手刀で切断したカワセミの死体を一瞥して、オンドレイが味方に聞こえる声で言った。
そのオンドレイの前に、青黒怪人化した勤一が迫る。
勤一が連続で拳を振るうが、オンドレイはその巨体で軽やかにかわしていく。あげく、勤一の手首を掴んでしまう。
「せいっ!」
かけ声と共にオンドレイが一本背負いで勤一を投げ飛ばし、アスファルトに頭から叩きつけた。その落とし方は明らかに、頭部と脛骨の双方に多大なダメージを与えるよう狙っていた。
常人より遥かに強靭な肉体を持つ勤一には、そのどちらにも大したダメージは負うことはなかった。そのうえ強い再生能力も備えているので、オンドレイの攻撃は、勤一の動きを僅かの時間、止めたにすぎなかった。
すぐさま立ち上がった勤一が、オンドレイに向かって反撃を行う。しかし当たらない。
(肉体が強化されていても、格闘技術で全く及ばないから当たらない……。当たる気がしない。おまけにこのおっさん、デカいのに異様に速い)
近接戦闘では自信があった勤一であったが、自分を遥かに凌駕する力の持ち主と相対し、その自信が戦慄へと変わっていた。
先にオンドレイの一撃をもらう。勤一の顎に、オンドレイのアッパーがクリーンヒットして、勤一は膝から崩れ落ちる。勤一の強靭な肉体をも突き抜ける衝撃が、脳にまで響いた。
動きが止まった勤一に、オンドレイが渾身の蹴りを繰り出す。大きくのけぞった格好で吹き飛ばされる勤一。
勤一のダメージはそれほどでもない。そしてすぐに回復する。ダメージ面では心配もしていない。だが、勝機も見えない。
(このおっさん、俺のように再生能力や肉体強化がなされているかどうか、わからないが、もしそれらが無い生身なら……いい所に一発でも当てられれば、それで俺の勝ちだ。しかし……その一発が遠い。持久戦に持ち込むか? だがこのおっさんも切り札があるかもしれないし、一対一の戦いをずっと続けられるわけでもない)
ダメージがある風を装いながら、勤一はゆっくりと身を起こす。その間に、高速で頭を働かせる。
(いちかばちかだ)
オンドレイ一人との戦いを長引かせるわけにはいかないと思い、勤一は勝負に出ることにした。
「さよならパーンチ!」
勤一がイメージの巨大な拳をオンドレイめがけて放つ。
(何とも酷いネーミングの技だな……)
苦笑しかけるオンドレイ。
「ふんっ!」
オンドレイは避けることもせず、口をへの字に曲げて一声発すると、片手をかざす。巨大な拳がオンドレイの前で霧散する。
呆然とする勤一。気功を用いてイメージの拳を打ち消したオンドレイが、そんな勤一の顔を見て、にたりと笑う。
「勤一君!」
恐怖に固まりかけた勤一であったが、凡美の声によって気を取り戻した。
間合いを詰めたオンドレイが、拳を放つが、勤一は路地裏の壁にへばりつくように体を横にして避けた。オンドレイの一撃を避けたというより、後方から飛んでくる攻撃を避けた。
凡美が飛ばした棘付き鉄球が、人の頭よりも大きいサイズに巨大化し、オンドレイに迫る。
「むんっ!」
あろうことか、オンドレイは両手の人差し指と中指で棘を挟んで、棘付き鉄球をキャッチしてしまう。これには凡美も一瞬呆れたが、すぐに気を取り直す。
「ん……? あちちちちっ!」
棘付き鉄球が急激に熱され、炎に包まれたので、流石のオンドレイもたまらずに、悲鳴をあげて鉄球を放した。
PO対策機構、転烙ガーディアンの他の兵士達も、遠隔攻撃系の能力を多少は飛ばし合っているが、通路が狭いため、攻撃できる人数は限られている。そして最前線でやりあっているオンドレイと勤一が、それらの攻撃を受ける事になるが、二人にはほとんど通じていない。
転烙ガーディアンが追い詰めていたPO対策機構の偵察部隊は、遠巻きに様子を伺うだけで、手出しをしようとはしない。彼等は戦力的に心許なかった。
「ちょっ……何これ……」
一方、オンドレイの後方では、正美が目の前で起こった現象を見て、顔を青くしていた。
カワセミに攻撃されて果てたPO対策機構の兵士の屍の中から、大量のカワセミが次々と生えてきたのだ。そして血肉のこびりついた翼を広げ、羽ばたき、血飛沫を撒き散らしながら舞い上がる。
エンジェルと正美が銃を撃ち、次々と撃ち落としていくが、数十匹にまで増えたカワセミには、焼石の水の様相を呈していた。
「多分、殺した相手の肉を利用して増殖する。あるいは殺さなくても、カワセミに触れられたら、肉がカワセミ化するのかも」
来夢が憶測を述べる。
「もしそうなら脅威ですよ! 触られただけでもおしまいじゃないですか!」
ブルーハシビロ子となった怜奈が叫ぶ。
「だよね。だから怜奈があのカワセミを必死に食い止めて。怜奈の体は肉じゃないし」
「わ、わかりました……」
来夢に促され、若干鼻白みながらも応じる怜奈。
「カワセミの群れvsハシビロコウ! 夢の対決! 参ります!」
「別に全然ドリームマッチじゃないし」
増殖殺人カワセミの群れの前に出て、威勢よく叫んでポーズをつける怜奈に、来夢が冷めた声で否定した。
怜奈がカワセミめがけて手刀を切り、刃と化したバイザーで切り裂こうとするが、カワセミ達には全く当たらない。逆にカワセミ達が怜奈めがけて突進して、嘴を突き刺していく。
「うぎゃっ!」
何匹ものカワセミにたかられた状態の怜奈が、カワセミ達と共に地面に押し潰された。来夢がまとめて重力で攻撃したのだ。
「怜奈、引き付け役御苦労様」
「ひ、ひど……い……」
「本当酷いよ。いくら怜奈の体が人形だからって、仲間を何だと思ってるんだい」
にっこりと笑う来夢を、怜奈が恨めしげに睨み、マリエも溜息をついていた。
「俺は悪だから酷いのは仕方ないよ。でもこれが最も効率的。いや、これこそが最適解だから、これは悪とも言えないかな」
「いいえ……私にとっては間違いなく悪です」
来夢が上機嫌に喋ると、怜奈が地面に突っ伏したまま恨めしげに呻く。
「ねね、私が撃ち落としたカワセミも再生して復活してるんですけどー。信じらんない。こんなのあり? 駄目だよね? 絶対やめてほしい」
正美の台詞を聞き、来夢達は撃たれて落下しているカワセミの一匹に目を落とした。頭を撃ち抜かれたカワセミが蠢き、肉が盛り上がって傷が塞がり、また飛び立つ光景を目の当たりにする。
「肉さえあれば、増殖も再生も可能みたいだね」
マリエが呟き、カワセミを操る能力者である一華に視線を送る。
「カワセミは無視して、能力者を仕留めることが最善だと、天使が囁いている。しかし確実に仕留めるためには、二人がかりがいい。マリエ、先に一体だけ早めに出して。あいつのね」
エンジェルがマリエの方を向いて告げる。
マリエは小さく頷き、一華を見つめたまま身構える。
エンジェルが一華めがけて銃を撃つ。
次の瞬間、一華の額の中心に穴が開いた――かに見えた。
一華の額から肉が盛り上がり、胴体に穴が開いたカワセミが現れたかと思うと、地面に落ちる。一華の額の穴は無くなっている。一華は自分を撃ったエンジェルに視線を向け、へらへらと笑っている。
「天使の身代わりか」
エンジェルが銃を片手で構えたまま、空いた手でサングラスを押し上げながら呟く。自分の体からもカワセミを生み出し、あげく受けたダメージを肩代わりさせることも可能であることを示した。
「え?」
不穏な気配に気づき、一華の顔から笑みが消える。
振り返り、さらに上を見上げる一華。その表情が引きつる。
「うげっ!」
上から降ってきたものに両足を押し潰されて、一華は悲鳴を上げて倒れた。避けようとしたが避けきれなかった。そして攻撃してきたものの質量が大きすぎて、ダメージを食らう範囲も大きすぎて、カワセミにダメージの肩代わりさせることも出来なかった。
一華の両足を押し潰しているのは、一華と同じ姿の石像だった。エンジェルに気を取られている隙に、マリエが一華の側に出現させて、背後から攻撃したのだ。
「一華!」
凡美が叫び、棘付き鉄球をさらに巨大化させて、一華を潰している石像めがけて繰り出す。石像が粉々に吹き飛ぶ。
「へっ……へへへっ、やってくれたねえ。面白いじゃない。でも仕留められなかったのは抜けてるね」
倒れたまま、全身から脂汗を噴き出しながらも、一華は不敵に笑う。両脚は見るも無残に潰されている。粉砕骨折により、骨があちこちから飛び出している有様だ。
「そろそろいけるよ。一斉にね」
マリエが告げる。
(狭い路地裏が幸いしている。戦闘している人数は限られている。それがこちらにとって有利に働いているな。そしてマリエの能力が本格的に発動すれば、一気にこっちペースだ)
亜空間トンネルの中から様子を見ながら、克彦が思う。
「キャーッ!」
「キャンキャンキャンキャン!」
突然、転烙ガーディアンが陣取っている後方から、女の悲鳴とけたたましい犬の鳴き声があがる。
犬と犬を散歩している中年女性が、カワセミに襲われている。犬も中年女性もすぐに殺された。
「補充、補充」
脚を潰されて倒れたままの一華が嬉しそうな声をあげる。潰れた脚は、少しずつ再生している。
通行人と犬の肉がカワセミへと変化し、また大量のカワセミが飛び立った。
正美とエンジェルが銃で、来夢が重力弾で、克彦が影手で、必死にカワセミの群れを迎撃する。一匹でも通して、一人でも殺されたら、そこからまた大量にカワセミが増えてしまう。
四人で必死にカワセミの来襲を防いでいる、その時だった。
狭い路地裏の地面から、何体もの石像が生えてくる。それらは全て、転烙ガーディアンの兵士達の姿を模っている。
石像達が跳びはね、転烙ガーディアンに襲いかかる。大勢の兵士が石像に押し潰される。大怪我を負った者もいれば、致命傷を負う者も、即死する者もいた。
「な……」
自分に向かって落ちてきた自分の石像をあっさりと砕いた勤一は、後方の惨状を見て絶句した。
石象の対処で大わらわになった所に、正美とエンジェルの銃撃が降り注ぎ、石像の攻撃を凌いだ者も、次から次へと倒されていく。
「逃げた方がいい!」
巨大棘付き鉄球を振り回して石像を破壊しまくりながら、凡美が叫ぶ。
「撤退!」
勤一が叫び、オンドレイに背を向けて走り出した。転烙ガーディアンの面々も一斉に逃げ出す。
PO対策機構の偵察部隊は道を開ける。一切手出しをしようとはしない。そして転烙ガーディアンの面々も、彼等に手出しをせずに、横を素通りしていく。
「ここは孫氏の教えに従っておくか」
オンドレイが口髭をいじりながら呟く。余計な追撃をすれば敵も死に物狂いになって反撃するので、見逃した。
「あー、楽しかった」
勤一に拾われて抱えられた一華が、笑顔でのたまう。
「怒りで世界を燃やせばより楽しい、か」
一華の台詞を聞き、勤一はふとデビルの台詞を思い出し、呟いていた。
「無関係の通行人に犠牲出しちゃったよ。あいつら酷いよね。私は酷いと思います。あいつら市民を犠牲にするのに、ガーディアン名乗るとかおかしくない? おかしいよね。頭にきちゃう。もう本当ぷんぷんだよ」
カワセミに襲われた中年女の血痕と服を見て正美が憤慨する。亡骸はほとんど残っていない。全てカワセミになった。
「関係者の救助が出来たから上々な結果だよ。無家計な人も死なせたくは無かったけど、積極的に殺したのはあいつらだ。俺達に罪は無い」
心なしかせせら笑うように、来夢が言い捨てた。




