30
巨大黒マリモとなった区車亀三を討伐してから、一日が経過した。
PO対策機構のメンバーは、転烙市内にあるホテル集まっていた。厳重に結界を張り巡らし、感知能力や遠視能力によって、悟られないようにしたうえでだ。関所にある生体情報監視装置にも引っかからないよう気遣っている。もちろん、根人の監視の目にも引っかからないように、寒色植物の目を避けて移動して、この場に集結している。
スノーフレーク・ソサエティーはいない。勇気の傘下という立場であり、協力する姿勢も示しているが、PO対策機構とは距離を置く方針のようであった。
「赤猫電波発信管理塔破壊を第一の目標にする。もちろん、祭りとやらの対策も必須だが、これは具体的にはよくわかっていない。市民を養分にすると、不穏なことを区車亀三は口にしていた。区車亀三は真相を知っていたようだが、断片的にしか情報を継げずに逝ってしまった」
裏通り、政府関係者、グリムペニスの構成員達が集まる中、勇気が壇上に立って状況と方針を伝える。
「赤猫電波発信管理塔の破壊は、転烙市外部との情報を繋げるためだな」
「そうだ」
新居が補足するかのように言い、勇気が頷く。
市内のあちこちに、上が見えないほど高くそびえたつオレンジの塔が、赤猫電波を放っていると、ヨブの報酬が突き止めた。そしてそれらオレンジの塔全てを破壊しなくても、司令塔である赤猫電波発信管理塔さえ破壊すれば、赤猫の機能は失う事も判明している。
「外に向けて情報を出せないなら、俺が来た意味が全く無いから、それをやってくれると個人的に一番助かるね」
苦笑混じりに義久。
転烙市の情報を発信しようとすると、数多の中に赤猫が現れて、強烈な暗示作用をもたらして、意志を強引に捻じ曲げてしまう。これはミルク、チロン、史愉、男治といった、オーバーライフ達ですら抗えない。市内に入った時点で、強烈な暗示電波を浴びせられてしまう。この電波を浴びると、市外に出ても赤猫の作用が働くようだ。
「赤猫電波塔ってのを破壊すると、赤猫の暗示が解けるの? 市内に入ると影響受け、そうなると市外に出ても影響受け続ける。でも電波塔破壊すれば暗示解ける? 何かおかしい理屈」
桜が疑問を口にする。
『おかしくはない。転烙市内で受ける赤猫の電波は、精神世界のものではなく、物質界での脳への暗示だ。これは市内に入った時点で影響を受ける。しかし一旦影響を受けたら、その後は物質的な距離に依存しない、精神世界を通して影響を受け続ける。ようするに物質と精神、双方への影響を及ぼしているのが、赤猫の電波塔なんだろう』
ミルクが解説した。二人の声は、桜、ミルク、バイパー、つくしにしか聞こえていない。
「援軍を呼べるようにすることが先か」
と、犬飼。
「こちらから呼んだわけじゃないが、PO対策機構が気を利かせて送ってくれたぞ」
新居が一堂に聞こえる声で伝える。これはありがたい情報だった。そして外部からの情報は、市内に居る彼等にも届く。
「転烙市のオーバーテクノロジーを利用すると、命が吸い上げられちまう云々の話がマジなら、ここにいる連中も相当危ないし、外から来る連中にもすぐにそれを伝えないといけないんじゃないか?」
李磊が口にしたその発言に、微妙な空気が漂う。
「ま、ぞっとしない話だ。すでに俺達は金玉握られちまってるんだ」
「表現。女子だっているんだぞ」
新居が笑い飛ばすと、犬飼が笑いながら注意する。
「多分多くが該当するだろうけど、転烙市のテクノロジーを利用してしまった者の体を検査した方がいい」
そう進言したのは真だった。
「ぐぴゅ。それはあたしも思っていたぞ。というわけで、今からやるぞ。解析能力者は集まって協力しろッス」
「だそうだ。史愉の側に解析能力持ちは行け。そしてそいつらの前に一列に並べ。鈴音と真も史愉の側だ。男治もな」
史愉が呼びかけ、勇気が命じた。
解析能力持ちの前にPO対策機構の兵が列を作る。一人一人解析が成されていく。
解析によって、体内に仕掛けが刻まれている事は、すぐに判明した。人によって場所は違うが、脊髄、リンパ管、心臓等に、同じ異常が確認された。これこそが、転烙市のテクノロジーを利用した者に刻まれた刻印であると思われる。
「正直僕が見ても、体にそれらしき仕掛けがあるという事がわかるだけだ。判定しただけではあまり意味が無いな」
解析作業している間に、真が言った。
「今はその判定でいいでしょ~。えへへへ、でもね、私はもう解析しながら、抵抗する方法も見出しましたよ~」
「ぐぴゅう、あたしもだぞ」
「わしもな」
男治が得意げに言い、史愉とチロンも名乗り出るかのように言う。
「つまり僕達は助かるということだね?」
「そういうことじゃな」
確認する澤村に、チロンが頷いた。
「抵抗する方法はあるし、その施術を施すことは出来るのー。つまり、ここにいる面々は養分とやらにされずに済むな。しかし市民全員にそれらの施術を施すのは現実的ではないよ」
と、言葉を続けるチロン。
「祭りとやらを止める方が現実的だ」
「つまりは祭りを行おうとしている者を討伐することで、その目論見を防いだ方がいいとも言えるぞ」
「あるいはどうやって命を吸い上げるのか、それを突き止めることも考えとおこう」
勇気、犬飼、新居がそれぞれ言う。
(討伐か。お前達にその権利は無い。与えない。それをしていいのは僕だけだ。僕の役割だ)
真は犬飼の言葉を意識し、心の中で強く主張していた。
***
区車美咲は自宅で呆然自失となっていた。
「そろそろ元気を出してください」
KATAが声をかける。
「無理ですよ。昨日の今日ですし」
「そうでした。私は気遣いが下手なようです。すみません」
力無く笑う美咲に、KATAが謝罪する。
「父さんは……私達への罪滅ぼしで……格好つけて……それで死んじゃって……最後の最期まで馬鹿だった……。一人で……自分に酔って踊った末に……あんな馬鹿な結末……」
昨日のことを思いだし、美咲は涙ぐみながら語る。
「お父さんは、頭の中が子供のままの人だった。駄目な大人だった。馬鹿な人だった。でも、そんなお父さんでも、私は好きだったのに……。私……今度こそ本当に一人になっちゃった……。二度も父さんの死を……二度も孤独になった悲しみを……」
心情を吐露する美咲の肩に、KATAが手を置いた。
「美咲は一人ではありません。私もいますし、御友人のホツミさんもいるではないですか」
KATAが優しい口調で告げる。
「これからは……いえ、今後も、私がずっと貴女を支えていきます。それとも私では不服ですか?」
「いいえ……。ありがとうございます……。KATA」
美咲が涙を手で拭い、KATAの手の甲に自分の手を重ねた。
一人ではない。自分のことを常に第一に考え、付き従ってくれるKATAという頼もしい存在がいる。そう意識することで、確かに救いがあった。
そんな二人の前で、突然影が伸びあがって人の形を取った。
「貴方は……」
突然現れたデビルを見て、美咲が呆気に取られる。
「不法侵入者のようです。美咲は下がってください」
KATAは美咲をかばうように前に出る。
「結局卑怯者のまま? 父親を助けることも出来なかった。しなかった」
デビルがKATA越しに美咲を見て、呆れたように言う。
「卑怯とか、そういう次元では……」
上手く表現できなかったが、デビルの言い分に、美咲は腹が立った。違うと否定したかった。いや、確かに心の中では断じて否定していた。
「お知り合いですか?」
KATAが美咲に伺う。
直後、デビルが腕を振るう。
硝子の胴体が切断され、上半身が床に転がった。下半身も横に転がる。
「え……?」
目の前でKATAが殺害される様を目の当たりにした美咲は、一瞬思考が停止して、呆けた顔になる。
「KATA……? え……? な、何で……?」
震える美咲。悲しみと衝撃と恐怖と混乱が、一緒くたになって美咲の中で吹き荒れていた。
「でも僕は君を認める」
心なしか優しい声音で告げると、デビルはさらにもう一度手を振った。
今度は美咲の首が切断されて、頭部が床に落ちる。頭部を失った胴体も床に転がり、血が床に広がっていく。
「これで君は僕の役に立つから。壊れている物をさらに壊すことに意味は無い。それはシラける。でも時として、壊れた人形で遊ぶことも出来る。そういうケースもある」
美咲の亡骸を見下ろし、デビルは目を細めた。
(これ、犬飼に報告したら、喜んでくれる? 犬飼を楽しませる土産話になる?)
自分の行いを聞いて、犬飼が楽しそうに笑う時、そして犬飼が自分を褒める時、デビルはとても心地好い気分になれる。今回もそうなることを期待していた。




