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「丁度いい所に来たねえ。みどりちゃんに頼みたいこともあったんだ」
「ふぇ~、どうせあのマリモ怪獣の対処だべー。それもやるつもりで来たんよ。でもあたし一人の力では無理そうだし」
しかしそれだけが目的で、みどりはここに来たわけではない。単純に、今、純子との時間を作っておきたかった。そのために来た。
「シスターが死んじゃったそうだねえ。純姉とはずーっと大昔からダチだったんだろ?」
「んー? 私が落ち込んでいると思って、慰めに来てくれたのー?」
みどりの言葉を聞いて、純子は力なく微笑みながら、みどりの隣に腰を下ろす。
「ふわぁ~、何で隣?」
「なでなでして慰めてくれるんでしょ?」
冗談めかして頭を傾ける純子。
「しゃーない。おー、よしよしよし」
みどりが猫撫で声を出して、純子の頭を撫でる。
「純姉はシスターが死んで寂しいっていう感情より、ほっとして見送っている気分みたいなんだよね? あたしも昔、似たようなことがあったからわかるよォ~」
純子の気持ちが、側にいるだけで自然と伝わってくる。精神状態もわかる。ほっとしているが、同時に虚脱感もある。
「理想的な別れだと思うな。そういう気分で死別を消化するのが理想だよね。みどりちゃんや私だけじゃなく、大往生したお爺ちゃんお婆ちゃん相手だと、そういう気持ち、自然に沸いてこない? 人それぞれ、相手次第かもしれないけどね」
純子の言葉を聞き、みどりは笑みを消す。かつてみどりが世話をした老夫婦のことを思いだした。今その二人は転生し、現世にいる。一人は身近にいる。
「でも純姉はそれだけじゃなくね? やっと死ねたシスターを羨ましいとか、そういう気分は無い?」
「いやあ、それはみどりちゃんの読み違いかなあ。私にそんな気持ちは無いよ」
「まだ生きてたいん?」
みどりの問いかけに、純子も笑みを消して、少しの時間思案する。
「私は死ぬのは嫌だなあ。たとえ魂は不滅だろうと、来世があろうと、死んだら今のこの私、雪岡純子という存在はいなくなってしまうんだしねえ。みどりちゃんみたいに記憶と力を持ったまま転生できる術があっても、死にたくは無いよ」
「あばばばばば、大好きな人と、大好きな人の記憶を持ったまま、もう一度出会うために生き永らえ、やっと出会えたんだから、そりゃ死にたくないかあ」
純子の答えを聞いて、みどりは奇妙な笑い声を発してからかった。
「そしてその人と私の願いを叶えるという目的があるんだからさ。今死ぬ気になんてなれない。微塵もそんな気持ちは生じないよ。まあ、どういう因果か知らないけど、その目的を私に与えた本人が、今邪魔しに来ているんだけど」
純子の口元に微笑が戻る。
「純姉、そんなにその目的とやらが大事なん?」
不思議そうに尋ねるみどり。
「マスターは言ってた。人が自由を求めて役割を放棄しても、人が欲望の赴くままに行動しても、それでもなお世界の秩序を維持する方法があるって」
遠い目になって、純子は語る。
「人が全ての役割を放棄したら、世界は維持できない。様々な労働者がいて、世界は成り立っている。様々な労働に人を縛るから、世界は成り立つ。それが今までの常識だったし、私もつい百数十年前までは、その壁は壊せないと思っていた。でも今は壊せる方法があるよね? ロボットとか、労働用のクリーチャーとか、そういうのを作ればいいんだけなんだし。大それた欲望も、仮想世界で叶えるって手もあるんだし。クローンを使ってもいい」
クローンを使うという所で、みどりは引っかかった。純子は以前、クローンアイドル事件の際に、クローンを欲望のはけ口として創ることに、否定的だったはずだ。
「完璧な世界なんて作れないことは、私にもわかっている。誰も不幸にせずに、全ての欲望を叶えることはできない。だからといって、諦めるのも違うでしょ? 先に先に、上に上に、少しずつ人は歩んできた。私は貯めてきたものを全て出して、少しずつではなく、一気に行く」
「ヘーイ、その一気が皆怖いんだべー」
タイミングを見計らい、みどりが笑いながら突っ込んだ。
「そうみたいだね。でも私はもう遠慮する気は無いよ。世界がどうなろうと、一気に吐き出すよ」
朗らかな笑みをたたえ、柔らかな口調で、純子はそう宣言した。
「純姉、あたしは真兄につくよォ~。でも……」
躊躇いがちに何か言おうとしたみどりの言葉を遮るかのように、純子はみどりの体を抱きしめる。
「真君のこと、よろしくね」
「よっしゃあ。お任せあれだぜィ」
耳元で囁く純子に、みどりは茶目っ気に満ちた口調で応じた。
***
黒マリモ亀三との戦いは続いている。転烙市の能力者達が自発的に続々と市庁舎に集結し、戦列に加わった。
スノーフレーク・ソサエティーもやってきて加勢している。ただしヨブの報酬との戦い同様、出来る限り遠距離攻撃に徹している。
黒マリモは茨触手を振り回し、遠方から自分を攻撃してくる敵を殺害しようとするが、その茨触手の動きが封じられるようになった。ミルクが念動力で、男治が巨大つる植物で、優が消滅視線で、勇気が巨大鬼の両手で、鈴音がパラダイスペインで、政馬がヤマ・アプリで、茨触手を徹底的に狙って攻撃しだしたのだ。
茨触手はちぎられてもすぐに再生するが、再生してもすぐに攻撃が降り注ぐため、攻撃手段として機能しない。
「ちょっとさ、これさ、有効なように見えるけど、いつまで続けるのって話」
「底無しだよな。あの質量で、どんだけ再生しやがるんだっての」
政馬とジュデッカが巨大黒マリモを見てぼやく。
『十年前の怪獣化アルラウネと同様に、感情をエネルギー転換して吸収しているのであれば、それを断たねばキリが無い』
ミルクが言う。
「じゃあその方法をとっとと教えたら?」
桜がバスケットを睨み、苛立たしげに言う。
『あの時は、精神エネルギーの流れを遮断するシールド発生装置が作られて、それで何とかなった。あれは私と霧崎と純子で作った代物だし、今は東京に保管しているから、取り寄せないといけない。ただ、本当にそれが効くのかどうかもわからないし、十年前のあれと同じだと、断言も出来ない』
ミルクの声を、バイパーと桜とつくし以外にも聞いていた者がいた。
「みどり、今どこにいる?」
犬飼がみどりに電話をかける。
『あばばばば、秘密~。でも犬飼さんがいる所から、あまり離れてないかもね~』
「つまりは市庁舎の側か中、あの黒マリモが見える場所だな。今、あの黒マリモの弱点を聞いちまったんだが……」
『みどりの力で精神波を防げるかって事だよね? もう進めてるよォ~。あたし一人の力じゃないけどね』
「そうか。じゃあよろしく頼むぜ」
電話するまでも無かったと思いながら、犬飼は電話を切って、巨大黒マリモを見上げた。
「おや? 再生しなくなったか?」
李磊が黒マリモを見て呟く。攻撃を食らった箇所が、そのまま欠けたままの状態になっていた。
再生しなくなった事は、如実にわかるようになった。PO対策機構と転烙市の兵士双方の攻撃を食らい、黒マリモの体がどんどん千切れ、欠けていく。球体状だった体がでこぼこになっていく。
やがて黒マリモは急速に縮みだした。そして道の上に、全裸の中年男が仰向けに倒れた状態で出現する。
「終わりましたかあ?」
「唐突であっけない感じだったな」
優が大きく息を吐き、鋭一がニヒルに呟く。
「お父さんっ!」
美咲が飛び出し、倒れた全裸の男――亀三へと駆け寄る。美咲をかばうような格好で両手を広げながら、硝子人のKATAも共に走っている。
市庁舎の窓から、勇気と鈴音が飛び出す。三階から飛び降りたが、着地時点で巨大な鬼の手が現れて二人をキャッチして、地面に下ろす。
「お父さんっ、お父さんっ!」
美咲が亀三にすがりついて泣き喚く。その後ろから、勇気が大鬼の癒しの力を発動させたが――
「駄目だ」
無情な一言を発する勇気。
「俺の癒しの力でもどうにもならない。命を限界以上に酷使したせいだ。それに加えて、欲望をエネルギー転換する力の副作用とでもいうか、崩壊するのを防ぐだけで精一杯だ」
(死相が出ているどころか、もう霊魂が肉体の外に出てる。肉体的にはまだ生きてるけど、この人は死んでいる)
勇気の言葉の後で、鈴音が声に出さずに付け加えた。
(癒しの力……。彼はそうやって癒してきたのか)
平面化して側までやって来たデビルが、勇気の言葉を耳にして、再び不快感を覚える。
(人助けをし続けてきた子。気に入らない。つまりは僕達とは正反対の存在)
それが、デビルが勇気を気に入らない理由だ。シンプルな理由だ。
「鬼の泣き声は……収まったがな」
亀三と美咲を見下ろし、虚しげに息を吐く勇気。
「鬼の泣き声とは何?」
デビルが平面化したままで、勇気に尋ねる。
「今は説明するのも面倒だ」
デビルがいる場所を一瞥して、勇気は投げ槍に言った。




