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空の道の交通管理局前で、PO対策機構は劣勢に立たされていた。
空の道の交通管理局前に配置されたガードだけではなく、次々と増援がやってくる。転烙市お抱えの能力者達。日本中から集められたサイキック・オフェンダー達だ。
「きりがないですう……」
流石の優も弱音を吐いた。すでに消滅視線を多用し、疲労も濃い。
「敵がどんどん増えてるな。他の襲撃場所の様子はどうなんだ?」
鋭一が竜二郎の方を見て問う。竜二郎は情報収集と戦線の把握に務めている。
「ヨブの報酬が壊滅したそうですよー。やったのはスノーフレーク・ソサエティーとのことですー」
「ええっ!?」
竜二郎の報告を聞いて、優が珍しく大声をあげた。最近顔を出してはいないが、優も一応スノーフレーク・ソサエティーの一員だ。
「転烙市市長の硝子山悶仁郎が演説を始めたよ」
澤村聖人が報告した直後、空の道交通管理局の門の前に、巨大サイズでホログラフィー・ディスプレイが投影され、硝子山悶仁郎の顔が映し出される。
『現在、転烙市内の各重要施設が同時に襲撃されるに至ったが、大事は無い』
髭をいじりながらにやにやと笑い、悶仁郎が言い切る。
『我等転烙市民は、世界の最先端を生きる、選ばれし民であ~る。いずれ我等の技術は都市の外にも広がっていくが、我々はその先を常に走り続け~る。そうでなければなら~ぬ。……ということになっておるな』
おちゃらけた口調での演説。しかしこういうキャラということで、転烙市の住民には受け入れられている。
『だが、頭の固い奴等もおるもので、我等の都を危険視して、頭ごなしに押さえつけようとしてきよる。そう、PO対策機構の者共のことじゃ。今転烙市内に潜入し、暴れているのは彼奴等の所業よ』
該当するPO対策機構の面々の多くが、悶仁郎の言葉を聞いてむっとする。あるいはニヒルに笑うか、唾を吐き捨てる者もいる。
『繰り返し申す。我々は選ばれし都の民。時代の先を走る者であるぞ。それを誇りに思うがよい。時代を踏み出すことに怯えて、足を引っ張ってくる愚か者共に、断じて屈してならん。戦って我等の都を守れ。立ち上がり、踏み砕け。侵略者を蹴散らせ。殺して殺して殺しまくれ』
悶仁郎が鼓舞すると、空の道の交通管理局前にいる転烙市の能力者達が歓声をあげて沸いた。
「凄い応援演説ですねー。敵ながら胸が熱くなりますー」
「どうかしてる……」
「笑いながら人殺しを推奨する市長様、確かに凄いですねえ」
竜二郎が笑い、卓磨は呆れ、優は感心していた。
「これでまたさらに敵が増えると見た。これ以上の消耗は避け、今のうちに撤退した方がいいな」
澤村が口惜しげに言った。
「潮時か……。確かにここで踏ん張っても、無駄に犠牲者を増やすだけだな」
鋭一も同感だった。これまでにこちらは犠牲者を増やし、敵はますます士気をあげて勢いに乗り、戦果をあげられずに逃げていくしかないというこの状況。悔しい気持ちでいっぱいだ。
「退却しよう! 退却だ!」
現場責任者である澤村が大声で呼びかけ、PO対策機構は空の道の交通管理局攻略を断念し、撤退した。
***
超常能力覚醒施設前。
「こっちは敵を降参させたけど、空の道の交通管理局は、敵の猛攻を凌げず退却したのか」
他の部隊の動向をチェックして、義久が唸る。
「赤猫電波発信管理塔も、ヨブの報酬が全滅しちまっている。おまけにさっきの市長様の呼びかけがある。勝利したとはいえ、この場に留まっていると、俺達も不味いぞ」
犬飼が言い、新居の反応を伺う。
「空の道の交通管理局前には能力者が続々集まってきたらしい。主に市民がな。ここもそうなりかねない。ここの制圧だの占拠だの破壊だのは、諦めるべきだな」
犬飼の言葉を認める形で、新居は判断した。
「しかも市庁舎前ではマリモ怪獣出現とか、わけのわからん事態になっているしな」
新居が息を吐く。
「ムッフッフッ、これはおかしいね。今度はチミ達が降参する立場になるのかな?」
「その前に逃げるわ」
ミスター・マンジが揶揄すると、新居はあっさりと告げた。
「市庁舎前はどーすんだって話だぞ。真と勇気達は未だ脱出出来てないんだ」
「脱出するまでが救出ですってね」
犬飼とシャルルが新居に向かって言う。
「市庁舎前に行くぞ。空の道の交通管理局担当の、政府お抱え組も市庁舎前に移動させる」
新居が命じ、PO対策機構は超常能力覚醒施設前から移動を開始した。
***
事故によって妻を亡くし、娘を下半身不随に追いやってから、区車亀三は自身を振り返った。
(俺は酷い奴だった。すぐに声を荒げ、横暴で、暴力を振るい、最低な男だったじゃないか。しかもそれを悪い事だと意識してすらいなかった。マジで最低だ。失ってからようやく気が付くなんて……何なんだ? 俺は?)
今になって自分を見つめ直す。ようやく今になって悔いる。今頃になってやっと省みる。
(今からでも取り返す。そのために改造されたんだ。そして運命はこんな俺に、チャンスを与えてくれた。俺に力を与えてくれた。雪岡純子の恐るべき計画を知ってしまった。世界の危機を知ってしまった。だから……俺は……世界を救うヒーローになるんだっ。なれるんだっ。それが俺の償いだっ)
すでに人の姿を失くし、茨のような触手を振り回す巨大黒マリモと化した亀三は決意した。
「オ・オレハ……」
強い意志が、亀三の口をこじあける。
「喋った?」
「あの丸いデカイのの声か?」
「どう聞いてもそうだろう」
市庁舎内の窓から、暴れる巨大黒マリモを見物していた職員が、口々に言う。
「オレハヒーローニナルンダア! セカイヲスクーンダー!」
叫び声と共に、周囲を回っていた黒い茨のようなものがちぎれて、猛スピードで伸びる。
市庁舎の窓複数が、黒い茨によって次々と突き割られる。
窓を突き割った黒い茨は、すぐに窓から引き抜かれた。何人もの職員の胴を串刺しにした状態で。頭部を串刺しにされた者もいる。足を貫かれて逆さにされて、混乱しながらまだ生きている者もいた。
「おいおい……」
チロンが引きつった笑みを浮かべる。これまでは市庁舎を護っていた転烙市の兵限定で攻撃していたにも関わらず、突然非戦闘員を襲いだした。
「ほれ見ろ。見境いないぞー。ぐぴゅう」
史愉が残酷な笑みを浮かべて、茨触手に串刺しにされたまま振り回される屍を見上げる。
「オレハセカイヲスクウヒーローダゾー! ミサキー! ミンナヲスクー! ソレガツグナイダー!」
決意を叫ぶ亀三。その決意は偽り無く本物であったが、亀三は自分が何をしているのかわかっていなかった。
「お父さん……何やってるの……」
その光景を見て、美咲が呆然として呻く。
「言ってることとやってることが違いすぎるぞ。ぐぴゅ」
「狂気に冒されて、全てが敵に見えておるようじゃの」
「たは~。あれは目と脳に異常があるのかもしれませんね~」
史愉、チロン、男治も呆れている。
巨大黒マリモはなおも触手を振り回し、市庁舎内の窓へと突き入れていく。
「やめて! お父さん!」
美咲が大声で叫び、巨大黒マリモの元へと駆け出そうとしたが、KATAが後ろから美咲を羽交い絞めにして制止した。
「行ってはいけません」
「でも私が止めないと、お父さんが人を殺し続けますよっ!」
「亀三さんは、美咲さんを見ても、それが自分の娘だと判別できない可能性が高いです。美咲さんが亀三さんに殺されるような悲劇的事態は、断じて避けねばなりません」
必死の形相で訴える美咲であったが、KATAに説き伏せられ、冷静さを取り戻す。
巨大黒マリモの茨触手が、少し離れた位置で見守っていた、PO対策機構の兵士達にも向けて伸びてきた。
「おやおや~、とうとうこっちにも攻撃してきましたよ~」
男治が危機感の無い声をあげる。
「ぐっぴゅぴゅう。勇気にも言われていることだし、静観するのはここまでッス。あの黒マリモを止めるぞ」
史愉が言い、白衣の袖から大量の羽虫を飛び立たせた。




