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超常能力覚醒施設前の戦闘は膠着状態に陥っていた。
「真を救出できた事はハッピーな話題だが、ヨブの報酬はやられるわ、スノーフレーク・ソサエティーは参戦するわ、怪獣は出るわ、色々忙しいな」
真からの連絡を受け、新居が皮肉げに言う。
「スノーフレーク・ソサエティーはグリムペニスと和解したのに、何でこっち陣営のヨブの報酬を襲ったんだ……?」
義久が呆然とした顔で疑問を口にする。真からスノーフレーク・ソサエティーに関する報告は受けていない。しかし応戦していたヨブの報酬から、すでに連絡を受けて知っているし、知れ渡るのは時間の問題と思われる。
「元々敵だったからか? 見過ごせない……と言いたい所だが、ヨブの報酬との連絡が取れない所を見ると、赤猫電波発信管理塔前にいた連中は、全滅したかもな」
と、新居。
「市庁舎前に変な怪物が現れたとよ」
犬飼が報告し、ホログラフィー・ディスプレイを巨大サイズで投影する。
「このデカくて丸いの、どこかで見たことあるような」
「あれだろ。十年前に東京湾に行った怪獣。あれに似てるわ。サイモンと一緒に見物しに行ったぜ」
バイパーと新居が言う。
「あちこちで色んなこと起こり過ぎ」
苦笑気味に桜が呟く。
「マイマスター、報告します。戦況は拮抗しております」
『見ればわかる。いちいち報告することじゃない』
つくが報告すると、ミルクが苛立たしげな声話発する。
「超常能力の覚醒者が使い捨てのような状態で投入され、自らの死も省みず特攻してくる有様よ。酷いことするわ……」
「俺達が攻めているから、その酷いことをしてくるわけだがな」
桜が眉をひそめて溜息をつくと、バイパーが笑いながら皮肉った。
施設の入口に、ミスター・マンジが美咲を伴って現れる。美咲は車椅子ではない。立って歩いている。
「むふふ、これは困ったね。これでは出られないではないか」
激しい戦場と化している施設前を見て、ミスター・マンジは全く困った風ではない笑顔で、泥鰌髭をいじる。
「お父さんを助けにいかないとなのに……あの、どうにかできませんか?」
「難しいね。この有様では」
不安げな顔で伺う美咲に、ミスター・マンジはあっさりと答える。
「お願いしてみて解決できないでしょうか?」
「一般人が外に出たいからといって、攻撃の手を止めてくれるような甘い連中ではないと思うよ。ムッフッフッ。ま、試してみるかな」
どうでもよさそうな口振りとは裏腹に、ミスター・マンジは堂々と入口に向かって歩いていった。
『あれはミスター・マンジか』
ミルクがバスケットの隙間からその姿を確認する。
「知り合いか?」
バイパーがミルクの方を見る。
『ああ。マッドサイエンティスト界隈で、数年前から少しずつ名の知れてきた男だ。以前は純子のアンチだったが、いつしか純子に隷属するようになりやがったですよ』
ミルクが忌々しげに解説した直後、ミスター・マンジは小さな白旗を取り出して、にこにこ笑いながら顔の前で振り出した。
「おい、変な格好の奴が白旗振ってるぞ」
李磊がミスター・マンジを指す。
「特にあちらが不利という感じでもなかったのにな。何か戦闘継続できなくなる事情が生じたのかねー」
新居が訝りながらも、味方に攻撃中断を命じた。敵側の攻撃も止まっていた。
「マンジさん、本当によろしかったのでしょうか? 私のために……」
美咲が心配そうに尋ねる。
「こちらが不利になったわけでもないのですよ。まだ戦える状態で戦闘放棄したなどと言ったら、咎められませんか?」
施設の所員の一人も、驚いて問い詰める。
「ムッフッフッ、いいのだよ。無益な争いを続けて互いに犠牲を出す方がよろしくない。美咲君を出汁にして降伏させてもらったということだよ。事情を雪岡嬢に話せば、ここを引き渡した事も納得してもらえるだろうさ」
ミスター・マンジは薄笑いを張りつかせて泥鰌髭をいじり続けながら、平然と言ってのける。
「では行きたまえ、美咲君」
「は、はい。何から何までありがとうございます。マンジさん」
「ミスター・マンジと呼んで欲しいと何度も言っているのに、チミも中々頑固だね」
深々と頭を下げる美咲に、ミスター・マンジは苦笑していた。
美咲が空の道へと飛び上がっていく。
「見たか? 施設から出てきた女の子が一人、空の道に上がっていったぞ」
犬飼が新居に声をかける。
「見逃した。俺等の手に渡したくない、特に重要な奴を逃がしたとか、そんなんかもな」
いずれにせよここでの戦闘は終わったので、それでよしとしておこうと思う新居であった。
***
何の前触れも無く突然巨大黒マリモと化した区車亀三は、意識朦朧としていた。
少しずつ意識を取り戻す。夢見心地だが、脳内麻薬が出続けているせいもあって、気分はとても良い。
(こいつらは……敵だよな。転烙市の……硝子山悶仁郎や雪岡純子の手下の兵隊だよな……)
市庁舎側にいる者達を見下ろし、亀三は思う。
(つまりこいつらを殺せばいいんだ。今の俺ならこの数相手でも余裕だ……)
黒マリモを取り巻いて回転していた茨がほどけた。無数の茨が真っすぐ伸び、転烙市の兵士に襲いかかる。
迫りくる茨に、能力で対抗する者もいたが、猛スピードで伸びる茨を防ぐことは出来なかった。攻撃しても傷もつかない。
茨の先端が転烙市の兵士の体を突き刺していく。首や胴に巻き付かれて締め上げられて後、体を両断された者もいる。回避を試みるも、茨は動きに合わせて上手くカーブする。直前で避けた者もいたが、次の瞬間、別の茨によって串刺しにされたり、巻き付かれたりして殺される。
一方的な殺戮の宴が展開される。PO対策機構の兵士達は、遠巻きにして呆然とそれを眺めている。
「都合よく敵を弱体化してくれているぞ。あたしらは被害出ないように退避だぞ」
史愉が指示する。黒マリモ亀三の暴れっぷりを見て、史愉は不穏な予感を覚えていた。PO対策機構にも見境なく攻撃してくる可能性が、脳裏をよぎったのだ。
市庁舎の中にいる勇気達から、連絡が入る。
『俺達はあの黒マリモを人に戻す。支援しろ』
「そんな余計なことしなくていいぞー。せっかく転烙市の兵士を殺してくれているのに」
勇気の命令を聞いて呆れる史愉。
「たは~、人に戻すとか言ってるのはつまり、殺さないように手加減しろという、ややこしい要求をしているって事ですよね~?」
「ぐっぴゅ。あの怪物は純子の部下を何人も殺してるのに、殺さず救おうっていうんスか? 大した偽善者っぷりっス。あの怪物にそんなに想い入れがあるの?」
男治も呆れ、史愉は一応問いただす。
『そうだな……。殺さず救うというのはもう無理かもしれないな。それに史愉の言うことももっともだ』
「ぐぴゅぴゅうっ。珍しく勇気があたしの言葉を聞き入れる構え?」
勇気の意外な台詞を聞いて、史愉は驚いた。
『方針変更。加減は考えなくていい。ただし、上手いこと戦闘不能に出来たら。とどめは控えろ』
「勇気はどうするつもりなんじゃ?」
チロンが尋ねる。
『俺達はまだやることがある』
勇気はそう答えて電話を切った。
***
空の道で市庁舎の近くに移動した美咲は、人を殺しまくっている巨大黒マリモを見て立ちすくんでしまう。
「お待ちしていました。歩けるようになったのですね。喜ばしいことです」
美咲に声をかけてくる者がいた。美咲の世話をしている硝子人のKATAだ。
「KATA、私がここに来るとわかっていたんですか?」
「はい。どうせ移動するのですから、研究所前までお迎えに行くより、こちらでお迎えした方がよろしいと思いまして」
「あれは……まさか……お父さん?」
複数の茨を振り回す黒マリモを見上げ、美咲は震える声で問う。直感的にそうではないかと思ってしまった。
「はい。亀三さんです。生体情報が一致しています」
KATAが答えると、美咲は巨大黒マリモに視線が釘付けになって震えていた。
その震えは、恐怖によるものではないと、美咲自身わかっていた。美咲の状態をチェックしたKATAにもわかっていた。その震えは――




