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(ヨブの報酬の最期かな?)
スノーフレーク・ソサエティーがヨブの報酬を襲撃される様を、デビルはこっそりと見学していた。最初から見ていたわけではない。途中から見始めた。
光る目の影法師達が、次々とネロとシスターに向かって迫っていく。
シスターの全身から熱風が迸り、影法師の動きが大きく鈍るが、戦闘不能には至らない。
シスターの臀部からはサソリの尾が生え、背からは四枚の鳥の翼が生えている。
「久しぶりに見るけどよ。シスターのその姿、いいよな。そそるわ。その姿のまま抱いてみたいもんだね。ヤッてる最中にそのサソリの屋で刺してくるのかとか、想像しちまう」
ジュデッカが下品な冗談を飛ばすが、シスターは取り合わずに、柄の白い日本刀で斬りかかる。
ジュデッカは避けようとしたが、避けられないことはわかっていた。今まで何度も体験してきた。シスターの無敵にして無敗の能力――運命切断。相手の未来へと繋がる運命の糸は、シスターの思い通りに断ち切られ。攻撃をかわすという未来の可能性が断たれてしまう。結果、避けられずに攻撃を食らってしまう。
「運命切断。無敵の上級運命操作術と言えるな。未来を自分の都合よく書き換えちまうようなもんだからよ。何度もそいつにやられた」
ジュデッカが嗤う。しかしその能力は一対一での戦いに限っての話だ。シスターの運命切断は、一度に一人にしか使うことが出来ない。
影法師がジュデッカの前に踊り出て、シスターの動きを阻んだ。シスターは影法師を切り捨てるが、そのアクションの間に、運命切断の効果は解けてしまう。
「今回は一対一の戦いじゃねーんだ。こうなると対処のしようもねーだろ。自分には使えねーしよ」
ジュデッカが反撃に転じて、槍を幾度も振るう。空間操作を封じる結界を這ったので、お得意の拡散転移はジュデッカ自身も使えない。
連続の突きがシスターに襲いかかる。シスターは避けようとしたが、翼の一ヵ所と脇腹を貫かれた。
「いい感じにエロく服が破れてくれたな。このままどんどん破いて、裸にして、動けないくらいにほどよく消耗させてから犯してやろうか?」
ジュデッカがまた下品な言動を口にするが、シスターは取り合わない。ただ、ジュデッカを睨むだけだ。
(この子は私と何度も戦っているうちに、運命切断が一度につき一人にしか使えないことを、知ってしまいましたねー。私が能力を発動した瞬間に妨害を挟ませることで、別の運命も呼び込んでしまいまーす。そうなれば、如何にジュデッカの運命を切断したとしても、新たな運命で上書きされ、私の攻撃は届かなくなってしまいまーす)
そして攻撃が届いたとしても、相手は再生能力持ちだ。一度や二度の致命傷ではとても仕留められない。何をどうあっても、この状況は自分にとって不利だとシスターは見てとった。
「主の盟により来たれ。第十五の神獣、聖火の獅子王!」
ネロが叫ぶと、青白い炎の塊が出現する。激しく噴き出る炎の中に、青いライオンの姿が見え隠れしている。
蒼炎の青獅子は影法師の光る視線をものともせずに動き回り、次々と影法師を引き裂き、あるいは燃やしていく。
しかし青獅子に対し、次々と遠隔攻撃が降り注ぎ、青獅子がダメージを受けていく。その動きがあっという間に鈍る。
ネロがこの戦いで神獣を呼び出すのは、もう四体目だ。呼び出してもそう長くはもたない。集中砲火を受けてすぐに消されてしまう。
(せめて転移が出来れば……)
ジュデッカを見やるネロ。周囲一帯に、空間操作を封じる強い結界が張り巡らされている。おかげで逃げることもままならないし、それ以上に、物陰に隠れている敵を攻撃することが出来ない。転移が出来れば、遠隔攻撃してくる敵の元に転移して、これらを攻撃して回る事も出来るものだが、その戦法を封じられてしまっている。
そして近接戦闘を臨んでくるのは、ジュデッカと、次から次へと湧いてくる影法師達が相手だ。彼等に行く手を妨げられ、遠距離攻撃してくる者達に対して手が出せない。そのおかげで、スノーフレーク・ソサエティー側は全く被害が無い状況で、一方的に攻撃を続けている格好になっている。
飛びぬけた力を持つ超越者であるネロとシスターも、圧倒的な数の暴力と、予め張り巡らされた策の前に、成す術無く防戦一方となっていた。
(そろそろ雅紀がもたないなー。影法師も尽きる。ネロとシスターを仕留めにかからないと)
政馬が影法師の群れを見て思う。ネロは気付いていなかったが、影法師の数が少なくなっている。これらは雅紀一人が呼び出している仮想霊の群体だ。
雅紀は近くの建物の中からこれらの仮想霊を操っているが、増幅や回復の能力を持つ他の能力者達からの支援ドーピングも受けたうえで行っている。それでもかなりの無理をしているし、長時間はもたない。
「ヤマ・アプリ。電気椅子」
ネロ自身の罪業を利用して、政馬がネロに力を発動させる。
電撃を浴びたネロの動きが一瞬停まる。そのショックも手伝って、元々ダメージが大きかった青い獅子も、維持できなくなって姿を消してしまう。
膝をついたネロは、呆然とした面持ちで、ジュデッカと影法師の双方相手に日本刀を振り続け、奮闘しているシスターの姿を横目で見た。
動けなくなったネロに、遠方に隠れたスノーフレーク・ソサエティーの能力達が、ここぞとばかりに集中砲火を浴びせた。衝撃波が、光弾が、かまいたちが、高圧噴射された水のカッターが、オレンジの炎を纏ったジャベリンが、当たったらどうなるかわからないパンケーキが、ネロめがけて降り注ぐ。
(ここで俺まで力尽きたら、シスターは……ヨブの報酬は終わりだ)
そう意識することで、ネロは闘志を燃やす。
「ま、負けぬ……」
ネロが立ち上がり、政馬を睨んだ。姿を晒しているスノーフレーク・ソサエティーのメンバーは、ジュデッカと政馬だけだ。ジュデッカはシスターな近接戦闘を挑んでいるが、政馬は少し離れた場所にいる。
「主に背き者よ、宿れ。終の魔獣、赤き竜!」
「ネロ……それは……」
ネロの叫び声を聞いて、シスターは顔色を変えて、ネロの方を向いた。
ネロの姿が一瞬にして変貌する。体が大きく膨れ上がり、全身が赤い鱗で覆われ、七つの頭と十本の角を持つ竜となった。角にはそれぞれ冠を被っている。
かつてシスターは一度だけ、ネロが己の身をこの獣へと変えたことがある。己の身を獣に変える術は、いくらダメージを受けてもネロの体に影響は残らない。しかしネロがこの術を使った後、ネロは死にかけた。そのまま死ぬかと思われたが、何とか息を吹き返した。それ以来、シスターはネロにこの術は使わぬよう命じていたが、今ネロは、その命に背いた。
スノーフレーク・ソサエティーのメンバー達による遠距離攻撃が、赤い竜に降り注ぐ。しかしこれまでと異なり、その全ての攻撃が、ネロには通じていないように見えた。かすり傷一つすらついていない。
「何余所見してんだ」
シスターの隙をついてジュデッカが槍を振るったが、シスターは回避する。
ジュデッカの攻撃は避けたもの、その回避の直後を狙って、無数の遠隔攻撃がシスターに放たれる、そのうちの幾つかシスターは食らってしまった。先程から何度もこれらの攻撃を受けてしまっている。常人なら致命傷の一撃も受けているが、即座に再生している。
影法師達がネロに向かっていく。
ネロが長い前肢を振るうと、殺到する複数の影法師達が一度に何人も消し飛ばされる。影法師の光る目も全く効いていないようだ。
(あいつはヤバそうだぞ……)
影法師を操っていた雅紀が、全ての影法師をネロに向かわせる。あれが暴れたら、政馬が危ないと感じた。ジュデッカはともかくとして、政馬は再生能力が無い。それなのに政馬は身を晒して戦っている。遠巻きにしている雅紀や季里江は、気が気でなかった。
しかし雅紀達が危ぶむ一方で、政馬は余裕に満ちた微笑をたたえ、赤い竜となったネロを見ている。
「グゥアアアアアアァァァーッ!」
ネロが咆哮をあげる。声は物理的なエネルギーへと変換され、ネロの前方の地面に直撃して爆発を起こす。残った影法師達が吹き飛び、消滅する。地面が爆発によって直径10メートルほど、クレーター状に大きくえぐられている。
「おい政馬……逃げろっ!」
ネロの破壊力を見て、建物の中で部下達に指示を出していた季里江が、思わず身を乗り出して叫ぶ。
政馬に季里江の声は届いていたが、逃げる気配は無い。
「黙示録の獣? 切り札っぽいよね。それじゃあこっちも合わせて切り札出すかな? 出そうかな? そうした方がいい?」
「グアアアアアッ!」
政馬がネロの姿を見て笑った直後、ネロの七つの口が再び凄まじい咆哮をあげた。
咆哮は強烈な物理的パワーを伴い、政馬を襲う。




