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幸子が殺された直後、ヨブの報酬は一斉に攻撃を受け、次々と兵達が殺されていった。
「よー、シスター。おっひさー」
幸子を殺した張本人である褐色の肌の美少年が、茶目っ気に満ちた笑顔で挨拶をする。
「ジュデッカ……」
かつてヨブの報酬と、そして自分とも直接何度も戦ってきたオーバーライフを目の当たりにして、シスターは呻く。
ジュデッカを見た時点で、突然の襲撃者が何者であるかわかった。サイキック・オフェンダーを煽って、ヨブの報酬の本部や支部を一斉に攻撃した者達の正体もわかった。
「さて、お前等とは生涯何度もやりあった俺だが、これで最後にさせてもらうぜ。シスターもな」
ジュデッカが槍を振り回し、言葉とは裏腹に、その場から姿を消した。
シスターにはわかっていた。ジュデッカは自分との直接対決を避けたのだと。一対一では敵わないと見てとったのだと。
「復讐という料理は、冷めてから食べた方が美味しいってね」
戦闘の最中、ヨブの報酬の兵士の死体を見渡し、笑顔で小気味よさそうに言う白皙の美少年がいた。
「どんな味がするのか楽しみだ。哲男と舟生の仇は討たせてもらうよ」
逢魔政馬のその台詞は、シスターの耳にも届いていた。
視界内に現れた清々しい笑顔の少年に、シスターが視線をぶつける。
「そのためにヨブの報酬を襲ったわけですかー。個人の復讐のために、どれだけの血を……」
シスターは怒るよりも呆れていた。ヨブの報酬の本部支部に攻撃を仕掛けた者の正体はスノーフレーク・ソサエティーだった。しかも政馬の台詞を真に受けるなら、かつて自分が殺害した、この国の先代の独裁者である船虫舟生の仇討ちのために、ここまでやったという事になる。
「ヤマ・アプリ」
政馬が能力を用いる。
シスターの隣にいる兵士二名が、突然吹き飛ばされた。二人共が歴戦の強者であったが、成す術もなく肉塊と化した。
「罪業も罪悪感も測定不能だから、貴女から力を引き出しまくれる。貴女から引き出した力で、貴女のお仲間を地獄に送ってみたよ? どんな気分? 感想聞かせてほしいな?」
政馬が喋っている間に、目だけが光り輝く影法師のような者が次々と湧いて、ヨブの報酬のいる方へと向かって殺到してくる。
「め……目、を見るなっ!」
ブラウンが息苦しそうに叫んだ。ブラウンの動きがおかしい。空中を泳ぐようにして、スローモーションでゆっくりと動いている。
影法師の光る目の効果であることはすぐにわかったが、大量に迫るそれらの光る目と、一切視線を合わさずに戦うのは、中々難しい。
「敵はこちらの何倍だ?」
影法師の視線の効果から解かれたブラウンが、目を細めた状態で呟く。
ブラウンの上の服が弾け飛んだ。金毛の狼男と化したブウランは、向かってくる影法師に飛びかかり、引き裂いていく。個々の戦闘力は高くないようだ。
しかし敵はこの得体の知れない影法師だけではない。周囲に多数の能力者が隠れ、次々と能力で攻撃してきている。
シスターもネロも防戦一方になりながらも、攻撃を凌いでいる。ヨブの報酬の兵士達も必死に防ぐが、一人また一人と倒れていく。
「に、逃げた方がいい……」
ネロが促す。単純に数の暴力で勝ち目が無い。おまけに先制攻撃を食らって、劣勢でスタートしてしまった戦闘であるうえに、ひたすら物陰から遠隔攻撃をしてくる。多人数戦で強さを発揮する幸子が殺され、さらには何名もの手練れが瞬く間に殺されてしまった。
「逃げるに逃げれませーん。転移系の能力を封じる結界が張られていまーす」
空間操作と結界術が得意なジュデッカの仕業であろうと、シスターは判断する。
スノーフレーク・ソサエティー側は、政馬だけが姿を晒している。他の者達は亜空間に隠れ、そこから攻撃しているのだと、ブラウンは理解した。
「多勢に無勢ってだけじゃねーよ……。行動阻害系の能力者が多いのがムカつくわ」
ブラウンが歯噛みする。念入りに人員を揃えてきたうえに、計算ずくめの不意打ちだ。
狼男と化したブラウンが凄まじい勢いで影法師達を引き裂いていき、政馬のいる元へと向かおうとする。
政馬に仕掛けようとするブラウンに向けて、亜空間の中から雨あられと遠距離攻撃が行われる。光線が、念塊が、銃弾が、炎の渦が、ハメ系の行動阻害能力が、鉄くずの礫が、酸の雨が、当たったらどうなるのかわからない回転する座布団が、ブラウンに降り注がれる。
ブラウンは体内から生じる泥でそれらを防ぎきっている。しかし限界はある。それに何かしらの能力によって、完全に動きが止められてしまって、仁王立ちになった状態で、ひたすら敵の攻撃を受け続けている。
「ぶ、ブラウンが集中的に攻撃されている! 誰か助けに……!」
ネロが叫び、周囲を見回した。
シスターとブラウンと自分以外に残っている者はすでにいなかった。全て倒れている。
そしてネロとシスターにも、ありったけの攻撃が降り注がれている。何とか反撃に転じたいが、その猶予も与えてくれない。
「主の盟により来たれ。第三の神獣、近くて遠き守護者!」
青みがかった半透明の大きな腕が現れ、ネロの体を抱きしめる。ネロに降り注ぐ遠隔攻撃は、腕から生じる防壁によって防がれる。しかしこの防壁も永続的にもつわけではない。
(敵の数にもよりますが……敵とていつか攻め疲れが来て、隙が生じるはず。それまでももちこたえましょー)
シスターはそう考えていた。ネロもそのつもりでいる。しかし今の状況が、この何百年かで味わったことがないほどに、かつてない大ピンチである事は疑いようがない。ここまで徹底的に攻め込まれて劣勢に立たされたのは久しぶりだ。
「大丈夫だ……。俺にはパパとママがついているんだ」
全身を泥に包まれた状態でうそぶくブラウンだが、その声には力が無い。
そのブラウンの前に、亜空間に隠れていたのであろうジュデッカが、また姿を現した。
ジュデッカが右手を時計回り、左手を半時計回りに、内から外へ開くようなにして回す。
シスターがジュデッカの出現と、彼の動きに気付いた時には遅かった。
「ブラウン!」
シスターが叫び、ジュデッカに向けて能力を用いた。究極運命操作術の運命切断を仕掛けた。
「ははは、一秒遅かったな。未来を強制的に思い通りにしちまう、究極チート能力の運命切断は、確かにすげーよ。怖えーよ。そいつに何度苦渋を飲まされたかわかんねー。でもさあ、すでに発生しちまった現実は変えられねーだろ」
ジュデッカがシスターの方を向いて笑う。
ブラウンはすでにジュデッカの術にかかっていた。感覚遮断の術をかけられ、何も感じなくなっていた。そしてそれはブラウン一人に術をかけたわけではない。ブラウンを自動的に護る、彼がパパとママと呼ぶ泥に対しても、効果を発揮していた。
ジュデッカが槍を振るわんとする。
シスターが再度運命切断を用いる。ジュデッカの動きが止まった。槍を震わせなかった。
だがジュデッカは読んでいた。ブラウンを殺そうとしたその時、シスターが自分に運命切断を用いて、行動を止めてくると。
「ヤマ・アプリ。断頭台」
シスターがジュデッカに能力を用いたその瞬間を狙って、政馬が能力を発動させた。
他ならぬブラウン自身の罪業をエネルギー化する。不可視の刃がブラウンの首を撥ね飛ばす。
防御と再生の泥が機能しないブラウンは、首をはねられ、その場に倒れた。そのまま死んだ。霊魂が体から出る様を、シスターもネロもはっきりと見た。
「まずは哲男の仇を討った。次は――舟生の仇だよ」
ブラウンの死体を見て政馬が爽やかに微笑み、シスターの方にその笑顔を向ける。
(そう、これは哲男の仇討ちでもあるからね。でも喜んでよ、勇気。僕はちゃんと哲男の仇を取ってあげたよ)
勇気の異母兄弟であり、スノーフレーク・ソサエティーの一員である鉄村哲男は、ヨブの報酬のブラウンに殺されている。だからこそ勇気は、政馬達がヨブの報酬に奇襲をかける事を知りながら、理屈では賛成できない事だが、気持ちとしては反対しきれなかった。だからこそ勇気は、政馬の行いを見て見ぬ振りをする事に決めた。黙認する構えを取った。
「過信して能力の正体を平然と晒していた結果がこれだ。お前のパパとママはとっくに死んでいる。それはパパとママの死体が動いているだけだ。とっととパパとママの所に逝ってチュッチュしてもらえ」
ブラウンの死体を見下ろして優しい声で告げると、ジュデッカは顔を上げ、シスターを見る。
「そしてシスター。あんたの能力は確かに無敵に等しい。すげーしズリー力だわ。俺も何度も痛い目見たからなあ。何しろ相手の未来の行動を強制的に変更しちまって、思い通りに動かせないんだからよ。そりゃ一対一じゃあ誰もかなわないだろうよ。一対一なら、な」
ジュデッカの言葉の意味する所は、シスターにもよくわかっている。たった今、正に証明されてしまった。ジュデッカに向けて運命切断を行ったその瞬間を狙って、政馬がブラウンに攻撃してとどめを刺したのだから。
「この前みたいにはいかない。この前の雪辱を晴らす。今度は僕達が勝つ。そのための準備は十分にしてきたんだ。ヨブの報酬はここでおしまいだ」
闘志と憎悪と嘲弄を込めた視線をシスターに向け、政馬は言い放った。




