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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
94 ヒーローになるために遊ぼう
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18

 真が一歩後退する。

 綾音がさらに踏み込んで、真に迫る。


 真は何度か、綾音と戦ったことがある。それらは本気の戦いではなく、綾音が旧雪岡研究所に訪ねてきた際、戦闘訓練での手合わせをしたまでだが、それでもある程度戦い方や癖は知っている。


 匕首を突き出すタイミングを読み、真は超音波振動鋼線を伸ばし、綾音の腕に巻き付けんとした。


 だが突くと思われた綾音の動きが途中で止まった。綾音の一瞬の停止に合わせるように、真も動きが停まる。戸惑って止めたわけではない。それも読んでいた。

 綾音の腕が動く。突くのではなく、横に薙いでくる。真もそれに合わせて鋼線を動かす。


 真は驚きに目を見開き、鋼線を振るいながら大きく後退した。鋼線が焼け焦げて途中で斬られている。切断された鋼線が火に包まれて床に落ち、燃えている。綾音鋼線を狙って斬ってきた。そして匕首の持つ延焼の力を発動させた。


 綾音からすれば、鋼線を伝う形で火を真にまで届かせるつもりであったが、真は鋼線を振るってすぐに引っ込めたので、火は届かなかった。


 真はさらに綾音が距離を詰めてくるかと思ったが、綾音は来なかった。それどころか、後退して距離を開けた。


 その理由はすぐにわかった。綾音がいたすぐ前方の床から、触手が四本生えてきたのだ。熱次郎の能力だ。


(数のうえではこちらが有利。しかし容易に押し切れる相手でもない)


 そこで真は計算を働かせる。


「プロミネンス・ストーカー」


 勇気がアーチ状に伸びて追撃する炎を七本出す。累の強さを考慮して、常より多めに出した。


 累は避けることなく、妖刀妾松を振るって炎に斬りつける。刀に自身の妖力も加えた一撃が、超常の炎を霧散させる。


「パラダイスペイン」


 累が炎に気を取られている瞬間に合わせて、鈴音が攻撃した。念動力の塊がハンマーのように累めがけて打ち下ろされる。


 鈴音からの攻撃の気配を察し、累は炎を消した後、転移して逃げた。念動力ハンマーによって、累がいた場所の床が大きくへこむ。鈍い破壊音が響く。


「ここは敵本拠地だ。すぐに援軍が来る」

 真が勇気に話しかける。


「だから何だ? 俺に逃げろと言うのか?」

 うるさそうに真を見る勇気。


「捕まっている仲間がまだいる。僕は助けに行ってくるから、お前達で踏ん張っていてくれ」

「ちょっと……」

「それだとこっちが危なくなるぞ」

「わかった。行ってこい。それが最適解だ」


 真の方針を聞いて、鈴音と熱次郎は表情を曇らせたが、勇気は不敵に笑って了承した。


「父上、真を行かせるとますますこちらが不利になりますが」


 移動する真を見て、綾音が累に言った。


「わかっています。綾音が追ってください。ここはどうにかします」

「はい」


 累の了承を得て、綾音は真を追って転移した。


 勇気、鈴音、熱次郎、ペンギンマジシャンの四人と、一人で向かい合う格好となる累。


「一対三だぞ? 随分な自信家だな。いや、一対四か。ペンギンマジシャンもいる」

「黒髑髏の舞踏」


 勇気が言うと、累が術を発動させた。大量の黒髑髏が現れ、通路を埋め尽くす。


「三対幾つでしょうね?」

「変わらないぞ。こいつらはお前が呼び出したものであって、それぞれが意思を持つ別個の頭数じゃない」


 累が意地悪く笑ったが、勇気は逆に笑い飛ばした。


 廊下を埋め尽くす黒髑髏達が一斉に駆け出す。さながら黒い波が押し寄せるが如くといった光景だ。


 だが、先頭の黒髑髏達が一斉に潰されて動きが止まる。後続の黒髑髏達も次々と同じ場所で潰れていく。

 廊下の一部分が水で覆われていた。その水の中に飛び込んだ瞬間、髑髏は潰されていた。ただの水ではない。空間の一部分を深海と直接繋げる能力だ。深海と同様の水圧がある。それによって黒髑髏達は潰されていった。


「やりますね」

 累は微笑み、素直に称賛する。


 その時、勇気は軽い眩暈を覚えた。


(さっきの柚との戦闘からの連戦だ。消耗が無視できないレベルだ。あとどれくらいもつかわからないな)


 できればこの疲労を悟られなくないと思うが、累はすぐに見抜いてきそうな気もした。


「使いたくない手でしたが、仕方ありませんね」

 スケッチブックを取り出す累。


「何かヤバそうだな」

「いや、あれはヤバい」


 勇気が呟くと、熱次郎がはっきりと告げる。熱次郎は累がスケッチブックを取り出した意味を――能力の正体を知っている。


 累がスケッチブックを開くと、周囲の風景が一変した。

 誰一人、逃げることは出来なかった。対応する間もなかった。変化は一瞬だった。

 市庁舎内の廊下ではない。文字通り血のように真っ赤な空。黒い地面。幾つもの丘とくぼみ。丘の上に立つ無数の十字架と、磔にされた薄汚い服装の老若男女。


(いいな……あれ)

 磔にされている者達を見て、鈴音は思う。


「俺の嫌いな色だと知っててやったのか?」


 赤い空を見上げて、怒りに顔を歪める勇気。


 累の能力によって、勇気、鈴音、熱次郎、ペンギンマジシャンの四人は、累の作った亜空間――絵の中の世界へと送られていた。


「累の絵の中に引きずり込まれた……」

 熱次郎が呻く。


「どうにかできないのか?」


 勇気が鈴音、熱次郎、ペンギンマジシャンをそれぞれ見やる。


「むしろそっちに期待したい。俺も空間操作は出来るけど、累の力には叶わない」


 熱次郎が勇気を見て言う。


「ごめん。私も勇気も、さっきの戦いでわりと消耗してるから……。その時の敵が強かったし、完全に回復しきってない状態で助けにきたの」

「無理させて申し訳ないな」


 勇気に代わって謝る鈴音に、熱次郎が言った。


「馬鹿鈴音、泣き言を吐くな。主人公ってのは、逆境で輝いてこそ主人公だ」

「そうだね。ごめん。私は主人公を支えるヒロイン失格だね」

「お前をヒロインなんて認めてない」


 勇気が吐き捨てると、ペンギンマジシャンを見る。


 ペンギンマジシャンがステッキを振る。更衣室のような、カーテン付きの小さな部屋が出たかと思うと、ペンギンマジシャンがその中に入る。


「ワン・ツー……スリー!」

「あ、待てっ」


 ペンギンマジシャンが何をするか悟って、勇気が呼び止めたが遅かった。


 更衣室が消える。ペンギンマジシャンもいなくなっている。


「まさか……一人だけ逃げた?」

「そのまさかだ……。あいつ、戻ってきたら、声が出なくなるまで折檻しまくってやるっ」


 熱次郎が苦笑いを浮かべて尋ね、勇気は声を荒げる。


 その時、十字架に磔にされた者達が、一斉に燃え上がった。断末魔の絶叫が響く。

 燃えた状態で全ての十字架が宙に浮き、角度を変える。足の方が勇気達三人の方へ向いた状態で、空中で停止する。その数は二十や三十どころではない。


「嫌な予感……」

「どうくるかはわかっているな。防ぎきるぞ」

「防げるかな……」


 鈴音が呟いてカッターの刃を口元に当て、勇気は大鬼をフルサイズで出す。熱次郎はありったけの触手を生やす。


 十字架が猛スピードで一斉に飛来する。巨大な弾丸があらゆる方向から放たれたようなものだと、熱次郎が思い、絶望的な気分になったその時だった。


 三人が通常空間に戻った。


「おっしゃ、間に合ったー。大ピンチだったねー」


 累のスケッチブックを取り上げたツグミが、勇気と鈴音と熱次郎を見て笑っていた。累は憮然としている。

 その横には伽耶と麻耶の姿もあった。そして少し後ろに、真とペンギンマジシャンもいる。真は後ろから累に銃を突き付けている。


「こいつは見た目のわりに中々有能だな。僕達の所に現れて、ここまで一斉に転移させてくれたんだ」


 真が傍らにいるペンギンマジシャンを見て言った。


「俺は累の絵の世界の中から転移できなかったのに、そいつは出来たのか……。しかも連続転移って、よほど空間操作に長けた者ではないと出来ない芸当だぞ」


 熱次郎が感心と呆然が入り混じった声で言うと、ペンギンマジシャンは得意げにフンフンと鼻を鳴らして、腰に翼を当てて胸をのけぞって見せる。


「まさかこのベンギンにしてやられるとは……」

「ふん、今回だけは褒めてやる。だが調子に乗るな」


 累もペンギンマジシャンを見て呆気に取られている。勇気は忌々しげに吐き捨てると、ペンギンマジシャンを消した。


「申し訳ありません、父上」

 少し遅れて綾音がやってきて謝罪した。


(まだ戦えないこともないですが、敵の人数が一気に増えてしまいましたし、ツグミと伽耶と麻耶が加わるとなると、相当厄介ですね)


 累は大きく息を吐き、手にしていた刀剣を足元に起き、降参の意を示す。


「累が降参した」

「累、捕虜に出来る」

「いいねー。累君の捕虜化。もうエロいことしか思いつかないっ」


 伽耶、麻耶が言い、ツグミが麻耶の言葉を受けてにやにやといやらしく笑う。


「これからどうするんだ?」

「このまま天守閣へ」「純子のクビを取りに行く」


 熱次郎が尋ねると、牛村姉妹が答える。


「純子を殺す気かよ。やめてくれよ」

 微苦笑をこぼす熱次郎。


「勇気達も疲弊しているし、今は転烙市の各所で戦闘が起こっている最中だ。転烙市の重要施設を幾つか落とせれば、それでかなりの打撃になる。特に赤猫システムを破壊できれば、転烙市の情報を外に出すことが出来る」


 真が状況を鑑みて言った。


「なるほど。転烙市の実態が世界に知れ渡れば……全世界のフィクサーを動かすことも出来るかもしれない」


 そうなったら自分が貸切油田屋のテオドールに頼んでみようと、熱次郎は考える。


「赤猫電波発信管理塔も攻撃している最中だぞ」

 勇気が報告した。


「どの部隊が?」

「ヨブの報酬だ」

「そうか。PO対策機構と共闘しているのか」


 勇気の言葉を聞き、真は心強いと感じたが――


「悪いな、真。俺にはあいつを止める事が出来なかった」


 憂いを帯びた表情で告げる勇気。


「何をだ?」

「すぐにわかる……。あいつは聞く耳持たなかった」


 今起こっている事態は、勇気としては賛成したくなかった事だが、飲み込むしか無い事だった。


 加えて言えば、勇気の本心として、反対しきれなかった理由もある。勇気が自分の手でやりたかった事でもある。

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