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敵は明らかに強いと、累と綾音を見て、鈴音は思う。そんな二人組が、明らかに戦闘モードを取っている。隣にいる勇気と真も。
「大丈夫? こっちは一戦してきて疲れているんだよ」
鈴音が案ずる。
「しかしこいつらをどうにかしないと、伽耶と麻耶とツグミを助けられない」
「真に聞いてないから。私は勇気に聞いたの」
真が言うと、鈴音がむっとした顔になって冷たい口調で告げる。
「俺も真と同意見だし、お前の意見なんて聞いてない。馬鹿なこと言って恥かかすな。まるで俺が家来の躾もろくにできない、馬鹿な家来持っている馬鹿みたいじゃないか」
「痛い、痛いよ勇気」
勇気が険悪な形相で言いながら、鈴音の脇腹をつまんで引っ張る。
「熱次郎がこちらにいることに、動揺していませんね。寝返ることを予測していたのですか?」
「そうじゃない。熱次郎も累も、どっちについても僕の家族であることに変わりは無い。もちろん雪岡もな」
挑発気味な口調の累に対し、真は淡々と告げてから、熱次郎にまた視線を向ける。熱次郎が手にしている風呂敷を見る。
(それに熱次郎はちゃんと持ってきてくれたからな)
真が熱次郎に向けて人差し指をちょいちょいと動かす。
そのジェスチャーを見て、熱次郎は決心した表情になって、風呂敷を転移させた。
風呂敷が真の前に現れる。真はすぐにキャッチして、風呂敷を開いた。中には真の銃、超音波振動鋼線、透明の長針、ナイフなどといった得物が入っている。
(そういうことですか)
累が熱次郎を横目で睨むと、刀を鞘に入ったままの状態でアポートして、柄で熱次郎の側頭部を思いっきり殴りつけた。熱次郎の体が横向きに吹き飛び、倒れる。
それが戦闘開始の合図となった。真が累を狙って銃を二発撃つ。
累は横に跳んで避けようとしたが、一発は行動予測後狙いで撃たれており、累の脇腹を貫いた。
「ペンギンマジシャン」
勇気が一言呟くと、シルクハット蝶ネクタイ燕尾服を着たペンギンが現れ、シルクハットを取って一礼する。
『人喰い蛍』
累と綾音の呪文が唱和し、二人の周囲に夥しい数の三日月状の光滅が出現した。
「何とかしろ」
「グアァアァァッ!?」
勇気に冷然とした口調で無茶振りされて、ペンギンマジシャンは大きく口を開いて仰天したような声をあげる。
(ペンギンの声、随分野太いというか、ガラ声というか、あまり可愛い物ではないのですね)
場違いなことを思う綾音。
ペンギンマジシャンがぱたぱたと足をはためかせて前方へと出ると、両翼を大きく開いて仁王立ちになる。まるで勇気達三人に対し、身を張って後ろにいる勇気達をかばうかのようなポーズだ。
累と綾音は一瞬戸惑ったが、人喰い蛍を一斉に飛ばす。ただし、ペンギンマジシャンを避ける軌道で。無防備な肉盾となってペンギンマジシャンに当てると、何かしらカウンターのギミックがあるのではと、警戒した。
「パラダイスペイン」
鈴音が左手薬指の爪を剥がして、不可視の障壁を生み出す。人喰い蛍は全てこの障壁に当たって弾け飛び、防がれた。
「鈴音より役に立たないとは……何してるんだ、お前は……」
勇気がペンギンマジシャンを睨みつける。ペンギンマジシャンは勇気を見上げ、両翼を嘴の前に当てて震えあがる。
次の攻撃に移ろうとした累であったが、その動きが止まった。
倒れていた熱次郎がいつの間にか累の近くまで這いずってきて、累の足首へと触れたのだ。
純子と同じく、掌で触れた物の物質を操る能力を持つ熱次郎は、累の体に高電圧高電流の電撃を直接お見舞いする。
電撃を食らった累はすぐさま転移して、熱次郎から離れた。しかし転移した直後に、蹲ってしまう。一瞬ではあるが全身に電気を流された影響で、体が完全に痺れてしまって動けない。例え再生能力があろうと、生物の体が電気で動いている限り、こればかりはどうにもならない。デンキウナギのように、感電を脂肪で防ぐこともできない。
蹲っている累に向かって真が銃を撃とうとしたが、綾音が真の手前に転移してきて、匕首を振るう。
真は銃撃を中断し、身をのけぞらせて綾音の攻撃を避ける。
綾音はさらに一歩踏み込み、匕首を突き出す。
真は回避しつつ、超音波振動鋼線を。手に取る。
一方で累はすぐに痺れを消して、神経の正常化を図る。
その累の両足に、ピンクの蛇が巻き付いた。そして巻き付いた瞬間、蛇の胴体が太くなる。
バランスを崩し、横向きに転倒する累。このピンクの蛇は、勇気が放ったものだ。
ペンギンマジシャンが転倒した累に向かって、無数のカード飛ばす。カードが累の顔や肩や腕や背中を切り裂き、あるいは突き刺さる。
「そういえば累、お前には以前世話になったな。あの時のお返しをしてやる」
血塗れになって倒れている累に、勇気が残酷な笑みを広げてみせた。
***
応接室にいた政馬を見て、純子はふと違和感を覚えた。
「んー……君、政馬君じゃないね?」
純子が指摘すると、政馬――の姿をした何者かは、小さく息を吐いて、立ち上がった。
「バレたら元に戻っていいと言われてるから戻るね」
ぽんっと煙が生じたかと思うと、政馬の姿が背の高い少女の姿へと変わる。純子はその少女を知っていた。スノーフレーク・ソサエティーの武闘派の一人、化け狸である富沢富夜だ。
「どうしてバレたのかな。やっぱり私は化け狸として未熟なのかな?」
「喋り方が過剰気味かなあと。確かに政馬君の喋り方って特徴的だけど、その特徴を強調しすぎてたように感じてさ、その辺が違和感だったんだよね」
実は他にも違いが見受けられた。臭いも違う。そして純子は肉体の中の霊魂も、意識すれば違いを見ることが出来る。
そして純子はもう一つの事実に気付く。富夜が肩から下げた鞄の中に何かいる。動いている。
「政馬君一人じゃなくて、その辺に誰か隠れているのかと思って警戒していたけれど、そういうことだったんだねえ。でもそれって、代わりに君が捕まっちゃうことになるかもだよ?」
「私は純子に害を成すつもりもないよ? そんな私に、純子は害を成す? ただのメッセンジャーでも殺しちゃう? バレたら正体バラしてもいいと言われているし」
純子が笑顔で脅すが富夜は冷めた顔で、他人事のような口振りで伺う。
「政馬君にわざわざ化けてここに来た理由は、政馬君自身の挑戦状を突きつけたかったから。そして政馬君はここに来られない事情があるってことだよね? 政馬君は今どこで何をしているんだろう。すでに転烙市内に侵入している事は予想がつくけど」
純子は喋りながらホログラフィー・ディスプレイを投影し、根人達のネットワークを用いて監視装置の記録をチェックして回るが、政馬の姿も、スノーフレーク・ソサエティーの構成員の姿も、現時点では見当たらない。
「これ、もしバレたら見せるようにって、政馬から渡されているんだけど、見る?」
富夜が鞄の中から、純子がよく知る動物を取り出しテーブルの上に置いた。グラス・デューにいる映像記憶動物のアクルだ。転烙市内にもそこかしこにいる。
「それ、転烙市の外に持ち出すことも出来たんだね。転烙市内のものを外に出すことは出来ないと思ってた。あくまで口外しなければ、利用もできちゃうって面白い」
富夜の言葉を真に受ければ、転烙市の外で撮った映像なのだろうと、純子は思う。
アクルを頭の上に置いて、記録を見る純子。
見覚えのある建物が映し出されているかと思ったら、突然爆発を起こした。ミサイルが撃ち込まれたのだ。
立ち上がる煙。建物の入口から人々が出てきて混乱している様。そして出てきた人々が、次々と狙撃されて倒れていく。
ミサイルで崩れかけた建物が、決定的に崩壊する出来事が起こった。突然巨大な物体が建物の上の階に現れたのだ。
手足が付け根から無い巨大な人間の胴体に、醜悪な山羊の頭がついたその巨体にも、純子は見覚えがあった。現れたその巨大な異形は、建物の階層を突き抜けていき、下の階層まで落下する。その破壊の余波で、建物を倒壊させた。
建物の中のいた者達も、外にいた者達も、次々と体が崩れていく。全身真っ赤になって爛れていく。赤ガム化していく。その現象も純子は知っている。
映し出された記憶映像は、ヨブの報酬の本部が攻撃されている場面だった。純子はヨブの報酬本部に、何度か訪れているので知っている。
「キコル……」
手足の無い山羊頭の巨大な異形を見て、純子が呟く。スノーフレーク・ソサエティーのジョーカーと呼ばれる、ティム・フォモールがこれを呼び出す能力を持つ。この四肢の無い山羊頭の巨人は、人間を赤ガム化してしまうウイルスを撒き散らす。
「カメラで撮らずに、わざわざアクルを使った理由は?」
「カメラよりこっちの方が臨場感あっていいからだって、政馬は言ってたわ」
純子が尋ねると、富夜は答えた。
(ヨブの報酬への一斉攻撃を行ったのは、スノーフレーク・ソサエティーだったんだ。その可能性は考えてなかったな。この半年間、ほとんど動きを見せなかったのはおかしいと感じていたし、何か企んでいそうな気はしていたけど、まさかヨブの報酬を狙っていたなんて……)
スノーフレーク・ソサエティーが、ヨブの報酬を襲う動機はある。敵視する理由はある。それは純子も知っている。しかし本気で潰しにかかるとは思ってもいなかった。
「何でヨブの報酬を攻撃? スノーフレーク・ソサエティーはもうグリムペニスと懇意だし、ヨブの報酬はPO対策機構と手を組んで、私達を共通の敵として認識しているのに」
動機はわかったうえで、一応尋ねてみる純子。
「うん、そう思わせることこそ狙い目だったの。純子もヨブの報酬も、まんまと政馬の狙いにはまっちゃったね」
小気味よさそうに言い放つ富夜が、ホログラフィー・ディスプレイを投影する。
シスター達が戦っている場面が映し出された。頭部を失って果てた幸子の死体も映った。
戦闘は明らかにヨブの報酬が押され気味だ。数が違う。もちろん戦っている相手はスノーフレーク・ソサエティーの者である。純子が知る者もいた。
「そっかー」
純子が諦めたように息を吐く。
「政馬君本人が来てたら、こんなの見せられたら、無事に帰してなかったよ? つまり君の変化がバレることも前提で、政馬君は富夜ちゃんをここに送ったんだよ」
純子が無表情に告げる。しかしその瞳に哀愁のような光が宿っているように見えて、富夜の胸が少し痛む。
「そうかもね。純子はただのメッセンジャーを腹いせに殺すような、そんなゲスい真似はしないだろうし。で、大事なお友達が今ピンチみたいだけど、どうする? 助けに行かなくていい? 空の道ですぐに行けるでしょ」
「それは買いかぶりだよー。いや、見込み違い?」
純子は屈託の無い笑みを広げると、富夜の首を片手で掴んで持ち上げた。
「うぐぐ……」
「敵対勢力に属する者は全て、どう扱ってもいいと思うよ? 腹いせに殺しちゃうつもりはないけど、目の前に敵がいるのに何もしないで帰すほど、私はお人好しじゃないんだよねえ」
純子がそこまで話した所で、富夜は意識を失った。
「これでシスターを助けに行ったら、それもまた政馬君の思い通りになっちゃうねえ。勇気君の真君救助も見逃しちゃうし」
富夜の体を抱え、独りごちる。
(柚ちゃんと蟻広君に頼んで、間に合うかなあ……いや、この局面は私が出向いた方がよさそう。あの二人はさっき勇気君らと一戦交えて疲労気味だし)
富夜をソファーに寝かせると、純子は応接室の窓から飛び出し、空の道に向かって転移した。




