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純子が市庁舎内にあるラボにいると、累と綾音がやってきた。
「純子、聞きましたか? ヨブの報酬がほぼ壊滅状態です」
「知ってるよー。とんでもないことになっちゃってるねえ」
累が報告するも、純子は他人事のようにどうでもよさそうに言った。
純子からすればヨブの報酬は、かつて何度もやりあった不俱戴天の仇とも言える間柄だ。散々自分の妨害をしてくれた者達であり、自分が最も愛する者を奪った組織でもある。
「あの世界最大規模の秘密結社の一つが……一体何者の仕業なのでしょうか」
と、綾音。
「敵は多いからね。覚醒記念日以降、サイキック・オフェンダーが世界中で暴れた混乱に乗じて、シスター達を敵視するいずれかの勢力が、準備を進めていたんだと思う。超常の力の存在を認めず、自分達で全て管理すべきだという思想を持つヨブの報酬からすれば、現状は絶対認められないものだし、犠牲を覚悟のうえ、最優先で事態の収束にあたるだろうしね」
「その結果、実際に相当の犠牲を払い、弱体化してしまったわけですね」
純子の推測を聞き、綾音は納得する。
「間接的に純子の仕業と言えますね」
と、累。半年前の覚醒記念日以降、世界が大きく様変わりしたが故に、ヨブの報酬は必要以上に戦うはめとなったのだから、世界を変えた純子が原因とも言える。
「そうだけど、狙ってそうしたわけじゃないよー」
苦笑する純子。
「しかしこの襲撃者――サイキック・オフェンダーをまとめあげたうえでの一斉攻撃。シスターや主戦力不在を狙っての本部へのミサイル攻撃。精鋭部隊の『ヤコブナックル』の移動を狙って撃墜。と……実に計画的です」
「ヨブの報酬が弱ることも見越したうえで、タイミングを狙って準備を進めていたわけですか」
「見えない角度から不意打ちされまくった格好だねえ。私達も気を付けないと」
綾音、累、純子がそれぞれ言う。
「シスターもネロも、今は転烙市にいますね」
累が報告するが、純子も把握済みだ。
「ブラウンさんと幸子ちゃんもねー。私達を狙ってきている隙にこの事態だから、これも間接的に私のせいってことになるのかな。ちょっと電話かけてみよう」
純子が電話をかけた。
「シスター、何か色々凄いことになっちゃてるみたいだねえ」
『ええ。ヨブの報酬発足以来、ここまでの大打撃を受けたのは初めてでーす』
シスターがいつもと変わらぬ間延びした声で応じる。
「相手は誰だか、見当がついているの?」
『突き止めるために動いていますが、情報が錯綜している状態でーす。純子じゃないことはわかっていまーす』
「今は私に関わっている場合じゃないんじゃなーい? 嫌味とかじゃなくて、戻った方がいいんじゃない?」
『嫌味だとは思いませーん。お気遣いありがとうございまーす。ですが今は、純子、貴女の方が見過ごせない存在であると、私は直感していまーす。ではでは』
純子の言葉を待たず、シスターは電話を切った。
(シスター、やっぱり私に対して相当御立腹みたいだねえ)
必要以上に会話を続けたくないと言わんばかりに、さっさと電話を切ったシスターに、純子はそう感じた。
***
PO対策機構は転烙市内の各重要施設前に待機している。裏通り組は超常能力覚醒施設に居る。
「勇気の真救出作戦前に、余計なもんが湧いてきやがったな」
犬飼、義久、シャルル、李磊、義久を前にして、新居が気怠そうな顔で言う。彼等は裏通り組だ。
「殺人倶楽部や御国の機関が襲われたあれか。しかも勇気はそいつとも関わっちまっている」
犬飼が肩をすくめて吐息をつく。
「二兎を追う者は何とやらだってのに」
李磊が犬飼の真似をするかのように肩をすくめながら言った。
「それを忠告してもあいつは聞く耳持たないからなー。自信家すぎて困るわ」
言葉とは裏腹に、困った素振りなど見せず、面白がっている喋り方の犬飼であった。
「しかし真の時もそうだったが、勇気も遊軍として動いて、成果を挙げている。その点は見逃せない」
勇気は真と通ずる部分があると、新居は感じていた。トップでありながら自ら現場に赴くという困った所も、それでいてしっかりと成果を挙げる所も。
(上に立つ者としては好ましくない行為だが、成果を挙げている時点で文句も言いづらい。ま、安全圏でふんぞり返っているだけの無能な老醜がトップよりは、ずっといいぜ)
唾棄の念を込めて、心の中で吐き捨てる新居。
「よ、お揃いで」
バイパーがやってきて声をかける。桜とつくしもいる。桜はバスケットを携えている。
「いつまで待ち呆けしているんだって、うちの御主人様がうるさいんだがよ」
「あんたの所のボスなんだから、文句は直接そっちに言いなと伝えておいてくれ」
バイパーがミルクからの言伝を口にすると、犬飼がおどけた口調で答えた。
桜の持つバスケットがガタガタと震える。桜は眉をひそめ、バイパーもバスケットを意識して苦笑いを浮かべる。
「実際そんなに長期間滞在はしていられないぞ。水色とかの植物が監視装置になっていて、こっちの動きはお見通しだというし、祭りとやらの存在も気になる。ま、これらも勇気が仕入れた情報だがな」
新居が告げると、バイパーと桜は顔を見合わせた。
(グラス・デューの根人達を味方につけていたとは。純子を見くびり過ぎた。いや、私がやるべきことだった。根人達との交渉は、私にも出来たはずだ。実際グラス・デューでは私の方が先に、彼等と関係を築いたというのに……)
口惜しく思うミルク。肝心な所で抜けていた。出遅れて。見逃していた。致命的なミスと言ってもいい。
「ヨブの報酬からも催促が来たぞ。いつ動くんだとさ」
犬飼が報告する。
「PO対策機構にくっついてないと何も出来ないほど落ちぶれたくせに、態度はデカいんだなと伝えておけ」
新居が吐き捨てる。それを聞いた犬飼、李磊、シャルル、バイパーが笑う。義久と桜は苦笑いを浮かべている。ミルクはバスケットの中で笑いを堪えていた。
「おいおい、勇気からも命令が来たぜ。お待ちかねな命令がな」
と、犬飼がまた報告した。
「勇気はこれから市庁舎に行くとよ。で、純子と会うらしい。そのタイミングで、一斉攻撃しろとよ。攻撃はおよそ十分から十五分後だから、準備を整えろだと」
「真解放の目途が立ったのか?」
「さあなー……」
新居が疑問を口にすると、犬飼はへらへら笑いながら肩をすくめていた。
「この人、日本人にしては珍しくこのポーズ好きなんだねー。李磊もだけど」
「俺は欧米人の中に混じっていたら身についちまった」
シャルルが犬飼を見て言うと、李磊がおどけて微笑みながら肩をすくめてみせた。




