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勇気と鈴音は転烙幻獣パークにやってきた。美咲と会う約束をしていた。
ところがその美咲の姿が無い。メールをしても反応が無く、電話をかけてもでない。
「何かあったのかな?」
全身から草を生やし、手足も頭部も確認できない、ゆっくりと動く小山のような巨大な生き物の上に乗った鈴音が、心配そうな表情で呟く。鈴音だけではなく、勇気は他の客達も、その生き物の上に乗っている。
「たまたま忙しいだけかもしれないけど、待ち合わせしておいて連絡できないというのは、おかしな話だ」
話しながら勇気は、生き物の体から生えている草を見る。全て水色や薄紫といった、寒色系の植物だ。グラス・デューで見たものだ。
「ただ忙しいだけならいいけど、ちょっと心配」
空を見上げて言う鈴音。空にはグラス・デューに行った際に見た、空を流れる川があった。この転烙市の上空のあちこちで見受けられるが、何の意味があるのかいまいちわからない。
「あのね、おかーさん、この動物、まだ子供なんだってー」
「本当に? 大人はどんだけのサイズなのよ。というか大人はどこにいるって話」
動物に乗って話している親子の会話が耳に入る。
「こいつが大人に成長したら、面倒見るのも大変そうだな」
そう言って勇気が小山のような動物から降りた。鈴音も続く。
メールが届く。相手は区車亀三だった。
『言い忘れていたけど、グラス・デューで見たような、水色とか青とか薄紫の植物に注意して。それは全部監視装置のようなものらしい』
「おっさん。情報はありがたいが、何で勝手に逃げ出したんだ」
『俺は時々正気を失う。また暴走したらお前達にも迷惑をかけると思った。気持ちはありがたいが、単独行動の方がいいんだ』
勇気が苛立ちながら返信すると、亀三からそんな答えが返ってきた。
「鈴音、青っぽい植物を解析してみろ」
「うん」
勇気に命じられ、鈴音は解析を行う。
「意識を感じる。心があるよ。知能もある。植物だけど、魂がある」
言葉に出して報告しなくても、鈴音は解析結果をテレパシーで直接勇気の脳に伝えることが出来るが、声に出しても報告する。
「やっぱりそうか」
勇気は鈴音の解析結果を、裸淫でグリムペニスに報告する。
『根人だな。グラス・デューの知的生命体の中で、最上位に属する奴等だ。転烙市のあちこちの植物に宿り、ネットワークを築いている』
『監視網というわけか。厄介じゃのう』
ミルクとチロンが発言する。
「刈り取れば中の根人も死ぬか?」
勇気が疑問を書き込む。
『特定の植物の中にずっといるわけでもない。精神体が移動している。刈り取った所でダメージにならない』
『全て刈り取るにしても無理がある数だぞー』
ミルクと史愉が返す。
「あの怪物親父は、根人の植物のチェックもすり抜けているのか。あるいは寒色植物が監視機能もあると知って、出来るだけ避けて動いているのかもしれないが」
亀三は植物の監視網以外にも、転烙市の様々な秘密に精通していると見ていい。出来ればもっと話が聞きたい所であると、勇気は考える。
「それにしても美咲、やっぱり何かあったんじゃないか?」
「うん……遅刻してるっていうだけでなく、反応も無いしね」
「あの……今、美咲って言った?」
案ずる勇気と鈴音の前に、ホツミが現れて声をかけた。腕に動物を抱いている。その動物は転烙幻獣パークの動物ではなく、グラス・デューから持ち帰った、ティノと名付けた四足獣だ。
「お前は……。貸し物競争でも、塵も積もればバステでも見た顔だな」
白い魔女のような服装のホツミを見て、勇気が眼鏡に手をかける。
「美咲ちゃんの名前、今出したよね? 知り合いだよね?」
不安げな顔で声をかけるホツミを見て、勇気と鈴音は一瞬顔を見合わせる。
「ああ、何かあったのか? 連絡が取れない」
「ここから出る時、凄く様子がおかしかったの。私も電話してるんだけど、出てくれないし……何か胸騒ぎする……」
ホツミの言葉を聞き、勇気は顎に手を当て、数秒思案する。
「お前は純子側の人間だよな。あいつに頼めないか? って……よく考えたら、俺も純子と同盟結んでたんだったな」
その同盟ももうすぐ破棄するが――と、口の中で付け加える勇気。
勇気とホツミ、二人して純子に連絡して、美咲の様子がおかしいので探して欲しいと訴える。
『わかったー。監視カメラの記録を見てみるねー』
純子が双方に返答する。
「根人の監視網を使うんじゃない?」
鈴音が言うと、勇気は口をへの字にして鈴音の手首を取って捻りあげた。
「馬鹿鈴音。黙っておけ。俺達がそれを知ったことを、純子に気付かせたくない。そしてあいつ自身が言ってただろ。耳と鼻がいいって。今のが聞こえたからお前のせいだからな。罰だぞ」
「痛い痛い。まだ知られたかどうかわからないのに罰受けてる~」
手首を捻られて鳴き声をあげる鈴音だが、目は恍惚に蕩けている。
『見つけた。これ……すまんこ、手遅れだ』
「手遅れ?」
純子からの返事を聞き、勇気が訝る。
『パークを出てすぐに、空の道で、超常能力覚醒施設に向かったよ。今……改造手術受けている最中だよ。しかも超絶限界突破コース』
「そんな……美咲ちゃん……」
ホツミは愕然として胸を押さえる。
「止められないのか?」
『いやあ、改造手術を途中で止めるなんて危険すぎるよー』
伺う勇気に、純子が告げた。
「美咲ちゃん……どうしてそんなことを……」
「父親を助けるためだろ。あいつも純子と一戦交えるつもりだ」
呻くホツミに、勇気が言った。
そんな三人の様子を、デビルが遠巻きに眺めていた。
(あいつと知り合いだったのか。これは瓢箪から駒。興味深い)
主に勇気を見て、デビルは目を細めた。
***
ホツミと勇気が会う数分前。
「超絶限界突破コースでお願いします」
「はいはい。ここの誓約書に、死んでも文句は言いませんと、ちゃんと記入してね」
美咲が受付にて、すっかり蒼白な顔になって震える声で告げるが、受付は見慣れた光景であるかのように、事務的に対応した。
その後美咲は待合室へと通される。
待合室には、オレンジのボディースーツの上に白衣を着た、恰幅がいい禿げ頭の男が待っていた。額には卍の刺青が彫られている。
「ムッフッフッフ、今日の担当のミスター・マンジだ。よろしくね。超絶限界突破コース専門の担当でもあるよ。私が改造した者達は、どれも素晴らしい出来になったから、期待していいよ。もちろん体が耐えられずお釈迦になった者も多かったがねー」
泥鰌髭をいじって笑いながら、ミスター・マンジが告げる。
「むふふふ、チミは足が動かないのか。動くようになるのが望みかな?」
「この足は雪岡純子さんという人に動かせるようにして頂いたのですが、精神的な影響で動かせないようです」
「なぬっ、チミは雪岡嬢の知り合いかね? それならば雪岡嬢に直に改造を頼んでみるという手もあるし、そちらの方をオススメするよ」
ミスター・マンジが気遣うので、純子にしてもらおうかとも考えた美咲であるが、その考えを打ち消した。
(純子さん……マッドサイエンティストっていうわりに親切でいい人に見えたし、私が改造すると言っても、拒む可能性もありそう……)
純子のことをよく知らない美咲は、何となくそう思ったのである。
(それに私はお父さんと一緒に、純子さんをやっつけるために戦うんだ。だから、純子さんに改造されたんじゃ、純子さんにも弱点が筒抜けになっちゃう。あ、でもこの人も純子さんの知り合いなら、私が改造されてどうなったかも、教えられちゃいそう。余計なこと言わなければよかった……)
後悔しつつも、もう後戻りできないので、このまま落とし押すことにする。
「いえ、せっかく来て頂いて悪いですし、ミスター・マンジさんでよろしくお願いします」
「むふっ、ミスターとついているのに、さん付けはおかしいよチミ」
一礼する美咲に、ミスター・マンジは笑いながら告げた。




