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硝子人を連れて地上の道路を逃げる亀三。
以前、空の道を使って移動していた際、転烙市側から空の道の行き来を操作されて、目的地以外の場所に飛ばされて取り囲まれた事があった。そのために、極力空の道は使わないようにしている。
亀三は周囲に自分を認識できなくする能力を用いて、移動している。空の道のおかげで人通りは少ないが、それでも通行人は多少いる。
しかし人目に映らないようにする力も、敵の監視網から身を隠す力も、延々と使い続けることは出来ない。欲望のエネルギーを吸収して底無しかと思われる亀三でも、限界はある。
気配を悟られず、視覚的にも身を隠すこの能力もまた、特殊な硝子人経由で得た代物だ。特殊な硝子人が、転烙市全体にこの能力を施して、ある物を秘匿している事も、亀三は知っている。
(辺りに変な色の植物も無い。そろそろいいか)
河川敷の鉄橋の下に来た亀三は、周囲を見回して能力を解く。
一休みしていた亀三であったが、その休憩はすぐに邪魔された。
「やっと見つけたぞ……。手間かけさせるな」
勇気がやってきて声をかけた。鈴音、蟻広、柚もいる。
(美咲と一緒にいた子か。美咲の友達かもしれないし、殺すのも不味い……)
そう思った亀三が、その場から逃れようと立ち上がる。
「今は正気みたいだな。おい逃げるな。俺の話を聞け」
勇気に呼び止められ、亀三は足を止めた。
「お前の娘の美咲のためにも、お前のためにも、お前のその狂気に冒されて暴走される症状を治療するぞ。大人しく受け入れろ」
「そんなことが出来るのか?」
暴走状態を抑制できるのであれば、それは亀三にとっても願ったりかなったりである。
「俺だって好きで暴走しているわけじゃない。出来るものならやってくれ」
勇気がどうして自分にそんな親切にしてくれるのか、深くは考えずに受け入れる亀三であった。
フルサイズで巨大鬼を出す勇気。そして能力もフルで使う。
「これは……ううむ……」
唸る勇気。上手くいっていないのは明白だ。
「難しい?」
「ああ……。何重もの知恵の輪を解いているみたいだ」
鈴音が伺うと、勇気は大きく溜息をついて答えた。
「私の力を君に貸そう」
柚が申し出る。
「ありがたいが、力が足りないとか、そういう問題じゃないんだ」
と、勇気。
「この男が宿しているアルラウネ、ただのアルラウネではないな。きっと特殊なアルラウネだろう」
「雪岡純子は、改造型強化アルラウネを移植すると言っていた。出力不足で使えないものを、試しに移植してみると」
勇気の言葉を聞いて、亀三は純子から聞かされたことを述べる。
「そいつを取り除かない限り、暴走状態は続く」
「取り除いたら……俺の力も失われるんじゃないか?」
「それは当然そうなるな」
「駄目だ! 俺にはやらなくちゃならないことがある! この町を救わないと!」
勇気の言葉を聞き、亀三は顔色を変えて怒鳴る。
「何をしようとしているんだ? 詳しく聞かせろ……と言いたい所だが、こいつらは純子の家来だし、その前で喋らせていいものか」
「誰が家来だ。勝手に家来扱い、2ポイント引く」
勇気の台詞を聞き、蟻広が新たなガムを口に放り込みながら言う。
「何だと? こいつら雪岡純子の手の者かっ!」
勇気の言葉を聞き、亀三は再度顔色を変えて怒鳴る。
「落ち着け。今は暫定的に手を組んでいるだけだ。お前の悪いようにはしないしさせない。この俺が保証する。俺が保証するのだから絶対だ」
偉そうだが力強い勇気の言葉を聞いて、亀三は気を鎮めた。
「能力を幾つも所持してる人なんだよね? 相当無茶なことされて、その副作用が出ているってこと?」
鈴音が疑問を口にする。
「俺が改造されて得た力は二つだ。一つはこの体になったこと。もう一つは硝子人を操る力。それによって特殊な硝子人の能力を模倣する事も出来る。俺の頭がおかしくなる原因は……よくわからん」
亀三が答えた。姿や気配を隠す力や、欲望をエネルギーに転換する力は、特殊な硝子人から得たものだ。しかしそれらは硝子人の力をそのままコピーしたわけではなく、硝子人が持っている力をアレンジして模倣した能力である。特殊な硝子人が持つ能力とは、微妙に異なる。
「硝子人には……人の魂が込められているという噂があるが、それは……本当のことだ。そして俺は硝子人の精神を操れるし、記憶を知ることも出来る。俺が支配下に置いた硝子人の中に、祭りの重要な役割を担う者がいた。そこで俺は知ったんだ。雪岡純子達が画策している祭りの存在……その正体を」
「祭り?」
勇気がその単語に反応しつつ、蟻広と柚を見る。
二人の気配が変化した。闘志を放っている。
「明かされるのは困るな」
蟻広が言い、妖魔銃を抜いた。
「おい、俺が悪いようにさせないと言った矢先にそれか。俺の顔に泥を塗る気か」
勇気が亀三をかばうかのような格好で、蟻広と柚の二人と対峙し、怒気に満ちた声を発する。
「こっちの都合というものもある。まあ正直、俺達も詳しくは知らないんだけどな。それでもその情報は外部に公開されると駄目だってことくらい、判断つくんで」
「ろくに情報知らされていない、信用もされていない下っ端だったのか」
蟻広の台詞を聞き、意外そうに言う勇気。この二人の力を見た限り、純子にはもっと信頼されていると思っていた。特に柚は半年前も重要な役割を担い、囚われている純子に代わって勇気を連れ出しているというのに。
「安っぽい挑発だな。多分純子は俺達に知らせる機会も無かったと思うぞ。俺達は外回りが多かったからな」
と、蟻広。
「挑発のつもりで言ったわけじゃないぞ。SNSで情報のやり取りくらい出来るだろ」
「はあ……お前はこの国の支配者のくせに無知だなあ。マイナス7。重要な情報のやり取りをSNSでやるなんて、絶対にやっちゃいけない事だぞ」
「俺は結構やってる」
「酷い国家元首もいたもんだ。情報ダダ洩れじゃねーの?」
胸を張って言う勇気に、蟻広は呆れた。
「それはともかくとして、共闘はここまでのようね」
柚が言うと、柚が首から下げた鏡が淡く光り出す。
「短かったな」
蟻広がにやりと笑い、妖魔銃を撃った。
勇気の前に内臓の膜が大きく広がり、勇気を包みこもうとする。
「パラダイスペイン」
鈴音がカッターの刃で手の甲を切りつけ、力を発動させた。衝撃波が生じて、内臓の膜が吹き飛ばされる。
「おっさんは下がっていいぞ。ここでおっさんまで手出すとややこしくなる」
「お、応。悪いな。頑張ってくれ」
勇気が釘を刺し、亀三が後退する。
柚の鏡が一際強い光を放ったかと思うと、溢れる光の中から、猫科動物の四肢と胴を持ち、頭部からは人の上半身を持ち、両手にそれぞれ曲刀を携えた、全身眩く光り輝くクリーチャーが現れる。
「ケンタウロスならぬニャンタウロス?」
「馬鹿鈴音、それを言うならケンニャウロスだろう」
「えー。ニャンタウロスだよー」
「だったらミノタウロスバージョンで猫だったらどうなるって話だぞ? その場合はミノニャウルスで区別できる」
光り輝く半人半猫を見て、鈴音と勇気が言い合う。
「御父上と相対できることに、哀しさと嬉しさが同時にこみ上げてくるよ。この胸の内のわだかまりを存分にぶつけるとしよう」
「その呼び方やめろと言っただろ」
柚の台詞に、勇気はしかめっ面になった。
「私のことを御母上と呼んでいいんだよ?」
「だから何を言ってるんだお前は……。何でそんな嬉しそうなんだ。そして全然よくない」
柚に向かって笑いかける鈴音を見て、今度は引き気味になる勇気。
光り輝く半人半猫が駆け出す。
「ニャンタウロスきたーっ」
「ケンニャウロスだっ。頑固な奴だ。俺が言うんだからそっちにしろっ」
喋っている間に、半人半猫が勇気の直前まで迫ったが、大鬼の足が出現して行く手を阻む。
巨大な足が半人半猫に向けて蹴り上げられる。半人半猫はひらりとかわして、足を回り込んで勇気に飛びかかる。
「身替わりUFO」
半人半猫が空中から曲刀で斬りかかったが、勇気はその直前に、回転する銀色の円盤を目の前に出していた。
曲刀は円盤によって弾かれ、半人半猫の体も大きくのけぞる。
体勢が崩れた半人半猫めがけて、再び鬼の足が蹴り上げにかかるが、今度もかわされた。
その時、勇気はさらなる攻撃の気配を感じた。蟻広は動こうとしていない。柚の方の攻撃だ。柚の手が動いた。何かを放り投げた。しかし何であるかは見えていない。
「パラダイスペインっ」
鈴音は攻撃をしっかりと見ていた。不可視の障壁を、勇気と自分の上方に張る。
直後、勇気と鈴音の上から、次々と巨大などんぐりが降り注ぎ、障壁に激突しては爆発して殻と身を辺りに撒き散らす。




