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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
94 ヒーローになるために遊ぼう
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7

 そびえたつオレンジ色の塔と、隣に立つビル、その間から射す朝焼けを受け、全身真っ黒な少年は目を細める。

 その日、デビルは朝早くから目を覚まして、転烙市を散歩していた。散歩といっても、二次元化した状態でだが。


(葛鬼勇気。彼が転烙市に来ているとは。そして純子が勇気と接触した。何の目的だったんだろう)


 純子と勇気が接触する場面を見たわけではない。美咲の家の外から伺っただけで、どのような会話を交わしたかも知らない。家の中まで入ると気づかれそうなので、外から確認しただけだ。純子を尾行していて、その場面を見ることが出来た。

 この事実をデビルは犬飼に報告はしなかった。犬飼は裏通り中枢に属し、PO対策機構の一員でもある。そしてデビルは純子と敵対すると決定したわけでもない。故に、何もかも犬飼に報告すると、自分は純子の敵寄りとなり、PO対策機構側という事になりそうな気がして、思い留まったのである。


 純子と出会って会話してから、デビルの思考はかなり変わってしまった。立ち位置を意識するようになった。自身の立ち位置も、犬飼の立ち位置も。それまでは特に考えなかったことなのに。


「僕らしくもない」


 ぼそりと呟く。それは何だかとてもダサいような気もしたが、自然であるような気もしたし、正しいことであるような気もしている。


(仕掛ける機が来る前に、下手な刺激は避けた方が良い。そのためだ)


 犬飼と今話をすると、また気持ちが揺らぎそうな気がする。そしてそれは避けたいと感じている。


(僕は優柔不断? 気まぐれで移り気なのは確か。人にも物にもすぐ依存する性質。雪岡純子の創る世界にも、半年前は抵抗があった。それなのに今は面白いと感じてしまっているし、興味もある。そうだ。今犬飼と接触したくないのは、気持ちが純子寄りになっているからだ)


 デビルはその事実を認める。


(ただ、犬飼はああだから、純子に賛同するかもしれない。いや……どっちにもつかないスタンスかも。いずれにしても、いずれかに振り回される形は、僕としては避けたい。僕は僕の気持ちに従いたい)


 流されやすいからこそ、流れに背く。強く速い流れも避ける。その時のデビルは、そのような結論を出していた。しかしそれも少しの弾みで、またブレて流されるかもしれないと、デビルは思っている。


***


 一夜が明けた。


 美咲は目が覚めても、起き上がることなく、物思いに耽っていた。

 昨日は美咲にとって衝撃的な一日だった。勇気と鈴音という二人が訪ねてきて、変わり果てた姿の父親が現れ、純子もやってきて衝撃的な真実を伝えた。


(また私の世界が大きく変わっちゃう。予感……いや、確信してる)


 昨夜は興奮して中々寝付けなかった。脳裏に化け物となって暴れる父の姿が焼き付いて離れなかった。


(お父さん、格好良かったな……)


 人の姿からかけ離れた怪物となった父親に対し、美咲はそう感じてしまっていた。戦う姿を見て、ひどく興奮していた。


(お父さんが生きていたことも嬉しいし、何でだろう。凄くわくわくしている。でも怖くもある。せっかく生きていて、あんなに格好良く生まれ変わったお父さんだけど、人殺しになっちゃってるし……お父さん、殺されちゃいそうで……)


 高揚感と期待感を覚える一方で、父の身を危ぶんでもいた。


 呼び鈴が鳴り、時計を見る。十時を過ぎている。


「えっ、こんな時間……」


 慌てて起きる美咲。昨夜中々寝付けなかったせいで、かなりの寝坊をしてしまった。


 来客は勇気と鈴音だった。

 美咲はKATAに手伝ってもらい、大急ぎで着替えてから、家の中へと二人を通す


「お前の父親を放ってはおけない」


 勇気の最初の一言を聞いて、美咲は凍り付く。


「お父さんを……殺すつもりなのですか?」


 指先と歯の震え、そして激しい動悸を感じながら、それでも美咲はストレートに問う。


「違う。お前の父親は苦しみの中にいる。助けるのが俺の役目だ。だが容易じゃないってことが昨日わかったな」


 否定する勇気に、美咲は胸を撫でおろす。


「お前を囮にして、誘き寄せたい」


 勇気が口にした方針に少し驚いた美咲だが、さして抵抗は感じない。


「あの様子だと、お父さんは素直に勇気君の話も聞かなさそうですけど……」

「理性はあるようだ。そして何か目的があって動いている気配を感じた」

「少し、いいですか?」


 KATAが話に割って入る。


「あの人に操られている際、あの人の思念が少し私の中に入ってきました。強い決意と、強い愛情がありました。自己顕示欲のようなものは多少ありましたが、そこに邪念はありません」

「つまり美咲、お前の父親はお前のために何かしようとしているのか? 心当たりは?」


 KATAの話を聞き、勇気が美咲に伺う。


「わ、わかりません……。私のためって、何なんでしょう……」


 動揺する美咲。わからない振りをしてみたが、こんな口振りでは、とぼけていることがバレてしまっているのではないかと、美咲は思う。


「自己顕示欲どうこうという所も引っかかる」


 鈴音が言い、美咲の心臓がはねあがる。


 美咲にはわかっていた。父親はそういう男だ。すぐ大口を叩き、見栄っ張りで、ええっかこしいだ。しかも外している事が多い。滑ってばかりだった。無様に自爆する事もある。昔から何度も見てきた。そして自業自得の結果、八つ当たりまでもする。

 しかしそれでもなお美咲は、父親を嫌いになれない。それどころか父親のそんな所に好感さえ抱いてしまっている。だが世間的にはろくでもない人間だということがわかっていたし、勇気達に父親がそんなろくでもない人物だと思われたくなかった。


「私を囮にしても構いません。危険も承知のうえです。お父さんを助けてください」

「助けるためにここに来たんだ」

「うんうん。安心していいよ。勇気はこれまでにも何人も人助けしているんだから」


 真摯な口調で懇願する美咲に、勇気はいつもの傲然とした口調で言い放ち、鈴音は優しく微笑みかけた。


***


 商店街の一角にある、服売り場の試着室のようなボックス。いや、実際それは試着室だが、看板には『着せ替えマシーン』と書かれている。

 その前で、蟻広はガムを食いながら、中にいる人物がカーテンを開けるのを待っている。


「着替えが一瞬で済むのね。これは面白いな。どうだろう? 似合っているか?」


 カーテンを開けた柚がはにかみながら、蟻広に声をかける。ボックスに入る前とは異なる服装になっている。


「お洒落は俺にはわからん。意見ならうちの師匠か純子に頼む。でもプラス8やる」

「それはかなり良い誉め言葉と受け取っておくよ」


 興味無さそうに淡々と述べる蟻広であったが、柚は嬉しそうに微笑んでいた。


「しかし服の着脱さえ己の手で行わぬとは、文明とは横着を促進させるものでもあるようだ」


 元の服装に戻って着せ替えボックスを出た柚が、少し皮肉げに言う。


「ここに来るたびに、次々と新しいものが導入されるな。ここだけ時代の移り変わりの早い世界だ」


 蟻広が浮かない顔で言った。


「ここの着せ替えボックス遅くね? それに種類も少ない」

「古いタイプたからしょーがないよー」

「さっさと最新式に変えりゃいいのになー」


 隣の着せ替えボックスを作っていた女子高生達の会話が耳に届いた。


「これだけ便利になっている都市で、なお不満を抱くのね」


 不満を口にする女子高生を見やり、眉をひそめて呟く柚。


「人は無い物ねだりをする生き物だからな」

 蟻広が肩をすくめる。


「新たな価値に喜んでも、使い続ければ、それは価値ではなく日常の一部に成り果てるだろ。そして貪欲にまた新たな価値を求めるのさ。一度でも生活ランクを上げてしまうと、生活ランクが下がるのは耐えがたい苦痛になると、聞いたことがあるな。この町の奴等は、もうこの町の外の生活に耐えられないだろうな」


 そこまで喋ると、蟻広は商店街を歩きだす。


「目撃報告があったのはこの辺だ。相手は監視の目から逃れる力もあるそうで、居場所の特定が困難だとよ」

「そうか? 強い妖気の残滓が残っている」


 蟻広が言うが、柚が立ち止まって、地面に人差し指をあてる。


「サイコメトリーしてみろよ」

「もうしている。いる。いた。いや……しかし途切れた。確かに追跡を妨げる力があるみたいよ」


 柚が立ち上がる。


「柚でも駄目とはな。ポイントマイナス5の命令だ。こんなの追い掛け回すのは無理があるぜ」


 蟻広がそう言ってガムを吐き出したその時だった。


 柚の顔が強張る。前方の角から、見覚えのある少年少女が現れたからだ。


「おいおい。ここで会うとはな」


 ばったりと出くわした勇気と鈴音を見て、蟻広がおかしそうに微笑んだ。

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