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勇気と鈴音は美咲の家で会話を続けていた。
「ついこないだも他の方に説明しましたが、市民の多くは……町の変化を楽しんでいますね。その一方で、急激な変化を嫌っているというか、ついていけない人達もいます。空の道を使いたがらない人とか」
「どうせ年寄り連中だろう。クレームも年寄りが圧倒的に多い。支配者である俺に敬意払わず、年が若いというだけで見下してくるし、何かやろうとしても足を引っ張ってきてばかりだ。あ、思いだしたら苛々してきたぞ」
「痛い。痛いよ勇気。酷いよ。私に当たってよ。いや、当たらないでよ」
美咲の話を聞いた勇気が、仏頂面になって隣に座る鈴音の頬をつねる。
(何故か鈴音さんから喜びのオーラが見えるような……)
抗議する鈴音の目が笑っているように見えた美咲であった。
「あ、ちなみにその説明した人達というのが、勇気さんが助けようとしている相沢真さん達ですよ」
「奇遇だな」
「世の中狭いね」
美咲の話を聞いた勇気は、思うことがあった。
(偶然の巡り合いや導きや縁を見た時、世の中狭いという言葉を冗談交じりに言うが、運命や縁は存在する。縁で惹かれるように出来ている。よく聞く縁の大収束とやらは、その大規模な形。何百年、あるいは千年以上に跨って、大人数の魂が惹かれて交わる縁。そういうものが有ると信じれば、哲男とも……もう会えなくなってしまった奴等とも、またいずれどこかで交わる期待も持てるってわけか)
「お茶が入りました」
「おかまいなく~」
KATAが茶菓子を持ってくると、鈴音が目を輝かす。
「KATAは自由意思を持っているんだよな?」
勇気が尋ねる。
「自由意思という言葉の意味は、どれほどの範囲を示すのでしょうか? 私達に自由という概念はありませんが、思考することは自由です。自身の未来や生き方を自由に選択して決定する権利はありません」
「尋ね方が悪かったか。人間の小間使いとして、ロボットみたいな扱いをされているのはわかるが、知性や感情もあるってさっき言ってただろ」
「有ります。人の心を理解するために、私達は感情を与えられています」
KATAの答えを聞いて、勇気は得心が行く。あえて完全なロボットにしない理由は、正にそこだ。人間の心をプログラムで完全に再現できないからこそ、人の心を理解させるために、人の知性と精神をそのまま移植している。
「というか、人間でしょ?」
鈴音が伺う。先程美咲から、硝子人には罪人の魂を入れていると聞いていたが、鈴音は解析してその話が本当であることを確かめた。
「今は人間としては扱われません」
KATAが事実を述べた。
「人だった頃の記憶は残っているのか?」
「残っていません。質問されない限りは、その件には自らの口から触れることも出来ません」
「しかし質問された場合には、答えられる分だけは答えろということか。あの女らしいやり方だ」
さらに納得してしまう勇気。あの女というのが純子を指している事は、鈴音にはすぐにわかった。
「人の心を理解するためにも、人と同等の知性を持つためにも、人の精神と魂を入れるのが手っ取り早いのは理解できるけど……こんなこと聞くの失礼だけど、元々は罪人なんだよね? 暴走しちゃうとか無いのかな?」
鈴音が疑問を口にする。素材になっているのが、人の痛みを知らないサイコパスであったら、その目論見が果たしてちゃんと機能するのかどうか疑わしい。
「さっき人格も矯正されているって話しただろ。鳥頭鈴音」
「痛い。痛いよ勇気。ハゲちゃうよ」
髪の毛を引っ張る勇気に、鈴音は珍しく拒絶して勇気の手を振り払う。
「その点も考慮されています。精神矯正プログラムを施されています。我々の心は完全に画一化されているわけではありませんが、硝子人としての基本的なルールに忠実です」
「おぞましいな。人の心を無機物に移植し、その心の有様も書き換えるわけか」
勇気が顔をしかめる。
(史愉の調査報告によると、硝子人だけに限らず、いろんな物や場所に、同様のことが成されているという話じゃないか)
先程勇気は史愉のメッセージを見て、その事実も知った。
勇気も今のこのKATAとの会話内容を、転烙市内のグリムペニスメンバーに報告するつもりでいる。
「脳みそが無くても知性や精神は機能するんだね」
「詳しくは言えませんが、代わりになる物を埋め込まれています」
鈴音の言葉に対し、KATAが答えたその時、呼び鈴が鳴った。KATAがドアホンで来客を確認する。
「雪岡純子さんです」
「えっ」
「ほう」
KATAの報告を聞いて、鈴音が驚きの声をあげ、勇気は不敵に微笑んだ。
「純子さんと知り合いなんですか? この人が、私の足を治してくれたの。父さんの人体実験と引き換えに」
二人の反応を見て、美咲が尋ねる。
「知り合いだ。上げろ」
「はい」
勇気に促され、KATAが扉を開いた。
「えっ? 勇気君と鈴音ちゃん……ここにいるなんて……。いや、累君達から聞いて、転烙市に来ていたのは知ってたけどさ」
リビングに通された純子は、中にいた二人を見て驚いていた。
「ここであったが百年目だな。いや、これも縁の導きか?」
座ったまま純子を見上げる勇気。
「聞くまでもない事だが、転烙市を作り変えたのはお前だな?」
「そうだよー」
勇気の質問に、純子は微笑んで答える。
「聞いても答えないだろうが、何のためにこんなことをしているんだ? 人の魂を硝子人や入力装置に組み込むとは、随分と悪趣味だ」
「趣味の問題じゃないよー。純然たる科学技術の賜物だし、利便性向上のためだよ」
「おぞましすぎる。機械の中に魂を封じ続けて――」
「ずっと封じているのは無理かなー。いずれは解放される。あまりにも長く解放されないままだと、冥界からの干渉もあるようだし。ま、それでも千年以上成仏できなかった力霊とかいたけどさ」
勇気の話を遮り、純子は魂の封印術式に関する蘊蓄を傾ける。
「お前の目的は何なんだ?」
「目的は変わらないよ。半年前に勇気君を使ってやったあれでは不完全だったから、今度はもっとしっかり練って、全ての人間に生まれた時から超常の力が得られるようにしたいんだ」
「それでどうなるっていうの?」
今度は鈴音が尋ねたが、勇気はその質問をするまでもなく、答えがわかっていた。
「世の中の理不尽を少しでも失くすためだろう」
純子ではなく、勇気が伏し目がちになって答える。半年前に純子の思惑に乗った時点で、勇気も純子のことがわかっていた。
勇気の答えを聞いて、鈴音も理解する。純子も、勇気や政馬と同じ気持ちを抱いているのであろうと。
「人間は生まれたその時点で、運に振り回されちゃってる。二桁の年数も人生が続かない子供だっていっぱいいるよね」
勇気の言葉に気をよくして、純子が語りだす。
「でも私のプランが実行されれば、この世に生まれた全ての者に、完全な機会の平等が与えられると言っても過言ではないよ。でもまあ、その先はやっぱり運に振り回される部分が多いけどさ」
(しかし今よりはいい世界になる可能性は、大いにある。半年前のあれはサイキック・オフェンダーなんてものを生み出して、世界中ろくでもないことになったが、それは中途半端だったが故の結果だ。こいつが今言った、二桁の年数も生きられない子供とやらも、普通に生きられるようになる可能性だって出てくる。悪い世界になるとは限らない)
言葉には出さなかったが、勇気は純子の理想を完全否定はしていない。悪くないと感じてしまう気持ちもある。しかしその過程で犠牲が相当数出る時点で、勇気としては受け入れがたい。
「ここには何しに来たの?」
鈴音がさらに問う。
「美咲ちゃんの様子を見に来たんだよー。あとはマッサージ兼リハビリね。足は動けるようになってるけど、心の傷が原因で動けないようだし、そのまま動かないままだと、固まったままになっちゃうから、適度に電流マッサージを施しているの」
「お世話になっています」
躊躇いがちに言葉を挟む美咲。
「お前は不思議な奴だ。良識や倫理感に欠けた悪人であり、親切で優しい善人でもある」
「あはは、よく言われるよー。どっちも私かなあ」
勇気の指摘を受けて、純子が笑う。
勇気の電話が鳴る。相手は史愉だった。勇気は立ち上がって廊下に出る。
『空の道交通管理局前に待機していた部隊が、硝子人を引きつれた怪物に襲撃されたって話だぞー。犠牲者多数ッス。ぐぴゅう』
「転烙市にバレて襲われたのか」
『それにしてはおかしい話で、怪物は襲ってきたかと思ったら、すぐに撤退したらしいぞー。サイキック・オフェンダーの暴走の可能性もあるぞ』
「硝子人を引きつれている時点で転烙市の刺客のように思えるが」
『断定はよくないぞ。硝子人を操る能力者かもしれないぞー』
「わかった。PO対策機構全員に警戒を促せ」
『とっくにやってるぞ。ぐぴゅ』
電話を切り、勇気はリビングに戻る。
「ふみゅーちゃんの声がしたねえ」
美咲の足の触診をしながら、純子が言う。
(ふみゅーちゃん達の方にも、ちょっと顔出してこようかなー)
史愉の声を聞いて、純子は思う。
「随分耳がいいんだな」
「私は生まれた時から目が見えなかったから、耳と鼻は凄くいいんだよー。あ、今はもちろん見えるよ」
「どれくらいいいか知らないが、お前が近くにいる時は今後気を付けておく。親切かつ正直に報告したことは褒めてやる」
皮肉を込めて喋っている途中に、勇気の心に、お馴染みのあの声が響いた。
「鬼の泣き声が近くまで来ているぞ」
勇気が不機嫌そうな顔になって告げ、窓から家の外に視線を向けた。他の面々も、窓の外を見る。
***
彼は度々こっそりと、美咲の様子を見に来ている。
来るタイミングは決まっている。正気を失った暴れた後だ。一度正気を失えば、しばらくはまた狂気に捉われて暴走することはない。美咲に危害を加えることも無い。
区車亀三は様々な能力を覚醒させており、そのうちの一つとして、自分の気配も姿も隠す能力だ。現在の姿はあまりにも目立つ。
姿を隠す能力を用いる際には、出来るだけ静かに動かなくてはならない。感情も抑えないといけない。
しかし亀三は改造手術の副作用で、度々狂気に捉われ、暴走状態になる。手あたり次第に暴れて人を殺すようになる。
窓から家の中の様子を伺う亀三。娘の顔を見ようとする。
そこに、美咲以外の人物が三名いた。そのうちの一人、純子の存在を見て、激しい怒りに駆られる亀三。自分を改造したのは純子だ。
(あいつこそ諸悪の根源、雪岡純子じゃないか。俺をこんな化け物にして、世界をこんな風にした張本人だ。そして世界をより混沌の状態にする、恐ろしい計画を立てている。その女が何故美咲の足を揉み揉みしているんだ!)
亀三はあるきっかけによって、純子の計画を知ってしまった。
(そうはさせないっ。俺はあのマッドサイエンティストを斃して、世界を救うヒーローになるんだっ)
感情の昂ぶりにより、亀三の気配を隠す能力は解かれた。
「鬼の泣き声が近くまで来ているぞ。この町に来て、聞こえていた奴だ」
リビングにいた眼鏡をかけた少年が言い、窓の外を見る。他の三人も窓の外を見た。
「おやおや、区車亀三さん」
純子が亀三の姿を見て、にっこりと笑う。
「お、お父さん? あれがっ?」
美咲と視線が合い、亀三は愕然とした。怪物と成り果てたこの姿を見られただけではなく、純子によってあっさりと正体をバラされたことによって、さらに激しい怒りを覚えた。
今までこんなに短期間に連続して正気を失ったことはない。しかし怒りのあまり、亀三はまた正気を失ってしまった。




