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都市内のどこにいても監視され、空の道等を利用すると危険ということを、PO対策機構の面々は知った。犬飼がみどり経由で知った情報を、転烙市内に入ったPO対策機構のメンバーに伝えたのだ。
「都市内部の全域をチェック出来たとしても、二十四時間全ての場所をくまなくチェックってのは、無理があるんじゃないか?」
「私もそう思いますう。記録は取られていても、把握はできていないかと」
鋭一が疑問を口にして、優が同意を示す。
殺人倶楽部、裏通りの一部、そして政府お抱えの特殊部隊や術師達の混合部隊は、『空の道』の交通管理局前に潜んでいる。それぞれ空いている建物の中に潜伏していた。主にホテルだが、アパートを借りた者もいる。
「あの音木史愉が指揮を執る時点で不安だな。裏通り中枢の新居ならともかく」
「どうして史愉なんかに任せたんだろう」
卓磨と岸夫が言った。
「この都市が超常都市となっている時点で、その専門家である音木史愉さんの方が適役と判断したらしい。完全に音木さんに一任したわけではなく、新居氏も一応は司令部にいて口を出す形でね」
そう言ったのは、弱者盾パワー委員会の会長、澤村聖人だった。その実績と立場によって、この部隊の指揮官を任されていた。
「うちら、もういつでも動けるのに、いつまでこうしてるの? 他の準備が整ってないの?」
「それぞれの部隊はもう配置が完了したそうだよ。しかし動くのはまだだそうだ」
冴子の疑問に対し、澤村が答える。
他の部隊は、市庁舎、赤猫電波発信管理塔、硝子人生産工場、超常能力覚醒施設といった、都市内の重要施設前に、それぞれ配置されている。一斉に攻撃する予定であると伝えられているが、配置されたままで、攻撃命令は何時まで経っても下されない。
市内のあちこちにある天高くそびえるオレンジの塔こそが、人々の精神に赤猫の暗示をかける電波を放っている。赤猫電波発信管理塔とはその司令施設であり、オレンジの塔全てをコントロールしているという。その事実を解き明かしたのは、PO対策機構ではなく、ヨブの報酬だ。
「いつでも攻撃可能で、あとは号令のみなのに、何でその号令が来ない?」
鋭一が刺々しい声を発する。
「理由は幾つかある。まず、ヨブの報酬待ちらしい。共同作戦だ。しかしヨブの報酬の援軍が到着していない」
と、澤村。
「先遣隊の真君達が捕まってしまった事もありますねえ。今市庁舎にいるようですけど、救助の段取りも必要みたいですう。まだ具体的な決まっていないみたいで」
「何というか、もたついてるわね……」
優が言い、冴子が溜息をついたその時だった。
「隣のアパートにいる者達が襲撃されているようだ」
澤村が報告した。
全員が一ヵ所にひとかたまりになっているわけではない。それでは目立ちすぎる。分散して、建物の中にいるが、敵に先に気付かれて襲われるという、最悪の事態が引き起こされた。
優達が外に飛び出て、襲われているアパートへと向かう。他に潜伏していた者達も、一斉に移動していた。
アパートの前で戦闘が行われていた。政府お抱えの術師達が、何十人もの硝子人達と戦っている。
「何でこいつらが襲ってくるんだ?」
「転烙市に見つかっちゃいましたかねー」
鋭一が呻き、竜二郎が危機感の無い呑気な声を発する。
硝子人は素早く動き、術の攻撃を避けて間合いを詰め、術師達に襲いかかる。しかし術師達は近接戦にも覚えがあり、硝子人達の攻撃を避ける。あるいは近接戦用の術で応対する。
個々の戦いは術師の方が有利であるが、いかんせん、数で押され気味だった。術師にも数名の犠牲者が出ている。
「戦闘力高いぞ。戦闘用の硝子人みたいだ」
岸夫が言い、空気を圧縮させて壁を作った。硝子人達が見えない壁に衝突して、次々と動きを止める。
澤村も殺人倶楽部の面々も、裏通りの者も、加勢に回る。たちまち形勢は逆転して、硝子人達が次々と破壊されていく。
優と竜二郎は戦闘に参加しなかった。温存しておいた。二人は特に強い力を持つが故に、ここぞという時以外には、なるべく戦わないことに決めていた。
硝子人の数はたちまち半減したが、それで終わるようなことにはならなかった。
アパートの裏から、さらに硝子人達が十数名、追加で現れた。そして硝子人達の奥に、異形の怪物がいた。
身長は2メートル以上ある。顔が半分爛れ、額の中心に黒い水晶のようなものが埋まっている。前髪はワカメのように形状で、顔に垂れ下がっている。前髪以外の髪はハリネズミのようにツンツン尖って後ろに向かって伸びている。髪はあまり長くない。犬のようにせり出した口からは牙が覗いている。オレンジの目の中に紫の瞳がある。全身藍色の肌で筋肉質。特に上腕が大きく、肩も異様なほど盛り上がっている。体のあちこちから、前髪と同じ小さいワカメのようなものが生えて垂れ下がっている。
「あれは強そうだ」
「あれが硝子人達のボスですかー? 硝子人達を操っているんですかねー」
鋭一が唸り、竜二郎は危機感の無い呑気な声を発した。
硝子人達を追い越し、異形の怪物が前に出る。
走る異形の全身から生えているワカメ状のものが伸びる。頭から生えているものも全て伸び、蠢く。
術が、能力が、銃弾が、怪物めがけて一斉に放たれる。
異形の怪物の体のあちこちが傷ついたが、即座に再生する。その再生速度は一秒かかったかどうかだ。
「むがあぁあぁぁっるってーこーくぅーっ」
異形の怪物が咆哮と共に跳躍する。伸びたワカメが空中からPO対策機構の兵士達に襲いかかる。避けた者もいたが、避けられなかった者はワカメに触れられた直後、一瞬にして骨と皮だけになって干からびる。人に触れたワカメの中を赤いものが駆けあがっていき、異形へと注がれる。
「血やら体液やら全部吸い取っちゃうみたいですねー。そして再生に費やしたエネルギーも回復しちゃうのかも」
「だとしたら一瞬で殺さないと……」
竜二郎の言葉を受け、冴子が優の方を見やる。
「ワカメっぽい触手を何とかした方がよさそうですう」
優が言い、そろそろ出番だと思ったが、消滅視線を発動させることは思い止まった。
着地した異形の怪物の動きがぴたりと止まった。硝子人達の動きも、それに合わせて全員一斉に止まる。
あまりに不自然な動作の停止に、PO対策機構の兵士達も戦闘の継続を止める。
「ううう……まただ……。どんどん……周期が短くなっている……」
嘆きの声が発せられた。明らかに異形の怪物から出された声だ。
「これは……俺がやったのか……また……。畜生……畜生!」
干からびた死体の数々を見て嘆き、叫ぶと、異形の怪物は反転して走り出した。
硝子人達も一斉に反転し、怪物の後を追って撤退する。
追撃は誰も行わかった。せっかく逃げてくれているのに、下手に手出しをすれば、戦闘が続いてしまう。
「何だったんだろうな、あれは……」
「転烙市の刺客……というには、ちょっと違うような気がしますう」
怪物の後姿を見送りながら、澤村と優が言った。
***
グリムペニスの兵士達は市庁舎の周囲に潜伏し、攻撃指令を待っていた。
「あちこちでBMIが普及してるのはいいことだぞ。純子のくせに生意気だが、認めざるをえないぞ」
自動販売機からジュースを取り出しながら、史愉が言う。
「しかし自動販売機如きにそんなシステム取り入れるなんぞ、採算があわんじゃろうに。ボタン押せばいいだけの手間も、いちいちBMIで省略するのか?」
「同感だけど、だからこそ純子っぽい気がするぞ」
チロンが苦笑混じりに言うと、史愉も微笑みながら同意し、ジュースを飲む。
考えただけでの入力方式であるブレイン・マシン・インターフェースは、技術的には可能とされる一方で、安全性への懸念から、忌避されている傾向にある。ドリームバンドによるヴァーチャルトリップ方式のBMIは成功しているが、いちいち頭に装着する方式で入力するなら、手動で行った方が楽である場合が多いし、ドリームバンドも決してお安くはない。
「しかしこのBMIは恐ろしいですよ~。自動販売機の中、解析してみました~?」
「んん? ぐぴゅぴゅっ……」
「これは……」
男治の言葉に反応して、史愉とチロンが自動販売機に解析の能力をかけ、絶句した。
「精神、いや霊体が存在しておるぞ。いや、肉体もある。脳みそと脊髄だけ……」
「これは人工培養したテレパシー能力を持つ脳のクローンが入ってるんだぞ」
自動販売機の中にあった物が何であるかを言い当てるチロンと史愉。
「純子め、想像以上にアホだったっス。街中にあるBMI全てが、人間の脳みそ入りだぞー。コストかかりすぎだぞー」
呆れる史愉。
「えっへっへっへっ、コストの問題よりまず倫理的問題を考えましょうよ~」
「同感じゃが、お主が言うか? ちゅーか、何で嬉しそうなんじゃ?」
笑いながら突っ込む男治に、チロンがさらに突っ込んだ。
「おそらくこの脳みそは感情等は持たないし、余計な思考も働かないように設計してあるぞ。生きた入力装置だぞ」
「純子も中々えげつないことをするのー」
「何を今更。あいつは昔からあたしよりはるかに腐れ外道だぞー。あたしも頑張って必ず追い越してやるぞー」
「追い越さんでええし、張り合うものではないわ」
「あ、澤村さんから連絡きましたよ~」
史愉とチロンが喋っていると、男治が報告した。
「硝子人を大量に引き連れた謎の怪物に襲われて、被害多数だそうです~」




