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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
94 ヒーローになるために遊ぼう
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2

 勇気と鈴音は転烙市の市街地を歩いていた。


「聞こえたぞ。鬼の泣き声」

 勇気が足を止める。


 一週間前、ここに来て聞こえた極めて大きな鬼の泣き声。その主を勇気は追っていたが、声は途切れ途切れで、聞こえたと思ったらすぐ聞こえなくなってしまい、そのせいで中々声の主に会えなかった。


「近い。ようやく会えるな。この独特の大きな声の主と」

 酷く辛そうな顔で勇気は言った。


(悲しみに共鳴しちゃってるんだ……。鳴き声の主の痛み、勇気も味わっている)


 毎度のことながら、鈴音も辛い気持ちになる。


「あのカイワレ大根女も連れてきて働かせたかったがな。あいつは中々使えそうだ」

「みどりちゃんのことそんな風に呼んじゃダメだよ。身体的なことからかうのはよくない」

「そうだった。ついうっかり……。心の中で、もやしとかカイワレ大根とか記憶しているからつい……」


 鈴音が注意すると、勇気は珍しく鈴音の注意を受け入れた。


「みどりちゃんは確かにひょろっと細長い体型だけど、言う程痩せてないと思うけどなあ」

「背がもう少し低ければな。年の割に背だけ高いからそう見える」


 喋りながら勇気は、すぐ手前の横断歩道の向かいに注視していた。


「魂の残滓……」


 横断歩道を渡る、硝子人に押されている車椅子の少女を見つめながら、勇気が呟く。


「え?」

「そして鬼の泣き声の主と同じ波長だ」


 横断歩道を渡った所で、少女と硝子人が止まる。


 硝子人が車椅子の前方へと回り、地面に落ちた少女の鞄を拾う。段差を乗り越える際の揺れで、うっかり落としてしまったのだ。


「KATAさん、ありがとうございます。ぼーっとしていてすみません」

「お気になさらず。何かあったら遠慮せず申してください」


 少女が硝子人に礼を述べると、KATAと呼ばれた硝子人が、低く渋い声で告げる。


(こいつからも、鬼の泣き声が聞こえる。追っている奴ほど大きな声ではないが。近くで反応したのはこっちだ。追っている奴じゃなかった。おそらく近縁者だな)


 思案する勇気の横を、少女と硝子人が通り過ぎる。


「おい、そこの車椅子の女と硝子人。停まれ」

 勇気が声をかけると、二人は停まって振り返った。


「あなた……葛鬼勇気……さん? 独裁者……いえ、国家元首の……」


 勇気の顔をしっかりと見て、車椅子の少女が驚く。


「そうだ」

 頷く勇気。


「いい加減しゅしょーとかだいとーりょーとかこーてーとか、ちゃんと役職名決めた方がいいよ。はっきり決めないから、国家元首なんて呼ばれ方されちゃってる」


 鈴音が言ったが、勇気は黙殺した。


「時に有名人が有利に働くケースもある。今が正にその時かもな。聞き込みがしやすくなる」


 常々勇気は、自分の知名度が高くなっていることを面倒に思っていた。


「私に何か……?」

「お前のことは何も知らない。初見だ。この町のことは知りたい。ここに来たのは一週間前だし、独自に調査もし続けていたが、行き詰っていた。そしてお前にも興味がある。鬼の泣き声……身近で悲劇が起こっていないか?」


 勇気の問いかけに、少女の表情が強張る。


「私自身に悲劇は起こりましたけどね」


 少女が自虐めいいた微笑を浮かべ、自分の膝に手を置く。


「その足は……癒えているな。立てるはずだ」


 勇気の指摘を受け、少女はまた驚きの表情になる。


「やっぱり私のこと知ってるんじゃ……」

「俺はそういう力の持ち主だ。怪我や病を癒せる。怪我か病かも判断できる。つまり心の傷が原因で立てない」

「ちょっと勇気。ずけずけと失礼だよ」

「そうだな。悪かった」


 鈴音が呆れて注意すると、勇気は素直に謝罪する。


「もしかして、私の父さんと知り合いです?」


 少女が尋ねる。脈絡のないその一言で勇気にはわかった。鬼の声は少女の父親のものだろうと。少女も父親に何かがあったからこそ、唐突に声をかけてきた勇気達が、父親との知り合いではないかと勘繰ったのだ。


「そう……かもな。多分知らない奴だが、俺の追っている奴はそうかもな。俺にはそういう能力もある。こう言えば伝わるのは、便利な世の中になったと言うべきか」


 自分がその便利な世の中を作った者の一人であることを意識し、勇気は複雑な気分になる。


「俺の自己紹介は要らないな。お前の名は?」

「区車美咲です。こちらは私のお世話をしてくださっているKATAさんです」

「私は高嶺鈴音」

「KATAです」


 硝子人のKATAが恭しく一礼する。


「葛鬼勇気さんの御指摘通り、美咲さんは心の療養を必要としている身ですので、質問はお手柔らかにお願いします」

「わかった。お前、ロボットなのに配慮の細かいいい奴だな」


 KATAの言葉を聞いて、勇気はKATAを見て微笑んだ。


「知ってます? 硝子人には人の魂が宿っているっていう噂」

 美咲が言う。


「知らん。この都市の調査で、聞き込みをするのは初めてだから、噂も聞かない。だからお前が色々と教えろ。これは支配者としての命令だ」


 高圧的な言い方をする勇気であったが、美咲は不快感を覚えなかった。むしろ面白いとすら感じていた。


「転烙市の法を破った者は、問答無用でマッドサイエンティストの実験台にされて、魂も取られたあげく、硝子人の中に入れられるという噂です。犯罪を隠そうとしても、能力者達のサイコメトリーや遠視能力によって行われ、それが証明になって、裁判も無く等しく罰を受けるそうですよ」

「俺の断りも無しに俺の国で勝手にふざけた法を作るとは、許しがたい」


 その噂はきっと本当なのだろうと、勇気は思う。如何にも純子がやりそうなことだと。


「それで犯罪は減ったの?」

 鈴音が尋ねる。


「あまり減ってはいないようです。町に元々住んでいる人はともかく、この町が犯罪者の楽園だという噂を聞いて、流れついてきたサイキック・オフェンダーは、すぐに犯罪を犯し、すぐに捕まっています」

「そうやって人体実験の素材を集めているわけか。そのうえ魂も利用するとはな」


 それも全て計算通りの構図なのだろうと、勇気は判断した。


「魂を入れるとどうなるの?」

「魂だけではなく霊体――精神もセットだろう。言うならば人間の脳みそをそのまま入れたようなものだ。おかげで人間と同じ知能を持つロボットが作れるという理屈だな。この世界の主人公の俺の推測だからきっと当たっている」


 鈴音の疑問に対し、勇気が推測を述べる。


「でもすごいよね、純子。たった半年で一つの町をここまで作り変えるなんてさ」


 勇気の耳元で囁く鈴音。


「力は認めざるをえないな。しかし最後に勝つのは俺……と言いたい所だが、あの女を倒すのは俺の役目ではない。主人公でも、たまには裏方に回って誰かの支えになることも必要だ」


 勇気も小声で返すと、鈴音は若干不機嫌そうな顔になる。


(勇気がいつも主役でいいのにな。この件では真のサポートに回る気なんだ)


 鈴音は真のことを嫌っているわけではないが、鈴音の前世は敵意を抱いているようで、その影響が少し滲み出ている。


「他に聞きたいことはあります?」

 美咲が伺う。


「大量にある。ガイドしろ。いや、その前に……俺が追っている奴と、お前は縁があると見た。追っていたらお前に行き着いた。お前の肉親か親しい者を――」

「それはきっと、私のお父さんのことですね」

「きっとと言われてもわからない。俺は追っている者が何者かもわからない。ただ、俺には聞こえるんだ。激しい痛みと悲しみに捉われた魂の叫び声がな。それを突き止めて、声を止めるのが俺の目的だ」


 勇気の言葉は抽象的かつ唐突であったが、美咲には心当たりがあるため、それで十分に通じてしまったし、勇気の言葉を受け入れることが出来た。鈴音が隣にいることや、勇気がこの国の支配者であり、テレビやネットで見る時と全く同じ喋り方であることで、彼の言葉が虚言ではないと受け止められた。


「ここでずっと立ち話するの?」

「私の家がそこですけど」


 鈴音が問うと、美咲が道の先の家を指した。


「上がらせて貰おう」

「はい」


 それから四人は家の中に挙がった。硝子人のKATAも家に入ってくる。扉の開閉も、車椅子のタイヤの洗浄も、KATAが行った。


「家の中でも世話をしてくれるわけか」


 家の中に上がるKATAを見て、勇気が言う。家の中では車椅子は美咲自身が動かしていた。


「はい。市から派遣されている肩です。とても助けて頂いてます」

「滅相もございません」


 KATAを見て親しげに微笑みながら美咲が言うと、KATAは恭しく謙遜する。美咲がKATAを人として見て信頼していることが、今の表情と声だけでもよくわかる。


「父親のことだが――」

「二ヶ月前、超常能力覚醒施設へ行きました。そこで一番危険なコースを選んだそうです。そのまま戻ってきませんでした。問い合わせても、行方知れずということになっていて……。あそこで死んだ人は、皆そういう扱いにされるという話も聞いて、父も死んだのだろうと思っていました」


 部屋に上がって勇気が尋ねようとすると、美咲の方から包み隠さず語り出した。


「でも……つい一昨日、私の足を治してくれた人から連絡がありまして。私の父は生きていると。怪物になってしまったと」


 美咲が表情を曇らせる。


「怪物?」

「大量殺人を行っていると聞きました。能力者の能力でも補足しきれないと」

「なるほど。能力でもわからないのか。妨害する力があるのかもな」


 勇気は納得した。鬼の泣き声が途切れ途切れだったため、一週間も探してわからなかったのだ。


「美咲の父親が現れそうな場所とか、わからないものか?」

「今は……わかりません。父を殺すのですか?」


 美咲が問うと、勇気は眉をひそめた。


「救うのが役目だが、時として――救いが命を断つケースもある。俺もそんなことは望んでいないけど、覚悟はしておいた方がいい」

「大丈夫です。父が怪物に……殺人鬼になったという話を聞いて、覚悟済みです。そもそも私、父は死んだ者と思って過ごしていましたし」


 辛そうな顔で言う美咲。


「私もかつては犯罪者で人殺しでした。硝子人が元は犯罪者の魂を入れているという先程の話は、真実です」


 KATAが衝撃的な告白をして、美咲は驚愕に目を見開いた。


「前世の記憶があるんだ。ていうか、それ話しちゃっていいんだ」


 と、鈴音。


「記憶が有るケースと無いケースがある模様です。話してはいけないというプログラムはされていません。しかし進んで話す者もいないでしょう。私は貴方達の会話の流れから、自己判断して話しました」


 柔和な口調で語るKATA。


「人格は矯正されているんだな」


 KATAを見て勇気が言う。推測に過ぎないが、KATAの落ち着いた雰囲気を見る限りそう感じた。


「性格はほぼ均一化されます。感情の類もかなり抑制されてしまうので、味気なく事務的なロボットのようにされてしまいます」

「ほぼ。そしてかなり。つまり完璧に真っ白にされているわけでもないわけだ」

「感情が残っているからこそ、口挟んでくれたんだよね?」

「はい」


 勇気と鈴音の指摘に、KATAは頷いた。


「美咲、お父さんは死んでいないのですし、この方達はお父さんを救ってくださるものと期待しましょう。そして殺人鬼になったとしても、この転烙市は救いの道を与えてくれます」

「殺人鬼になっても、硝子人になる罰で済むかもしれないってことか」


 KATAの話を聞いて、勇気は美咲の表情を伺う。美咲の顔は曇ったままだ。KATAは美咲の不安を和らげているつもりなのかもしれないが、効果は無い。


「鈴音さんの御指摘通り、私には感情が残っています。作り変えられた今の自分を気に入っています。そう悪いことでもありません」

(自分を気に入っていることだって、精神を書き換えられた結果じゃないのか? そう考えると慰めどころか、歪でおぞましくすら感じるぞ)


 KATAの話を聞いて、勇気は思う。鈴音と美咲も同様の疑問を抱いていた。


「なるべく救う方向で努力してやる。ただ、俺は他にもやらなくちゃならないことがある。そちらの協力もしろ」


 勇気が美咲の方を向いて告げる。


「私に出来ることなら何なりと」

「真の救出だよね?」


 美咲が笑顔で応じ、鈴音が確認する。


「そちらが最優先事項だ。みどりの話では、市庁舎に囚われているらしいし、救出作戦を考えないとな」

「この子の前でその話をしても平気なの? 硝子人のKATAさんは、転烙市側の人なんじゃ……」

「俺はこいつらを信用した」


 不安げに言う鈴音だが、勇気はきっぱりと言い切った。


「私達は全て一日の音声も視認も記録されています。しかしその記録が全て、硝子人の管理局にチェックされているとは限りません。チェックするかどうかは、当局の調査次第です」

「今更な情報だな。ま、監視されていない前提で話を進めるぞ」


 KATAの話を聞いて、勇気が皮肉げに言ったものの、有益な情報だと受け止める。


「PO対策機構が今、布陣を敷いている。転烙市との決戦のためにな。あいつらが本格的にドンパチ始めたら、その隙に真を救出に行くとしよう」

「転烙市とPO対策機構の決戦ですか……」


 勇気が方針を述べると、美咲は改めて勇気がこの国の支配者であるということを意識した。PO対策機構を動かしているのも、きっとこの少年なのだろうと。


「布陣を敷くという言葉遣いは、重複しています。布陣の時点で陣を敷いているという意味です」

「細かいことを言うな。俺が言ったからには、もう誤りではない。今日からこれが正しい言葉遣いだ。いいな」


 KATAが指摘するも、勇気は聞き入れず、傲然と言い放った。

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