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「デビル君。君、どっちに味方するつもりなの?」
どちらに味方するのかという純子の質問に、デビルは違和感を覚える。自分が純子か真のどちらかに与する前提であるかのように、純子は見ている。しかしデビルからすれば、どちらか片方に賛同し、反対陣営に反発しているというわけではない。どちらかに必ずしも与したいというわけでもない。
「どちらにも注目している。今の気持ちとしては、相沢真に6、雪岡純子に4。現時点において、1か0、白か黒かでは決めない」
偽りなくストレートに思っていることを述べるデビル。
「どちらかに振り切ることは出来ないかー。わかった。それで、何の用事で来たの? ああ、この質問を先にすべきだったよね」
デビルの答えに気をよくしたかのように声を弾ませ、純子はさらに質問した。
「何の用事? 君は何の用事?」
テビルが半眼になって問い返す。
「挨拶。それとお話がしたくてね。デビル君、せっかく来てくれたんだしさあ」
「君付けはやめてほしい」
「そっか。じゃあデビルで呼び捨てにしておくね。前世でもそうだったなー」
「前世か……。知り合った者と再会するため、僕達はまた生まれてくるの?」
ふと思いついたことを口にして、デビルは自身の台詞に驚き、目を丸くしていた。
(この子ともまた会うために、僕はこの世に?)
そんなことまで考えてしまう。そしてそれが事実であれば嬉しいと感じる自分に、デビルは戸惑ってしまう。
「転生の意味は、再会もある。そして成長もあると思っている。私がそう思っているだけだけどね。魂は転生を繰り返す中、成長する。古くなるほど、強く賢くなる。運勢も上がるかな? 君の魂も昔に比べれば大分強くなっているよー」
そこまで喋った所で、純子は一瞬だが、自嘲するような笑みを零した。
「死を拒み、転生を拒んでいる私は、その成長が乏しいみたいだけどね」
純子の言葉の意味も、どうして自嘲していたのかも、デビルにはいまいちピンとこなかった。
「僕ももう死ぬことはない。育んだ力、体験、失うことは無い。つまり僕達は同じ」
デビルがそっと手を伸ばす。
デビルの手が純子の頬に触れるか。純子は拒まない。
すぐに手を引っ込めるデビル。胸がじんわりと熱くなり、同時に頭の芯が痺れるような感覚と、全身にゆっくりと波が伝わるような感覚を味わった。
(懐かしい。ずっとずっと大昔の思い出。魂は決して記憶を失わない。僕には人の記憶を忘れさせる力もあるが、それは封じているだけだ。消すことは出来ない。それが魂という不滅不変の『物質』なんだ)
純子に触れることで、デビルは悟る。
「6:4ではどっちつかずになるのもわかるけど、あえて4の私についてみる気は無い?」
純子のそんな誘いを聞いて、デビルは背筋が震えた。理屈に合わない強引なその誘いは、ひどく蠱惑的に感じられた。
「悪魔の誘いのようだ」
「あれ? そんな洒落言うんだ?」
デビルの発言を聞いて、おかしそうにくすくすと笑う純子。
「洒落たつもりが無いわけでもないけど、実際そう感じた事もまた事実。興味深い。いや、はっきりと惹かれる」
デビルが目を細める。
「でも迷う。踏み切れない。踏み切ってよいものかどうかの判断がつかない。今は」
その迷いをあえて振り切り、自分につかないかという強引な誘いだからこそ、心が傾くのだろうと、デビルはわかっている。そして自分の心を惹く威力を計算したうえで、純子は呼びかけている事もまた、デビルはわかっている。
「甘い誘惑という点では、君の方がずっと悪魔らしい」
「ふふふ、それは誉め言葉として受け取っていいのかな~?」
デビルの台詞を受けて、純子は悪戯っぽく笑う。
(彼女は僕と共にいた時間があったんだ。そしてそれはきっと、僕にも、彼女にとっても、楽しくて素敵な思い出だったんだ。嗚呼……こうして向かい合っていると、この子の笑顔を見ていると、色々な気持ちだけが思い出されていく。記憶は全く思い出せないのに)
側に居るだけで満たされる。恍惚となりかける。しかしこの多幸感に、デビルは屈することをよしとしない。
「今はまだやめておく」
デビルが二歩下がって距離を取り、純子から目線を外しながら言った。
「今はまだ、ね。君は多分こっちに来ると思うけどなー。あ、そう言われると余計に来ないタイプだって、真君もみどりちゃんも睦月ちゃんも言ってたねえ」
知らぬ間に自分が天邪鬼という認識が広まっていたことに、デビルは嘆息したい気分になる。
(そう言われるとさらに裏をかいて……いや、馬鹿馬鹿しい。囚われても仕方ない)
デビルは無言のまま、自分の体を足から平面化させていく。まるで床の中に潜るかのようにして消えんとする。
「んー? 帰っちゃうんだ? 随分唐突に帰るんだねえ」
純子が声をかけると、デビルは完全に平面化した影の塊のような状態になった所で、その動きを止めた。
「別れの挨拶がいちいち必要? 面倒だよ。睦月だけは特別だったけど。まあいいか。君も特別ってことにする」
二次元状態のまま声を発すると、影の塊となったデビルは純子の足の下を潜り抜けて、純子の背後に回る。
鋭い殺気を感じて、純子が振り返りながら横に跳ぶ。
床から飛び出るようにして三次元化したデビルが、純子のいた空間を手刀で逆袈裟に薙いだ。
純子は攻撃をかわしている。デビルは回避されることも予期していたので、特に驚くことなく、また床に溶け込むようにして、体を平面状にした。避けられるとはわかっていたが、一応本気で殺すつもりで攻撃した。
「うふふ、物騒な挨拶」
「今後もずっとこれでいく。いや、やっぱりやめる。毎回これは疲れる」
笑う純子にデビルが告げると、体を床の色へと変えて、その場を去った。
***
真が閉じ込められている部屋に、累が訪れた。
「みどりも捕まえるつもりでしたが、まさか勇気が来ていたとは、思いもよりませんでした」
真を前にして、累が微笑みながら言った。勇気と鈴音が現れて妨害された事を、雑談混じりに報告していた所だ。
「つまり……やっぱり街中をくまなく監視し続けて、どこに誰がいても完全に把握できるわけではないということだな」
累の言葉を聞き、真が指摘する。
「流石にそれは無理でしょう。範囲が広すぎます。第二の脳裏処理実能力や根人の特殊なネットワークを用いても不可能です」
と、累。
「真、これからどうするつもりです? あっさり捕まってしまって」
「敵なのに心配してくれるのか」
「心配というより疑問です。純子に勝てる見込みは少ないと思っていますが、もしかしたらという期待もありますしね。僕は純子側についたから確かに敵ですが、真を応援したい気持ちもありますよ」
柔和な笑顔と口調で述べる累。久しぶりに真とこうして二人きりでいられる事が、嬉しくて仕方ない。
「今は浮き沈みの沈み。全てがスムーズにいくとは思っていない。それどころか、困難の連続になっても当然だと思っている。僕一人が足掻いても仕方がない状況も来るだろうと。思っていた。今がそうだ。そして他力本願となった。力強い手助けが来ることも見込んでいる」
「なるほど。それが勇気ですか」
「勇気だけじゃないけどな。僕はハードモードを選んだんだ」
「ハードモード?」
「そう。あいつを改心させる二つの方法のうち、難しい方を選んだ」
「二つ……なるほど」
簡単な方法が何であるか、真が話さなくても累にはわかってしまった。
「簡単な方では駄目なんだ。僕もあいつも、全てを吐き出したうえでのけりをつけた方がいい。簡単な方でも難しい方でも結果は結果かもしれないが、本当にいい結果は過程も楽しめたうえでの話だからな」
真のこうしたこだわりと、考えのうえでの選択は、累には共感しがたい一方で、真らしいと思えて好感が持てる。
「あいつはさ、確かに優しいし、性格もいいし、面倒見もいいし、良識もあるかのように見えるけど、違うんだよ。確かな負の部分がある。間違いなくマッドサイエンティストなんだ」
「私の噂してたー?」
ノック無しで扉が少し開かれ、にやにやと笑う純子が顔だけ突っ込んできた。
「気配を消して立ち聞きしてたのか」
「私は耳がいいって何度も言ったでしょー。気配が及びそうにない距離から、話は聞こえてたよー」
呆れる真。純子はにやついたまま部屋の中に入っていくる。
「私の大好きな子が、私が授けた全てを、私を越えるためにぶつけてくる――こんな素敵すぎるシチュエーション無いよねえ。私はそれが味わいたかったからこそ、真君に私の与えられるものをなるべく与えてきたんだし――」
「調子にのるな。お前が僕にあわせて付き合ってやって、遊んでいたとでも思っているのか? そう思ってるなら的外れもいいところだ。逆だぞ? 僕がお前にあわせてやっていたんだ」
「え? そーなのぉ?」
刺々しい声で口にした真の台詞を聞いて、純子ににやけ顏が苦笑いに変わる。
「そうだよ。お前は僕を鍛えるのも、いじるのも楽しかったろう? 僕が成長していく様を見るのを、こうして相対してお前を改心させようと本気で向かってくる様も、楽しんでいるだろう? お前の千年の空白を少しでも埋めてやるために、お前がこれまでに人生で得たものを少しでも僕が得ようと思って、こういうやり方を選択したんだ。お前を改心させる方法としては、難しくて面倒な方の選択肢を選んだ。もっと安易で楽な方法だってあったんだ。まあ、僕もこっちの方が面白いし、いい思い出になるとは思っている。でもな、お前が与えてやったなんて考え振りかざすのは、気に食わない」
「んー……それはお互い様ってことなんじゃないかなあ? あ、私は気に入らないってことは無いけど」
真の長広舌が一段落するタイミングを見計らい、純子は曖昧な笑顔で短く反論した。
「僕がその気になれば、僕はいつでもお前を変えることができたんだぞ? それもわかっていないのか?」
「えー? わからないなー? どうやって?」
「僕が抱きしめて、耳元で甘い言葉を囁いて、キスして、完全に恋人に戻って、そのうえでお前に頼み込んでも、お前は抗えたか? 無理だろ? お前はそういうの弱いのわかってたし」
「えっと……そ、そうかな……」
思ってもみない方向に話を振られ、純子はたじろぐ。一方で累は平然としている。真のもう一つのやり方が何であるか、見抜いていたからだ。
「想像してみろよ」
「ううう……」
「想像すらできないほどウブだろ」
「んー……んー……んー……」
動揺のあまり、唸ることしか出来なくなる純子。
「でもそれじゃ駄目なんだ。そんなんでいうこときかせるんじゃなくて、僕自身が力をつけて、お前に相応しい男になった証明をして、お前を安心させたうえでじゃないとさ。それも……物凄い回り道だったけど、お前はきっとその回り道にも付き合ってくれるって、僕は信じていた」
「真君……」
真の考えを聞き、純子の胸にじんわりと熱いものがこみあげてくる。自然と胸に手を当てて、服を握りしめる。
「簡単な方ってのは、今言ったようにHなことしてたらしこんで、言うこと無理矢理きかせるってことですよね?」
わかっているが、それでも口に出して確認する累。
「表現がストレートすぎるけれど、まあもう一つの選択は普通に付き合って、平和な暮らしして、そのうちに忘れさせるって感じかな……。でも――何度も言うが、それじゃ駄目なんだよ」
累の方を見ず、純子に視線を向けたまま真は答えた。
「じゃあ私が勝ったら、もう一つのプランの方でよろしく~」
「それ、真が勝っても同じ方になると思うんですが……」
累が呆れ気味に指摘する。
「同じじゃない。僕が勝ったら、雪岡が犯した全ての罪を償わせる。もちろん僕が犯した罪も一緒にな」
「え?」
思ってもみなかった台詞が真の口から出たので、純子は呆気に取られる。
「ギネスブックを目指す」
「あう……」
「何の記録ですか?」
真のさらに突拍子の無い発言に、累は小首を傾げる。一方で純子は、かつての真の発言から、今の台詞が何を指している心当たりがあったために、青ざめていた。




