26
みどりが薙刀の木刀をアポートして呼び寄せると同時に、綾音も日本刀をアポートして、鞘から抜く。
かつてみどりが真達と出会う前に、二人は交戦している。それは本気の潰し合いではなく、雫野流の術師同士が交流の一環として行う術試しであったが、今度は互いに本気で相手をねじ伏せるつもりでいる。
しかしみどりから見た綾音は、以前向かい合った時とそう変わりない。得物を持っているかどうか程度の違いだ。
(淀み無く、穢れも無い、綺麗な目、清らかな気。あの時の綾音姉のままだわさ)
綾音を見て、みどりは思う。
(日常も戦闘もこんな感じで、御先祖様とは大違いだよォ~。父親に似なくて良かったわ)
みどりが余計なことを考えていると、綾音の方から動いた。
「おっと」
綾音が一直線に突っ込んできたので、みどりは横に身を引く。鋭い突きが繰り出され、みどりがいた空間を貫いている。
体が伸び切ったタイミングを狙い、みどりが薙刀で綾音の上体を打ち据えにかかる――と見せかけて、その動きを途中で止めた。
突きが避けられた瞬間、反撃が来ることも予期していた綾音は、動きを止めずにすぐに動いていた。みどりの攻撃を確認もせず、ヤマカン頼みで上体を斜めに傾けて沈める。
その綾音の足に衝撃が走った。みどりは薙刀の刃ではなく、石突で足払いを仕掛けてきたのだ。
派手に転倒する綾音。
綾音が転倒している間にみどりは薙刀を半回転させると、仰向けに倒れた綾音の喉に、刃を叩きこんだ。
「ごほっ! げほっ!」
「はい、これで勝負ついたぜィ。開幕に突きとか、御先祖様と戦い方が似ているのはいただけないよォ~。みどりは何度も御先祖様と手合わせしてるんだしさァ」
激しく咳き込む綾音に、みどりが歯を見せて笑いかける。
「術の一つも唱えず、武術のやり取りで瞬殺されるとは、情けないことしきりですね」
溜息をついて、あっさりと敗北を受け入れる綾音。
「とはいえ、前回の術試しでわかっています。本気で術のやり取りをしても、私は貴女に劣ります」
「負けるとわかって来たのぉ~?」
みどりが綾音に手を差し伸べる。
「十回やったら私が七回以上負け越すかもしれませんが、絶対に勝てないという程でもないと見ましたから、もう一度やってみたいと考えて、申し出た所存です」
綾音は照れ笑いを浮かべて、みどりの手を取って立ち上がる。
「綾音姉が勝ったらどうしてたん?」
「捕縄して純子の元に連れ帰る予定でした。他の人達もそうですよ」
「ふわぁ~……そっかあ」
殺されることはなさそうだと安堵する一方、何人かは敗北して連れていかれるだろうと、みどりは予期していた。
「純姉に捕まるとどうなるのォ~? まさか実験とかしないよねえ?」
「するでしょう。それはみどりもよく存じているはずです」
不安げに伺うみどりだが、綾音は冷たい声音で言い放つ。
「純姉が……知り合いや友達相手にも、身内にもそんなことする? そこまで非情だったかなあ……」
「身内に手を出さなくても、敵に回った時点で身内ではないと、彼女はそう割り切るのではないでしょうか。そういう人だと私は認識していましたが、みどりは違うのですか?」
「むう~……」
綾音の見ている純子と、みどりの見ている純子ではかなり認識に相違があった。
「純姉が何をしようとしているか、綾音姉は知ってるん? 承知のうえで与してるわけ?」
「実はほとんど知りません。目的そのものはともかくとして、その過程は……」
みどりの問いに、綾音は言葉を濁す。
「全ては知らなくても、少し知っているってことだよねえ? そしてちょっと知っているけど、全面的に賛同できるやり方ではないと?」
綾音の反応を見て、みどりは脈があると感じる。純子側から、こちらに引き込む脈が。何のかんの言って綾音は良識のある人物だ。
「綾音姉、何で純姉に味方してるかだけ教えてよォ」
「父上に頼まれたということと、純子の理想とする世界に少なからず憧れを感じているからです。しかし……ええ、やり方には確かに不安と疑問を感じますね。私は純子の計画の全容は存じませんが、穏やかなものだとは思えませんから」
「ヘーイ、綾音姉。そんな不安抱えてるなら、後悔しない選択をしてほしいんだよね」
みどりが綾音の目をじっと覗き込みながら訴えた。
「今すぐ純姉や御先祖様を裏切れとは言わないよォ。でもこれはヤバいと感じたら、そういうのがわかったら、手遅れになる前にさ……こっちに……」
「大丈夫ですよ、みどり」
みどりの訴えを聞いて、綾音はにっこりと微笑んだ。
「その時は迷いなく動きます」
***
「何でこんなことするんだよぉぉぉ!」
真に卍固めをかけられ、悲鳴を上げた時のことを思い出す熱次郎。まだ真と出会って間もない頃だ。
その光景を、みどりと累がにこにこ笑いながら見ていたことも忘れない。
「真兄はずっと一人っ子で弟欲しかったからねえ。あぶあぶあぶぶぶぶ」
「よかったですねえ。真」
「うん。よかった」
「俺はよくないぞっ! つーか累だっているだろーっ!」
明るい笑顔のみどりと累。そして無表情だが、明らかに喜びのオーラを放っている真を見やり、熱次郎は苦悶の形相で喚いた。
(ああ、そうか……そういうことか……)
真のプロレスごっこに散々付き合わされ、町に連れ出されて色々な場所を回って、楽しい日々を過ごしていた事を思い起こし、熱次郎は悟る。
(純子は俺に色々教えてくれて、俺のこと気付かってくれて、優しくもしてくれた。でも俺のことを……心底必要として、望んで欲していたわけでもない。本当に俺のことを望んでくれていたのは、俺が来たことを喜んでくれていたのは、真だった。しかもそれを純子にも見抜かれて……だからか……)
純子に抱かれながら、熱次郎は意識する。
「純子……その……ごめん」
熱次郎は身を起こし、謝りながら純子から離れた。
「すまんこって言おう」
「純子が見抜いていた通りだ。自分でも気づかなかった。いや、俺は自分の正直な気持ちを見て見ぬ振りしていた」
「すまんこって……」
「知りたいことがあるんだ。真が純子に背くこと、純子はどう受け止めているんだ?」
熱次郎の質問を受け、純子ははにかんだ。
「んー……嬉しい、かな? それを言葉で説明するのも照れ臭いっていうか……この気持ちは多分言ってもわからないよ」
「敵に回ったことに対して、悪い気はしていないのか。それは圧倒的な上から目線で、掌の上で足掻く真を見て楽しむとか、そういうんじゃないんだよな?」
「まさかねえ。真君の力も想いも、私は認めているもの。あの子は三つの目的の二つを叶えちゃった。残るは一つだけ」
「三つの目的ってあれか……」
熱次郎もその話は、真からも純子からも聞いて知っている。
「一つは私を護れる証明。一つは復讐。この二つを叶えた時もさ、私は嬉しかったし、凄いと思って素直に感動したよ。どちらも凄くハードル高かったけど、真君はやってのけた。そして今三つ目も叶えようとしている。でもその三つ目を、私は黙って受け入れはしないよ。それどころか、絶対に叶えさせないつもりでいる。全力で阻むよ。真君もそれを承知のうえで、全力で臨んでほしかったんだけど、油断しすぎてたかなあ……」
真達が空の道を利用して、あっさりと分断した事に関して触れ、苦笑する純子。
「真君には強い意志があって、遺志を貫き通す力もある。それを証明してみせた。だから――私は真君の思惑に屈するつもりはないけど、それは拒むけど、でもわくわくしているんだよ」
「その貫き通す意志とやらのおかげで、あいつの都合で、俺含め大勢の人間が強引に引っ張られて、振り回されている感があるけどなー」
「あははは、確かに真君は人を振り回すタイプだよねえ。でもさ、別に嫌じゃないでしょ? 熱次郎君もみどりちゃんも伽耶ちゃんと麻耶ちゃんもツグミちゃんも、真君についていきたいと思って、ついていったんでしょ?」
朗らかに笑いあう熱次郎と純子。
「じゃあさ……俺、決めた。真に着くよ。だから純子は……敵だな」
笑顔のまま、床から何本もの触手を生やす熱次郎。
「そうなるねえ」
純子も笑顔のまま頷くと、熱次郎の背後へと転移した。
空間の揺らぎを感じとり、転移してくることがわかっていた熱次郎は、純子が転移するタイミングに合わせて、自身も転移して、今までいた場所を離れる。
熱次郎は部屋の外へと転移していた。しかしただ転移して逃げただけではない。罠を置いていた。触手の一本が、今まで熱次郎がいた場所の床から伸び、純子を襲う。
「触手プレイは間に合ってるよー」
純子が触手を素手で掴み、原子分解の力を発動させようとする。
しかし純子が力を発動する直前に、触手の方が弾けた。そして煙のようなものが純子の周囲に立ち込める。
(神経ガスかな)
すぐにその場から飛び退く純子
(バイパー君のあれみたいに、気付きにくいうえに遅効性とかじゃないね。わかりやすい分、即効性。少し吸っちゃったけど、これくらいなら……)
体内に吸引した神経性の毒の分解を試みる純子。しかし多少は麻痺が残ると思われる。
純子が部屋の外に出て、熱次郎の後を追おうとした際、ノックの音がした。
「ごめん、純子さん。余計な手出しだったかもだけど」
扉が開き、頭から猫耳を生やした白衣の少年が、気絶していると思われる熱次郎を抱きかかえて現れる。ネコミミー博士だ。
「そこでばったりと出会ってさ。逃げてるみたいだったから、気絶させたよ」
「余計なことじゃないよー。ネコミミー博士、ありがとさままま」
礼を述べ、両手で拝む純子。何に対しての礼で、何に向かって拝んでいるかと言えば、猫耳美少年が犬耳美少年を抱いて現れたという構図を見せてくれたことにだった。




