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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
93 マッドサイエンティストの箱庭で遊ぼう
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25

 ぶち抜き転烙アリーナでは大勢の観客が、飛び入りの双頭の姉妹に湧いていた。


「何あの子、頭二つある」

「かなり可愛い」

「不気味」

「お前の顔の方が気味悪いんだがな」

「飛び入りか? 可愛いから殺さないで欲しいけどなー」

「飛び入りにしても変な現れ方だ。空の道から直接コートの真ん中に飛んでくるとかさ」


 ざわつく会場。しかし伽耶も麻耶も、衆目に晒される居心地の悪さは一瞬で消えた。目の前の初老の男に集中している。


「こっちから仕掛ける。私が攻撃。伽耶はサポートの追撃と防御担当」

「わかった」


 麻耶が早口で指示を出し、伽耶が頷く。


 姉妹は普段、あまりこのような打ち合わせも、分担もしない。わりと好き勝手に術を唱える。常に一緒にいる双子であるにも関わらず、息が合わない事も多い。あるいは同じことを考えていて被ることもある。しかし今目の前にいる敵は相当に危険だと判断し、しっかりと事前に役割を確認して分担することにした。


 悶仁郎の輪郭が、陽炎の中にあるかの如く歪む。


「命を支え、世界を満たすもの――命を奪う刃となれ!」


 珍しく呪文らしい呪文を叫ぶようにして唱える麻耶。


 陽炎が大きく揺らめき、悶仁郎の体が激しく歪んで見える。しかし傷ついた様子は無い。


「ほうほう。空気を凝縮して刃に変えよったか」


 麻耶が何をしたかを見抜き、おかしそうに笑う悶仁郎。


 空気が四方八方から悶仁郎に襲いかかる。陽炎が激しく揺らめき、悶仁郎の全身の輪郭が大きく揺らめく。

 しかしそれだけだった。一瞬大きくブレた悶仁郎の体は、元の揺らめきの陽炎に戻っていた。


「腑より穿て。腑より逆らえ。胃酸の反逆ーっ」

「ちょっとその呪文はどうかと……」


 麻耶の呪文を聞いて、複雑な表情で突っ込む伽耶。


「む……これは……」

 腹部を押さえて顔を歪める悶仁郎。


「身体に直接仕掛ける術か。ぐふ……しもうた……」


 心身に直接影響を与える類の能力は、回避自体が不能だ。防御も突き抜けてくることが多い。その場合は精神力や霊力といった類の力を総動員させて、抵抗レジストすることで、相手が及ぼす能力の影響を妨げる必要があるが、悶仁郎は抵抗しきれなかった。


 だが麻耶の術を100%フルに食らったわけではない。必死の抵抗により、力の影響を途中で打ち消した。


「ごほっ、げほっ」


 膝をつき、吐血する悶仁郎。その姿を見て、ぶち抜き転烙アリーナの客席がどよめいた。これまでの死民戦挙で、合わせて何百人という能力者が悶仁郎に挑んだが、未だかつて、悶仁郎がダメージを受ける様を見たことが無かったからだ。


「む~……効いた……。ふう……これまで雑魚ばかり相手にしとったから、拙者も慢心しておったかな?」


 血を拭って立ち上がり、悶仁郎は笑う。


 悶仁郎が刀の柄に手をかけ、身をかがめた。


「跳んで飛んで!」


 悶仁郎からの攻撃の気配を感じて、伽耶が呪文を唱える。


 姉妹の体がその場から消える。その直後、姉妹のいた足元に斬撃が転移して、床を大きく切り裂いた。


「ほう」


 刀を振った姿勢のまま、感心の声を漏らす悶仁郎。居合いを行い、斬撃を転移させて姉妹の脚を斬ったつもりの悶仁郎であったが、転移して避けられた。


 悶仁郎は攻撃される気配を感じたが、すぐには動かなかった。反射的に避けても、姉妹が攻撃のタイミングを合わせてくると見越していた。


「掴め!」


 麻耶が叫ぶが、これは上手くいかないと感じられた。


 伽耶と麻耶は、言葉を直接力に変える。即興で具体的な力へと転換する。しかし言葉が何でもいいわけではない。具体性と思い入れの強さがより強い言霊を宿し、力の範囲や強弱や持続性に影響する。


 悶仁郎の下の床が盛り上がる。

 悶仁郎はその盛り上がりを感じた時点で動いた。横に大きく跳躍する。そして振り返り、転移した伽耶と麻耶の方を見る。


 床のコンクリートが手の形になって悶仁郎を掴もうとしたが、悶仁郎はすでにいない。


「呪文に込められた力が弱いから遅い」

「わかってるっ」


 伽耶に指摘されて、苛立ち混じりの声を発する麻耶。


「せいやっ!」

「飛ぶっ!」


 悶仁郎が声をあげて、その場で刀を振るった。ほぼ同時に伽耶も叫び、転移して攻撃を避けんとする。


 無数の斬撃が拡散転移される。姉妹の周囲の空間が切り刻まれる。


「どうして……」「何やってんの伽耶」


 愕然とする伽耶。そんな伽耶を咎める麻耶。


 伽耶の転移の能力は発動しなかった。姉妹の体は変わらずそこにいる。


「私のせいじゃない」

「そう、其処許のせいではないよ。拙者が其処許の力を封じたのじゃ。空間の操作ができんよう、空間を歪めて空間に楔を打ち込んだとも申すかのう」


 伽耶が言うと、悶仁郎が笑顔で解説する。


「ふーん……」


 悶仁郎の解説を聞いて、麻耶はほくそ笑んだ。


「馬鹿なことしたね」

「何?」

「うん」


 麻耶の台詞を聞いて、悶仁郎が訝る一方、伽耶も麻耶と同じことに気付いて頷いた。


「伽耶、合わせて」

「わかってる」

「有りのまま出でよ! 現象の写し鏡!」「同じ状態コピーそっちもー」


 伽耶と麻耶、同時に呪文を発動させる。


「何と……」


 驚愕の表情になる悶仁郎。何が起こったかわかっているのは、悶仁郎と牛村姉妹と、観客席の中にいるごくわずかの空間操作の力を使える者だけだった。

 悶仁郎が行った、空間を操作させない楔が、悶仁郎の周囲にも生じていた。


「拙者がしたことと同じ芸当を……拙者にも施すとはの……いやはや大した使い手」

「空間操作を得手とする爺に、これって致命的?」「これでお互い逃げ道無し」


 感心する悶仁郎に、揃って疲労を滲ませた伽耶と麻耶が言う。


「互いに逃げ道無しであることは変わりない。しかし致命的とは言えんな」


 悶仁郎が不敵に笑い、姉妹のいる方へとゆっくりと歩いていく。


「私が動きを止めたら、すぐにやって」

「あいあいさー」


 伽耶が指示し、麻耶が応じる。


 途中までゆっくり歩いていた悶仁郎が、急に駆け出した。一気に間合いを詰め、直接攻撃を仕掛ける腹積もりだ。


「立ちはだかる空気! 文字通り壁となーれ!」

「ぶほっ!?」


 伽耶が呪文を唱えると、悶仁郎は見えない壁に盛大に当たって、動きを止めた。突進の勢いで跳ね返り、仰向けに倒れる。


「地球さん、すこーしだけ力を強くして。重力二十三ば~い」


 麻耶が呪文を唱えると、倒れた悶仁郎の体に多大なGがかかった。


 そのまま気絶するまで重力をかけ続けるつもりの麻耶であったが、倒れていた悶仁郎の体が、再び陽炎に包まれた。


『え?』


 姉妹揃って同じ表情で呆気に取られ、同じ声をあげる。悶仁郎の体が消えた。麻耶が仕掛けた空間の楔も消えていた。


「ふふっ、しくじったのう?」


 からかうような声が、伽耶と麻耶の背後から聞こえた。二人して同時に青ざめる。


 熱い衝撃が牛村姉妹の体を後ろから貫く。刀が背中から胸を貫き、切っ先が胸の真ん中から生えている様を、二人して見下ろして確認する。


「拙者の技をそのまま拙者に返す芸当。なるほど、それはそれで恐るべし。然らば拙者の技で有るが故に、解く方法も拙者は心得ておるのじゃ。解けないと見せかけ、直に近付いている間に、こっそり解いておったのよ。其処許等に気付かれんようにな。ま、賭けでもあったわい。おかげでこの様じゃし」


 得意げに解説しながら、壁に当たった際にぶつけて出た鼻血を拭う悶仁郎。


「さて。純子から聞いておる。其処許の体には再生装置とやらが仕込まれていて、それを砕かぬ限りは其処許を殺めることは叶わぬとな。場所もわかっておるぞ。今貫いた刃のすぐ下に有る」


 悶仁郎の台詞を聞き、伽耶と麻耶の体が恐怖に震える。


 悶仁郎が刃を抜く。傷口から血が迸ったが、再生装置のおかげで、すぐに出血は止まった。しかし――

 伽耶と麻耶は蒼白な表情になって、がっくりと膝をついた。命は助かったが、依然としてすぐ背後に悶仁郎がいる。その気になればいつでも殺せるだろう。下手な真似をすれば、戦意を漂わせれば、何か一言でも発すれば、今度こそ殺される。二人してその事実を察した。


「敗北を認め、大人しく縛につくがよい。しかし其処許等、実に見事であった」


 悶仁郎が笑いながら告げると、血の止まらぬ鼻に丸めたテッシュを詰め出した。

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