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累が真と対峙する数分前。
累は純子に呼び出された。真達が空の道を使うようだから、彼等の行先を操作し、ばらばらにして各個撃破すると。
「たとえば累君と真君がガチで戦えばどっちが勝つと思うー?」
純子は累の相手を告げる前に、そんな台詞を口にした。この台詞を聞いた時点で、累は自分の担当が誰かを悟り、嬉しく思う。
「それは……僕でしょう……」
何故そんなわかりきったことを口にするのかと訝りながら、累は答えた。
「高確率でそうだよねー。じゃあ、知力精神力は別として、真君のスペックが累君と同じか、あるいはその逆で、対等の戦闘力で戦ったらどっちが勝つと思うー?」
「それは……」
「つまりそういうことなんだよ。累君は四百だか五百年の間、術師としての力と技をひたすら磨き続けてきた。一方で真君はこの数年の間に、殺し屋としての力量以外に、人としての強さを磨いていた。この違いがあるよねー」
「確かに僕は、長生きだけはしていますが……人としての成長具合はひどいものですしね」
純子の話を聞いて、自虐的な笑みを浮かべる累。
「力で圧倒してあっけなく倒すんじゃなくてさ――」
「言わなくてもわかります」
累が笑顔で純子の言葉を遮った。
「真をさらに引き上げるために、頑張ってみます。そして――」
純子の意図としては、そういうことを望んでいるのだろうと、累は察した。
「熱くなって殺さないように努力します」
自分の手でまた真を殺したいとは、累も思っていない。しかし戦いになったら加減出来ない性質の累には、これは中々面倒な話でもあった。
***
涼やかな眼差しで自分と向かい合う真を見て、累は好ましく思う。真はいつものように獰猛な殺気は放っていない。非常に静かな佇まいだ。
(殺意で心を塗りつぶして戦ういつもの真よりも、こちらのテンションの方が手強そうな気がしますね)
真を倣うようにして、累も刀を構えて闘志を抑える。神経を研ぎ澄ます。
心を閉ざし続け、世界を呪い続けた累は、自分と真との違いを意識する。
「真――君は……貴方は、君――貴方はこの半年でどれだけ変わりました? どれだけ磨き、伸ばしました?」
累が問いかけるが、真は答えない。
「純子がこの半年で行ったことは、何も半年でいきなり積み上げたものではありません。それ以前の途方も無い年月を生きてきた積み重ねが、土台としてあったのですよ。それらを解放した半年間とも言えます」
真は答えないが、手を出そうともしない。累が何を言わんとしているか、聞き届けるつもりでいた。
「真。貴方――君には無理ですよ」
冷たさと優しさが同居した声が、累の喉から発せられた。現実を口にして突き放すも、真への愛情がたっぶりと込められていた。
「例え離れていても、純子と僕の心は真への意識でいっぱいです。保護者視点で案じています。離れていても、貴方は純子の庇護下にいるのと変わりありません」
数分前のやり取りを思いだしながら、累は言い放つ。
挑発のつもりではない。事実を突きつけたうえで、反応を伺いたかった。真の考えを聞きたかった。
「いいな。それ」
真は言った。
「いい――とは?」
「自分が圧倒的に上だと思い込んで、ペットか何かのようなつもりで、孫悟空を掌に這わせている釈迦の気分でいる奴が、豪快にひっくり返された時にどんな顔になるのか、楽しみだよ」
「そうですか。では、今ひっくり返してみてください」
「前に喧嘩した時は、言葉での対話は嫌いと言っていたくせに、今度はそっちから対話を仕掛けてくるんだな」
「言うことをコロコロ変えるのが僕ですから」
以前の会話を思い出して、累は冗談めかす。
前回、累が真と戦った際は徒手空拳であり、しかも運動不足の有様であった、今回は体のコンディションは万全であり、得物も術も使うつもりでいる。
真が銃を抜き様に撃つ。
銃口、予測される弾道、引き金を引く指の動き、全てを見切っていた累は、ダッキングして銃撃を避けると、そのまま身をかがめた姿勢で、剣を中段に構えて、真に向かって突っ込んだ。
一気に間合いを詰め、突きを繰り出すことは、真もわかっていた。それが累の定石だ。
***
「ピヨピヨ」
デカヒヨコが大きくジャンプして、空中にいるホツミに体当たりをかまそうとする。
ホツミがデカヒヨコの体に掌を当てる。直後、ホツミの掌に吸い込まれるようにして、デカヒヨコの体が縮んでいった。
「ううう……な、何コレ? 違和感すごい。命であって命でないような……」
「え……えええ? 食べちゃったの?」
デカヒヨコを吸収したホツミは顔をしかめ、そんなホツミを見てツグミは苦笑いを浮かべていた。
「土偶ママっ、フルーツサイチョウっ」
さらに二体の怪異を呼び出すツグミ。どちらも空を飛べる。
「コスプレーコスプレーッ!」
フルーツサイチョウがけたまましく鳴き叫びながら、ホツミの顔の周囲を飛び回る。
「うるさいなーっ。コスプレじゃないしっ」
ホツミが怒ったような声をあげて杖を振るい、フルーツサイチョウにピンクの光線を何度も放つが、飛び回るフルーツサイチョウには当たらない。
土偶ママが回転しながら、ホツミめがけて突っ込んでいく。ホツミの意識が土偶ママへと向けられる。
「手加減無し?」
ホツミがぽつりと呟き、土偶ママに向けて掌をかざした。
刹那、土偶ママが跡形も無く吹き飛び、ツグミは絶句する。
「危なーい。今の当たってたら、フツーの人間だったら死んでたよね? 当たっても私は死なないけどね。それでも、こんな乱暴な攻撃してくるのは頭に来るかな」
「足を失くすとか言ってきた子に、そんなこと言われる筋合いは無いってのー」
ホツミの言葉を笑い飛ばすツグミ。
「ツグミもわかっているようだネー。あの子は相当危険だし、何をしてくるかわからないし、加減するわけにはいかないと思うヨー」
悪魔のおじさんが呟き、杖を振り回す。
「わわっ!?」
悪魔のおじさんの杖の動きに合わせて、ホツミの体が空中で回転する。
その隙を付いて、塩にされて消滅したかと思われたビニール魔人が、回転するホツミの体に絡みついた。
ビニール魔人の体は先程のビームによって所々破れた状態だが、それが功を成して、ホツミの手足を上手く拘束し、さらには顔にも巻き付いて口を覆う。
(呼吸できない……ひどいなー……)
全身をビニール魔人に巻き付けられた状態でもがきながら、ホツミは苛立ちを覚える。しかし焦ってはいない。
もがいたはずみに、ホツミの帽子が地面に落ちる。
「ツグミ、一気に決めた方がいいヨー。切り札を出すんダー」
「合点承知ーっ」
悪魔のおじさんに促され、ツグミはスケッチブックを取り出し、ページを開く。
直後、力の奔流が吹き荒れ、ホツミは思わず目を瞑る。
目を瞑ったのは一瞬だけ。すぐに目を開き、ホツミは絶句した。周囲の風景が一変していた。そこら中で火が燃えている教室。火事の学校。そんな中で、ホツミは裸になって、液体がたっぷり入ったバケツを両手にそれぞれ持っている。両手だけではない。頭の上にもバケツを乗せている。
「はいはーい、ホツミちゃん、気を付けてねー。バケツの中身はガソリンだから、うっかり変な所にこぼすと、火達磨になっちゃうよー」
ホツミの前方に立つツグミが、笑いながら告げる。
(そっか。これが純子ちゃんと累君から聞いた、ホツミちゃんの能力。絵の世界に引きずり込む力か、あるいは絵の世界を現実に被せる力のどちらか。累君に学んだんだっけ)
一瞬驚いたホツミであったが、すぐに冷静になる。
「何をしてくるかわからなくて危険~? ふーん。それは私から見たツグミちゃんだってそうなんだけどなー」
先程の悪魔のおじさんの台詞を思い出し、ホツミは微笑を浮かべて呟いた。
「こうさ……」
降参を促すツグミの声は続かなかった。
落ちていたホツミの帽子からピンクのビームが迸り、ツグミの両足に照射された。
帽子の中から、目玉のついた骨のステッキが転がる。
ツグミは絶句し、ホツミを見た。ホツミは哀れみの視線をツグミに向けている。
ツグミの膝から下の感覚が無くなっていた。
次の瞬間、ツグミの膝から下が塩と化して崩れ、ツグミは床に横向きに倒れた。
(足……やられちゃった……宣言通りに……)
倒れて恐怖に震えるツグミ。
悪魔のおじさんの姿が消える。ビニール魔人の姿も消えている。火事の教室も消えていた。ダメージとショックで、ツグミの能力が全て解除された。
「ううう……うぅ……」
「ただし、違いは幾つかあるよねー。不公平だよねー。私はツグミちゃんを殺さないように手加減しているのに、そっちは私を殺そうとしている。ま、死なないけどね。こっちは死なない。ツグミちゃんは死ぬ。それも不公平だっ」
足を押さえて呻くツグミを見下ろし、不貞腐れた顔で主張するホツミ。
「その杖ね、私の体の一部なの。その気になれば頭だって撃てたよ? 今から撃っちゃおーかなー?」
意地悪い笑みを浮かべて意地悪い声を発した後で、ホツミはまた表情を変えた。
「ツグミちゃん。降参しますって言って。もう抵抗しないで。お願い」
「降参……します……」
真摯な顔になって頼みこむホツミを見上げて、ツグミは全身を小刻みに震わせながら目に涙を浮かべ、掠れ声で降参した。




