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『ぶち抜き転烙アリーナ』という名の会場で、第百二回死民戦挙が行われるという。
「かなりの数の人が集まっていますね」
「殺し合いが見たいということですかねー」
「退廃的ですね。殺し合いを見世物にするとは」
「しかもその殺し合いで都市の支配者を決めるのですから、困ったものですよー」
アリーナの客席にて、幸子とシスターが会話を交わす。ネロとブラウン、その他の構成員もいる。
壇上に作務衣姿の初老の男が上がる。人を食ったような笑顔が、巨大ホログラフィー・ディスプレイに映し出される。
『各々がた、人生を楽しんでおるか? 楽しめておるか?』
挨拶も無しに、転烙市市長硝子山悶仁郎は演説を始めた。
『周知の通り、拙者は時代を跨いでおる。幕末に産まれ、維新の最中を経験し、その後はこの国とも――地球とも離れていた。信じずとも信じなくてもよいがな。そして二百に近い年を経て、日本に帰ってきた』
「これ、マジな話か? それとも虚言癖持ちか、妄想と現実の区別つかない奴か?」
客席にいる犬飼が笑う。
「市民達は知っているかのような口振りで、すでに何度も話したけど、俺達みたいな新参のために、また話しているみたいだな」
犬飼の隣に座っている義久が言った。
『文明の変わりように驚いたのは当然として、拙者がいんぱくとを受けたのは、心の有様の変化よ。如何なる変遷を経て斯様な有様に成り果てたか、それは歴史の書で大体知ることが出来たが、現状への率直な想いを申すぞ。皆、まるで去勢されてしまったようだな? 好きなものを好きとも言えず、心が捻じ曲げられ、抑えつけられ、封じられてしまっておるな? 心が縄で縛られて、心の有様を表すことも出来ぬ。拙者がまこと嘆かわしく感じたのはそれよ』
嘆くというより嘲るような口振りで語る悶仁郎。
『歪められ、抑えられ、るさんちまんを貯め込んだ心で歩む人生。はて? それは人の道として真っ当と呼べるものなのかのう? 欲しいものを欲し、あらゆる理不尽に我慢することなく怒りをぶつけ、己の我と欲にのみ従って生きろと――そう言うておるわけではないよ。それはそれで極端すぎる。しかし今の世はまた真逆の方で、抑え過ぎじゃ。あいでんてぃてぃーを見失っておる。自分を封じすぎじゃ。もっと解き放ってもよいと、拙者は思うぞ。己が信じるものを信じると口にするだけで悪となる。美しいものを美しい、醜いものを醜いとさえ言えぬ。いくらなんでも滑稽ではないか?』
悶仁郎が問いかけるように言った直後、客席から一斉に歓声があがった。
「し、市民は皆あの男を支持しているようだ」
「つまり彼を敵に回したら、市民も敵になりそうですねー」
ネロとシスターが言う。
『例えば――この町の統治者を決める方法は、今の世の価値観からすれば、野蛮そのものであろうな。だが、最も納得のいく形ではないか? 権の力を欲するもよし。理想を掲げて統治を執り行いたいと望むもよし。だがその座に就くにはシンプルに、戦って打ち勝った者。ただ純粋なる力を磨き、研ぎ澄まし、極めた者。拙者は納得しておるぞ。納得いかぬなら、この街で出ていくか、諦めて受け入れるか、拙者に代わってこの都市の支配者を目指すかよ。そしてここでは、力を望んだ者に力を与えてくれるのだ。ここ転烙市では、機会は全ての者に平等よ。可能性も平等よ。文句は無かろう』
再び巻き起こる歓声。
「この都市を時代に逆行して野蛮な世界にしてしまい、それを今後、世界のスタンダードにしようということでしょうか」
憮然とした顔で言う幸子。
「俺はあの爺さんの言いたいこと、わかるぜ。あの爺さんが言ってたように、人間の本質は野蛮なんだよ。そいつは時代が進んでも変わりゃしねえ。文明だの価値観だの倫理だのは、後から理屈と共にくっついてきた」
腕組みポーズのブラウンが、悶仁郎の言葉に同意を示す。
「それが精神の成長とも言えまーす。しかーし、人の奥底にある本能は変わりようがありませーん」
文明の発展は、必ずしも人の知性や精神の進歩に繋がるものではないが、それでも人は少しずつ精神面も進歩してきたと、途方も無い長い年月を生きてきたシスターは知っている。失敗を繰り返して、少しずつ成長してきたと。しかし人の種としての本能が残っているからこそ、停滞もするし、退行する事もあると知っている。
「い、今の俺達は、本能を歪な価値観で捻じ曲げられた末にあるとも言えるぞ。そそして、その本能を無理矢理捻じ曲げようとする者達がいる。俺達とて、俺達の思想に反する者から見ると、同様の輩と見なされる」
ネロもブラウンよりの考えを持っていた。その理屈はシスターにもわかっているが、認めたくはない。
「純子は人間の本能を丸裸にすることが好きですからねー。そういう意味では純粋と言えまーす」
シスターの思想や主張と対極にいるのが純子である。しかし対極にいてもなお、いつしか両者は惹かれあうようになっていった。あるいは正反対だからこそ惹かれあったのかもしれない。
『それではこれより第百二回死民戦挙を行います! 市長立候補挑戦者は前へ!』
アナウンサーが叫ぶと、何人もの男女がコートへと進み出ていく。
その後、一人一人名前がコールされていき、次から次へと悶仁郎に戦いを挑んでいく。
そして次々と一方的に勝っていく悶仁郎。敗北者の半数以上は悶仁郎に斬り捨てられて死んでいたが、運良く命を取り留めた者もいて、応急手当て受けながらタンカで運ばれていく。
控えに待つ者は、恐怖や緊張に顔を強張らせている者もいるが、次は自分が殺される番かもしれないというのに、不敵な笑みをたたえて自分の番を待つ者もいた。
「機会が平等なのはわかるけどよ、可能性は平等か? あのおっさんの力は圧倒的じゃねーか。強い力を得る可能性は平等じゃないだろ」
戦闘の様子を見て、義久が呆れ気味な表情で言った。
「同じこと思ったよ。結局、世の中は運に依る部分が多い」
皮肉げに微笑みながら犬飼。
「どーする? 俺達も参戦してみるか? あの爺を仕留めて、俺達の中の誰が市長になるって展開もアリなじゃねーか?」
ブラウンがにやにや笑いながらシスターに伺う。
「ここは慎重にいきましょー。援軍の到着を待ちたいですし、PO対策機構とも足並みを揃えまーす」
「へいへい」
シスターが小さくかぶりを振ると、ブラウンはにやついたまま小さく肩をすくめた。
***
真、みどり、熱次郎、伽耶、麻耶、ツグミの六名は、ネット生配信で悶仁郎の演説を聞き、戦闘を見ていた。
「この男の考えは、雪岡の考えと似通っているというか、思想的にはかなり近いな。僕もわりと共感できる部分はあるけど」
悶仁郎の演説内容を指して、真が言う。
「だからこそ純子はこの男を傘下に引き入れたんだろう。力も有るし」
不機嫌そうに言う熱次郎。一方では自分は純子に選ばれなかったと意識して、それで気分が悪くなっていた。
「ぶち抜き転烙アリーナ、ここからじゃ結構距離あるねー」
「透明の階段を上って、また空の道を使わせて貰おう。そうすればすぐだ」
ツグミが言うと、真が方針を決定した。
空の道へと転移させる台座の前へと、六人は移動する。
「これ、気持ちいいんだけど、この街に住んでいたら、当たり前になっちゃうのかなー?」
「多分そうなる」
「子供の時初めて飛行機に乗った感動も、いまや無く」
透明の階段でツグミと牛村姉妹が話す。
その後、六人は行先を思い浮かべて、空の道を起動させる。
透明の階段の上へ転移すると、六人が空の道を自動的に飛ぶ。
(あれ……?)
飛んでいる途中、真は異変に気付いた。
(横を飛んでいたツグミが……)
目的地が同じはずなのに、全く別の方向に跳んだ。
(何やってるんだ、ツグミ……ええっ?)
振り返ると、空を横に逸れていくツグミの姿が映ると同時に、あらぬ方向へと飛ぶみどりと、牛村姉妹の姿も見えた。最後尾の熱次郎は驚愕の表情で、それを見ていた。
やがて真と熱次郎も飛行進路を違える。真は途中で斜め下方へと逸れ、熱次郎は真っすぐに飛んでいった。
「これは……」
飛びながら真は、この事態が何事であるかを理解する。
(ヘーイ、真兄。皆ばらばらにされちまっているぜィ)
みどりの念話が届く。
(わかっている。やられた……。僕達の動きを監視していたうえで、空中移動する装置を操作して、僕達を分断してきた)
頭の中で悔しがる表情を思い浮かべる真。
(考えてみると凄く間抜けだな……。油断しすぎていた)
***
「真君達さあ……敵地で油断しすぎでしょー。完全に観光気分だったし」
ホログラフィー・ディスプレイを複数投影させた純子が、別々に飛んでいく真達を見て、溜息混じりに呟く。
六人を別々の場所に飛ばしたのは純子の仕業だ。彼等の動きは始終チェックしている。
「ま、ちょっとくらいは遊ばせてあげたかったけど、流石にこれ以上はねえ……」




