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シスター、ネロ、ブラウン、幸子他数名のヨブの報酬のメンバー達も、転烙市で一晩明かし、昨日今日と都市の調査を行っていた。
そのシスターの元に電話がかかってくる。相手は純子だった。
『シスターも来てくれたんだねえ。ま、昔からシスターは、後ろでふんぞり返ったりせず、現場に直接乗り込んでくるタイプだったから、驚かないけど』
「純子がこれまで積み上げてきた全てをぶつけてくるなら、私が出ないわけにはいきませーん」
『そっかー。つまりシスターは全てお見通しなんだねえ』
「予感ですよー。しかしこの予感が外れることはないと思っていまーす。純子、貴女は最後の一線を踏み切り、行ける所まで行くつもりでしょー」
シスターはいつもの間延びした喋り方だったが、それでもその声には真剣な響きがあり、表情もこいつになく強張っている。
「シスター、怒ってんのかね~?」
「こんなシスターはあまり御目にかかったことがありません」
ブラウンと幸子が囁き合う。
「お、怒っているのではない。闘志を燃やしているだけだ。そして……」
ネロが否定して、言葉を瞑業として途中で思い止まった。
「そして……? 何だよ?」
「いや……」
ブラウンの問いに、ネロは名目して口を閉ざす。
(シスターも俺も、純子とは長い付き合い。二人して、予感しているのだ。互いの長きに渡る戦いの歴史に終止符を打つ程の、本気の戦いになると。それほどのものを、純子は仕掛けてきている)
それを他の面々の前で、安易に口に出したくはないネロであった。この想いは口にした所で、どうせわからない。伝わらない。わかるのは自分とシスターだけであると。
『その例えは何だか微妙に違う気もするけどね。ま、スパートかけているのは事実だよ。全身全霊をかけて、全てを費やして、千年越しの私の目標を叶えるためにね』
「断じて叶えさせませーん。私達の歴史に終止符を打つつもりで、全身全霊で防がせて頂きまーす」
『そっかあ。楽しみにしてるねー。んじゃ』
電話が切られる。
「援軍を呼んだ方がいいかもな」
ブラウンがぽつりと呟く。
「確かに今の純子相手にこの都市で最終決戦するには、駒が少なすぎますねー」
シスターはブラウンの意見に同意し、ヨブの報酬本部から援軍を派遣することに決めた。
「見、見ろ……。市役所が生配信で賭け事を行う予定だそうだ……。しかも真剣勝負で……」
ネロがホログラフィー・ディスプレイを広げて、転烙市市役所の公式ページトップを見せる。
『今日からお前も市長だ! ルールはシンプル! 市長を殺せばお前が市長! 権力を我が手に! 第百二回死民戦挙開催!』
「酷い催しですねー」
ロゴを見て眉根を寄せるシスター。
「直に行ってみねーか? 市長様とやらも只者じゃなさそうだしよ」
「そうですねー。行ってみましょー」
ブラウンの意見に、シスターは頷いた。
***
犬飼と義久も、第百二回死民戦挙の告知を見た。こちらは街中の広告で確認した。
「市長の座を殺し合いで勝ち取るのか……。何というか……」
義久は呆れはてて、上手く言葉が出なかった。
「人の本質――原点に還ったとも言えるぞ。人間は本来野蛮なのさ」
犬飼がにやつきながら持論を口にする。
「俺達も昔こういうことやったなー。人死に出すぎて、参加者も減っていってイマイチだったけど。しかし半年の間に百二回もやってるのは驚きだ」
かつてホルマリン漬け大統領のボスを務めていた時、犬飼はデスゲームイベントを行ったことがあるが、口にした理由により、すぐにやめた。
「二日に一回以上のペースだな」
「こういうのは尊幻市でもよくやっていたな。あの辺をモデルにしたのかなー? ま、観に行ってみようぜ」
「正直気が乗らない。残酷ショーなんて見たくないし」
「おいおい、それでもジャーナリスト様かよ。しっかり見届けねーと」
全く乗り気ではない義久の肩を、犬飼は軽く叩いた。
***
真達六名も、襲撃に警戒しながら、転烙市のさらなる調査を行っていた。調査と言っても、何をしているかといえば、ただ街中をブラついているだけだが。
六人が現在いるのは、工業地帯だった。ぱっと見は工場が立ち並んでいる、ありきたりの風景に見えるが、二つ、通常の工業地帯と大きく違う点がある。
「シュールな光景」
「でも面白い。これがそのうちこの町以外もスタンダードになるかも」
多くの貨物が垂直に上下浮遊している様を見上げて、伽耶と麻耶が言う。空の道へと上がっていく荷物と、空の道から届けられる荷物だ。
「空を運ばれる荷物がさあ、うっかり空の道から外れる事故とか無いんかねえ」
「あったら大惨事だな。荷物だけでなく人もそうだが」
みどりが半笑いで、真はいつも通り無表情に話す。
そしてもう一つの、通常の工業地帯では見受けられないものがあった。
先程から何回も、硝子人の集団とすれ違っている。この辺は特に多い。フォークリフトやトラックを運転している者もいれば、大きな荷物を直に運んでいる者もいる。
「キツい労働は皆あの硝子人にお任せか」
「細身なのに力持ち」「ガラスなのに力持ち」
「ロボットなのかゴーレムなのかわかんないね~」
「ありゃ人間だわさ……」
熱次郎、伽耶、麻耶、ツグミが言うと、みどりが表情を暗くして、おそるべき発言をした。
「え?」
「嘘……」
一斉にみどりの方を向く他五名。
「少なくとも人間の魂魄は宿っているよぉ~。精神波も人間のものだし、あれの中に魂魄を詰めたか、さもなきゃ人間をあんな風に変化させたかのどっちかなんだよね。物質に自然と魂が宿ることはあるけど、そういうのとは違うわ。あれは精神も知性も伴った人間の魂だよォ~」
「空の道の台座と同じ? それも純子の仕業?」
「ここ、裏でそんなおぞましいことしてるの?」
「雪岡先生……」
みどりの話を聞いて、伽耶と麻耶は顔をしかめ、ツグミは青ざめた顔になっていた。
「何でそんなことするの?」
「おそらく、いちいちコンビューターを搭載したり疑似知性を作ったり術で動かしたりするより、人の知性をそのまま宿した方が、コスト的にいいと考えたんだろう」
ツグミの疑問に、熱次郎が答える。
「問答無用で誰彼構わず、人の魂を入れたとか、そういうことは無いと思う。いや、そんなことは無いと思いたいな。あいつは目的のためになら非道も働くが、こんなロボットもどきを作るためだけに、そこまで滅茶苦茶なことはしないだろう。多分」
真の台詞はどことなく自信が無さげに、他の五名には聞こえた。
「あの店は何だろー?」
ツグミが小さな店を指す。
「硝子人の破片店?」
看板を読む熱次郎。
「そんなの買う人がいるんだ」「店の中にお客さんいる」
「私達も行ってみよー」
「らじゃー」「行ってみよー」
ツグミと伽耶と麻耶が見せに向かう。
真に電話がかかってくる。相手は犬飼だ。
『お、かかった。やっぱり同じ市内であれば、情報を共有できるみてーだな。ま、それすら防がれたら面倒臭過ぎるしな』
「そっちも転烙市に来たのか」
『連絡遅れたが昨日からいるぜ。で、今、第百二回死民戦挙を開催する『ぶち抜き転烙アリーナ』にいるんだが。市長様と戦って、市長様に勝てば次の市長様だとよ。笑っちまうよなあ。現代の日本でこんなことやってんだぜ?』
その催しは真達も知っていたし、市長を狙うつもりでもいたが、イベントのことは失念していた。
「僕達も向かう」
『急げよー。市長様の演説始まるぜ』
「電話パース。おひさー、犬飼さん」
みどりが真からバーチャフォンを受け取り、声をかける。
『みどりもいたのかよ。ああ、義久の奴もいるぜ』
「ふぇ~……よっしー連れてきても、ここの情報は外に持ち出せないじゃんよォ~」
義久は落ち込んでいるだろうと、みどりは察する。
「移動するぞ。って……伽耶と麻耶とツグミはショッピングか」
真は少し思案する。
「演説すると言ってたから、少しくらい遅れてもいいかな。演説している所に襲撃するのもどうかと思うし。三人が戻ってきたら移動しよう」
真の言葉を聞いて、つまりは遊び優先かと思った熱次郎であったが、口には出さないでおいた。




