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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
93 マッドサイエンティストの箱庭で遊ぼう
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19

「絶賛大破中」「ぼろぼろ」

 エントランスを見渡して、伽耶と麻耶が呟く。


「大丘と俺達との戦いでな。特に大丘とツグミのせいだけど」


 熱次郎が言う。ツグミの空間歪曲シュレッダーは、床と天井と壁も滅茶苦茶にしていた。引き裂かれ、えぐり取られ、捻じられていた。


「ある意味目的達成だ」

「ええ? 壊すのが目的だったん?」


 真の言葉に思わず笑うみどり。


「調べたうえで、破壊も出来れば万々歳だった。もっと調べた方がいいかな?」

「ふえぇ~……そりゃそうだべー」


 真の大雑把さに、少しどうでもいい気分になってしまうみどり。


「デビルって子は大丘さんと繋がっていたのか」


 ツグミが建物の入口の方を向いたまま呟いた。


「何が目的だろうな。どこの陣営についているのかもわからない」


 大丘は雪岡とも切れているのに、どうして助けたのか、真には見当がつかなかった。


「ふぇ~、あいつは掻き回しているだけなんじゃね? バーサーカー事件もあいつの仕業説が濃厚だしさァ」

「確かに……前からそういう奴だった」


 みどりに言われ、真はそれで納得することにする。考えても何も思い当たることが無い。


「もう少しこの場に探りを入れてみるか」


 そう言って真は、通路の入口にいる職員の方へと向かっていった。


「ちょっといいか?」

「え? 何? 君は? 覚醒希望者? 今こんな有様で忙しいんだ」


 真が声をかけるが、職員はあしらおうとする。職員同士で裸淫で連絡を取り合っていたところに、声をかけられた。


「雪岡の知り合いだ。雪岡にここをチェックするように言われて来た」

「え、え? じゃあ確認をします」


 雪岡という名を出されて、職員は態度を変えてメールを送る。


「いいから今の状況を教えろ。早く」

「凄い強引」「ごーふぉーぶろーくなやり方」


 真の質問する様子を見て、姉妹が揃って呆れ顔になる。


「見ての通りです。被験者の暴走がありまして」

「こういうことはよくあるのか?」

「稀に有りますが、ここまで被害甚大だったことは初めてです。奥の方では設備が複数破壊されてしまって、しばらく機能しそうにありません。そもそも超絶限界突破コースを受ける人はそう多くはないですし」

「そうか。邪魔したな」


 職員に話を聞くと、真は踵を返し、皆のいる場所に戻ってくる。


「ここはもういいな。調査終了」

「私達何しに来たの?」「大して調べてもない」


 真の決定を聞いて、姉妹揃ってジト目になる。


「僕達がどうこうする以前に、大丘のおかげでしばらく使い物にならなくなったようだし、僕達にこれ以上出来ることはないな。面白い情報も得られなかった」

「超絶限界突破コースだけが有害とも言えるし、そのおかげでこんな大事故に繋がったわけだから、今後は改めるかもな」


 真と熱次郎が言った。


「雪岡が何をしようとしているか、ここから探りを入れられないかと期待したが、期待できそうにない」

「破壊されまくってて、慌ただしい状況にあるから、こっそりと調査はしづらいだろうね」


 ツグミが真に同意する。


(みどりに頼んで研究員の頭を覗いてもらうという手もあるが、みどりは人の心を見るのは嫌っているからな)

(イェア、真兄もすこーしは気遣い出来るようになったんだねえ)

(元からこれくらいの気遣いは出来る)


 念話で話しあう真とみどり。


「次はどこを調べる?」

 ツグミが真に伺う。


「やっぱり市長だろう。硝子山悶仁郎だ」

 真が方針を告げる。


「振り出しに戻る」「死んだと思ったら生きていた人?」

「市長という形で表の管理者の座に据えた分、純姉と関わりは深いだろうねえ。おまけにあの人、かーなりー強いしさァ」


 伽耶、麻耶、みどりが言う。


「ミスター・マンジも配下にしていたし、雪岡の賛同者となっている強者は結構多そうだ」

「俺は選ばれなかった……」


 真が言うと、しょんぼりとして肩を落とす熱次郎。


「よしよし」「いい子いい子」

 伽耶と麻耶が熱次郎の頭を撫でて慰める。


「いつまで引きずるんだ」

「純子に真意を確認するまでずっと引きずるぞ」


 真が言うと、ムッとした顔になる熱次郎。


「僕も早く、あいつが何を企んでいるのか知りたい所だ。何もわからないままじゃ、妨害のしようもない」


 純子の性格上、その企みをどこかのタイミングで自ら明かしそうではあるが、その前に自分で突き止めないと、阻むのも難しいのではないかと、真は見ている。


***


 転烙ホテルの裏口で、犬飼はジャケットのポケットに手を突っ込んで、壁に背を預けた格好で、待っていた。


 影の中からデビルが伸びあがる。一人の男を脇に担いで。

 デビルの脇に担がれた男は、全身緑色の肌になって太い血管が浮き出て、全身血塗れになって、脇から六本の黒い節足を生やしていた。変わり果てた姿の大丘だ。


(デビルよう……。こいつは何のつもりだよ。俺の前にこいつを持ってきて……)


 デビルが大丘を殺しかけた状態で自分の前に連れてきた事に、犬飼は呆れていた。


(お涙頂戴のお別れシーンでも演じろってのか? シラけるなあ……。まあいいか。ここはそういう場面なんだろう)


 デビルの意図がそうであれば、それは犬飼の望むことではないが、仕方なく付き合ってやることにする。


「久しぶりだなー。大丘ちゃんよ。あまり元気は無さそうだな」


 大丘は意識朦朧としていたが、犬飼の声を聞いて一気に覚醒した。


「神様……最期に私に……僕に……粋な計らいをしてくれましたね……」


 大丘が嬉しそうに呟いた直後、デビルは大丘の体を地面に落とした。


(計らったのは神様じゃない。悪魔の僕だ)

 デビルは思ったが、口に出さない。


「犬飼さん……貴方と最期に会えた……。ふふふ……貴方と一緒にいた時間は……私……僕の人生の中で……一番素敵な時間でした。その貴方とここで会えた……」


 うつ伏せに倒れた状態の大丘は、少しだけ顔を上げて犬飼を見やり、掠れ声で話しかける。


「で、俺を殺したいのか? 道連れにしたいのか?」


 数メートル離れた位置で倒れている大丘を見下ろし、犬飼は壁に背を預けたポーズのまま尋ねた。


「よく……わかっていますね……。犬飼さんは、僕のこと……よくわかっていた。でも……僕の心の中の黒い靄までは見抜けなかった……」

「俺はお前が裏切るとは思ってなかったしさあ、裏切られて正直すげーショックだったんだぞ」


 犬飼が大丘から視線を外し、天を仰いで言う。


「そうですか……。それはよかった……。それを聞けてよかった。とても……嬉しいです」


 生気を失った顔ではあるが、本当に嬉しそうに微笑む大丘。


「いいぜ。殺してみろよ。デビル、手を出さなくていい」


 犬飼は壁から背を放し、大丘に真っすぐ向き直った。ポケットから手を出し、軽く広げてみせる。


「お前に殺されるなら本望だよ。ほら、頑張ってここまで来いよ。道連れに殺してみろ」


 淡々と告げる犬飼。それは挑発のようにも聞こえたし、軽い気持ちで遊びに誘っているかのようにも聞こえた。


 大丘が身を起こし、よろよろと歩きだす。


 しかし三歩進んだだけで、よろけて倒れ、手と膝をつく。両腕は折れているので、地面に手を突いた瞬間、体を支えきれずに地面に顔をつけた。痛みはすでに感じない。


(動くこともままならない……。体が言うことを聞いてくれない……)


 ここまでかと思い、全てを諦めかけた大丘であったが――


「ああ、それとさ。俺もお前と一緒に遊んでいた頃は、楽しかったよ。気の合う弟分が出来たみてーでさ、嬉しかったんだわ」


 犬飼が告げると、大丘は再び立ち上がった。その台詞で、力が注入されてしまった。力が沸いてきてしまった。


 犬飼の前まで進む。攻撃が届く位置だ。


 節足を振るおうとしたが、出来なかった。全ての節足がぐしゃぐしゃに折れてしまっている。

 再び倒れそうになった大丘を、犬飼が抱きとめた。


「ったく、世話のかかる面倒臭いお子ちゃまだ。ま、今わかったよ。お前って頭の中、餓鬼のまんまなんだな。アラサーのいい歳して、それでも小さな子供のまんまだ」

「ふ……ふふ……そこにいる……デビル君にも……言われました……。ふふふ……あははは……あっはっ……はっ……は……う……うぇ……ううぇううぅ……」


 大丘の笑い声は、途中で嗚咽に代わっていた。


 嗚咽はすぐに聞こえなくなった。犬飼の腕の中で、大丘の鼓動は停まった。


「これにて、一件落着っ……と」


 大丘が果てたことを確認してから、犬飼はおどけた口調で言う。


「最低だった」

「思い通りの絵図ではなかったか?」


 デビルの一言を聞き、犬飼が尋ねる。


「犬飼を殺そうとしたら、その直前に殺してやるつもりだった」


 そして大丘を絶望させながら死なせてやるつもりであったデビルだが、結末はデビルから見て、一番つまらない展開と感じた。


(俺から見てもつまらんぞ。何だかこいつ……今までで一番駄目なことしたな)


 自分とデビルの間に亀裂が入ったような、そんな感覚を覚える犬飼。


「しょうもねー最期……つまんねー幕引きだったな。ま、それはそれでいいんじゃね? それもたまには有りだわな。いや、こいつには……これでいいのさ。散々っぱら馬鹿やらかして、悪いこといーっぱいしたこいつが、幸せそうに果てちまいやがって……。でも俺の中では……俺の中だけでは、それでいいわ」


 喋りながらずっと、犬飼は大丘の亡骸を腕に抱いたままだった。


「しかしデビルも随分と親切じゃねーか。つまらない、くだらない奴を、最期に俺の元へ届けてくれてよ。どういう風の吹き回しだ?」


 にやりと笑って問う犬飼。表面上はフレンドリーだが、腹の底では失望している。この問いかけに対する答え次第では、さらに失望するかもしれないと思う。


「何かが起こるかもしれないという期待。何かのスイッチ。起爆剤。気付き、起こり。発生」

「で、御希望には叶わなかったか」

「最低だと言った。期待外れ」


 デビルは素っ気なく答える。


「そいつはどうかな? 今見えないだけで、一つの終わりが……この終わりによって、何かが始まっているかもしれないぜ。それが連鎖する世界の仕組み(ストーリー)だ」


 言いつつ犬飼は、大丘の亡骸をゆっくりと地面に下ろす。この言葉は嘘ではない。


 犬飼はしばらく大可の死に顔を見つめていたが、やがて背を向け、ホテルの中へと戻る。


(やっぱり犬飼は面白い。素敵な人だ。僕が唯一認められる大人だ。いろんな気付きを僕に与える)


 犬飼の背を見送りながら、デビルは感銘を受けていた。


(犬飼が僕の父親だったらな……)


 ふとそんなことを考えて、デビルははっとする。


(つまらないことを考えた。でも、今確かに……)


 確かにデビルは、本気でそう思った。

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