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新居、李磊、シャルルの三名はぽっくり市に滞在していた。今は三人揃って喫茶店で雑談を交わしている。
「故郷に一度帰ったそうだけど、フランスはどうなってるんだ?」
新居がシャルルに尋ねる。
「えっとねー。ヨーロッパは結構酷い有様で、日本どころじゃなく、あちこちでサイキック・オフェンダーの犯罪が横行していたけど、ヨブの報酬が凄く頑張って、大分鎮圧されたみたいだよー」
「そうか……気に食わないが、奴等も大したもんだ」
渋々認める新居。
「ま、情報によると、そのおかげでヨブの報酬は大分弱体化しちゃったみたいだけどねー」
「一方、ヨブの報酬と不俱戴天の仇である関係にある純子は、力をつけているわけか……」
「よろしくない話だな」
シャルルが笑いながら、李磊は皮肉げに、新居は真顔で言った。
「中国の方はどうだ? 公式には被害ゼロらしいが」
新居が李磊の方を向く。
「こちらもよろしくねーよ。話を聞いた限りでは、アメリカよりもヨーロッパよりも、ずっと状況は酷い。あちこちで反乱が起こっていて、無政府状態の地域が出来上がっている。勝手に国を興しているって話だ。そして政府と激しくやりあう内乱状態だとよ」
「ニュースではそんな話は報じられていないが、そこまで悲惨な状態なのに、よく情報を隠蔽出来るな」
李磊の話を聞いて、呆れを通り越して感心する新居。彼の国の平常運転であるとは思うが、それにしても現代の情報化社会で、これだけ大規模な隠蔽工作が可能であることは凄い。
「いやいや、隠蔽しきれてないよ。たまに漏れる。今回は上手くいったようだがね。体面を保つためことには必死な国だからな。昔から。ま、本人達は体面繕っているつもりで、実は恥の上塗りしているだけなんだけどよ」
そんな国に嫌気がさし、自国と距離を置くようになった李磊である。
「日本にいる工作部隊の多くにも、帰還命令が入っている。うちら『煉瓦』はそれに抵抗してるよ。俺は何があっても従うつもりはねーけどな。すでに日本国籍も取ってあるし」
李磊が喋っている最中に、メッセージのチェックをしていた新居の顔色が変わった。
「おいおい……」
「どしたい?」
李磊が訝る。
「犬飼からだ。高田義久って奴と一緒に、先に転烙市に行くとよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、新居は答えた。
「勝手なことしくさりやがって、こいつは許せねーなー」
「一応裏通りのトップなんでしょー。少しは勝手するでしょー」
(そうじゃねーから許せねーんだよ)
シャルルの言葉に対し、新居は口の中で呟いた。
***
半年前に純子と累が失踪した際、白禍ホツミも塵も積もればバステより姿を消した。タイミング的に考えて、純子の側についているのであろうと、真もみどりも熱次郎も想像がついていた。
「雪岡の下で働いているんだよな?」
真が尋ねる。歓迎ムードのホツミとは異なり、真達はホツミに対して警戒気味だ。
「う、うん。そうだよ」
ホツミもその空気を察して、躊躇いがちに頷いた。
「話したいことが山ほどあるんだが、取り――」
「何で純子は俺を置いていったんだ? ホツミには声をかけたのに」
真が話しかけている所に、熱次郎が険しい眼差しでホツミを見ながら、憤然とした声で割って入った。
「私も純子ちゃんに聞いてみたよ。どうして熱次郎君は連れてこなかったのかをね」
「純子は何と?」
「熱次郎君は絶対に真君側につくからだってさっ。心が真君の方に大きく傾いているから、声かけなかったって」
「はあ……?」
ホツミの話を聞いて、熱次郎は愕然としてしまう。
「雪岡はそう見ていたのか。僕は揺れている程度だと思ったのに」
真が意外そうに言った。
「心外だ。俺は純子側だぞっ。以前だってそうだったし。というか前は真と戦っていたし、こいつに本当に撃たれているし、真と純子が対立するなら、真に味方する理由なんて無い」
「えー? じゃあ何で真君達と一緒にいるの?」
憮然とした顔になった主張する熱次郎に、不思議そうに尋ねるホツミ。
「そ、それは……純子が俺を置いていったからだし、真は純子とケリをつけにいくと言っているから、俺は真の邪魔するつもりでついてきた。途中から純子の側にもつくつもりでいる」
少しうわずった声になる熱次郎の言葉は、その場にいる誰が聞いても、説得力を感じなかった。熱次郎を置いていった純子の読みが正しいと感じられた。
「そっか。一応純子ちゃんにもそう伝えておくね」
熱次郎に向かって微笑むホツミ。
「答えは期待しないけど、お前はここに来てどういうことをしているんだ?」
真が問う。
「私は毎日ここにいるよ。純子ちゃんが作ったこの転烙幻獣パークが大好きでさー」
「それだけか?」
「たまに純子ちゃんの手伝いはしているけど、何なんだろうなあ、あれは……。力の充填? みたいなこと? 私よくわかんないの」
「わかった。それに関してはもういい」
それだけ聞けば十分だった。誤魔化している様子も無い。
「この町の情報に関して、詳しく知りたい」
「私が教えてもいいけど……実は私、この転烙幻獣パークで動物と遊んでばっかりだし、転烙市のこと全部は知らないよ? 純子ちゃんがやってることも、全部は知らないし、知ってることも、言えないこともあるし……んー……あ、いい所に、美咲ちゃんが来た」
ホツミが微笑を浮かべて、真達の後方に視線を向けて、手を振ってみせる。
真達が振り返ると、車椅子に乗った少女がこちらに向かってくる姿が見えた。ホツミに対しして手を振り返している。
「ここの市民さんに直に聞いたらどーかな? 私のお友達が来たから、ガイド頼んでみるよ」
「今日は」
車椅子の少女がホツミの前までやってきて挨拶をする。十代半ば程度と思われる少女だ。
「この美咲ちゃんは私のお友達ー。毎日ここに来てるの。美咲ちゃん、こっちは私が転烙市に来る前のお友達ー」
「区車美咲です。はじめまして」
物怖じせずに自己紹介する美咲。真達も一斉に自己紹介していく。
「足は治してやれないのか?」
真がホツミに耳打ちする。
「えっとね……純子ちゃんが治してくれたのよ。でも……立ち上がろうとしないというか、何か……精神的なもので、立つのを拒んでいる的な? トラウマがどーとか純子ちゃんは言ってた」
小声で話すホツミ。
「今も不登校になっちゃってさ……。このパークで心を癒してるみたい」
「そうか」
真が改めて美咲の方を向く。
「僕達は今日、外からここにやってきて、全然ここの情報がわからない。ここの市民から、この都市のことを色々と知りたいんだ。ホツミはあてにならないし」
「真くぅぅぅぅんっ、ひどいぃ。言い方ァ。そんなわけで美咲ちゃん、私の友達のガイドお願いしたいんだけどー」
「はい、わかりました」
美咲は微笑をたたえて快諾した。
「この転烙市がこんな風になったのは半年前からなの?」
先に質問したのはツグミだった。
「えっと……半年前にいきなりこんな風になったわけじゃなくて、あれやこれやとあったんです。覚醒記念日以降、サイキック・オフェンダーがここに集結して、いっぱい悪さをするようになりましたけど、今の市長の硝子山悶仁郎さんを筆頭とした、凄く強い能力者集団が現れて、サイキック・オフェンダー達をやっつけて、転烙市のトップについたんです。その時の戦いのサイキック・オフェンダー達で生き残った人は皆、硝子山さんの手下みたいになっちゃいました」
サイキック・オフェンダーがこの都市に呼ばれたのも、純子の仕掛けなのだろうと、真は察する。それらに手がつけられないほど暴れさせたうえで、それらを斃したことで、都市を牛耳ったのだ。
「ここではサイキック・オフェンダーの犯罪はもうないのか? この町の外だと、転烙市はサイキック・オフェンダーが集まっては暴れまくっている、無法都市という噂だぞ」
真が尋ねる。
「知っています。そういう噂にしておけば、サイキック・オフェンダーをここに呼び寄せて、手下にすることが出来るという、硝子山さんの方針らしいです。サイキック・オフェンダーの犯罪が無いということはありません。わりと頻繁にありますが、基本的には禁止されています。暴れるサイキック・オフェンダーの多くは、他所からやってきたばかりの人みたいですよ」
「あばばばばば、そういうやり方かあ。しかもそのやり方を市民にも知られちゃってるじゃんよ」
みどりが笑う。如何にも純子らしいやり方だと、真もみどりも思う。
「そうやって力をつけている」「敵を呼びよせ、やっつけて仲間にする方式」
伽耶と麻耶も理解した。
「噂を流しているせいで、外からサイキック・オフェンダーが集まり、犯罪に繋がっているわけだからな。市民からすればいい迷惑だ」
と、真。
「その後、ここはまるで別世界みたいに変化していったわけだー。それを町の人は受け入れているようだけど」
ツグミが空を仰ぐ。透明の階段と階段の間の空を駆ける人々の姿が見える。その数は相当なものだ。
「空の道の移動は嫌がっている人もいます。私も空は怖くて……。この足ですしね。他にも変化はありますよ。光熱費はタダになりました。能力者の人がエネルギーを作っているという噂です。硝子人と呼ばれている人達のおかげで、人手不足も解消され、人件費も安くなりました」
「つまり硝子人が労働ロボットのようなものか。それで職を奪われている人はいないかの?」
美咲の話をそこまで聞いた所で、熱次郎が疑問を口にする。
「仕事に就けない事情の人は、超常の力を覚醒させたうえで、硝子山さんの下で働くよう促されています。それを拒否した場合で、仕事に就けない事情があるという人には、生活保護の対象になるとか。実は私、これを貰って生活しています」
「美咲さん、未成年に見えるけど……」
「私より年下」
仕事に就けない云々と聞いて、伽耶と麻耶が不思議がる。
「事情があって親はいません。一人暮らしなんです」
「その足で一人暮らしって……あ、ごめん」
ツグミが言いかけて謝る。
「もう慣れました。支えてくれる人も多いですし、大丈夫です。ホツミちゃんも私を支えてくれる一人です」
「いえいえー、トモダチナラアタリマエー」
美咲がホツミの方を見て微笑むと、ホツミも微笑み返した。




