マフィアと環境保護団体と中国秘密工作員で遊ぼう(後編)
「よりによって煉瓦の李磊に嗅ぎつけられるとは!」
「ひょっとしなくてもこいつらが尾行されたんじゃないのか!?」
「おいっ、ウイルスは破壊されたんだし、取引はパーだ。金を返せ」
李磊の登場に動揺したマフィア達が、口々に喚く。
「あん? 何言ってんだ? 出された料理は残すのが礼儀とかいうふざけたモラルを他所の国でも押し通す奴等は、やっぱり頭もパーなのか? もう俺はお前等にブツを渡したんだから、その後で失ったのは、お前らの責任だろ?」
最後の言葉に反応し、ジェフリーは堂々と李磊から視線を外し、マフィア達に向かってへらへらと笑う。
「ハッハーッ、気に入らねーってんなら、どうぞ三つ巴の戦いと洒落込もうぜ。その方が俺としては楽しい。パーティーは派手にやった方が楽しい。そうだろう? つーか、そのウイルスさ――」
地面に破壊されて散乱したケースと割れた瓶を指すジェフリー。
「まだ完全にロストしたわけじゃなくね? そこらへんにまだ落ちてっかもしれねーから、お前等皆で、地べたをペロペロナメナメすりゃいいじゃねーかよ。そうすりゃ運が良ければ、何人か吸血鬼になれるんじゃねーの? 悪食でマナー最低なお前等なら、ウイルス目当てに地べたをナメるくらい余裕っしょ~? いい話のネタにもなりそうだしぃ~」
「殺ッ!」
マフィアのリーダー格が顔を真っ赤にして命じた。表面上は平静を装っていたが、ジェフリーの態度に頭にきていたマフィア達は、一斉にジェフリーめがけて銃を撃つ。
しかし銃弾は一発もジェフリーに当たらなかった。いや、弾道は確かにジェフリーの体を捉えているはずなのに、ジェフリーの体には当たっていない。
一方でエリックは自分に当たりそうな弾道だけを見切り、ひょいっと避ける。
その避けた瞬間を狙って、李磊が気孔塊をぶつけんとする。
「ミャッ」
李磊の攻撃を察知し、エリックの両腕が瞬時に変態を遂げる。
猫の前足と化したエリックの右手による、目にも止まらぬ速度の猫パンチによって、李磊の気孔塊はあっさりと弾かれた。
「何よ、こいつ。狼男ならぬ猫男かよ」
エリックを見て、李磊は半笑いになる。
「海の如き鮮やかさ、空の如き爽やかさ、然れどその者、焦がし爛れをもたらす使者」
ジェフリーの口から詩を吟ずるようにして呪文が紡がれる。魔術の発動がなされることを悟り、李磊は警戒し、マフィア達もさらにジェフリーを撃つが、弾が当たっている気配がない。
不意にジェフリーの姿が消えかと思うと、数メートル離れた何も無かった場所に現れ、ジェフリーの戦法より青い火球が放たれ、マフィアの代表格へと降り注いだ。
(空間転移……じゃないね。こいつは元々こっちにいたのか。最初にいたのは、蜃気楼の幻影みたいなもんか)
李磊だけがからくりを看破した。もちろんエリックは最初から気がついている。
(ようするにこいつ、マフィアとも最初から揉める気でいたのね。単に警戒していたって感じでもなさそう)
そこまで見抜き、李磊は呆れる。
「ミャー」
その李磊めがけて、エリックが一気に間合いをつめて迫り、猫パンチを繰り出す。危うくガードしたが、冷や汗が出た。
(真とどっこいか、それより速いか? バイバーには劣るが)
いずれにせよこのエリックという男、手を抜いて戦える代物ではないと判断する。それに加えて、魔術師であるジェフリーもいる。
李磊にしてみれば幸いなことに、海チワワ二人組みとマフィアが全て自分に襲い掛かってくるという事態だけは避けられた。それどころか、ジェフリーがマフィアを担当してくれている。
だがマフィアはそう長いこともたないだろうと、李磊は判断する。すぐに自分の方にくるだろう。
(エリック・テイラー一人でも相当に厄介なのに、二人組で来られたらひとたまりもないな。その前に仕留めないとね)
そう思う李磊であるが、エリックを瞬殺することとて、相当に困難だ。
「ミャーミャーッ!」
笑顔で続けざまに猫パンチを繰り出すエリック相手に、李磊は防戦一方になっていた。決してエリックの方が、李磊より圧倒的に勝るというわけではない。しかし――
(向こうにペースを掴まれちゃったよ。何とか隙をついて一発逆転と狙いたい所だね)
そう考え、隙を狙う李磊ではあったが、エリックの強烈な猫パンチは気孔でガードしていてもなお、李磊の体の芯まで響いてくる。爪の斬撃だけではなく、純粋にパンチとしての打撃と衝撃も厄介であった。
「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう……」
リーダー格を燃やされて、動きの止まったマフィア。一方で、火炎の魔術を放った後、ジェフリーはすぐに次の術を完成させていた。
真っ黒い鎌がジェフリーの手に現れる。
ジェフリーが鎌をその場で振るうと、鎌の刃の部分と柄の上の部分が液体のようになって弾けて、宙を飛び、マフィア達へと向かっていく。
マフィアはこれを避けようと身構えていたが、黒い液体はマフィア達に届く直前で固体へと――鎌の刃と柄の上部分に変化し、予期せぬ角度から彼等三人の胴体を大きく切り裂いた。
「おらおらーっ!」
ジェフリーはその場を動かず、柄だけの部分を振るうと、それに連動したようにまた鎌の刃が液状化して弾けて宙を舞い、他のマフィア達の直前で刃に戻って、先ほどとは異なる位置と軌道でもって襲いかかり、一人の首と胸部を切断した。
エリックの攻撃を注視する一方で、ジェフリーがマフィア相手に難なく無双している光景も、李磊の視界に入ってきた。
(こりゃ駄目だ。あいつらすぐに全滅して、ジェフリーもこっちに来る。そうなる前に、俺のやることは一つ……)
かなわないと判断して、李磊は大きく後ろに跳躍してエリックから離れる。
エリックは追撃しようとしたが、それを牽制するように李磊が気孔塊を放ち、エリックの足を止めようと試みる。エリックはほとんど速度を落とすことなく、猫パンチで難無く気孔塊を弾いたが、それでもほんの少しではあるが、李磊と距離が開いた。エリックに背を向けて、一気に駆け出す。
これなら逃れられるとして、ホッとして逃走しようとした李磊であったが、その足が不意に止まる。
エリックの足も止まる。
李磊の口元に笑みが浮かぶ。エリックも嬉しそうに笑う。
「加勢が必要か?」
「今度いいメシ屋で奢るから頼むよ」
少年の問いに、李磊はそう答えて、エリックの方へと振り返った。
先程までタスマニアデビルで李磊と雑談していた少年――相沢真の登場に、李磊は勝機を見出して笑みをこぼす。一方でエリックは、過去自分と何度も戦りあったライバルの出現を喜んで、笑っていた。
「おいおいおいおいおーいっ、よりによって相沢真と仲良しなのかよ。いや、相沢真。よりによってお前、中国の工作員と仲良しなのかよ」
マフィアを掃討し終えたジェフリーが、肩をすくめて両手をひろげる。
「楽しすぎる展開だな。なあ、エリックぅ? 今日はとっても楽しい日になっちまったぜ? どうするよエリックぅ~? こうなりゃとことん楽しむか?」
「ミャー」
へらへらと笑いながら声をかけるジェフリーに、エリックは楽しそうに笑うと、攻撃の矛先を李磊から真へと変え、疾走する。
自分に向かってくるエリックめがけて、真が抜き様に銃を二発撃つが、エリックは走りながら猫パンチで弾を弾く。
真が予想していた通りの展開。両者の戦いではほぼいつも通りの開幕。そしてエリックは真との間合いを瞬時に詰め、接近戦を挑む。
右手に銃を持ったまま、両手の袖から長針を抜く真。右手は銃と針の両方を握っている。
エリックとの近接戦闘は、もう幾度となく繰り返してきた真であるが故、もう相手の動きの幾つものパターンも予想がつく。しかしそれはエリックの方も同様だ。互いにパターンを知り尽くしたうえで、読み合いしながら、戦いに興じる。
真とエリックが近接戦闘の攻防を繰り広げる一方、李磊はジェフリーに銃を向けた。
李磊が引き金を引くより早く、ジェフリーが黒鎌を振るうが、李磊はそれを避けようとはしない。かつてないほど気を集中させて、ガードしようと目論む。そしてジェフリーが鎌を振り切った瞬間を狙って撃つつもりでいた。
斬撃が下から李磊を襲う。股の間から一気に縦に真っ二つにしようとしている。
(よりによってそこかー。変な所を気孔でガードすることに……)
黒鎌の刃が股の間で食い止められる。李磊がジェフリーを撃つ。
「ぐっ……!」
胸の中心を打たれてのけぞり、仰向けに倒れるジェフリー。
「いってーなあ……」
どうやらローブも防弾繊維仕様で、しかも突き抜けてはいなかったようで、ジェフリーが苦痛に顔をしかめながらも身を起こす。
完全に隙だらけのジェフリーに、さらに二発撃つ。そのうち一発は頭を狙っている。
ジェフリーは避けない。避けられないのではなく、避ける意志そのものが見受けられないことが、撃つ際の李磊の目にはっきりとわかった。つまり、別の方法で防ぐつもりでいる。引き金を引きながら、李磊はそう理解した。
手にした黒鎌の柄が液状化して空中へと爆ぜる。
李磊の撃った二発の弾丸が、床と壁を穿つ。分離した黒鎌の柄が、弾を弾いたのであろうと李磊は判断する。
「何しでかしてくるかわからないし、随分と戦い慣れてるし、面倒な相手だね。どうしたものか」
攻め手にあぐねる李磊が呟いたその時、新たな気配と足音が四人のいる場所に接近しているのを、四人共気がついた。一人ではない。複数だ。
「あっれー? 相沢真がいるじゃん。しかもエリック・テイラーとやりあっているってことは、副長の味方ってことだよね。ひょっとしなくてもこれ、危ない所をこの子に助けてもらったのかな?」
聞き覚えのある声を耳にし、李磊は思わず安堵の笑みをこぼす。しかしそれと同時に苛立ちも覚える。
「お前等一体今まで何やってたの? 電話にもでないしさ」
「ちょっと警察に捕まってしぼられてまして」
「張強がナンパしたせいで変な奴と街中で戦うハメになりまして」
「パン屋さんのせい」
李磊の問いに、安楽市に連れてきた三人の部下――林宗一、孫弼、張強が中国語で口々に答えた。
「張強が特にイミフすぎるけど、とりあえず張強のせいだってこたーわかった」
「おっと、間を抜きすぎちゃったかな。パン屋さんに、おまわりさんここですとか言われちゃいましてー」
詳細に答えたつもりである張強であるが、李磊には何のことか通じていない。
「張強が最近裏通りで噂になっている谷口陸と戦っていたら、そいつの仲間に狙撃されて、パン屋に隠れていたら、パン屋に通報されて、警察に捕まって事情聴取受けてました」
孫の答えでようやくある程度理解できる李磊。
「あーあ、いいとこで加勢がくるってパターン、これ実際にやられるとシラけるね。しかも人数的にどー考えてもこっちが不利で、逃げるしかないってパターン。最悪だぁ。そう思うよなあ? エリックぅ?」
ジェフリーがへらへらと笑いながらエリックに視線を向けると、エリックはそれに呼応するかのように、真と向き合ったまま、後方に何度も小刻みに左右にフェイントを入れて跳躍し、真から距離を取る。
「乾く世界。眠る宇宙。絶句する現し世。風は息を切らし、音は踊り疲れ、光もはしゃぐのをやめる」
ジェフリーが早口で呪文を唱える。
「よせ」
真が制止の声をかける。ジェフリーに対してではない。呪文を遮るために攻撃を仕掛けようとしてた、李磊を含めた煉瓦の面々に対してだ。李磊がそれに応じて、視線で部下を制する。
「ケツまくって逃げるぜ、エリックぅ!」
「ミャー」
堂々と背を向けて逃走するジェフリーとエリック。
「何で攻撃しちゃいけないの? 攻撃を跳ね返してくるの?」
「限定空間の凍結だよ。飛び道具なら危険はないけど、生身で向かうと結構面倒なことになる」
李磊に問われ、真は道端に転がっていた石を拾い上げると、ジェフリーがいた方向に投げる。すると石が空中でピタリと制止した。
「おお、こいつは面白い。あそこだけ時間が止まっているかのような」
「体がしばらく動かなくなるってことかー」
空中で止まっている石を見て、張強と林が言った。
「じゃあ僕はこれで」
「助太刀感謝」
さっさと背を向けて立ち去る真に、李磊は短く、しかし心から感謝をこめて礼を述べる。
「さて、お前等はたっぷり説教だね」
三人の部下に向かってにっこりと笑う李磊。林と孫が神妙な面持ちになる。
「不可抗力の部分もあったんですよー。先に釈明させてください。ていうか、相沢真がいたんだから、あいつにも今伝えておくべきだったかな。谷口陸に狙われていたのが、雪岡純子だったって。おまけに狙撃されて頭吹き飛ばされて無事だったって」
おそらく遅刻の元凶である張強だけはまるで悪びれることなく、相変わらず意味不明な言葉を口にしていた。
***
「ミャー」
褥通りから出た所で、エリックがジェフリーに声をかけた。
「ん? チャイニーズマフィアと友好関係を結ぶために、ウイルスを売ってこいっていう、上の命令を台無しにして大丈夫かって?」
ジェフリーがわざわざ声に出して確認するのは、エリックの猫言葉を完全に理解できるわけでもないからだ。
「ミャーミャー」
「そりゃあきっと叱られるだろうけど、不可抗力の部分もあったって言い訳するさ。実際あいつらは運が悪かっただけさ。よりによって交渉相手が俺だったんだからな」
そう言ってジェフリーは懐からカードを一枚抜き、エリックに向かってひらひらと揺らしてみせる。タロットカードの塔のカードだった。
マフィアと環境保護団体と中国秘密工作員で遊ぼう 終




