13
真、ツグミ、伽耶、麻耶、みどり、熱次郎は、転烙駅の隣の駅で降りた。
その駅にも複数の観光パンフレットが置かれていたので、全員手に取って、転烙市の観光スポットをチェックする。
「ねえねえっ、これっ、これ行きた~いっ」
ツグミがパンフレットを真の前にかざして、弾んだ声をあげる。
「不思議な動物達との触れ合いが出来ます? 転烙幻獣パークか。これは楽しそうだな。行ってみるか」
「異論無し」「すぐ行くべし」
「よっしゃーっ」
真が決定し、伽耶と麻耶が頷き、ツグミが歓声をあげた。
「あのさ……観光に来たんじゃないだろ」
その様子を見て呆れる熱次郎。
「ヘーイ、動物園ぽい所もいいけど、こっちにも注目すべー」
みどりが真の前にパンフレットをかざす。
『超常の力を手に入れて、素敵な転烙ライフを! 超常能力覚醒施設で僕と悪手! もとい握手! 元々力を持つ人が、さらに力を高めることも出来ます!』
「悪手と握手!」
何故かこの洒落が気に入って叫ぶツグミ。
「怪しい」「ヤバそう」
牛村姉妹は揃って警戒していた。
「イェア、超常能力覚醒施設って、捻りは無いけどわかりやすい施設だよね」
「さらに力を強めることも出来るらしいな」
みどりと真が言う。
「真は貰っておいたらどうだ?」
「お断りだ」
熱次郎がからかうような口振りで伺うが、真は即座に拒絶した。
「気になったけど、このパンフにあのオレンジの柱に関しては書いてないな」
パンフレットを一通り読み終えた熱次郎が言う。
「観光とは関係無いんじゃない?」
「あるいは秘匿しておきたいことでは?」
「インフラ的な何かの可能性」「グラス・デューのあれも意味不明だった」
麻耶と伽耶が熱次郎の方を向いて話す。
「それにしても目立つんだから、何であるか、説明あってもよさそうだ」
と、熱次郎。
「ここの住人に話を聞いてみたいけど、都市内でも情報の伝達はできないのかな?」
「転烙市の外に情報は出せないけど、中同士では出来るだろ。僕達がこうやって話をすることも出来ているわけだし。それさえ出来なかったら不便すぎる」
熱次郎の疑問に、真が私見を述べる。
「教えてくれそうな人いる~?」
みどりが駅構内を見渡す。
「ぽっくり市ではオキアミの反逆の売人の壁村に色々と聞けたけどな」
壁村のことを思いだす真。
「無理矢理聞き出す~。気弱そうな男の子を捕まえて路地裏に引き込んで、女子四人で……ぐっへっへっへっ……」
「ツグミ姉、やめい」
ふざけるツグミを、みどりが注意する。
「まあパンフに従って観光でもいいだろ。観光施設に行けば、そこの係員に話が聞けるかもしれないし」
と、真。
「はーい、願いまーす。行くならさ、あの空飛ぶ装置使ってみたーい」
ツグミが手を伸べて要望する。
「飛ぶだけじゃなくて転移もするみたい」
「その気になれば魔術で飛べるけど使ってみたい」
伽耶が言い、麻耶もツグミに倣って手を上げる。
「ここの町の人間はほとんどがあれで移動しているみたいだしな。利用させてもらおう」
真が決定すると、ツグミと麻耶が目線を合わせて微笑み合う。
「道を歩いている人も少しはいるみたいだけどね~」
道路を見下ろしてみどり。
「高所恐怖症とかじゃないか? 電車使っている人もいるしな」
「さもなければ、都市のこうした恩恵に預かることに抵抗がある奴もいるかもな。道を徒歩で歩いているのは、ぱっと見、老人が多いように見えるし」
熱次郎と真が推測を述べる。
空の道へ上がる装置は、街の至る所に設置されていた。もちろん駅の中にもある。『空の道』と書かれた台座だ。
「これ、BMIのようだな。しかしヘッドギアはいらないみたいだ」
台座の前に立って呟く熱次郎。現代においては、脳とコンピューターを直接繋ぐブレイン・マシン・インターフェイスは、様々な理由から制限されている。バーチャルトリップ式のゲームに用いる、ドリームバンドと呼ばれるヘッドギアはその例外だ。
「行き先を頭で思い浮かべるだけか」
熱次郎が呟いた直後、その姿が消失した。
「消えた」
「上に行った?」
訝る姉妹。
「はいはーい、次私ー」
ツグミが嬉々として台座の前に立つと、熱次郎同様に姿が消える。
残った四人も、同様に台座の前に立っては消える。
全員、空を飛んでいた。自動的に飛ばされていたといってもいい。時折、空中を移動するだけではなく、転移も行われていた。
(これは気持ちいいな)
下の風景を見下ろして、少し口元を綻ばせる真。
横を見ると、飛んでいることに感激している伽耶と麻耶の姿が映る。後方を見ると、何故か酷く浮かない顔のみどりが飛んでいた。
目的地の転烙幻獣パークにはすぐに全員到着した。
「うおお~ん。超気持ちよかったー。もうこれさ、雪岡先生に世界征服してもらった方がよくない? そうすれば世界中この装置で移動がデフォになるし~」
菅家儀しまくるツグミ。
「別にいいかも」「それでよいよい」
「そうしてもらおう」
「よくないぞ。そうはさせないぞ」
伽耶、麻耶、熱次郎が同意したが、真は否定する。
「思ったんだけど、あの台座で伽耶さんと麻耶さんがそれぞれ違う行先を思い浮かべたら、どうなるの?」
「怖い質問しないで……」
「当然、伽耶の頭だけ別の場所に吹っ飛ぶ」
ツグミの質問に、伽耶は嫌そうな顔をして、麻耶はにっこりと微笑んで答えた。
「ちょっと麻耶……何で体があんたについていく前提?」
「それが世の摂理よ」
伽耶は半眼になり、麻耶は悟ったかのように瞑目する。
(真兄……空の道に送るあの台座のBMIね……)
みどりがテレパシーで、恐ろしい真相を口にする。みどりが浮かない顔をしていた理由が、真にもわかった。
転烙幻獣パークに入る一行。
地球上では見かけない動物や、地球上にもいそうだがどこか違う動物が、園内に放し飼いになっている。大型の動物や肉食獣は、檻の中にいる。
「グラス・デューで見た動物だ」
翼の生えたウミウシを見て、真は懐かしい気分になる。
(あいつは元気にしているかな)
ウミウシもどきに手をかざしながら、真は思う。ウミウシもどきは真の手に近寄り、掌の上に乗った。これと同じものが、真に懐いた記憶がある。
空飛ぶイルカがやってきて、六人を歓迎するかのように飛び回る。
イルカはツグミに接近し、ツグミの方に頭をこすりつけてきた。
「うわー、アンジェリーナさんよりかわいー」
「酷い発言してるな」
歓声をあげるツグミに、真は頭の中で苦笑いを浮かべていた。
「ふぇ~、同じイルカだし、そんなに違いなくね?」
みどりが尋ねる。
「えー、でもジャップって言わない時点で、こっちの方が可愛いよー」
「至言だ」
「その通りだと思ってしまった」
ツグミの言葉を聞いて、真と熱次郎が言った。
「えへへへ、アンジェリーナさんには内緒だよー」
ツグミが人差し指を口元に立てて笑う。
その後も園内を回り、動物との触れ合いを楽しむ。
「本来の目的どこへやら。皆遊んでるだけだなー」
レモン色のツチノコのような生き物を撫でながら、熱次郎がぼやく。
「ヘーイ、熱次郎はもっと真面目にやりたいのォ~?」
「別に。俺は純子に着くつもりだから、皆がこんなのんびりモードなら、それでいいと思ってるぞ。こんなんじゃ到底純子の目的阻止なんて無理だろうしな」
みどりがにやにや笑いながら問うと、熱次郎は拗ねた口調で言った。
伽耶と麻耶とツグミは、不思議に事に気付いた。何故か動物達が真にばかり懐く。他の面々とも触れ合っているが、真に懐く動物の割合が妙に多い。
「どうして真にばかり……」「動物使いだ」
不思議がる伽耶と麻耶。
(獣之帝の魂の名残か。前にもこんな光景見たよォ~)
かつて妖怪の里で、熊まで手懐けていた真のことを思いだすみどり。
しばらく歩くと、ずんぐり体型の長い毛の小さな四足獣が何匹もいた。目と耳は毛に隠れていて見えない。大きく開いた口と鼻だけがわかった。
『これまた見覚えがある』
伽耶と麻耶が同時に言った。
「ホツミがグラス・デューから連れてきたティノと同じ動物だ」
と、熱次郎。
「というか、あれ」
真が別方向を指した。
「そのホツミがいるんだが」
真の指した方向を見ると、白ずくめの魔女のような格好をした少女がかがんで、小さな四足獣と戯れている。
少女は真の声に気付き、立ち上がって振り返った。
「わあ~、皆、転烙市に来たんだねー」
刹那生物研究所で作られた人工生物――魔法少女を名乗る白禍ホツミが、真達の姿を見て、嬉しそうに笑った。




