12
「見た目はユニークだけど、本気の殺気」
「ぶどうの人はエロい欲望の方が先に立っていて、殺気無かった」
「ムッフッフッフ、雪岡嬢からは本気で仕掛けていいと言われているのでね。というわけで、卍流星群!」
伽耶と麻耶の台詞に対して答えると、ミスター・マンジは空中に浮いている大量の小さな玉を、六人めがけて飛来させる。
玉は全て牛村姉妹が張った障壁に防がれる。障壁に当たって弾ける音が続け様に鳴り響く。
「フムフム、やるね。これでも私の力も強化されているのだが」
泥鰌髭をいじりながら感心し、にやにやと笑うミスター・マンジ。
「お前が雪岡のパシリをしているのはわかるが、どういう理由で襲ってくるんだ?」
真が問う。
「招待しておきながら刺客を放つのが、純子流おもてなし」
「そんなおもてなしいらない」
「同感……。というか、何で俺まで襲われるんだよ」
「まあ、尋ねておいて何だが、別段不思議でもない」
ミスター・マンジが答えるより前に、麻耶、伽耶、熱次郎、真が喋る。
「チミ達は雪岡嬢の敵なのだろう? 今後の計画の妨げになるものは、排除するようにと言われているのでね」
「俺は純子の味方になるために来たんだぞ。そもそも何で俺は純子に選ばれず、ミスター・マンジはそっち側に選ばれているんだ。凄く納得いかないな」
熱次郎が不服な表情でミスター・マンジを睨む。
「ムッフッフッフッ、その答えはチミ自身、わかっているのではないかね?」
ミスター・マンジの指摘を受け、熱次郎は絶句した。
「チミ、さっさとここから退きたまえよ。巻き添えをくうぞ」
へたりこんでいるぶどう使いの能力者に視線を向け、ミスター・マンジが注意する。
「ふぁい……」
ぶどう使いは涙目で頷くと、立ち上がり、よろよろとした足取りでその場を立ち去る。
「やれやれ、あれはかなりの強者なんだがね。だからこそ刺客に選ばれたわけだが」
溜息と共に呟くと、ミスター・マンジは天を仰ぐ。
「ヤバげだわ。何か途轍も無い力が迸っているよォ~」
「僕にもわかる。皆逃げろ!」
みどりが忠告し、真が叫んだ。
弾かれたように全員動く。その場から全速力で逃げ出す。動いていないのは伽耶と麻耶だけだ。
「てれぽーと」「わーぷ」
伽耶は自分に、麻耶は自分以外の者を転移させた。物理的に移動して逃げたのでは、逃げきれない可能性を危惧して、即座に強制転移を判断した。
「真・卍流星群!」
天を仰いだまま、ミスター・マンジが能力を発動させた。
「キュイィィ!?」
しかし麻耶は全ての者を転移させたわけではない。三体の怪異は置き去りだった。叫乱ベルーガおじさんが、天を仰いで叫ぶ。
空から隕石の如く勢いで、次々と何かが降り注いだ。六人と三体の怪異がいた場所とその周囲の地面が爆発する。アスファルトの破片がそこら中に飛び散り、大量の土埃が舞いあがる。
「ムッフッフッフッ、よく逃げれたものだね」
駅前の通りのあちこちが、ぼこぼこの穴だらけになった。さながら小さなクレーターだ。
賭けをしていた見物人達は、天から降ってきた物の落下の際に飛び散った破片を受け、負傷している者が多く出たが、深刻な怪我を負っている者はいないようであった。
走っていた車が穴に飛び込むも、車体をがたがたと揺らしながら何とか脱出する。
三体の怪異は直撃を食らい、全員消滅していた。
「あれは何をしたの?」
転移した先――高架駅の中から駅前の通りを見下ろし、ツグミが口を開く。
「空の道だ。あるいはあの透明の階段にあったのか」
真が空を飛び交う人々や物を見て言う。
「多分、予め空中に置いてあった何かを、あいつが落下させたんだ。空の道と、空中に浮かぶ透明の階段にな。もっと悪い可能性としては、あいつが予め用意して置いたわけではなくて、空を輸送されている貨物を、無差別に引き寄せて落下させたとも考えられる」
「ふぇ~、道も滅茶苦茶になっているし、どっちにしろ迷惑極まりないよォ~」
「かなり面倒な攻撃をしてくる奴だなー」
真の推測を聞き、みどりと熱次郎がミスターマンジを見下ろしながら言った。
「よっしゃ、この崖室ツグミに名案有りっ。このまま電車に乗って逃げちゃおーっ」
丁度電車が来たので、ツグミが弾んだ声で提案する。
「それでいいな」
「それでいいべー」
『異論無し』
熱次郎、みどり、伽耶と麻耶が即座に同意して、ツグミと共に電車に乗り込んだ。
(走っている電車めがけて、あの隕石まがいな攻撃をしてくる可能性だってあるんだがな。あのハゲはそれくらいしてくる奴だと、勇気から聞いた)
危惧する真であったが、全員が電車に乗ったので、仕方なく真も電車に乗った。
「ムッフッフッフッ、堂々と電車で逃げるとはね。もしや、電車を盾にしたということかな? 昔の私だったら躊躇わず、電車ごと攻撃したが、今の私は正義のマッドサイエンティストだから、そんなことは出来ないよ」
自身に言い訳するかの如く呟くと、ミスター・マンジはそのまま電車を見送った。
***
「答えは私自身……わかっています……。この黒い虫の正体……それは……」
電車の中で、大丘越智雄は呆然とした顔で呻く。
「ここが……雪岡純子さんが作った、彼女のミニチュアの世界ですか」
電車の外の風景を眺める大丘の瞳からは、光が消えていた。
大丘は転烙市の風景を見て、圧倒されていた。
純子に対する敵愾心と対抗心に満ちていた大丘。転烙市に来て、なおも純子に盾突こうと――彼女の目的を阻もうとしていた大丘。しかし――
(そう……この黒い虫の正体は恐怖です)
しかし今は、そんな気持ちは微塵も無い。
(私は認めてしまっている。認めて恐怖している。僕は……わかってしまいました。彼女に勝てるわけがないと……)
彼我の実力差を思い知り、大丘は完全に心が折れていた。
その大丘と少し離れた場所で、デビルは電話をかけようと何度も試していたが、出来なかった。
転炮市に入って、犬飼に情報を伝えようとする度に、頭の中に赤猫が現れ、デビルの行動を妨げる。デビルは何とかこの赤猫に抗おうと、力の限りを尽くしていたが、駄目だった。
デビルが近くで、相当の力を使っていた事に、気付いていた乗客は何人かいた。超常の能力者がこの都市には多い。しかし、平面化したデビルそのものには誰も気付いていない。そして呆然自失となった大丘も気付いていない。
(ヴァン学園の時と同じだ。大安武蔵が僕の力を利用して用いていた能力。大人数への暗示作用で、学園内の情報を一切外部に出せないようにしていた。でも、都市一つ丸ごとにその効果を及ばすなんて、相当な力の規模だ)
かつて自分が関与していた一件を思い出し、皮肉なことだとデビルは思う。今度は自分が封じられる立場になっている。
(犬飼自身にここに来てもらうしかない……。でも、それを促すことも出来ない)
何度もトライして、デビルはようやく諦めた。
(それにしても大丘……こいつは完全にもう……)
デビルの意識が大丘に向く。大丘の激しい恐怖と絶望の念は、先程からずっと感じ取っている。
この時点で、デビルの方針は決まった。犬飼からは監視を続け、何かあったら好きにしていいとも言われているが、その好きにしていい時が来たと思った。ただし、悪い意味で。
転烙駅に着き、電車から降り、駅からも出る大丘。
(さて……降りたはいいが、どうしたものでしょう……)
意気を失くした大丘が、ぼんやりと目の前の風景を見る。道路のあちこちに小さなクレーターが出来ている。通行止めになり、道路工事の作業員達が集まって点検している。
「!?」
何者かに下から足を引っ張られた。突然目の前の景色が変わった。空を見上げる格好となった。体の感覚もおかしくなった。大丘は、自分が地面の中に引きずり込まれたと実感した。やがて目の前も真っ暗になる。
体を動かすことが叶わず、術を行使することも出来ず、大丘は自分が移動していると、感覚で察する。
やがて通常空間に戻る。人気の無い裏路地だ。
「貴方の仕業ですか……?」
目の前にいる異形の少年を見て、わかりきった質問をする。
全身真っ黒な少年は、手刀で自分の手首を切る。赤い血が飛び散り、地面を濡らす。
飛び散った血は、文字を作っていた。DEVILと。
「中々ユニークな自己紹介ですね。その名前は仇名ですか? それともコードネーム?」
微笑を浮かべ、大丘が問う。
「パラレルワールドの存在を信じる?」
大丘の質問には答えず、デビルが問い返す。すると大丘の顔色が変わる。
「お前はつまらない。お前はくだらない。お前は面白くない」
デビルが一方的に、淡々と告げる。
「お前の正体は、我慢のできない、ただの我儘な子供。そのくせ人一倍怖がりという、どうしょうもなくつまなくてくだらなくて面白くない存在。それが結論。もう飽きた」
言いたい放題のデビルに、大丘は二つ、理解した。自分はこの正体不明の少年にずっと監視されていたという事と、このデビルと名乗った少年は、犬飼と関係があるという事を。
「お前の本当の望みは何? お前はどこに向かいたい?」
デビルが問う。
大丘はデビルの力に当てられて、すでに歪な精神状態になっている。軽い催眠状態だ。
「誰か……どこかで……決して私とズレない人……。私を……僕をイラつかせない人……そんな人と巡り合いたかった……」
心情を吐露する大丘に、デビルは深いため息をついた。
「やっぱりつまらない」
その一言で、大丘の意識が正常に戻る。黒い靄が胸の内に発生し、それによって大丘は催眠状態から解かれた。
大丘が銃を抜き、デビルの頭に突きつける。
デビルは身じろぎ一つしない。一切恐怖した様子は見せない。
引き金を引き、デビルの頭部を撃ち抜く。頭が一瞬大きくブレる。
デビルは倒れない。大丘に詰め寄り、その顔を手で掴んだ。
「ぐっ……」
大丘が呻き、至近距離から何発もデビルを撃ち抜くが、撃たれる度に多少体が揺らぐだけだ。
「つまらない玩具、飽きた玩具の楽しみ方は一つ」
デビルが呟いた直後、大丘の中の黒い靄と黒い虫が増大し、大丘の精神を真っ黒に埋め尽くした。
大丘の目が血走る。顔が怒りで歪み、般若のような形相となる。
デビルは大丘の精神に強く干渉し、怒りと恐怖を最大限までに引き上げた。
(恐怖と怒り、もっともっと大きくして遊ぶ。どんな風に壊れるか、見て楽しむ。つまらない玩具は壊して楽しむに限る)
口の中で呟くと、デビルは大丘から手を放した。大丘は膝をつき、口から涎を垂らしながら、泣きそうな顔でガタガタと震えている。かと思ったら、再び悪鬼の形相に戻り、そしてまた脅えた泣き顏になりと、交互に怒りと恐怖に捉われる。
「そして壊れた玩具はまた直して遊ぶ?」
声に出して自問するデビル。
(いいや……これは直さなくていい。壊れる所を楽しんで、それでおしまいにしよう)
大丘を見つめながら、デビルはそう結論づけた。




