11
駅前の通りで行われる戦闘。見物人達が人垣を作り、勝手に賭けを始めている。
ツグミが叫乱ベルーガおじさんとデカヒヨコとブックワームじーちゃんを呼び出し、ぶどうクリーチャー達と戦わせる。
「キモいデザイン多い」「ベルーガにすね毛ぼーぼーの足……最悪」
ブックワームじーちゃんと叫乱ベルーガおじさんを見て、顔をしかめる牛村姉妹。
「熱次郎も戦いなよォ~。熱次郎の力ならバリアーの中からでもいけるべ?」
「いけるけどさあ……」
みどりに促されるも、釈然としない熱次郎。
「俺まで巻き添えかよ。俺は純子の助っ人に来たってのにな」
「つまり敵。殺そう」
「今のうちに裸に剥こう」
「殺すのかよ!? それに裸に剥く意味あるのか!?」
伽耶と麻耶の台詞を聞いて、熱次郎が思わず叫ぶ。
「殺す前に撮影してから、純子との交渉で使う」
「麻耶姉も純姉のことよく知ってるんだね~」
麻耶の台詞を聞いて、思わず笑うみどり。
「キュィイアァァァァ!」
甲高い声で叫びながら、人型ぶどうクリーチャーの体をパンチ一発で倒す叫乱ベルーガおじさん。
「ピヨッ」
デカヒヨコのボディアタックを食らい、四足獣型のぶどうクリーチャーが押し潰される。
何十本も生えたツルと腕を持つブックワームじーちゃんが、ツルの先にある目玉からビームを放ち、ぶどうクリーチャーを両断する。
ツグミが呼んだ怪異は、最初はぶどうクリーチャーを圧倒していた。だが、ぶどうクリーチャーは倒れてもすぐに立ち上がってくる。時間の経過と共に、数で勝るぶどうクリーチャーに押されていく。
ブックワームじーちゃんのビームによって斃されたぶどうクリーチャーは、そのまま戦闘不能になっていたが、デカヒヨコと叫乱ベルーガおじさんの攻撃は、一時的に動きを止めても、あまりダメージになっているように見えない。ブヨブヨのぶどうボディーには有効打になっていない。
真は超音波振動鋼線を用いて、次から次へとぶどうクリーチャーを切断していったが、ぶどうクリーチャーの数が多く、斃しても斃しても、次から次へと襲いかかってくる。気を抜くとすぐに敵の手が届きそうだ。
「ああっ、もうっ、見てられないっ」
熱次郎が忌々しげに叫び、真の前方に迫る多数のぶどうクリーチャーの足元から、何本もの触手が生えて、ぶどうクリーチャーの全身に絡みつく。
「ヘーイ、本体いたわ。有利と見て、こっちに堂々と接近してきてるぜィ」
みどりが報告する。
「伽耶、麻耶、こいつらを溶かすとか焼くとかの方法を試してみてくれ」
「合点」
「私はバリアーを維持する」
真の指示を受けて、麻耶が頷き、伽耶が断りを入れる。
「燃えて燃えろやほーいほい。ほいよっとー」
「呪文のセンス最悪……」
「呪文じゃなくてこれは鼻歌だろ」
麻耶の呪文を聞いて、伽耶は顔を押さえ、熱次郎が突っ込んだ。
ぶどうクリーチャー達の何体かが全身を炎で包まれたが、ぶどうクリーチャーは全身を炎に包まれたまま、ツグミの怪異や真に向かって襲いかかる。
「効いていないどころか、ますます面倒なことになってるし」
「私のせいじゃない」
熱次郎と麻耶が言う。
「何だろ……。力が強くなってる。ただでさえ数で押されていたのに、パワーアップしてやばけだー」
ツグミが報告した直後、デカヒヨコが数体のぶどうクリーチャーによって押し倒された。
「これさァ、能力者が接近すると、このぶどうで出来た化け物も強くなるんだわさ」
みどりが解析して言い当てる。
「そのとーりっ!」
甲高い声がかかる。ぶどうクリーチャー達の奥に、数体のぶどうクリーチャーで周囲を固めて護衛させている、眼鏡をかけた痩身の青年が、へらへらと笑いながら立っている。
「安全圏で様子を見ていたかったが、それでは勝てないと踏んでね。リスクも承知のうえで接近し、勝負に出たというわけさ」
「聞いてないのに勝手に喋り出したぞ」
「聞かなくても、みどりちゃんから聞いた話の流れからわかるし~」
青年が得意げに語る。熱次郎とみどりが呆れ声を出す。
(だが実際手強いな。能力者が近づいたことで、一体一体の速さが増している)
火達磨ぶどうクリーチャーをやっと一体仕留めた所で、真が口の中で呟いた。
「誰もが一生のうちに一度は、考え、夢見たことがあるはず……」
青年が眼鏡に手をかけ、歪んだ笑みを広げて喋り出す。
「ぶどうの中身を望むがままの形状にして、戦わせることをっ」
『無い』
「えー……無いと思う~」
「ふわぁ~、あるわけねーべ」
伽耶、麻耶、ツグミ、みどりが一斉に否定する。
「そ、そうか……? そうなのか……?」
愕然とする青年。
「しかし……」
青年はすぐに気を取り直し、眼鏡に手をかけてまた歪な笑みを浮かべる。
「こんな素晴らしい機会が、力を手に入れて早々巡ってこようとは思わなかった。嗚呼……夢のようだ。俺の夢がとうとう叶うんだ……。叶うはずがないと思った夢が……とうとう……目の前に……」
「いや、もう夢叶えたんじゃないのォ~?」
「まだ他に夢があるってことだろ」
嬉しそうに語る青年にみどりが突っ込み、真が戦いながら口を出した。
「誰もが一生のうちに一度は夢想し、妄想したことがあるはず……」
恍惚とした表情になって、再び語りだす青年。
「巨大ぶどうの中に、お前達みたいな可愛い女の子や男の子を何人も裸にして詰めて、自室で飼い続けることを。ぶどうの中で蠢き、哀願の視線を向けてくる美少女と美少年っ。しかもたまにぶどうの果肉によって犯され、ぶどうの中で身悶えして喘ぐ姿、いつもいつも想像していた」
『ド変態現る』
青年のもう一つの夢を聞いて、伽耶と麻耶が真顔で同じ台詞を口走る。
「性癖なんて人それぞれだし、他人に言えない性癖持っていることはとやかく言わないが、それを人前で言ったら駄目だろ」
「いいや、言うべきだね。お前達が、俺のその望みを叶えてくれるんだ。お前達が俺のコレクション第一号になるんだ。だから言っておくべきだ」
真が指摘するが、青年は陶酔した顔で、聞く耳を持たない。
「ていうかさ、ぶどうのサイズ……確かにデカいけど、これでは足りないぞ。とても人一人入りきらないぞ」
「うーん……それなんだよなあ。俺の能力がまだまだだってことだ。いやっ……一つで駄目なら、複数使えばいいだけの話っ」
熱次郎も指摘したが、青年は一瞬頭を悩ませたが、すぐに代わりの手段を思いついて、曇りかけた表情を輝かせた。
「みどり、そろそろ始末してくれ」
「オッケイ、真兄」
真の指示を受け、みどりが呪文を唱える。
「黒髑髏の舞踏」
ぶどうクリーチャーも怪異も真も、大量の黒髑髏の中に埋まる。
「な、な、な……」
夥しい数の黒髑髏の群れを見て、青年は絶句していた。
黒髑髏達が凄まじい勢いでぶどうクリーチャー達に襲いかかる。個々の力の差は歴然だが、数があまりにも違う。黒髑髏の波にのまれ、全身にたかられ、突き刺され、引っ掻きとられ、えぐられと、圧倒的な数の暴力によって、ぶどうクリーチャー達は成すすべなく、体を削り取られていった。
「そ、そんな……俺のぶどうが……俺の夢が~……」
膝をついて泣きそうな顔になる青年。
「最初からそれやってよ」「私達の苦労は一体……」
伽耶が憮然とした顔になり、麻耶がうつむいて溜息をつく。
「真兄があたしの力は切り札にって、控えさせていたんだよォ~。だから悪いのは真兄なんだよね」
みどりが弁解した。
「俺の能力が……敗れるなんて……。俺の夢が……破れるなんて……」
「しかしお前は相当強かったぞ。食べ物を粗末にする系能力者の中では、かなり上位だと思う。数の暴力とタフさがあって、個々の戦闘力もそれなりに高い」
「少し押されてたしね」「シンプルパワー系」
嘆いている青年に、真と牛村姉妹がフォローしてやる。
「こいつはどうする? 殺すのか?」
「ひっ!」
熱次郎が言うと、青年は怯える。
「殺気は無かったからな。僕達を捕獲するつもりだったのかもしれない。見逃してやろう。でも次来たら容赦しない」
「殺気は無くても、エロいことはするって宣言してたよ? それでも見逃すの?」
真が言うと、ツグミが伺う。
「僕達以外の者に、そういうことをしているのかもしれないし、これからするつもりなのかもしれないし、やっぱり殺しておくか」
「してませーんっ! しませーん! お助けーっ!」
真が言うと、青年は必死に土下座して命乞いした。
その時、真はまた電磁波を感じ取っていた。今度は敵意だけではない。殺気も混じっている。
「気を付けろ。連戦になる」
真が告げ、全員気を引き締めて辺りを見回す。
空中に大量の小さな玉が漂い、真達のいる方向へと向かってくる。ビー玉よりやや小さい玉だ。
「あ、この攻撃、見たことある」
「僕もだ」
ツグミと真が言い、ある人物のことを思い浮かべた。
「口の中に入ってくるから気を付けてっ!」
ツグミが顔に腕を当てて叫ぶ。
「しーるどー」「でぃっふぇーんっす」
いつも通り、姉妹が不可視の障壁を張った所で、その人物が現れた。
「ムッフッフッ、私の技を覚えていてくれてありがとう」
スキンヘッド、長い泥鰌髭、額には卍の字が刻まれ、オレンジのボディースーツの上に白衣を纏うという、極めて目立つ姿の中年男が、一同を見て笑っている。
「ミスター・マンジ……ここにいたのか」
腰に手を組んで歩いてくる男の名を、熱次郎が口にした。
***
シスター、ネロ、ブラウン、幸子、その他数名のヨブの報酬の構成員も、電車で転烙市へと入った。
「と、途方も無い光景だ。これが……純子のしたことか……」
窓の外の現実離れした都市の風景を見て、ネロが呻く。
「半年前の覚醒記念日によって、世界中にサイキック・オフェンダーが溢れ、私達はその鎮圧のためにかなり力を削がれましたー。しかし純子は逆に、この変化を巧みに利用して、力をつけたというわけですねー」
「破壊者カテゴリーの面目躍如って奴だな」
シスターの言葉に、ブラウンが皮肉っぽく笑う。しかしブラウンも正直かなりたまげている。
「混沌こそが、シェムハザ……じゅ、純子が活きる領域。これは自明の理」
複雑な心境でネロは言った。純子にここまでのことが出来るという事を、脅威に思う一方で、何故か喜びの気持ちの方が強くこみ上げてくる。さらには誇らしさのような感情もある。
「この人数で入って……大丈夫なのでしょうか?」
不安を隠すことなく、幸子がシスターに伺う。
「今すぐ戦いに挑むわけでもないのですよー。取り敢えずは、この都市の調査でーす。できれば純子が何をしようとしているかも、知りたい所でーす」
純子の当面の目的がわかれば、対処の仕方も考えられる。
「半年前はまんまと出し抜かれた。こ、今度はしくじらないようにしないとな」
「ええ、全くですねー」
ネロの言葉に、シスターは渋面になって同意した。




