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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
93 マッドサイエンティストの箱庭で遊ぼう
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2

「君達は役目を果たしました」


 大丘は苗床の役目を与えられた青少年達を前にして、厳かな口調で告げた。


「もう日常に帰った方が良いでしょう。ここにいても何もなりません」


 若者達の歓喜の表情が一斉に曇る。あるいは凍り付く。


 日常は忌むべきものだ。自分達は大丘によって導かれ、その日常ならざる領域へと連れてこられたと信じていた。そして自分達は崇高な役目を果たしたと信じ、満足していた。それなのにその行為は終わったと告げられ、忌まわしい日常へ帰れと、この世でも最も信じる者から告げられた。彼等にとって、これほどショッキングな展開は無い。


「嫌ですっ。次の役割をくださいっ」

「世界を変えるお手伝いがまだしたいですっ」

「私、家に帰りたくないっ。ここで世界を変えるための崇高な任務を続けたいっ」


 苗床の若者達が口々に訴える。騒然とする。


 大丘が無表情に、ゆっくりと片手をかざすと、彼等は沈黙した。


「世界を変える手伝いをまだしたいというのなら、尚更です。日常に戻って、出来る範囲のことで、力をつけてください。そして得た力を用いて、改めてここを訪ねて、世界を変えるための手助けをすればいいのです。あるいは、今からここオキアミノ反逆で、働くのも有りでしょう。ここのボスにはその旨を伝えておきます」

「力をつけろって……」


 一人の少年が呆然とした顔で呻く。


「何でもいいと思いますよ。超常の力を覚醒させるもよし。何らかの技能を身に着けるもよし。学問を究めてみるもよし。選択するのは君達ですよ」


 そこまで喋った所で、ずっと厳粛な面持ちだった大丘が、ようやく微笑んだ。


「今更何でそんな……僕達は今の世界に絶望しているのにっ」

「湊君、絶望して諦めないでください。私も諦めませんから。どんな人間も、少なからず世界を変える力があると、私は信じています。世界を変える規模の大小はありますが」


 叫びかけた少年の名を口にして、大丘は優しい口調で諭す。


「皆さんも同様です。次のステージに進む時が来た――それだけのことです」


 そう言い残し、大丘は苗床達に背を向けた。


 苗床の若者達は固まったままだった。誰一人もう声を発そうとしない。何か話したくても、声が出せなかった。何を言っても、もう大丘の態度は変わらないと悟っていた。たった今、信じていた大丘によって、巣立ちの時を宣告されたのだから、それは決して変わらない。感情は受け入れてなくても、事実は受け止めていた。


「何であんなことを?」

「この人のキャラらしくもない正論だった」


 大丘の後を追って部屋を出た伽耶と麻耶が、疑問を口にする。ネロも外に出る。


「言葉通りですよ。彼等が次のステージに進むためのショートカットです。いや、そうなるかどうかは彼等次第ですが。どうなるかは、人それぞれでしょう。今の言葉によって、立ち直りが早くなる者もいれば、そうでない者もいる。自殺してしまう者もいるかもしれません。しかし――黙ったままであれば、立ち直るにしても、命を放棄するにしても、彼等は散々無為な時間を過ごしてからようやく、次のステージに進むことになります」


 歩きながら大丘は、包み隠さず、偽りもせず、心情を吐露する。


「そういう意味で聞いたんじゃない。どういう風の吹き回しなの?」

「全然貴方らしくない説得だったから驚いている」


 伽耶がさらに問い、麻耶が付け加える。


「ああ、そういう意味での質問ですか」

 大丘が姉妹の方に振り返り、微笑を零す。


「彼等に対して、私に何の感情も無いわけではないですよ。ずっと面倒見てきましたから。彼等は私に従順でしたから」


 大丘は前に向き直り、小さく息を吐いた。


「しかし私が説得した所で、彼等の呪いは解けますかね?」

『呪い?』

「純粋であるという呪いです。それは私が彼等と会う前からある、彼等の性質。彼等はそれ故に雪岡さんに目を付けられたのですし、その性質故に、私の説得は逆に彼等を苦しめてしまう可能性もあります」


 そこまで話した所で、四人はオキアミの反逆のアジトの裏口へと着いた。


「私はここでお暇させていただきますよ。他の皆さんによろしく」


 そう言い残すと、大丘は裏口の扉を開いて外へと出た。


「逃がしてよかった?」

「よくないと思うけど、何となく止め難い空気だった」

「うむ」


 疑問を口にする伽耶に、麻耶が答え、ネロも頷いた。


***


 学校の教室で、制服姿のまま着席姿勢を強いられている晃、十夜、凛、蟻広、陽菜、エカチェリーナ、カシム、カバディマン。ツグミは教団の前でジャージ姿で、竹刀を手でぽんぽんと叩いている。


「時間が無駄に流れているような気がするが、これは時間稼ぎか?」

「おらぁぁっ! 私語厳禁~っ!」


 カシムがうんざりした顔でツグミに問うと、ツグミはチョークをカシムめがけて投げた。カシムはかわすことが出来ず、透過の能力も発動できず、額にチョークの直撃を受けてしまう。


「奇妙な光景だ。でもその制服はいいな。私だけ除外されているのはどうして?」


 服装も変わらず、席にも着いていない柚が物欲しげな顔で言った。


「抗えることが出来たのは、柚だけだったな。しかし柚もこの空間内にいる。つまりこいつ、柚に匹敵する力の持ち主なのか」

「ポイントの大幅プラスが必要ね?」


 蟻広が柚とツグミを交互に見やると、柚が微笑みながら冗談めかす。


「心に描いた空間を現実にあてはめてしまう力だな」

 柚がツグミの能力の正体を言い当てる。


「カバディ……」


 カバディマンが必死に立ち上がろうと体を揺するが、立つことは叶わない。皆着席姿勢から動けない。


「キツいわ~……この歳デこの服……」

「私は中高とセーラー服だったのよね。こういうヤボったい制服は逆に新鮮」


 エカチェリーナはげんなりしてうつむいていたが、陽菜は平然としていた。


「おい、俺以外も結構私語してるのに、何でそいつらにはチョークぶつけないんだよ。ん……?」


 カシムが文句を言うと、ツグミはゆっくりと前のめりに倒れていく。


「ツグミっ!?」


 晃が立ち上がる。座った姿勢のまま拘束されているような状態であったが、その拘束も解けた。

 次の瞬間、教室が消える。全員の服装も元に戻る。晃以外も拘束状態が解けていた。


「驚嘆に値する能力ではあるが、本人の器がついていっていない。しかし短い時間といえども、そのような力を使いこなせたことは見事だ」


 晃に抱き起されるツグミを見て、柚が解説しつつ称賛する。


「裏切り者の大丘からメールきたわ」

「何て?」


 陽菜が報告すると、エカチェリーナが不機嫌そうな声を発する。


「苗床の面倒を見てほしいって。彼等を見捨てないでほしいってさ」

「はん、言われンでもそのつもりやったのな」


 吐き捨てるエカチェリーナであったが、大丘からそのような頼みをされるとは、少し意外と感じた。


「ぽっくり連合は降伏するつもりみたいだぜ。大丘からこっちにもメッセージ回ってきた」


 と、カシムが伝えたその時、真がその場に現れる。


「ツグミと十夜は無事なのか?」

「十夜はダメージ受け過ぎ、ツグミは力の使い過ぎで倒れたみたい。意識が戻ったらみそを食べさせて、体力の回復を促すわ」


 倒れたままの十夜と、晃に介抱されているツグミを見て真が問うと、凛が答えた。


 さらに伽耶と麻耶とネロもその場に現れる。


「雪岡と会ったよ」


 ツグミと十夜は意識を失っていたが、突入した全員が揃ったことを確認して、真は告げた。


「転烙市に来いと言われた」

「貴方も転烙市に? 私達も言われたわ。でも今は離れられない」


 真の言葉を聞き、陽菜が言う。


(祭りには間に合いたいけど、今は抗争の後処理に追われそう)


 口の中で付け加える陽菜。


「嫌な報告入ったデ。PO対策機構の兵士がヘリから現れよった」


 エカチェリーナが部下から入った報告を口にして、真を睨む。


「このタイミングで攻めてくるなんてね……」

 陽菜も真を睨む。


「貴方が呼び寄せたのね」

「僕達は偵察に来たし、報告もしたさ。でも僕が呼んだわけじゃない」

「同じことでしょ……」


 弁解する真だが、陽菜は憮然とした顔のままだ。


「僕達はここで退いておく。目的は達することが出来なかった。僕達は苗床をどうにかするのが目的だったからな」

「いや、それは真の目的だから」


 真が言うと、伽耶が突っ込んだ。


「本当そうね。PO対策機構の偵察を名目にして、好き放題やっちゃって……」


 凛が呆れて言ったが、真は素知らぬ顔をしていた。

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