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「え……そ、そっか……あははは……。そ、そんな台詞はっきり言われるなんて、う、うん……その……」
つっかえ気味に喋りながら、照れくさそうに頬をかいて視線をそらす純子。
真の方はというと、純子に目が釘付けだった。
(こいつはこんなに可愛かったか? こんなに綺麗だったか? こんなに輝いていたか? まるであの時と同じだ。図書館で初めて会った時。いや、あの時以上かもしれない)
半年ぶりに会う純子が、真の目にはとても輝いて見えた。真は見入っていた。真は魅入られていた。
(どうして僕から離れたんだ。お前を失ってから……僕は心に穴が開いたようだった。自分の一部がもぎ取られたような感覚だった。こんな痛みは初めてだ。慣れるまで……相当時間がかかった。いや、まだ慣れていない)
再開の嬉しさの反面、痛みと反感と恨めしさが真の中で渦巻いてもいる。
(でもそれは……お前も同じだよな?)
肉声に発して問いかけたい気持ちはあったが、それは出来ない。恥ずかしくて、情けなくて、出来ない。
(純子――シェムハザ。お前は自分に、嘘鼠の魔法使いへの気持ちを忘れられない呪いをかけた。つまり、こんな気持ちを千年間ずっと抱えて生きてきたんだ。僕と会うまでずっと……)
嘘鼠の魔法使いに見せられた記憶を思い起こし、胸が締め付けられる感覚を味わう真。
その時、ふと真は意識した。自分がシェムハザという名を純子と被せていた事に。
(心の中でこいつの名を呼ぶ時、たまにシェムハザの名も混じっている。あの記憶を見せられて以来こうなった。もしかして僕の心は、嘘鼠の魔法使いに浸蝕されているのかな?)
かつての真ならぞっとしただろうが、今の真は、何ら恐怖を覚えない。その恐怖が無いということも、浸蝕されているからではないかと考える。
「あの……えっと……いざ会うと、気の利いた台詞出てこないねえ。話したいことはいっぱいあるのにさあ……ははは……」
純子が頬を掻きながら、真から目を逸らして気まずそうに笑う。
「怒ってる……よね?」
「かなりな」
恐々と尋ねる純子に、真は即答するが、その口元が微かに綻んでいたことを見て、純子は真に向かって手を合わせて拝みだす。
「この状況は――世界中に超常能力者の犯罪が溢れている状況は、お前が望んでいたものではなかったんだよな? 新たな別の何かを作ろうとしている。そうだよな?」
純子のリアクションを無視して、真が問いかける。
「んー? どうかなー? ま、ここでとぼけても意味無いよねえ。というか、わざわざ確認しなくても、研究所を出る前の私の反応通りだよ」
「ここに来たのは僕に会うためだけか?」
続けて質問をぶつける真。再会の感動にもっと浸りたい気持ちはあるが、いつお邪魔虫が入るかわからないので、必要な会話を済ませておくことにした。
「実は陽菜ちゃんに呼ばれたんだよ。助っ人に来てほしいってさ。アルラウネを回収する必要もあったし、真君もいるって聞いたしさ。うん。絶対に会おうと思っていたよ? 直接会って伝えたいことがあってね。舞台の準備が整うまでは、離れていようって決めてたけどさあ。整ったから、もういいかなって思って」
「今の状況を望んでいないと言いつつ、サイキック・オフェンダーを増やしている理由は? リコピーアルラウネバクテリアの覚醒を促す薬をばら撒いていたのは、そのためだろう?」
「その方が都合がいいからねえ。手駒を増やすためにもいいし。私は今のこの状況が、理想とは異なるものだと思っている反面、これはこれで利用できるとも考えているよー。陽菜ちゃんだって、大きな拾い物だった。ぽっくり市と転烙市もそうだよ。理想に届かなくても、理想とはズレた代物でも、利用は出来るってこと」
(転烙市も……?)
純子のその一言に反応する真。
(つまり転烙市もこいつの支配下ってわけか。あの都市は、噂だけで、全く情報がわからない不思議な有様だが)
転烙市は北九州にある元暗黒都市であり、ぽっくり市と並ぶサイキック・オフェンダーの巣窟であり、無秩序地帯であるという噂がある。しかしぽっくり市以上に、その現状は謎とないっている。一切の情報が外に流出しない。
「苗床は一体何のつもりだ? 凄く強いアルラウネを作ろうとしているのか?」
「凄く強いというのは違うかな。まあ、今までとは違うタイプのアルウラネも必要ってことだね。あれは過程のうえでの実験の一つに過ぎない。半年前に私がやったことと同じだよ。半年前も言ったよね? 色んな小片をハメていって、パズルを完成させる。一つの事柄だけに依るわけじゃない」
「アルラウネを植えられ、育てるために使われていた連中は、精神エネルギーを吸い取られていたのか?」
「吸い取るっていうのはちょっと違うねー。確かに宿主の気持ちで成長はしていたけどさ。知っての通り、アルラウネはさ、宿主の気持ちで成長するんだよ。そして宿主に進化を促す。力をもたらす。でもあのアルラウネは、成長して力を蓄えるけど、宿主に何かをもたらすことはないんだよね」
進化させずに、成長だけしたアルラウネ。それに何かしらの力が蓄えられており、その力を利用するということが、真には漠然と理解できた。
「伝えたいことは?」
「遊びの誘い」
真に問われると、純子はにやりと不敵に笑い、短く答えた。
(つまり遊びの準備を今までしていて、今はもうそれが整ったというわけだ)
純子の台詞を聞き、真はそう判断する。
「転烙市に遊びに来てよ」
「そこがお前が用意した舞台か」
はっきりと転烙市の名を出されて誘われたことで、先程転烙市の名を口走ったのは、ただうっかり口にしたというわけではないと示していた。
「うん。そこが今の私の箱庭。今の私の居城でもあるかな? そして祭りの――いや、言いすぎるのはよくないね。せっかくの楽しみを奪っても無粋だし。ま、自分の目で確かめて」
「ああ……行ってやる。何をしでかすつもりかわからないけど、楽しみにしていくし、堪能してやるよ。必ずお前をやっつけるし、お前を僕の元に取り戻す。どちらも必ず果たす」
真がうそぶくと、純子はお馴染みの屈託の無い笑みを広げる。
(お前の呪いも解いてやる。いや……呪いはすでに解かれていると、気付かせてやる)
嬉しそうな純子に、口に出さずに宣言するが、ふと疑問を覚える。
(いや、とっくに気付いているかもな……)
「じゃ、またね」
純子が踵を返す。
真の胸が冷たくなった。身体の力が抜けるような感覚に襲われた。
(行くなよ。別れたくない)
真の体が自然に動く。
「待てよ。まだ用はある」
「んー? 何?」
真に呼び止められた純子が、足を止めて振り返ると、走ってくる真の姿が目に入った。
純子に抱き着く真。目をぱちくりさせる純子。
力を込めて抱きしめ続ける真に、純子の心も蕩けていく。
(このまま……こいつを押し倒して滅茶苦茶にしたい。キスして、裸にして、撫でまわして、突きまくって、貪りつくしたい)
人一倍性欲が強いうえに、人を殺すと堪えがたいほどに性欲が強まる真は、発散していない性欲を、今ここで全て純子にぶつけたい衝動に駆られていた。
(でも駄目だ。今はそれは駄目だ)
自制をかけながらも、真は一層強く力を込めた。
「お前はどうなんだ?」
「え?」
純子の耳元で囁きかける真。
「僕は……扉を開けてお前の顔を見て、それだけで震えが止まらなかったよ。体も心も喜びで溢れてた。お前は何も感じなかったのか? 僕がおかしいのか?」
「同じだったよ。そっかあ……真君も同じだったんだ。嬉しいなあ」
真の問いかけを聞いて、恍惚の表情で答える真。
「このままずっとこうしていられたらねえ。どっちかが折れれば、それが叶うんだよ?」
純子の言葉は甘い誘惑だった。しかし真は乗る気は無い。
「お前は折れる気は無いんだろ。僕もだ」
そう言って真は、純子から離れる。
「充電完了」
真のその一言を聞いて、純子はまた目をぱちくりさせる。
「え……? 私はまだ充電しきってないよ。もうちょっと……」
「知るか。僕はもう充電完了だ」
せがむ純子の横を通り過ぎ、先に部屋を出る真。その背を物欲しそうに見送る純子。
(相変わらずね。あの子は……いや、あんた達は……)
純子の後ろ斜め上で、スーツ姿の女性の霊が、サングラスに手をかけながら溜息混じりに呟いた。




