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PO対策機構の兵士達は、空軍の輸送機でもって、東京からぽっくり市へと向かっていた。一機につき五十名近く搭載可能な大型輸送ヘリ五機だ。
「このヘリは殺人倶楽部を始め、政府お抱えの兵士が詰められていますねー」
「政府機関所属、裏通り、グリムペニスでそれぞれ分けてあるんだ」
「ヘリごとに区分けしても、政府お抱えの面々はそこでまた細かく別個の組織があって、それぞれあまり仲よろしくないから、ここは空気が最悪ね」
殺人倶楽部の鈴木竜二郎と藤岸夫と橋野冴子が喋っている。
「あれってテレビタレントの村爆茂じゃないか」
種島卓磨が、同じヘリ内にいる男性を指して言った。
「PO対策機構の一員だったのか。しかも政府側」
眼鏡に手をかけながら、芹沢鋭一。
「今は澤村聖人と申します。弱者盾パワー委員会会長の務めており、PO対策機構の一員でもあります。よろしくお願いしますね」
卓磨と鋭一の声が聞こえた本人が、殺人倶楽部の面々がいる方を向いて、にっこりと微笑んできた。
「PO対策機構所属の約三割が動員されているようですね。かつてない規模の大作戦です」
「つまりPO対策機構に所属しているのは、ざっくりと七百五十人程度ですかあ」
「ヘリ一つ五十人きっちり乗ってるわけじゃないし、三割というのもおおよそだろう」
澤村の言葉を聞き、暁優と卓磨が言った。
***
別の輸送機には新居が乗り込んでいた。
「真の奴、中々返事を寄越さん。こいつは許せねーなー」
「つまりお取込み中ってことだよね」
新居がメールをチェックして苛立たしげに言うと、目が隠れるほど前髪が長い白人男性が、微笑をたたえて柔和な口調で言った。新居のかつての傭兵仲間のシャルルだ。現在はPO対策機構の一員となっている。
「ぽっくり市のサイキック・オフェンダーは少なく見積もっても、百人以上集結しているというが、こっちは二百人以上で出動か。その百人以上って情報が曲者だな。実際三百人いるかもしれないし」
そう言ったのは、これまた新居と傭兵仲間の李磊だ。彼は別にPO対策機構ではないが、新居に無理矢理連れてこられた。
「質の面でもこっちは充実している」
新居がそう言って、ヘリ内にいるある人物の方を見る。
褐色の肌に長身、オールバックの男が、長い脚を投げだして壁に寄りかかっている。その横には園児服を着た幼児と、セーラー服姿の少女がいる。
「園児がいるよ」
「俺と同じ元タブーもいるわ」
シャルルと新居が言うと、オールバックの男――バイパーが新居達の方を向いた。
「新居か。久しぶりだな。そっちの眼鏡も前に見た顔だ」
バイパーが新居と李磊に交互に視線を向け、にやりと笑う。
「おやおや、二人して知り合いなの?」
「昔ちょっとやりあったことがあるな」
「俺もだよ」
シャルルが尋ねると、新居と李磊がそれぞれ答える。
「知り合いばかりで世の中の狭さを再認識か」
そう発言したのは犬飼だ。横には裏通りジャーナリストの高田義久の姿がある。
「おっさんトリオで久しぶりの同窓会かな」
「はんっ。そっちですでにおっさんトリオだろ」
「だから俺はおっさんじゃないから。まだぎりぎりお兄さんっ」
「俺もおっさんと言われる歳じゃないけどなー。超心外」
犬飼の台詞を聞いて、バイパーは笑い飛ばし、義久とシャルルは反論した。
***
世界の全てが自分からズレていく。そのズレを感じた時――特に人との間にズレを感じた時に、大丘は頭の奥で、胸の内で、腹の中で、大量の脚と毛と棘が生えた虫が蠢くような感覚に襲われ、強烈にイラつく。
その苛立ちは大丘にとって耐えがたいもので、殺意や破壊の欲求にと直結する。誰かを殺せば解決する。誰かを破滅させれば解消される。その度に殺してきた。家族や恋人は外法の材料にした。犬飼は例外的な対処だ。犬飼自身には手を出さず、彼の作り上げた玩具を歪んだ形にして壊してやった。
(私の理想と、私が望む状態と、私が望む完全な人と、いつになったら巡り合えるのでしょうね。永遠に無理ですか? こんな私が異常なのですか?)
たっぷりと自嘲を込めて、問いかける。無論、答えは返ってこない。答えは見えない。
(カシム君は私と同じ性質がありますね)
カシムは大丘が雇った。ひどく粗暴な少年で、我が強い。そのうえ自分とズレる存在が許せないタイプだ。ズレが許せないという点においてのみ、同じと感じる。
物思いに耽りながら、大丘はネロと牛村姉妹を連れて歩いていたが、やがて目的地に着いた。
「苗床はここです」
苗床と呼ばれる者達が隔離されている部屋の扉の前に着く。
(護衛が全くいない……。やはりこれは……)
大丘の中での悪い予感が膨らんでいく。いや、最早確信に近い。
「た、確かに難解な結界が幾つも張られている……な。よ、よし……」
ネロが扉の前に進み出て、色々と解除していく。
さらに扉を開けたうえで、部屋の中にも入る。
(ああ……やっぱり……)
広間の中――マジックミラーの向こう側にいる、白い服を着せられた若者達の姿を見て、大丘はこの時点で確信した。
先日と異なり、彼等は誰一人として、体からアルラウネを生やしていない。
「ここにも結界が……か、解除する」
苗床達が、話に聞いていた姿と異なり、体からアルラウネが生えていないことを訝りながらも、ネロは広間に仕掛けられた術の数々を解いていった。
マジックミラーが上がっていく。
「大丘さんっ!」
「大丘さんだ!」
「大丘さ~んっ、今までどこに行ってたんですか~」
若者達が、かつての指導員であった大丘の姿を見て、歓喜の声をあげる。
『アルラウネが生えてない』
伽耶と麻耶が同時に言う。
「回収されたのでしょう? 貴方達に生えていた植物は――」
「皆引き抜かれたよ。途中までしか育ってないのも含めて皆」
大丘が言うと、苗床の一人が認めた。
(なるほど……彼等はもう用無しなのですね。道理で渦畑さん達の態度に余裕があったわけです。私達をすんなり通した事にも合点がいきます)
真相を察し、落胆する大丘。
「ネロさん、伽耶さん、麻耶さん。私が彼等を説得してみせます」
「説得?」「嫌な予感」
唐突に申し出る大丘に、伽耶と麻耶は揃って不審を露わにする。
「な、何の説得だ?」
ネロが問う。この男を用心するように真に言われているので、ずっと警戒はしている。
「ここから連れ出すための説得です。そして、彼等に対する詫びでもあります」
「詫び?」「やっぱり嫌な予感」
おおよそ大丘に相応しくない台詞が口から出たので、伽耶と麻耶はますます不審顔になった。
***
ネロ、大丘、伽耶と麻耶が去り、一人になったことを確認してから、真はネロが指した扉の前へと移動する。
(僕を待つ者……)
ネロの言葉が指す人物。真にはわかっている。確信している。他に考えられない。
動悸が速くなっている事を意識しつつ、ゆっくりと扉を開く。
果たして、室内には予想していた通りの人物がいた。
「やあ、おひさー」
耳に心地よい弾んだ声。神秘と魔性を兼ね備えた真紅の煌めき。屈託の無い笑顔。白く眩しい太股。ブラウンのショートヘア。白衣。全てが半年前と何も変わらない。
指先まで震える。全身の細胞が喜びに打ち震えていることが、はっきりとわかる。こっそりと生唾を飲む。しかし耳の良い彼女には聞こえたのだろうと諦める。
マッドサイエンティスト雪岡純子がそこにいた。
唐突に姿を消した純子と、真は唐突に再会した。
半年前と何も変わらぬ姿の少女が、真の目には輝いて見えた。
「真君?」
硬直したままの真を訝る純子。
「僕に会いに来たのか?」
そんな台詞が、真の口からついて出る。
「うん。真君は?」
純子は嬉しそうに笑い、問い返してくる。
「お前のこと以外、考えてなかったよ」
熱を帯びた視線を向け、口元に微笑を浮かべて、真は力強い声で告げた。
92 苗床を潰して遊ぼう 終




