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オキアミの反逆のアジト中へ正面突破を図る――という方針であったが、どう見てもそれは不可能に近いように思われた。
「世界七大地下組織と恐れられている奴等が加わっても、全然駄目じゃん。名前負けしてて大したことない印象」
「あのですねー、うちも超常の能力者は多数いますが、一度にこんな数を動員するというのも難しい話ですしー。それに加えて様々な要因がですねー……あ、やっぱりいいですー」
晃のぼやきを受けて、シスターがむっとした顔で反論しかけたが、途中で面倒になって辞めた。
半年前の覚醒記念日があったからこそ、一つの組織にこれほどの多くの能力者が集まったと、シスターは見ている。そうでなければ、ここまで多数の能力者を一つの組織に集結させるなど、容易ではない。霊的国防に優れた国家規模だ。そしてヨブの報酬もこの半年間、サイキック・オフェンダー達との攻防で、かなり人員を減らして弱体化している。
「数が違いすぎる。こっちの何倍? 斃しても斃しても次々出てくるし、これはいくらなんでも無理があるわ」
凛もぼやく。
(あの女の言う通りだ。質はこちらの方が上だが……この場合は質より数だな。疲労だって積み重なっている。敵の連携もよく練られていやがる。抵抗だけではどうにもならない、物理的な行動の阻害系という、防ぐに難しい能力持ちも多い。このままじゃジリ貧だ)
ブラウンもうんざりしていた。前線で敵を引き付け、次から次へと攻撃を受けている状態で、疲労が積み重なっている。
「潰し合いをするのであれば無理があるな。しかし僕の目的は潰し合うことではないし、そんなことに加担するわけでもない」
「ええ、突入することが目的ですしね」
真と大丘が言うものの、突破して建物の中に入ることが目的であるが、その突破口を作れない。
「十夜、受けに回るな。次から次へと正体の知れない力で攻撃され、一方的にやられるだけだ」
近接組に加わっている十夜に、真が告げる。
「そうは言っても……」
が、十夜にはどう考えてもそれは無理と感じられた。避け続けていないと、すぐに殺される。
「伽耶と麻耶も十夜のフォローに回ってくれ。あいつに降り注ぐ攻撃を全てガードしろ」
「了解」「合点」
真に指示され、伽耶と麻耶は十夜のフォローに注力する。
「亜空間トンネルで入口近くにまで移動して、無理矢理中に入るのはどーかなー?」
晃が真の方を見て意見する。
「あの数ではそれも怪しい。敵の中に飛び込むようなものだ。成功はするかもしれないが、突入組の半分――あるいはそれ以上が殺される。そんな犠牲を払ってまで作戦を遂行する意味も価値も無い。それより現実的な手を使おう」
「現実的な手?」
「道を開けばいい。つまり――」
「敵を誘導して分散させます」
真の言葉を引き継ぐようにして大丘が言うと、建物入口にひしめくオキアミの反逆の兵士達に向けて、新ポチをけしかける。
新ポチに混ぜられている者達の顔を見て、オキアミの反逆の兵士達の何人かはぎょっとしていた。知っている顔があったからだ。ぽっくり市のサイキック・オフェンダーの組織から、オキアミの反逆へと所属を変えた者もいる。かつて自分達が所属していた組織のボス達が、一つの化け物に混ぜられている状態を見せられたのだから、少なからず衝撃を受けるのは当然といえる。
「私一人では難しいので、もう片方に引っ張って欲しい所です」
「敵の攪乱ならお任せ~っ」
大丘が言うと、ツグミが弾んだ声で申し出る。
ツグミが怪異を次から次へと出し続ける。ミミズマン、デカヒヨコ、叫乱ベルーガおじさん、イエロースポンジ君、土偶ママ、デカヒヨコ、白美さん、狸生徒、ブックワームじーちゃん。異様な姿の怪異の集団が、オキアミの反逆の兵士達が固まっている中心にいきなり現れ、暴れ出した。
オキアミの反逆の兵士達に混乱が生じる。
「こちらへの注意が削がれた。好機だな」
「亜空間トンネルを開くわ」
真が凜を見ると、凛は亜空間トンネルを開いた。
真達七名とカシムとカバディマンと大丘とネロが、亜空間トンネルに飛び込む。結界が張ってあるため、ビルの中には入れない。直前まで行くだけだ。
「主の盟により来たれ。第五の神獣、哀叫の駄犬」
亜空間トンネルから出る直前に、ネロが神獣を呼ぶ。
「ワギャン! ワギャン! ワギャン!」
人の身を上回るほど巨大ではあるが、酷く痩せ細り、毛もぼろぼろで、全身のあちこちに腫瘍が出来た犬が現れ、大声で鳴く。
「ううう……」
「おおおお……」
「うわあああん……」
鳴き声を聞いた何名かが、突然泣き出した。何の脈絡も無く深い悲しみに捉われ、力が抜けた。
巨大犬の後方から、突入組が飛び出し、まんまとアジト入口へ飛び込む。
「うわーお……」
エントランスの中の光景を見て、晃が引きつった笑みを浮かべた。大丘も苦笑いを浮かべ、伽耶と麻耶は肩を落としている。エントランス内にも大量の敵が待ち構えていたのだ。
「外と合わせてどれだけいるんだろ~……」
「百人以上は間違いない」
「外にもそれくらいいたぜ」
「カバディ……」
ツグミ、ネロ、カシム、カバディマンがそれぞれ言う。
「立ち止まるな。さっさと突破しないと、後ろからも来られて挟み撃ちにされる」
真が言うと、銃を撃ちながら先陣を切って飛び出した。
たちまち真に向けて、超常の攻撃が雨あられと飛ぶ。
「真をでぃっふぇーんす」「真に強力ばりあー」
伽耶と麻耶が真を必死に護る。しかし敵の攻撃があまりに多くて、攻撃の幾つかがガードを突き抜け、真の左上腕部とこめかみを切り裂き、腹部に泥の塊が付着した。
(何だ。これ……)
真が泥の塊をひっぺがそうしたが、すぐに手をのけた。泥の塊に触れた手が爛れていた。
(不味い……このままだと、これが腹の中にも食いこんで……死ぬ……)
恐怖した真の隣に、大きな人影が現れる。
「むんっ!」
いつの間にか真の隣にやってきたネロが、真の腹に張り付いている泥の塊を掴むと、真の腹から引っぺがし、一言唸って握りつぶした。ネロの手は何ともなっていない。
ネロにも攻撃が降り注ぐが、ネロは腕を振っただけで、超常の攻撃の数々をあっさりと弾き飛ばしていく。
(あっさりと弾いているように見えるが、かなり力を使っているのは、僕の目からもわかるぞ)
走りながら真は、隣を走るネロを見て思う。
「だ、大丈夫か?」
真の方を見て案じるネロ。
「何てことない。それよりあんたが苗床確保の要なんだから、あんたが無理するなよ」
「わかっている」
真に言われ、ネロは何故か嬉しそうに微笑んだ。
多少のダメージを受けつつも、全員がエントランスを抜けて、通路の中へと飛び込む。
もちろんエントランスにいた敵も追ってくるが、そうはさせない手があった。
「手を伸ばしても届かない、空に描いた絵。惑わすために? 欺くために? はたまた想い焦がれるために?」
凛が呪文を唱える。
「え?」
「どこ行った?」
「テレポート?」
「いや、このアジトの中では転移は無理になっているはずだぞ」
通路に入るなり、姿を消した侵入者達の姿を見て、オキアミの反逆の兵士達は戸惑う。
凛が幻影の壁を作って、姿を見えなくしただけの話であるが、彼等にはわからなかった。
「上手くいったけどよ、これ、最初からやりゃよかったんじゃね?」
カシムが床から出てきて言う。
「もしも見破られたらそれまでだからね。外にあれだけの数の能力者がいるとなると、その中に察知に長けた力の持ち主だって、いる可能性が高かったし。いちかばちかの賭けは最後まで取っておくことにしたのよ。それと、開けた空間よりも、通路みたいな場所でやった方が効果的だし」
「な~るほど。考えてやがるわ」
凛に言われ、カシムは仮面の下で笑う。
階段を上り、苗床のある部屋へと向かう最中、十字路にさしかかった所で、真達は足を止めた。
「多いな。流石に二人で足止めするのは辛い」
「二人じゃないけどな」
横の通路から柚と蟻広が現れ、真達を見ながら言う。
蟻広と柚の反対側の通路を見ると、陽菜とエカチェリーナが部下達を伴って向かってくる。
「ははは、ボス自らお出ましか」
カシムが陽菜達を見て笑う。
「ボスの座にふんぞり返っているのも非効率だと思ってね。部下にだけ戦わせているのも性に合わないし」
「それは本心の台詞か? 格好つけているだけに聞こえる。あるいはこうしなければいけないと、義務的な行動なんじゃないか?」
陽菜の言葉に疑問を覚え、真は指摘した。
「私は貴方達のこと、嫌いじゃなかったけど……よりにもよって、ぽっくり連合と手を組むなんてね。今はかなり嫌いになったわ」
真の疑問をスルーして、陽菜は不機嫌そうに言った。
「暫定的な同盟だ。目的は一致しているからな」
(苗床を潰したいンか。アホやな。もう潰されても構へんのに)
真の言葉を聞いて、エカチェリーナが嘲笑を浮かべる。
「目に脅えが見えるぞ」
陽菜を見てさらに指摘する真。
「船虫舟生と同じだな。人を操る力を持っているのに、人に操られている」
「何……?」
真の言っていることの意味がわからない陽菜。
「お前をオキアミの反逆のトップに据えたのは、雪岡だろう? そしてお前は雪岡のことを信じている。これはディスってるわけじゃない。雪岡からすれば都合のいいタイプに見えるからさ。自分の思い通りにしやすい人材だ」
「ディスられているとしか聞こえないし、悪意無しに言ってるなら無神経すぎっ」
真に指摘され、陽菜は怒りを露わにした。
「敵に同感……」
「真はわりと無神経な所ある」
「またそれ言われるのか。でも今回は僕が正しい」
伽耶と麻耶が言うと、真は少しうんざり気味に反論した。
「先輩が真実を突きつけたわけじゃん。だからこそ、そっちも腹立ったんだろー?」
晃は真の肩を持った。
「僕と伽耶と麻耶とネロは苗床に行く。他はそいつらは頼む」
「私も行きますよ」
真が指示を出すと、大丘が申し出た。
「じゃ、私とツグミはあっちがいいかな」
凛が言い、蟻広と柚を見る。
「あー、またこの組み合わせかよ。リマッチはダルい。マイナス9」
「次こそ決着をつけてやろう」
嫌そうな顔で言う蟻広。柚は静かに闘志を燃やしている。
ツグミが三体の怪異を出す。悪魔のおじさんと影子とハチジョウだ。
「色違いの二人出すとか、どういう趣味の能力なんだ」
カシムが影子とハチジョウを見て呟く。影子は服も含めて全身黒ずんだツグミ、ハチジョウは赤い。
「ツグミ、飛ばし気味だけど大丈夫?」
「キツいけどここが踏ん張りどころだから頑張るよー」
心配する凛に、ツグミは笑顔で言ってのける。
陽菜とエカチェリーナとその部下達とは、晃、十夜、カシム、カバディマンの四名が向かい合う。
「僕とカバディマンさんが遠隔組、十夜と花嫁さんが近接かな」
「近接と言っても、俺は正面切って戦うタイプじゃねーぜ」
晃が言うと、カシムはそう言い残して壁の中へと入っていった。
真と牛村姉妹とネロと大丘は、通路を真っすぐ走って、苗床の部屋を目指す。
(妙ですね。私達を通しているというのに、渦畑さんは全く動揺していないように見えました。私達の行く手を遮ろうともしていません。これはもしかしたら……)
大丘が疑問に思う。疑問の答えも思い浮かぶ。その疑問の答えは、かなり悪いものだ。
「ネロ、その男はろくでもないことをしかねないから、用心しておいてくれ。ネロが作業する時は僕と伽耶と麻耶が見張る」
「了解」
真が大丘を顎で指して言い、ネロが頷いた。
「おやまあ、警戒されてしまっていますか。目的が一致している時点で裏切ることはありませんよ」
「雪岡側についていたのに裏切っただろう。そんな奴信じられるか」
大丘が柔らかな口調で言うが、真は冷たく突っぱねた。
(皮肉だ。この子の存在がとても頼もしく感じる。健やかでとても好感が持てる)
真を見て、ネロは微笑む。
「む……? な、何だ……?」
ネロが立ち止まり、唸り声を漏らし、怪訝な表情になる。
「どうした?」
真も立ち止まり、ネロを振り返る。大丘と牛村姉妹も止まる。
(念話を繋ごうとしている者がいる。精神干渉などの攻撃の類ではないな。そしてこの波長は……)
ネロは真を見た。
「き、君はあっちだ」
「え?」
通路の扉の一つを指すネロに、真は頭の中で訝しげな顔の自分を思い浮かべる。
「君を待つ者はそこにいる。お、俺達は引き続き苗床に向かおう」
ネロの台詞を聞いて真は絶句した。ネロの台詞の意味をすぐに理解したが故に、絶句していた。




