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「さ、幸子。限界のようだな」
ネロが幸子に声をかける。
「盲霊はもうありません……」
息切れするほど盲霊を使いまくって、幸子は心身共に疲弊しきっていた。
幸子の体に、樹木化したネロの体から伸びたツルが巻き付き、その場から遠ざける。
ネロが周囲を見渡すと、倒れた者達の中に、見覚えのある者が四名いた。
「よ、四人もとられたか。い、いずれも精鋭だったが」
ネロが口にした精鋭四人とは、ヨブの報酬のメンバーのことを指している。しかしオキアミの反逆の兵士達は、より多く死んでいる。
「ネロの旦那はまだ余裕ありそうだな」
ブラウンが声をかける。
「行動を阻害する系の能力者が厄介だ。そ、そいつらのせいで、お、思うように戦えない」
「敵のコンビネーションも中々のもんだな……。つーかこれ、作戦失敗くさくねーか?」
ウルフフェイスを歪ませるブラウン。
ぽっくり連合の本陣とも呼べる、大丘とシスターがいる場所に、数名の男女が近づく。一人を覗いて皆十代だ。
「何や、おどれら!」
「通してください」
ぽっくり連合のサイキック・オフェンダーが恫喝したが、大丘がやんわりと命じ、彼等を通した。
「おや、相沢真君ではないですかー」
「おやおや、崖室ツグミさん。どこに行ってたのですか? 味方してくれるのではなかったのですか?」
シスターが真を見て、大丘はツグミを見て、それぞれ口を開いた。
「こいつにそそのかされたのか?」
真が大丘を一瞥して、シスターに問う。
「そそのかされたつもりはありませーん。事情を伺ったうえで、利害が一致したまででーす。たまたま日本にいましたしねー」
「目的は苗床だよな?」
真が伺うと、シスターは大丘に視線を送る。大丘は話しても構わないというニュアンスで、小さく頷いた。
「純子が何やらまたいけないことを企んでいて、それが新型アルラウネを育成する苗床と呼ばれる人達だと、そう聞きましたが、あってますかー?」
「あってる。僕としてもそれは防ぎたいから、そこまでであれば、目的は一致するんだが」
「なるほどー。それなら味方ということで構わないでしょー?」
真とシスターのやり取りを聞いて、凛達は少し驚いていた。情報を聞き出すだけではなく、全員でぽっくり連合とヨブの報酬に与すると、ここで真が勝手に決めたのだ。そんな話は事前に聞かされていない。
「苗床は殺すのか?」
「まさかー、しかし監禁くらいはさせてもらいますかねー。マインドコントロールも解く方向でー」
真が確認すると、シスターは笑顔で否定した。
「苗床を指導した私が言うのも何ですが、殺した方が後腐れも無く、面倒も抱えることなく済むと思いますよ。殺しましょうよ」
一方でこちらも笑顔で、シスターの方針に反対する大丘。
「面倒だから殺すんだ……」
ツグミが大丘を見て、呆れとも怒りともつかぬ声を発する。
「彼等を生かすとなると、彼等を生かしたまま運んだり、その後も監禁場所を確保したり、御飯を食べさせたり、面倒ばかり抱えることになるのですよ? そして奪還されたらまた元の木阿弥です。殺すのがベターですよ」
「流石に聞き捨てなりませーん。認めませーん。貴方と手を組むのは今回限りにして欲しいでーす」
大丘の言葉を聞いて、シスターは完全に呆れていた。このような台詞を平然と口に出来る者などとは、シスター的には与したくない。
「私の言ってることが間違っていますか? ふーむ……まあ、そういうことなんでしょうねえ」
大丘が自嘲を込めて言う。
「やっぱりそういう人なんだね。大丘さんは」
ツグミが珍しく冷たい声を出す。
「大丘さんと会う度につくづく酷い人だとわかる。もう沢山よ」
「私は貴方達のことがわかりませんけどね」
ツグミを見てにっこりと笑って告げる大丘。
「ま、私にも理解できることはあります。良心の呵責があるから、効率化を計れない貴方達。良心の呵責が無いから、完全な効率化が可能な私。両者はわかりあえないものだと理解しています。理屈でそういうものなのかと理解しているだけです。感情的な部分で、全く共感できません」
大丘が何やら喋っていたが、ツグミはすでに視線を逸らしていた。もう話を聞きたいと思わない。
「どう見ても押されているぞ。流石のヨブの報酬も、数の前ではどうにもならないか」
「それは当たり前の話でーす。しかも相手は超常の能力者ですからー」
真が言うと、シスターが溜息混じりに答えた。
(雪岡なら一人で皆殺しにできるな。放射線を照射して)
真がこっそり思うが、近くに味方もいるとなると、その能力も使えない。
「敵が数を集める前に、精鋭部隊で一気に突破してアジトの中に入るつもりでしたが、阻まれてしまいました」
大丘が方針を述べる。
「真、本気でこっちの味方するの?」
伽耶が心配そうに伺う。
「こっちは真の目的と一緒だから、そうなるでしょ。伽耶は馬鹿」
真が答える前に麻耶が突っ込む。
「わかったうえで聞いてるの。それがわらかずに私を馬鹿扱いする麻耶こそ馬鹿」
「ここで伽耶なら、な、な、な……とか言う」
伽耶に言い返され、麻耶はむっとした顔で言った。
「暫定的に手を結ぶだけだ。ごく短い間な。シスターは苗床を殺すような真似はしないだろうし、ぽっくり連合や大丘にというより、シスター達に味方する格好だよ」
と、真。
「大丘から苗床の状況を聞いているのか? あの場所には結界が張り巡らされていて、苗床の確保も難しい。転移も出来ないしな」
真がシスターの方を見て確認する。
「聞いてまーす。その辺は、ネロが何とかしまーす」
シスターが言う。
(PO対策機構が来ることは黙っておくか。ここに来るにしても、まだ時間がかかる。それまでもたせるのは難しい話だ)
真は思う。
「僕達で突破を試みるとしよう。シスターも援護してくれ。お前の能力は雪岡から聞いて知っているぞ。ここでじっとしている意味もわからない」
「残念ですが、買いかぶりすぎでーす。この状況では、私の能力で支援できるか微妙でーす。私の運命操作術は、多数相手ではなく、単体相手な代物ですしー」
真がシスターに要求すると、シスターは困ったような顔になる。
「それでもポイントさえ押さえれば役に立つと僕は見る。僕達がビルの中に入るまでの間、ここぞという時を見計らって、援護できるはずだ」
「むむむ……確かにそうですねー。やってみまーす」
シスターが唸り、考え直して了承する。
「おい、暇してたんだ。俺達も行かせろ」
「カバディッ」
カシムとカバディマンがやってきて声をかける。
「いいぞ」
あっさりと了承する真。どちらもかつての敵であるが、その実力は知っているので、この状況で突破作戦に加わってくれるのは心強い。
「私も同行させてください。崖室さんは嫌でしょうけど」
大丘が申し出る。途端に嫌な空気が漂う。
「ツグミでなくても僕も嫌だよ。お前なんか」
『同意』
晃と牛村姉妹が言う。
「この時のためにとっておきも用意しましたし」
大丘が一枚の札を取り出し、地面に落とす。
札が消え、代わりに異形が出現した。高さは人の膝程度。身体のあちこちから無秩序に生えた、昆虫のような節足は、非常に長い。そして複数数の人の頭部が重なりあっている。年配の男性が多い。頭部のあちこちからは、虫の触覚が生え、複眼が開いていた
真とツグミは、その異形に見覚えがあった。
「ポチ?」
「新しいポチですね」
ツグミが訝ると、大丘はにっこりと笑った。
「悪趣味ですねー。人を複数混ぜ合わせたキメラですかー」
眉をひそめるシスター
「うわあああっ! ボ、ボスっ!?」
「おかしらーっ!」
「り……リーダー……朝から姿を見せないと思ったら……」
ぽっくり連合の者達が、ニューポチの頭を見て声をあげる。それらはぽっくり連合の幹部達であり、かつてのぽっくり市のサイキック・オフェンダー組織のボス達であった。
「昨日の会議でちょっとイラっとしてしまいましたね。つい手が出てしまいました。手遅れな人達もいましたが、三人ほどまだ息が有ったので、有効活用してみました」
大丘が爽やかな笑みを張りつかせたまま告げる。
「おんどれ!」
「やめろ。お前も殺されるぞ」
激昂して攻撃しようとするぽっくり連合の者を、真が制した。
「あれあれ? 崖室さん? また怖い目で私のことを見ていますが、どうしました? 貴女には全く関係の無い話ですよ? それとも見ず知らずの無法者達に同情でもしているのですか? お優しいですね」
自分を睨むツグミを見て、大丘がおかしそうに声をかけたが、ツグミは無言で視線を外した。
(怖い目どころじゃないでしょ。確固たる殺意を感じるわ。先走った真似しなければいいけど)
そんなツグミを見て、凛は案じていた。




