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陽菜とエカチェリーナとその他数名の幹部達は、アジト前での戦闘をモニターで見て、目を剥いていた。
「次々とやられていってる。何なのあれ……。しかも敵は少数よ」
「翌日リヴェンジとか何でやねん思たけど、ソういうことカー。腕利き雇ったんやね」
陽菜が戦慄を感じながら唸り、エカチェリーナは納得する。
「腕利きどころではありません。あれはヨブの報酬の大幹部ですよ」
幹部の一人が報告した。
「ヨブの報酬やて……」
「何それ?」
半年前まで一般人だった陽菜はヨブの報酬の名も知らなかった。
「世界七大地下組織の一つで、どえらイ組織や」
エカチェリーナの説明はシンプルだった。
「まあ、よかったやないノ。こっちも頼もしい御方が丁度来てくレたことやし」
「そうね」
特に慌てていない様子のエカチェリーナであったが、陽菜は胸を痛めていた。仲間達が次々と殺されている。そしてこの分では、その頼もしい御方が戦闘に加わる前に、さらに命が失われる。
***
先頭の様子を遠巻きに見物している真、凛、十夜、晃、ツグミ、牛村姉妹の七名。
「ヨブの報酬の狙いは間違いなく苗床だろう。大丘からその存在を聞いて、雪岡の目論見を知ったからこそ、話に乗ったんだ」
大丘とその横にいるシスターに視線を向け、真が言った。この二名も戦いには参加していない。
「普通に考えたら、苗床はもう別の場所に移動したんじゃない?」
「一度間近まで接近されて、狙われているってわかっているもんね」
凛と十夜が言う。
「どうかな? 例え場所が割れても、あの場所はかなりの安全地帯だ。動かす方が危ういという判断もある」
と、真。
「そうなんだー。私ならバレた時点で、絶対他所に移して隠すなー」
「同感」
「私は真に一票」
ツグミの言葉に伽耶が頷くが、麻耶は真の方を支持した。
「で、僕等はどうするの?」
晃が真の方を見て尋ねる。
「機を見て、もう少ししたらあいつらの前に出る」
真が言った。
「それでどうなるのよ?」
どういう意図があるのか計りかねて、凛が問う。
「シスターの真意を聞きたい。一応僕達の任務は偵察だし、知れるだけ知っておかないと」
「おやおや、真先輩、ちゃんと覚えてたんだー。雪岡先生のことだけで頭いっぱいかと思ったのに」
真の言葉を聞き、ツグミがにやにや笑いながらからかった。
***
青い肌の異形に変身した勤一が、金毛狼男のブラウンと激しい肉弾戦でぶつかっている。
身体能力的にはブラウンの方が明らかに上だった。それは戦ってみて、両者がしっかりと肌で感じていた。しかし押されているのはブラウンの方だ。
「おいおい、流石にこの数はキツいぞ」
ブラウンが防戦一方になりながらぼやく。ブラウンを攻撃しているのは、勤一だけではない。ビルの中から次から次に出てくるサイキック・オフェンダーが、あらゆる能力でブラウンを攻撃しているのだ。ブラウンの体内から湧き出る泥が、ブラウンの身を守り切れないほどの猛攻を受けてしまっている。
(こいつらモブ兵士ってわけじゃあねえ。全員能力者で何してくるかわからない。そんな奴等相手だと、いくら俺がパパとママに護られていても、限度ってもんがあるぜ……)
事実、ブラウンは泥のガードを突き抜けて、体の何ヵ所かに攻撃を受けていた。幸いにも致命的になるような攻撃は無いが、能力次第では一発食らっただけでもアウトという事も有り得る。
一方で、ネロも苦戦を強いられていた。
凡美の手首から分離された棘付き鉄球が巨大化し、激しく回転しながら青獅子を追いまわしている。青獅子の出す炎も全て弾かれてしまっている。
ネロは他に神獣を計三体呼び出していたが、敵の圧倒的な数の多さに翻弄されている格好だった。どうにか敵を引き付け、味方の被害を押さえている程度に留まっている。
ヨブの報酬の他の戦士達も、ぽっくり連合のサイキック・オフェンダー達も戦闘に参加しているが、今はオキアミの反逆のサイキック・オフェンダーの数に押されていた。
(幸子の盲霊のおかげで助かっている部分が大きい。敵集団をまとめて無力化している。しかしそれも辛くなってきたか……)
飛び交う盲霊を見て、ネロは思う。盲霊の数は次第に少なくなってきた。ストックが尽きかけているのだ。幸子の顔にも焦りが見える。
勤一の体がくの字になって吹き飛ばされた。ブラウンの渾身の蹴りが、勤一の腹部を打ちぬいていた。
「勤一君っ」
凡美が叫び、追撃させまいとして、倒れた勤一の前に巨大棘付き鉄球を移動させる。
「む……」
神獣の一体の動きが止まる様を見て、ネロが唸る。次の瞬間、その神獣めがけて一斉に攻撃が降り注いで、神獣は消滅した。
「主の盟により来たれ。第二十の神獣、研固なる光兵!」
ネロが叫ぶと、眩い光に包まれた、剣と盾を携えた白い石像の兵士が新たに現れる。
しかしその白い石像兵士も、動きが止められた。そこでさらに集中攻撃が成される。
(力の原理がわからぬし、敵の数が多くて、誰が発動させている能力かもわからん。しかし、俺自身には効かないようだ)
動きを止める能力は、ネロにも一度見舞われたが、ネロは抵抗した。しかしネロが呼び出した神獣には効いてしまう。
「糞ったれ、何だこいつは!」
ブラウンが怒声をあげる。勤一を蹴った直後、次から次へと大量のティッシュペーパーが飛来して、ブラウンの全身にまとわりついてきたのだ。ブラウンは大急ぎで腕を動かして、次から次へとひっぺがす。ブラウンの体を護る泥をもってしても、これはどうにもならない。ガードしきれない。
そんなブラウンに対して、他のサイキック・オフェンダーも攻撃していく。泥がティッシュペーパーの方に反応して、それらの攻撃にまで防御が回らず、ブラウンのダメージが蓄積していく。
「くっくっくっくっ……我が人喰いティッシュペーパーの恐ろしさ、身をもって知れ……」
小さな老人が、ティシュペーパーにまとわりつかれてもがくブラウンを見て、くぐもった笑い声を発する。
次の瞬間、老人の額に穴が開いた。老人が笑顔のまま倒れ、ブラウンにまとわりついていたティッシュペーパーが全て、ひらひらと地面に落ちる。
「助かったぜ……幸子」
ブラウンが銃を構えた幸子の方を見て、親指を立ててみせた。
「流れが止まりましたねー。いえ、流れが変わっていまーす」
「あの二人が出てきてからですね。そして建物の中から出てくる敵の数が増えています。こうなる前に突入したかった所ですが」
戦いの様子を見て、シスターと大丘が言う。当初の無双状態はどこへやらという具合に、明らかに形勢不利であるにも関わらず、二人共特に慌てた様子は無い。
「主に背き者よ、宿れ。第五の魔獣、腐海統べし妖樹!」
ネロが自身の体を変貌させる。ただでさえ大きな体がさらに巨大化し、全身が藍色の幹によって覆われていき、藍色の枝とツルが伸びていく。何十本も伸びたツルは、非常に長い。
大量のツルが一斉に振り回される。それぞれが独立した器官であるかのような動きを見せ、異なる動きを見せている。
「ぎゃああっ!」
「何やこれぇ!? ぶぺっ!」
ツルを直接身に受けたオキアミの反逆のサイキック・オフェンダーが、断末魔の悲鳴をあげたかと思うと、全身の体色がネロと同じ藍色へと変わり、体表が固く幹のように変化し、藍色の木へと変化して動かなくなった。
「ありゃヤバいぜ」
「誰か何とかせーよ」
「あれは避けた方がええな」
藍色の樹木となったネロと、ネロに攻撃されて樹木化した者達を見て、オキアミの反逆の兵士達は慄いて距離を取った。
「俺達の出番はまだのようだが、この中に飛び込むのは躊躇するな。かつてない大乱戦だ」
「カバディ……」
大丘とシスターのさらに後方にいるカシムが、戦闘の様子を見て言う。隣にいたカバディマンも、同意するかのような声を発する。
「む、これはいけませーん」
シスターがある光景を見て、眉をひそめた。
幸子が膝をついて、肩で息をしている。
その幸子に向かって、オキアミの反逆のサイキック・オフェンダーの一人が攻撃を仕掛ける。幸子とは距離が離れた位置で、巨大な鉈を両手で振り回すと、振り回す軌道に合わせて鉈が伸びて、その先端が丁度幸子に届くまでに至った。
しかし鉈は幸子の体に届かなかった。シスターが白い鞘から白い柄の刀を抜き、刃だけ空間を越えて飛ばし、鉈を切断したからだ。
「何っ!?」
鉈男が驚きに目を見開いた直後、銃声が二つ響き、その喉と胸に穴が開いた。幸子が顔を上げ、鉈男に銃を撃っていた。
「助かりました……。シスター……」
全身に脂汗をかき、荒い息をつきながら、幸子は礼を述べた。




