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昼下がり。オキアミの反逆アジトビル前に、ぽっくり連合のサイキック・オフェンダー達が襲撃しに集結している。
しかし彼等はすぐに動こうとしない。集まっただけで、多くが戸惑い気味だ。
「うちの親父がおらん……」
「私の所のボスもいないで」
「俺の組織のリーダーも会議から戻ってこない。
「うちはいるけど、何だか様子が変だ。青い顔してる」
「いないけど命令は来とるわ。ここに集合せい言うから集まったけど……何か妙やで」
彼等が戸惑っている理由――それは、彼等が元々独立した組織だった頃のボスが揃って行方不明という、異常事態のせいだ。
「では皆さん、頼みますよ」
大丘が現れて、ビルの中へと襲撃するよう促す。
その時、ビルの扉が開いて、オキアミの反逆のサイキック・オフェンダー達が現れた。
「何や、昨日より大分少なくなっとるやないか」
「ははっ、わざわざ殺されにでもきたのかよっ」
「いてこましたれーっ!」
オキアミの反逆の兵士達が血気盛んに襲いかかってきた――が……
傷だらけの厳つい顔の大男が一人、堂々と前に進み出て、オキアミの反逆の兵士達の前に立ち塞がった。
「主の盟により来たれ。第十五の神獣、聖火の獅子王!」
叫び声と共に、大男の全身から青白い炎が噴き出し、同時に、青白い炎をまとった青い獅子が出現した。
突然現れた蒼炎の青獅子に、オキアミの反逆のサイキック・オフェンダー達の足が止まる。ぽっくり連合の者達もぎょっとしている。彼等は一目見て感じ取っていた。この青獅子が、そして青獅子を呼び出した男が、並々ならぬ力の持ち主であると。
青獅子がオキアミの反逆の兵士達の横を駆け抜ける。ただ横を駆け抜けだけで、白湯に広がった青白い炎が二人の兵士を包み込み、凄まじい速度で全身を焼き付くし、あっという間に黒焦げの死体へと変えた。
「うおおおっ!」
オキアミの反逆の兵士の一人が叫びながら、超常の力で反撃を試みたが、青獅子にも、大男にも、通じていない。傷一つつかない。そしてその男に青獅子が飛びかかり、全身炎で包まれ、また新たに黒焦げ死体が増える。
神父の姿をした長髪の男が進み出る。歩きながら、手早く上着を脱いでいく。
上半身露わになった男の肌が金色の体毛で覆われる。頭部の形が変形していく。口の端が大きく裂けて、口と鼻が伸び、耳が頭の上へ移動して伸びる。
「パパ、ママ、今日も頼む」
金色の狼男と貸した男が呟き、オキアミの反逆の兵士達がいる方へとダッシュをかける。
「こいつ!」
サイキック・オフェンダーの一人が、水色に光り輝く長いドリルのようなものを何本も射出して、金色の狼男に向けて放つ。
水色のドリルは、全て金色の狼男に当たった。しかし、その体を貫くことはなかった。金毛に茶色の泥のようなものが浮き上がり、ドリルを受け止め、通さなかった。
金色の狼男がドリル男に迫り、腕を振るう。ドリル男の恐怖に引きつった顔がめくられ、筋肉繊維が露わになる。目玉も皮と一緒にえぐり取られていた。
「な、何やっ!? 急に何も見えへんなったーっ!」
「真っ暗やんけー! これ、敵の能力か!?」
「誰か何とかしてーっ!」
さらに悲鳴が幾つもあがる。目が開いたまま、視力を失った者が何人もいた。
スーツ姿の女性が、視力を失った者達に銃を向けると、冷然と射殺していく。
ぽっくり連合の者達は呆然と、それらの光景を見ていた。たった三人によって、無双されてしまっている。
(何でだろう。あいつらを見ると、とても嫌な気分になる。凄く嫌な気分と予感の正体はこいつらだった)
その様子を見学していたデビルは、意味不明な不快感に襲われていた。
(僕はこいつらを知っている? 初見のはずだ……)
しかしどこかで会ったような気がしてならないデビルである。
彼等が何者か、知る者もいた。
(まさか……ヨブの報酬と手を組むなんてな……。どうやってこいつらを味方に引き入れやがったんだよ)
カシムが大丘を見やる。大丘の横には、ウェーブのかかった赤髪の女性がいた。その人物もカシムは知っている。世界七大地下組織であるヨブの報酬のトップ、シスターと呼ばれる人物だ。
「来てくださったことに感謝します」
「貴方達のために来たわけではありませーん」
大丘が礼を述べると、シスターはにべもなく言った。
「承知しています。しかし私達が助かったことに変わりはありません。そして私個人の目的も叶います」
「貴方個人の目的? それは聞いていませんねー」
シスターは不審げに大丘を見る。
「苗床の件ですよ」
「それを聞いたからここに来ましたー。純子の企みを阻止するべくー」
「ええ、ですからそれが私の望みなのです」
にっこり笑いながら告げる大丘から、シスターは何も言わずに視線を外し、ネロ・クレーバー、ブラウン、杜風幸子三人の戦う様子を見つめる。
ネロ、ブラウン、幸子だけではなく、ヨブの報酬の他の戦士達も戦列に加わった。さらにはぽっくり連合のサイキック・オフェンダーも加わり、オキアミの反逆の兵達を次々と斃していく。
「うわ、随分とやられまくってるわね」
「また来た理由はこれか。強い助っ人を雇えたわけだ」
凡美と勤一も出てくる。
(出てこない方がいいのに……。もう助けないぞ。こんな大勢の前で姿を晒したくも無いし)
二人の姿を見て、デビルは苦々しく思う。
と、そこに真達も到着した。遠巻きに戦闘の様子を見る。
「オキアミの反逆の方が負けてるじゃん」
意外そうに言う十夜。
「あいつらはヨブの報酬だ」
「ええっ? 世界七大地下組織の一つで、キリスト教圏のフィクサーの?」
「何でそんな大物がぽっくり連合に加担してるんだろ」
真の言葉を聞いて、晃が驚きの声をあげ、十夜が疑問を口にする。
「雪岡が絡んでいるからに決まっている。そもそもあいつらは、自分達以外が超常の力を持つことさえ悪とする教義を持っている。雪岡のやったことは、そしてこれからやろうとしていることは、それ真っ向から反するものだ」
「えー、その理屈だと、ぽっくり連合も敵じゃないの~?」
真の話を聞いて、ツグミがもっともなことを言った。
「暫定的に組んだ」
「改宗した」
「どっちだろー。私は暫定的に一票」
伽耶と麻耶が言うと、ツグミは伽耶に同意した。
「そんな……改宗して洗礼を受けた可能性だって……」
「いや、改宗はないでしょ」
麻耶がなおも改宗説を訴えようとしたが、凜が否定した。
***
裏通り中枢施設。真とエボニーを除く悦楽の十三階段が集まっている。
「真から報告があった。ヨブの報酬がぽっくり連合に加担して、オキアミの反逆を襲撃しているとのことだ」
「マジかよ~」
新居に報告されて、犬飼は笑ってしまう。弦螺は顔をしかめて、沖田は仏頂面になる。
「頭目のシスター、ナンバー2のネロ・クレーバー、大幹部のブラウンなどが戦闘に臨んでいるとよ」
「この人達、元々日本にいたみたいだよう。日本支部にシスター達が出入りしているるる」
新居に続いて、弦螺も知っていることをほうこくする。
「シスターと繋がった」
沖田が電話をかけながら言った。
「どういう意図で攻撃しているから教えて頂きたい」
『言えませーん。ただ、日本にいたのは別の理由でしたし、これはたまたま見過ごせない問題があったからであると、そう言っておきまーす。貴方達に迷惑はかけませーん』
沖田が問うと、シスターは素っ気ない口調で答える。
「日本に居た理由も言えないかな?」
『様々な業務がありましたが、日本支部の戦力も整えるために、スカウト活動を行うことがメインでしたー。能力の覚醒者が全てサイキック・オフェンダーになるわけでもないですし、そうした者の中には私達の意思に賛同してくれる者もいるはずでーす。欧州でもそのような活動はしていまーす』
「PO対策と共闘する意思は?」
『部分的になら有り得ますねー。私達にとってもサイキック・オフェンダーは敵でーす。しかーし、優先すべき目的がありまーす』
「そうか。答えてくれて感謝する。できれば事を構えたくない」
『それはお互い様でーす』
電話を切る沖田。
「こちらにとって悪い事態ではなさそうに見える。今のところはな」
「どう転ぶかわからねーから、油断大敵って奴か」
沖田が言うと、犬飼がにやにや笑いながら肩をすくめた。




