22
真は夢を見ている。明晰夢だった。しかし夢だと意識していても、夢を操作するには至らない。
真の前に幼い少女がいる。真がこの世で最も強く意識している、真紅の瞳の少女。しかしずっと小さく幼い姿だ。十歳か十一歳といったところだろう。
「雪岡が――純子が……シェムハザと呼ばれていた頃か」
自分の前にいる幼い純子を前にして、真が口を開く。
幼い純子は自分を見上げて、泣きそうな顔になっている。真はこんな純子の顔を一度も見たことがない。
(夢の中に、前世の記憶が反映してしまっているんだな)
真はこの夢の状況をそう結論付けた。
「マスター……生きてたの?」
震える声で問いかけると、純子は嬉しそうに笑いながら、涙を零した。
(あいつは……涙を失ったと言っていたのに、夢の中のこいつはあっさりと泣いている……)
落涙する純子を見て、複雑な気分に陥る真。
「生きてたんだ……。マスター……死んだのは……夢だったんだね。悪い夢だったんだ。よかったあ……」
純子が真に抱き着いて泣きじゃくる。現実の純子は真より頭一つ近く背が高いが、この純子は逆に頭一つ以上低い。
「そんなに僕を想うなら、どうして僕から離れたんだ?」
「え? 何言ってるの?」
真が問いかけると、純子は顔を離し、きょとんとした表情で真を見上げる。
「あの記憶を見せられたせいで……。あいつがいなくなったせいもあるか?」
純子がいなくなったこの半年間、何度も小さな純子が現れる夢を見てきた。
(もしかしたらこの夢も、嘘鼠の魔法使いが見せている可能性がある)
そう考えると、もうこの甘い夢に浸ってはいられないと考え、夢から目覚めようと強く自信に呼び掛けた。
あっさりと目が覚める真。
(気配が近づいてくる)
ベッドから飛び起き、自衛のために備える。武器は無い。
(銃もバーチャフォンも所持品全て取り上げられてしまっているな。まあ伽耶と麻耶に頼めばいいか)
そう思った矢先、空間の扉が開き、凛と晃が顔を覗かせる。
「やっほー、先輩。助けにきたよー。ていうか、僕達が近づいたら起きたね。敵だと思ったの?」
「いや、起きたら接近してくる気配を感じた。接近してくる気配で起きたんじゃない」
晃が笑顔で声をかけてくる。真は晃の言葉を否定する。
「さっさと入って。伽耶と麻耶は最後に助けに行く予定よ。あそこはちょっと面倒だからね」
「わかった」
凛に促され、真は亜空間トンネルの中へと入った。
「おはよう、先輩」
中には男の子モードのツグミもいた。真を見てにやりと笑う。その後ろには十夜もいる。
五人は亜空間トンネル内を移動して、残された伽耶と麻耶の部屋までやってきた。
「結界を破壊して救出するから、すぐに敵がやってくると思う」
凛が言う。
「わかった。しかし僕は武器が無い」
「敵が来たら僕が対処するよ」
真が頷き、ツグミが申し出る。
「海の如き鮮やかさ、空の如き爽やかさ、然れどその者、焦がし爛れをもたらす使者」
凛が呪文を唱えると、魔術によって青い炎球が出現する。
(何かさらにパワーアップしてるね。凛さんの術)
激しく炎が渦巻く滑らかな球体を見て、晃は思う。
青い炎球が部屋の隅に向けて放たれ、爆発を起こす。
『何!?』
間近の爆音を聞き、姉妹が同時に叫んで飛び起きる。
「結界は破壊した。亜空間トンネルが室内まで届くわ」
凛が言うと、市内までトンネルが伸び、空間の扉が開いた。
「早くこっちに来て。逃げるから」
「らじゃ……」
「人生で一番酷い起こされ方だった……」
凛に呼びかけられ、伽耶と麻耶は寝ぼけ眼でよたよたと歩き、亜空間トンネルの中へと入る。
「伽耶、麻耶、皆の所持品をここにアポートさせてくれ」
「あい……」
「目覚めてすぐに真にこき使われる人生だった……」
真に要求され、麻耶は力無く返答し、伽耶は嘆息していた。
「持ち物戻れー」「所持品かむばーっく」
十夜、真、牛村姉妹の取り上げられていた所持品全てが、各々の足元に現れる。
「本当、何でもありな力よね」
『限界はある』
感心する凛に、姉妹が言う。
「ねね、その力で凛さんを俺にベタボレさせてよ」
「断る」「却下」
「あんたって子は……」
晃が要求するが、姉妹はあっさり拒み、凛は半眼になっていた。
***
早朝に起こされた陽菜は、真達が逃げた事を知らされた。
「逃げない方がよかったのに……」
陽菜が溜息をついた時、真からメールが入る。
『食客として迎え入れられているなら大人しくしていたが、監禁は御免被る。それと、食事が口に合わない』
「だってさ」
陽菜が起こしに来たエカチェリーナにメールを見せる。
「ははんっ、舐めた餓鬼やで」
「私だって監禁したかったわけでもないし……はあ……」
頭を押さえる陽菜。
「監禁したことはこっちも不本意だし、向こうも逃げるのはわかるよ。でもさ……出された食事が不味いとまで言ってくるのに、ムカっとしちゃうのは、私が怒りっぽいのかな?」
「いや、イラチでなくてもこれはイラつくやろ」
「イラチ?」
「短気な奴のことや」
怪訝な声をあげる陽菜に、エカチェリーナが教える。
(ま、別にいいんだけどね。私の立場では閉じ込めておかずにいられなかったし。あっちの立場では、閉じ込められている状態では困るだろうし)
そこまで考えて、陽菜は真との約束のことを思いだす。
(純子と敵対する立場を取るなら、私も敵になるんだろうけど、だからこそあの子にとっては、狙い目になるのよね)
陽菜は純子に味方するつもりでいる。そうなると真とは立場上は敵対関係になるが、本気で敵対したいとは思わない。むしろ応援したい気持ちもあるし、出来ることなら協力したい気持ちもある。
(マッドサイエンティストをやめさせる……か。純子はマッドサイエンティストであることがお似合いだと感じるのに、それをやめさせると言ったあの子の言葉の方に、私は惹かれている。どうしてなんだろう)
真の強い意志の輝きに惹かれていることを、陽菜は認めざるをえなかった。
***
「残念ですが、昨日の戦いで、我々の戦力は40%未満に低下しています。オキアミの反逆にそれ以上の打撃を与えられたかどうかは、言わなくてもわかりますよね?」
朝。ぽっくり連合の幹部達――ぽっくり市のサイキック・オフェンダー組織の頭目達を前にして、大丘は現状を口にした。
「しばらく潜伏するか、さもなければ雌伏するしかないな」
「アホぬかせ。オキアミの反逆に今更頭下げんのか?」
「どちらも現実的とは言えません」
幹部二人の言葉に、大丘は首を横に振った。
「すでに手は打っています。賭けになりますが。助っ人を呼びました」
「助っ人?」
「まさかPO対策機構じゃないやろな?」
「流石にまさかですよ。彼等と協調するのは、オキアミの反逆に降るより最悪の結果となりますよ」
珍しく皮肉げに笑う大丘。
「こちらの事情を話した所、向こうは来てくれるとは言ってくれたものの……助っ人が本当に来てくれるかどうか、正直な所半信半疑です。私とは全く接点の無い方々ですし、彼等に苗床の件を話しただけですから」
これまた珍しく大丘は言葉を濁している。
「んで、その助っ人があてにならんかったらどないすんの?」
「その時は私達の負けですね。分の悪い賭けですよ」
幹部の一人が突っ込むと、大丘は苦笑しながら肩をすくめた。
(犬飼はどうしてこの男のことを気にかける? 弟子だったから? 裏切ったから? それもあるだろうけど、それだけ? 犬飼は僕にこの男をどうして欲しい?)
こっそり会話を聞いていたデビルが不思議に思う。犬飼の言いつけだから従っているが、デビル単独であれば、大丘に興味は抱かない。
(あっさりと行き詰った? 大した男でも無かったか。その助けとやらが来なかったら、この男の目的はあえなく潰える。あっさり失敗)
大丘という男を気にかける意味も価値も見いだせないデビルだが、一方でそれとは別に、気がかりな点があった。
(運が味方するかどうかで変わる。でも……何だろう。妙な胸騒ぎがする。何故か凄く嫌な気分と嫌な予感が……)




