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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
92 苗床を潰して遊ぼう
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20

 大丘越智雄が犬飼一と会ったのは十代の頃だ。

 犬飼は脳減文学賞を取り、かつて在学していた大学に講演で呼ばれ、その際に学生の大丘と出会う。犬飼のファンだと言っていた大丘が、犬飼のSNSのアカウントのフォロワーでもあり、何度も話している相手であると知り、すぐに打ち解けた。


 大丘の特異な思想に目をつけた犬飼は、大丘に誘いかけ、共に裏通りの組織を作った。『ホルマリン漬け大統領』の創設メンバーの大丘は、大学在学中でありながら、裏通りの組織の幹部となる。


「組織もいい感じになってきたな。思い通りにすんなりことが進むってのは、気分がいい」


 ある時、犬飼は大丘の前でそんな台詞を口にした。


「障害の果てに目的を達成するのも、また快感だろうけどね。昔はそっちの方がよかった。だが今はもう、そんなもんを買ってでもする苦労なんかいらねーわ」


 ホルマリン漬け大統領はギャンブルやゲームを提供する組織として、裏通りにおけるブランドを確立していた。日本中の暗黒都市に無数の支部を設けていた。

 提供するゲームの多くはデスゲームだ。デスゲームと言っても必ずしも死に至るゲームではないが、油断すれば死ぬ可能性も高い代物ばかりである。そしてゲームを見る観客の間でも賭け事が成される。


 大丘も満足していた。その時までは疑問など生じなかった。犬飼のことを尊敬していた。一緒に行動していた楽しかった。慕っていた。しかし――


「ゲームは適度なストレスがあった方が面白いと思います。いえ、適度なストレスこそ、ゲームの正体と言ってもいい。小説も作者が登場人物を痛めつけ、キャラが神たる作者が与えた運命に抗う様を見て、喜ぶものではないですか?」

「全くもってその通りだな」


 大丘の意見を聞いて、犬飼は笑顔であっさり認めた。しかし――


「現実も似たようなもんだが、現実のストーリーは大抵つまらん。事実は小説より奇なりなんて言葉があるが、そんなことは滅多に起こらん。ごく稀なケースだ。だから俺は、現実に、俺が考える面白いストーリーを作ってやることに決めたんだ。ホルマリン漬け大統領だってそのために作った」


 しかし犬飼のこの台詞を聞いて、大丘は凍りついた。大丘は固まった。大丘の中で何かが崩れた。大丘の犬飼に対する肯定的な全ての感情が失われた。そして犬飼に対して、明白な怒りを覚えた。

 どうしてそうなったのか、大丘にも上手く説明はできない。とにかく犬飼のその考え方が、気に入らなかったとしか言えない。


(犬飼さんも……駄目でした。黒いモヤモヤが胸の中で、頭の中で暴れて……)


 大丘は少しの間落胆した。やっと自分が心を許せる相手と巡り会えたと思った。自分がイラつかず、黒い靄が発生しない者と会えたと思った。しかしまた駄目だった。

 この時、大丘は完全に諦めた。今後決して、自分は誰にも心を許せないし、そういう者と会えることなど無いと。


 その後、大丘は犬飼に無断で組織を変えていった。犬飼に気付かれないように手を回し、犬飼が気付いた時にはすっかり変わっていた。ホルマリン漬け大統領は犬飼の制御を離れて、犬飼が望まぬ組織へと作り替えられていた。

 それは大丘の犬飼に対する当てつけだった。憂さ晴らしだった。


「何でだ?」


 犬飼は組織を去る前に、大丘に向かって短く尋ねた。酷く残念そうな顔をして尋ねた。大丘はそんな犬飼の顔を見て、心底心地好い感覚を覚えながら、声を弾ませて答えた。


「私は――僕はそれまで貴方のことが好きでした。しかし――あの発言でイラっとしました。あの発言で冷めました。だから僕は――私は、全て壊してみたのですよ」


 大丘の言葉を聞いて、犬飼は何も言わずに立ち去った。組織からも姿を消した。


(あの時の貴方の顔は傑作でしたね。一度も僕には見せた事のない顔。私は今でもよく覚えています。寂しいような、落胆したような、疲れたような、何とも言えない表情を僕に見せましたね。私の脳裏にしっかりと焼き付いていて、思い出す度に笑ってしまいます)


 あの時の犬飼の反応が、黒いモヤモヤを晴らした最高の瞬間として、その後の大丘の糧となった。人生の良き思い出の1ページとなった。


***


 ツグミ、晃、凛の三名は、早朝にオキアミの反逆のアジトに侵入した。

 もちろんぽっくり連合にはこの行動は報告していない。真達を救出するために、勝手に行動している。


 昨日の戦いの後、敗走したぽっくり連合の者達は、すっかりしょげていた。反省会も何も無く解散していた。大丘も特に指示出さず、サイキック・オフェンダーの組織の長達も何も言わずだ。気合いを入れて臨んだ戦いの結果――無残な敗北は、並々ならぬ精神的ショックを与えていたようだ。

 しかしツグミ達にはそんなことは関係無い。彼等の動きを知るためだけに、彼等の中に潜り込んでいただけの話だ。


「空間操作への結界が張られているわ」


 亜空間トンネルを開こうとして、失敗した凛が報告する。


「横の窓から入れない? そこ……思いっきり開いてるんだけど……」


 晃が建物の横の、割れた窓を指す。


「トラップが仕掛けてないかどうか見る」


 ツグミが断りを入れ、踊るジンジャークッキーを数体呼び出し、窓を調べさせる。男の方のツグミだ。


「大丈夫みたい」

「不安だけど入ってみましょう」


 ツグミの報告を受け、凛が促した。


 三人は難なく建物の中へと侵入できてしまった。警報が鳴るということも無い。警備がやってくる気配も無い。


「あっさり入れたね」

「罠かと疑っちゃうね」


 薄暗い建物の中の通路を見渡し、ツグミと晃が言う。人の気配は全く無い。


「昨日の襲撃での破損個所を修復出来ず、警備もあてられずと言ったところかしら」


 と、凛。


「ぽっくり連合が被害大で敗走したばかりだし、すぐに攻めてはこないだろうと思って、油断もしているかもねえ」


 と、晃。


「外側は空間操作の結界が張られていたけど、中は無いみたい。ま、中にも結界が作用するとなると大変だから、大抵こういうパターンね」


 凛が言いつつ、亜空間トンネルの扉を開き、中へと入る。


「入って。一応この中を通りましょう」

「おっけー」


 凛に呼ばれ、晃とツグミも亜空間トンネルへと入った。


「踊るジンジャークッキーと影子と悪魔のおじさんにも探してもらう」


 ツグミが言う。


「その三人? の出動率高いね」

「うん、便利だし」


 晃が言うと、ツグミが微笑んだ。


 それから三人は亜空間トンネルで移動する。

 ツグミが呼び出して悪魔のおじさんと影子も、同様に亜空間トンネルを作れるため、別行動をしている彼等も亜空間トンネル内を移動している。踊るジンジャークッキーは小さいので、そのまま歩き回っている。


「影子が見つけたみたい」

 ツグミが足を止めて報告した。


「柴谷先輩だ」

「十夜、無事?」


 晃が心配そうに尋ねる。


「えっと……ベッドで横向きで寝ているみたい。怪我とかはわからないみたいだ」

「縄に吊るされているとか、鎖で縛られているとかはないのかー」


 ツグミの報告を聞き、何故か残念そうな声を漏らす晃であった。

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