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ぽっくり連合とオキアミの反逆の戦闘は終結した。激戦の末、ぽっくり連合は戦闘の継続を諦めて敗走した。
「何とか退けたわね。しかし……こんな予想だにしないトラブルが起こるなんて」
モニターに映るビル内の死体の数々を見て、怒りと悲しみに拳を震わせながら、陽菜は平静を装っている。ぽっくり連合が、そして大丘がくだらない抗争を仕掛けたせいで、多くの命が失われた事実に、陽菜は激しい憤りと悲痛を感じていた。
「せやなあ、こっちもぎょーさん犠牲デたし、計画の支障になリかねんで。PO対策機構に知られたら、付け入ってキそうやし」
エカチェリーナはそんな陽菜の感情も見ていたが、あえて気付かない振りをしておく。
「こんな所で躓きたくないな。世話になった純子にも、面目が立たない」
「これはうちらの目的や。純子の目的にただ従ってんのとちゃウやろ。過程で障害もあれば失敗もアるで」
「そうだね。海千山千のエカさんが側近になってきくれて心強いよ」
エカチェリーナの力強い言葉を聞き、陽菜は相好を崩す。
(私みたいなド素人の娘の側近になってくれて、本当に心強い)
少し自虐を込めて、口の中で付け加える陽菜。
「お、転烙市の市長から電話や。繋ぐで」
エカが断りを入れ、ホログラフィー・ディスプレイを投影する。
初老の男の顔が映し出される。
『くっくっくっ、お二方。大変なことになったものよのう。陽菜ちゃんは相変わらず色気の無い珍妙な格好をしておる』
「あんたはサンタクロースの格好でもしてみてよ。きっと似合ってるから」
初老の男の無神経な物言いに、陽菜はむっとして言い返す。
『はははは、拙者があの赤い服を着た白髭の爺になると申すか? 髭がまるで足りんよ。はっはっはっ』
おかしそうに笑う初老の男。
『で、この騒動で計画に支障をきたしたとかは無いのかね? そいつを確認したいものよ。包み隠さず申すがよい』
「苗床は無事よ。ただ、敵の目的ははっきりと苗床だったし、場所まで知られていた。何しろ苗床の管理していた奴が、ぽっくり市のサイキック・オフェンダー組織を焚きつけて回って、蜂起させたからね。私達の計画に、はっきりと盾突く気みたい」
『左様か。想像していたよりも深刻な事態よのう』
言葉とは裏腹に、男の表情は全く深刻そうではない。事態を面白がってにやにやと笑っている。
「純子にもすでに伝えてあるわ。面白くなってきたとか言ってたけど」
『はははっ、あの娘らしいわい』
「で、そちらの首尾は?」
『祭りの準備は着々と進んでおる。妨害してくるのはPO対策機構だけとは限らぬが故、其処許もくれぐれも気を引き締めてかかるがよいぞ』
「わかってる」
通信が切れた。
「はん、本気で心配すンなら兵貸せばええやん」
エカチェリーナが吐き捨てる。
「見くびられそうだから、それも嫌だけどね」
「貰えるもんハ貰っとけばええねん。兵貸してもろたら、その分こっちも被害減ルんやで。面子考えるよりも仲間の命の方が大事やろ」
「そっか。そこまで考えないと駄目よね。流石はエカさん」
エカチェリーナに言われ、自分は浅慮だったと恥じる陽菜。
「ま、そこまで切羽詰まってる状況でもないけドな」
「それとさ。あの人……転烙市の市長、正直怖いわ。計り知れない力を感じるというか、人間じゃないんじゃないかと思える」
一度直に会った際、陽菜はあの初老の男に圧倒された。純子と同等か、近いステージにいる存在だと感じた。
「うちもや。しかし流石は陽菜やな。あのピントのズレた俗物爺の振る舞いに騙されんカったか」
「あの人以外にも、純子の仲間には、他にも凄い人がいっぱいいるみたいだしね。柚もそうだし。正直私は見劣りするかな」
「そんな意識持つなヨ~。純子は力で人を低く見ルような真似せーへんやろ。そんな奴じゃ、皆の導き手も務まらん」
エカチェリーナに言われ、それももっともだと陽菜は思った。
***
ツグミ、晃、凛はぽっくり連合と共に引き上げた。
「十夜も相沢先輩も連絡取れずか。何があったんだろ」
「捕まったのか、殺されたのか。いずれにしても不味い事態でしょうね」
不安げに言う晃と、神妙な面持ちで言う凛。
「僕達はこれからどうする?」
ツグミが二人に向かって問いかける。
「十夜達の安否を確認したい。ろくに休憩も無しになっちゃうけど、捕まっていると仮定したうえで、オキアミの反逆のアジトの中に今から潜入しよう」
「大規模な戦闘終了後で、向こうも気が抜けている可能性に賭けるのね」
晃の思惑を読み取る凛。
「私としては今すぐではなく、一夜明け……いや、明け方前辺りの時間帯が適していると思う」
「じゃあ、午前四時くらいがいいかな」
凛が提案し、晃が決定した。
「それまでは私達も休息を取りましょ」
凛がそう言って自室に戻ろうとする。
「寝られるかなあ……。こんな緊張した状態で」
ツグミが言うと、凛は足を止めて振り返る。
「貴方はどっちで生きていくつもり? 表通りで生きるならともかく、裏通りで生きるなら、無理にでも眠る特技は出来るだけ早く身に着けた方がいい」
「わかった」
凛の言葉をツグミは受け入れた。
***
真、十夜、牛村姉妹は、オキアミの反逆のアジトに監禁されていた。
真達はそれぞれ個室に閉じ込められている、もちろん伽耶と麻耶は同じ部屋だ。
陽菜はその中でも真に興味を抱いて、話がしたくて一人で訪れた。
「貴方は純子の何なの? 貴方にとって純子は何なの? 恋人?」
陽菜がストレートに尋ねる。
「違う。前にも言った。家族だ」
心なしかうるさそうに答える真。
「じゃあどうしてPO対策機構なんかに与してるの? PO対策機構は私達――いや、純子からしてみても、敵でしょう? どういうことなの?」
不思議そうに尋ねる陽菜。
「その質問に答える謂れは無いが、答えるとしたら、まずそっちのことを聞きたいな。そのうえで答えるかどうか判断する。お前にとって雪岡は何なんだ?」
「色々な意味で恩人よ。私が今、組織のボスとしてちやほやされているのは、純子のおかげなの。あの子の導きなの」
陽菜が能力に目覚めたのも、覚醒記念日にリコピーアルラウネバクテリアに感染したおかげだ。それを散布したのが純子という事も、純子から聞かされて知っている。そういう意味でも陽菜は純子を恩人として見ていた。
「私が超常の力を身に着けたのも、純子が世界を変えたおかげだからだけど、その先もね……。サイキック・オフェンダーとして東で勢力を広げていた私を見出し、西に連れてきてくれた。エカさんと引き合わせてくれて、オキアミの反逆のボスに据えて、私に使命を与えてくれた。今、私は最高に生き甲斐を感じている。人生の中で一番輝いている。充実している。だから私は、純粋にあの子に報いたいと思っている。それ、おかしい? エカさんは、純子の目的にただ盲目的に引っ張られてちゃ駄目だって、何度も言うけどね」
「そうか」
毎度のパターンだと思う真。ただ、陽菜は純子に恩義こそ感じているが、純子に対して心酔したり崇拝したりするほどではないと見ている。そうなると純子は急激に冷める。ラットという扱いの区分にしてしまい、完全に放置してしまう。
「何度も言うけど、僕は雪岡のことを大事な家族だと思っている。四年以上も一緒に暮らしてきた」
「思っている――じゃなくて、その時点で家族よね」
「反発することも多かったが、僕の命の一部だと思っている。僕はあいつを護るつもりでいるし、変えるつもりでもいる」
「変える……?」
「マッドサイエンティストなんてやめさせたい、そこが反発している所であり、敵対する部分でもあるかな」
真の目的を聞いて、陽菜は戸惑いの表情になり、しばらく言葉を失くしていた。
「それは……いや、深くは聞かない方がいいのかな……。貴方には貴方の考えがあるんだろうし」
十数秒ほど経ってから、躊躇いがちに口を開く陽菜。
「でも変な話ね。護る相手なのに、反発して敵対するなんて。今の話聞いた限りだと、よくわからない……不思議な間柄に聞こえる。何か……面白いって感じちゃう。そして他人が立ち入っちゃいけない美しい聖域っていうか、いやいや……何言ってんだろ私。でもそれ……上手く言えないけど……凄くいいね」
遠慮しながら、言葉を選んでいるつもりで上手く出来ているかわからないまま、陽菜は自分が感じたことを口にする。真の目的に対し、反発や疑問のような感情は全く湧かなかった。詳しく話を聞かなくても、それだけで強く惹かれるものを感じてしまっていた。
真は真で、陽菜が自分の話を聞いて、肯定的な反応をされると思っていなかったので、こちらも少し戸惑い気味だ。
「私は立場上、今はこうして拘束させてもらっているけど……。何だろうな。貴方は本気で純子に危害を加える子でも無さそうだし、応援したいし、場合によっては協力もするよ」
「その協力はあいつが望まないことだぞ」
陽菜の申し出は真からすると意外なものだった。自分を騙そうとしている気配も無い。
「そうかもね。でも私は別に純子に盲目的に従っているわけでもないよ」
陽菜は真の話を聞いて本能的に直感していた。真が口にした目的を叶えることは、純子にとっても悪いことではないと。むしろその方がいいことなのではないかと。
「じゃあそういう機会があったら頼む」
真はあっさりと陽菜を信じた。人を貶めたり裏切ったりするような、そんな毒は無いと見た。




